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11)魔鉱山

 魔鉱石店エルズマギーを飛び出すと、俺達はすぐに魔鉱山に向かって駆けだした。

 魔鉱山は街の北側にある。

 街中からでも煙が見えた。

 

 北に向かえば向かうほど、煙がはっきり分かる。

 逃げてくる人も増えてきている。

 

 エルドールが逃げてきたと思われる鉱夫に声をかけた。


「なにが起こったのですか?」

「わからねぇ。急に岩盤が落ちてきた。妙な臭いもしてきてる。あんたらも早く離れたほうがいいぞ!」


 店主が息を飲んだ。

 息子さんと孫は、ご無事だろうか?


「エル、止めないでくれよ?」

「わかっています。急ぎましょう」


 人の流れに逆らって、俺達は北へ進む。

 魔鉱山に近づくにつれて、あまり嗅いだ事のない臭いがしはじめた。


 ……本当だ。何か、妙な臭いがしはじめてる。


「……レインヘルト、ルフト」


 トリアンが小さく呪文を唱えた。

 ふわりと俺達の周囲を黄緑色の風がくるりと舞った。


「大丈夫だとは思いますが、念の為です」


 風の魔法で、確か浄化系だったと思う。

 俺達の周囲に臭いがしなくなった。


 魔鉱山の入り口が見えてくる。

 灰色の岩肌にトンネルの入り口のような穴がぽっかりと口をあけている。

 周囲には人だかりが出来ていて、怪我人もいるようだ。

 入り口から、屈強な男達に怪我人は担がれ、中には魔術師風の男もいる。


「おとーさんっ!」


 俺達を押しのけるように、子供が泣きながら怪我人に駆け寄った。

 魔術師風の男に意識はない。

 腕から大量に出血しているのが分かった。


 ……止血していないのか?

 いや、包帯は巻いているけれど、それでも止まっていないのか。

 むしろ治癒魔法は?


「タンカー回せ! 治癒術師が倒れたっ、教会神父を呼んでくれ!」

 

 屈強な男が叫ぶ。

 

 そうか、彼が治癒術師なのか。

 意識が無いなら、治療しようもない。

 俺は駆け寄って、横たえられた治癒術師の怪我を見る。


「なんだ坊主、邪魔だ!」

「黙って」

「なっ」


 屈強な男と俺の間にエルドールが割ってはいる。

 

「……癒しの神ラングベハンドよ、我にその力の欠片を貸し与えたまえ……レキュメントリー!」


 ぽぅっと青い光が治癒術師の男の腕を包み込む。

 

 ……くっ、ちょっと、傷が大きいな。


 俺の手から流れる青い光に魔力を込める。

 青みが増し、包帯の中から溢れる血が止まったのがわかった。


「坊主、すげぇな。治癒魔法が使えるのか!」


 屈強な男が唖然とした顔で俺を見下ろす。

 そうだよね。

 俺はいま、質素な服装だしね。

 魔法が使える身分には見えないと思う。

 平民も使えないわけじゃないけれど。


「おとーさん、だいじょうぶっ?!」

「……レイチェル……」


 意識を取り戻した治癒術師が、子供の頭をゆっくりと撫でた。

 うん、何とかなったな。

 ほんと、真面目に魔法を勉強してて良かった。


 レイチェルって事は、この子、女の子なのかな。

 一見、男の子に見える。

 茶色いキャスケット帽に繋ぎのズボン、健康そうな日焼けした肌にそばかすほっぺ。

 くりくりとした大きな目は、なんとなくアリアンヌを思わせるけど。

 アリアンヌのペリドット色の瞳にほんの少し、黄色味を強くしたような感じ。

 パロットクリソベリルカラー。

  

「キミ、ありがとうねっ。おとーさん、この子が助けてくれたんだよ?」


 さっきまでの泣き顔とうってかわってご機嫌な笑顔になったレイチェルが、治癒術師に俺を指差す。

 起き上がろうとした治癒術師は、くらりとその場に肘をついた。


「魔法で治したのは傷だけです。失った血は戻せていません。どうか、安静にしていてください」


 エルドールがさっと跪き、治癒術師を支える。

 魔術レベルの治癒魔法なら、一気に体力も戻せそうなんだけどね。

 俺が使えるのはまだ魔法レベルだから、無理は禁物だ。


「他の人も傷を見せてください。傷の重い人から順番にお願いします」

「かすり傷程度のやつはこっちに並んでなー。俺達が消毒して包帯巻いてやる。あと、氷も水も大量に使えるぜ!」


 ライリーは魔法で氷を次々と出現させ、トリアンは応急手当に乗り出した。

 もう目立ちまくりだけれど、仕方ない。

 怪我人ほうっておくとか、無理。


「ブラウンさんっ、わたしの息子と、孫が見つからないのですじゃ。二人は……っ?」


 辺りを探していた店主の悲鳴のような声が響く。

 ここにいないのか?


