12)坑道
偽名一覧です。
リース⇒ラングリース
エル⇒エルドール
ライ⇒ライリー
トリアン⇒トリアン(偽名使ってません)
「ここだよ。この、木の陰になっている場所。大きな根っこがあるでしょ?」
レイチェルに促されて、俺達は魔鉱山の古い入り口を覗き込む。
……いつから使われなくなったんだろう。木の根が大分侵食してるな。
もともとはいま使っている正規の入り口と、同じ位の穴の大きさだったんだと思う。
けれど入り口を囲む木材は殆ど朽ちて無くなっていたし、周囲の木々の根が入り口を塞ぐように伸びている。
正直、入り口だと言われなければ見落としていたと思う。
レイチェルが慣れた手つきで木の根っこを退かす。
肩にロープを担いだエルドールが、鉱夫から借りたランプをかざし、根を潜った。
「キミ、入れるかな?」
どうだろう。
高さはなんとか、横はぎりぎりだな。
「これは、中もこの幅が続くのか?」
「ううん、入り口付近だけだよ。木の根っこは、そんなに奥まで伸びないからね。でも途中で岩が邪魔しているから、大人は通れないんだ」
なら、ここを潜れればいけるのか?
俺は軽く屈んで、木の根っこを潜る。
左右から伸びた木の根が、俺の肥え太ったお腹と背中を情け容赦なくしめて来る。
……くっ、ほんと、ぎりぎりだな!
ぐぐっと力を込めてお腹を引っ込めて、俺は木の根を腕で押し上げる。
何十年もの年季を感じさせる木の根はごつごつとしていて硬い。
ちょっとしたトンネル状態の木の根を潜り抜けた瞬間、ほっとしたように俺のお腹がぼよんと揺れた。
……これ、途中の岩は本当にに大丈夫なんだろうか。
軽くお腹をさすると、ライリーとトリアン、そしてレイチェルが軽々と木の根を抜けてくる。
「足元に気をつけてね。結構滑るんだよ。木の根に引っかかりやすいしね」
「岩肌が濡れてるのな。雨水が入りこんでる」
「そこ、くぼみがありますよ」
「思ったより、中も明かりがあるのな」
エルドールのランプとは別に、坑道の中はぼんやりと光っている。
坑道の岩肌自体がほんのりと光を帯びている感じだ。
「魔鉱石があるからね。ランプを消すと、すっごく綺麗なんだよ。あっ、今は消さないでね? 綺麗なのはもっと奥のほうなんだよ」
「おいおい、先に怪我人のところにちゃんと案内してくれよ?」
「だいじょーぶ、分かってるって! 最優先事項だよ」
岩肌を這う木の根を跨ぎながら進むと、大きな岩が道を塞いでいた。
レイチェルが岩を見上げた。
「ここがね、大人は通れない場所なんだよね」
「思いっきり塞がってね? これ、通り抜けられるところあるのか?」
「一回、この岩の下に落ちるんだよ。それから、岩の下を潜って反対側に出るの」
ちょっと意味が分からない。
レイチェルが「見て見て」と岩の下を指差す。
一緒に覗き込むと、理解した。
薄暗く離れた所から見ると道に岩が突き刺さって見えていたけれど、岩の下に隙間があって、さらにその下に穴が開いている。
落とし穴の上に岩があるような感じだ。
見上げると、岩はがっちりと天井に突き刺さっていて、落とし穴の中に落ちてくる事は無さそうだけど。
下に開いている穴がそれほど深くないから、身長的に大人は入れないって事なんだろう。
「ボクが先に行くね。反対側が分かりやすいように」
穴を覗き込んでいたレイチェルが、迷うことなく穴に入り込み、そのまま岩の下をくぐるのが見えた。
続いてエルドールが颯爽と潜り抜ける。
……俺、いけるかな。行くしかないけどな!
クッと腹に力をいれて、俺も後に続く。
木の根の代わりに今度は岩肌に腹を押し付けながら、俺はなんとか穴の中に入り込む。
岩の下をくぐるのは容易に出来た。
よし、次は抜け出せるかだな。
見上げると、レイチェルが困ったような顔で覗き込んでいる。
「ボク、怖い事をいま思っちゃったんだ。キミ、登れる?」
「え」
いや、まって。
それはちょっと予想していなかったっていうか。
穴に落ちる時よりも、岩の反対側は結構幅がある。
ジャンプすれば、反対側の道に手が届いた。
でも。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……っ」
「が、頑張って! ボク応援しか出来ないけどっ!」
「リース、手を貸してください。こちらから引っ張ります」
「いや、それ、無理だろ……っ」
エルドールの手は握らない。
だってどう考えても、俺の体重を支えれないだろ?!
両手で穴の出口にぶら下がる。
あとは、この巨体を、反対側の道の上に、乗せる、だ、け……。
「おい、そっち側どうなってるんだ? こっちからは見えないけど大変なのか?」
「リースくんがぶら下がってるんだけど、まだ登れないの!」
「下から押し上げるか?」
「穴の中に二人も入れないよ」
「みなさんは、穴から少し離れてください。リースさんはそのまま、しっかりとぶら下がっていてくださいね」
トリアン、何をする気だ?
もう俺、今にも落ちそうなんだが?!