「エルズマギーの婆さん……」

「二人は……まだ中に……」


 屈強な男――ブラウンは目を伏せ、治癒術師は魔鉱山を見つめる。

 

「魔鉱山の中で、急に岩盤が落ちてきたんだ。本来なら魔術師が食い止めるんだが、油断した。

 ファーガスさんもそのとき負傷して、足元の地盤もぐらつきだしたから、急ぎ、俺達は戻ってきたんだが……」

「クロットが足を滑らして、崩れた地盤の穴に落ちたんだ。深い穴で、ネルドが穴の入り口に残ってる」

「孫は、クロットは無事なのですか?!」

「あぁ、足を怪我している風だったが、命に別状はなかった。だが……」

「戻る途中、再び岩盤が崩れたんだ。俺達の背後の岩盤だ。でかい衝撃で、そん時に大分皆負傷したし、岩壁に分断されて取り残されたやつもいる。あの岩壁をどかさないと、ネルド達の所には戻れない」

「そんな……っ」


 店主がへなへなとその場にへたり込む。


「おいおい、岩盤が崩れたっていってたけどさ? 鉱山魔術師がいるんだろ。だったらすぐにどかせるんじゃないか?」

「あぁ、本来ならな。でも逃げちまった」

「は?」

「最初に岩盤が崩れたときに失敗したのが怖くなったんだろうな。我先に逃げていったよ」

「呆れたやつだな、そいつ」


 俺もそう思う。

 お孫さんの怪我はどの程度だろう。

 親を残して先に一度皆が出てくる程度だから、それほど酷くはないのだと思う。

 けれど、岩盤をどかすのにどのくらい時間がかかるのか。

 分断されて残された人達も気になる。

 こちら側に戻れた人達だってこれだけ負傷しているのだから、残された人達が無傷だとは思えないし。

 鉱山魔術師がいないなら、別の町から呼んで来るのだろうか。

 手でどかすなら、相当の時間がかかると思う。


「俺の魔法で吹っ飛ばすだけじゃ駄目か?」

「坊主も魔法が使えるのは分かったが、吹っ飛ばすほどの魔法が使えるのか?」

「やってみねーとわかんねーけど」


 カキンッと音を響かせて、ライリーは手の平に氷の塊を出現させる。


「いや、無理です……。吹き飛ばせても、落盤がいつ来るかわかりません……。衝撃で……次の落盤を誘発してしまうやも知れません……岩壁の側に人がいたら……巻き込んでもしまいます……」

「おとーさん、ボク、別の入り口知ってるよ!」

「レイチェル……?」

「ボク達にとって魔鉱山は遊び場だから」

「お前……あれほど魔鉱山に立ち入ってはいけないと……」

「ごめん、おとーさん。魔鉱山の中って綺麗だから、ついね。ボク、使われなくなった坑道とかわかるよ。入り口狭いけど、子供なら入れると思う」

「それは、私の体型でも?」

「そうだね、キミの場合は横が大きいけど、高さはそこそこだからいけると思う」


 子供しか通れないなら、最終的には落盤を退かさなければならない。

 でも、俺が中に入れるなら傷の手当は可能だ。


「エル、高速魔導馬車で鉱山魔術師を手配してきてくれ」

「まさか」

「うん。私が中に行く」

「なりません。……と、言いたいところですが。三対一では、勝てませんね」


 見ればライリーとトリアンも行く気満々だった。

 まぁ、当然だよな。

 この状況で黙ってみていると言う選択肢はありえない。


「ですが、私も共に行きます。高速魔導馬車の手配はブラウンさん、貴方にお願いします。この手紙を黄金壁の礎亭のマスターに渡してください」


 エルドールは魔法の万年筆で素早く紙にメモ書きすると、ブラウンに押し付ける。


「あんたら、黄金壁の礎亭の客なのか?」


 俺達と手紙を見比べて、ブラウンは唖然としている。

 富豪が泊まるレベルの宿だからね。

 もうぜんぜん、お忍びじゃなくなったな、これ。


「準備はいいかな? 案内するよ」


 レイチェルに促され、俺達四人は大きく頷いた。

 レイチェルはボクっ娘です。

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2018/5/2発売。

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