そう、思った瞬間。
「?!」
「わっ、風?!」
俺の身体が下から風に押し上げられた。
その勢いを借りて、俺はそのまま道の上に這い上がった。
「すごい、リースくん登れたよ!」
「成功したようで何よりです」
「トリアン、助かったよ……」
ぜーはーぜーはー。
息が切れる。
マジで助かった。
トリアンが風の魔法で押してくれなかったら、俺、登れなかったんじゃないだろうか。
改めて俺の体重やばいな。
これでも最初の頃よりは体重落ちてきてるのに。
「おーい、リース、ちょっと移動できるか? でないと俺達が登れないぜ」
「お、悪い……息が切れてね……」
汗だくになっている俺にエルドールが手を貸してくれて、俺は坑道の壁に寄りかかる。
坑道の中は日差しがない分外よりも涼しいけれど、湿度が高い気がする。
ライリーに続いてトリアンが難なく穴を登ってきた。
「よし、みんなこれたね。ここから先は普通に歩けるんだよ。でも脇道とかいろいろあるから、ボクから離れないでね」
レイチェルがキャスケードをきゅっと被りなおす。
落盤はどの辺りであったんだろう。
まずはエルズマギーの息子さんとお孫さんに合流できればいいんだけど。
「レイチェル、ブラウンさんが言ってた落盤の位置って、ここからどのくらい先だ?」
「最初の落盤は、そんなに遠くないと思う。いま最短距離で進んでるんだけど、この辺は特に何もない感じだよね」
周囲を見渡しても、足元を見ても、坑道の岩肌にはひび割れ等の兆候は見当たらない。
しばらく歩いていると、幅の広い大き目の道に出た。
線路が道にひかれている。
線路の上には空っぽのトロッコが二つほど置いてあった。
ツルハシや作業道具も置いてある。
……人の手も使っているんだな。
鉱山魔術師がいるから、全て魔法で採掘するイメージだったけれど。
まぁ、人手が要らないなら、鉱夫がいないから当然といえば当然、かな?
「……いま、何か聞こえませんでしたか?」
エルドールがランプを前方にかざす。
耳を澄ますと、確かにどこからか音が聞こえる。
話し声か?
俺達は急ぎ、声のするほうに走った。
坑道の脇道を曲がると、ランプの光が人影を捕らえた。
「ネルドさん? それとも、クロットさんかな?」
「その声はレイチェルかい? こんなところにどうして」
「助けに来たんです! こっちのリースくんが治癒魔法が使えるって」
低い声が返ってくる。
ランプに照らされたネルドさんは、エルズマギーの店主に良く似た顔立ちをしていた。
「クロットさんは側にいますか?」
「僕は下にいるよ」
ネルドさんの背後、地面の奥のほうから声が響く。
エルドールが背後を照らす。
声の感じからして元気そうだけど、怪我の具合はどうだろう?
「いまロープを垂らします。これで身体を縛ってください」
エルドールがロープの端を手頃な岩にくくりつけ、穴の中にもう片方の端を垂らしていく。
明かりを出来るだけ穴の奥に届くようにかざすと、小柄な青年が座り込んでいるのが見えた。
足以外は特に怪我はないらしく、クロットさんは自分の腰のベルトにくるくるとロープを巻きつけてキュッと縛った。
ほんとは、俺が下に降りられればいいんだけどね。
そうすれば足を治してから引き上げれるんだけど……。
俺が降りたら、間違いなく自力じゃ登ってこれないし、誰も引き上げられないからね。
クロットさんをこちらに引き上げてから治療するしかない。
「引き上げるぞ、いいかー?」
「うん、よろしく」
「せーのっ!」
ぐぐっと、みんなでロープを引く。
何度かロープを手繰り寄せると、小柄なクロットさんはあっさりと引き上げられた。
「助かりました、ありがとうございます」
「そのまま、少しじっとして」
俺はすぐに彼の脚を診る。
掠り傷と捻挫だと思う。
腫れ上がった彼の足首に手をかざし、呪文を唱える。
青い光は問題なく彼の傷を瞬時に癒した。
「凄いね。痛みがまったくなくなったよ」
クロットが嬉しそうにその場で軽く跳ねた。
「元気そうで良かったな。でもあんまり調子に乗ると、また落ちるぞ?」
「わっ、それは怖いよ!」
ライリーに笑われて、クロットは慌ててネルドさんの後に隠れた。
小柄な青年だと思ったけれど、まだまだ十代前半な感じだ。
ネルドさんはクロットの頭を撫でながら、俺たちに向き直る。
「さっき、また落盤があったようなんだ。大きな音が響いていたからね。みんなは無事かい?」
「それなんだけど、落盤で入り口付近が塞がっちゃったんだ。そのせいでまだ何人か閉じ込められちゃってるんだよ」
「なんだって?! じゃあ、私たちも出られないのかい?」
「ううん、大丈夫! リースくん達が協力してくれてるから」
「えぇ。高速魔導馬車で鉱山魔術師は手配していますから、数時間後には必ず出られます」
「そうか……」
「これから、他の方たちと合流するつもりです。入り口に向かいましょう」
落盤の怪我人は、少ないといいな。
そんな事を思いながら、俺達は入り口を目指して歩き出した。