10)魔鉱石店エルズマギー
黄金壁の礎亭でエルドールはジャックベリー家に連絡を一度入れてから、すぐに魔鉱石の店に連れて行ってくれた。
質が良くぼったくらない、そんな鉱石の店を黄金壁の礎亭のマスターから聞き出しておいてくれたのだ。
マーケンのレンガ造りの街並みは、ジャックベリーの町とほぼ変わらない。
道の両脇に街灯が等間隔に並び、曲がり角には円柱の小さな飾り石が置かれている。
石畳にも所々色石が使われていてお洒落だ。
魔導馬車も通れる大通りから、少し脇道に入る。
そこには大通りと違って小さめの店が並んでいた。
……外はやっぱり暑いな。
宿を出たばかりなのに、俺の額には汗が滲み出す。
マーケンの街はジャックベリーの街よりは北側にある街とはいえ、暑さはそれほど変わらない。
デブには辛い季節だ。
「こちらを」
エルドールがさっと、冷たいタオルを差し出してくる。
うー、気持ちいい!
どこから出してくれたか分からなかったけど、生き返るな。
「頭から冷えとくか?」
「ん?」
振り向くとライリーが片手に氷魔法を準備していた。
「殺すきか!」
「いやー、全身すっきり暑さ吹っ飛ぶかなって」
「命が吹っ飛ぶわ!」
「だーいじょうぶだーいじょうぶ、たいした事ないって」
「大したことあるわ! それにこんな場所で魔法使うな!」
「大通りでは使わなかったろ、クククッ」
悪戯気味に笑いながら魔法を消すライリー。
エルドールとトリアンも笑いをこらえているのが分かる。
ちっとも笑い事じゃないぞ、まったく!
レンガ造りの花屋や雑貨屋を通り過ぎ、三階建ての建物の前に立ち止まってエルドールは看板を確認する。
看板は丸い木板に透かしの金具が周囲を蔦のように飾り、吊り金具で二階の壁から支えられていた。
吊り金具の先っぽに、ぽうっと光る鉱石が取り付けられている。
『魔鉱石店エルズマギー』
どうやらここらしい。
エルドールが飴色の扉を開くと、チリリンとドアベルの音が響いた。
中に入ると、蛍のように小さな鉱石が淡く点滅しながらいくつも店の中を浮遊している。
店の左右には木で作られた飾り棚が置かれており、どの棚の段にも鉱石がびっしりと並んでいた。
「綺麗だな……」
ライリーが浮遊する鉱石を手に取ろうとするが、鉱石はするりとその手を逃れて店の奥へ姿を消してしまった。
入れ替わりに、人の良さそうなローブ姿のお婆さんがカウンターの奥から姿を現す。
この小さなお婆さんが店主なのだろう。
「いらっしゃいませ。何をお探しですかのぅ?」
「こちらには、採掘して間もない鉱石が多く仕入れられていると聞きました。アクセサリーの修理に丁度よい鉱石はございますか?」
「それでしたら、棚の右端にある鉱石等は如何ですかのぅ。小粒ですが、一昨日採れたばかりの鉱石ですじゃ」
店主が、うんしょと背伸びをして、飾り棚の右端に置かれていた鉱石の籠を下ろす。
籠の中には1cmにも満たない小さな鉱石がいくつも詰まっていた。
「リース。こちらの鉱石は如何でしょうか」
エルドールは赤みがかった魔鉱石を手に取る。
ちなみに偽名は最初に俺とライリーが考えたまま通すことになり、エルドールのことはエル、トリアンはそのままトリアンだ。
護衛がいないからね。
エルドールはたった一人でマーケンに乗り込んできていて、護衛をつけていなかった。
それだけ焦っていたんだろうけれど、そしてそこまで焦らせた原因は俺なんだけど、もうちょっと、エルドール自身も身の安全というか、そういった事を考えて欲しいなぁと思う。
身なりも見た目も良いのだし。
エルドールに何かあったら、俺、マジで泣くしね。
そんなわけで、出来るだけ目立たず質素に、である。
……既にいろいろと目立っているような気はするけれども、気をつけるのとつけないのとでは大違いだ。
気持ち的にだけどね。
「ネックレスと並べてみよう。店主、少しこの鉱石をお借りしても?」
「もちろんですじゃ。こちらのトレーをお使いください」
店主が暖かみのある木目のトレーを差し出す。
俺はその上にアリアンヌの魔宝石と、店の鉱石を並べてみる。
そしてゆっくりと、二つの上に手をかざし、魔力を乗せた。
上手くいくだろうか?
手の平に魔力を集める。
すると、トレーの上の宝石と魔鉱石がお互いに内側からふわりと輝いた。
「光った!」
「綺麗だね」
「どうやらこの街の魔鉱石から作られた魔宝石で間違いないですよね」
同じ色合いに輝いていると言う事は、相性が良いという事だ。
相性が悪い場合、どちらかが光らなかったり、もしくは両方とも無反応だったりするらしい。
「もしや、あなたが修理をするんですかのぅ?」
「はい」
「修理は初めてのことですかの?」
「はい。魔鉱石を購入するのも初めてです」
「そうでしたか。それでしたら、もうしばらくすると、今日採れたての魔鉱石が届きますじゃ。この小さなサイズは鉱夫なら現地で購入できましてのぅ。
店に並んでいるのは、ほぼ全て息子と孫が採掘してきた魔鉱石になりますのじゃ。
そろそろ二人が帰ってくる頃ですから、そちらも見てみますかのぅ?」
いまある魔鉱石でも、きっと十分鮮度が良いと思う。
けれど今日採りたての鉱石を購入できるなら、それに越したことはないとも思う。
「では、お言葉に甘えて、待たせて頂きます」
「そうしていきなされ。修理には、新鮮な魔鉱石のほうが成功率が高まりますからのぅ」
店主は一度店の奥に戻ると、紅茶を人数分淹れて戻ってきた。
「ささやかですけれど、お茶菓子もありましてのぅ。よかったら、こちらにお掛けになってお召し上がりくださいな」
「ありがとうございます」
勧められるままに、ライリーとトリアン、エルドールが椅子に腰掛ける。
座らない俺に、店主が首を傾げる。
「紅茶は苦手でしたかのぅ?」
「いえ、とても好きです。ただ、もう少し店の中で魔鉱石を見ていたいので」
精一杯笑って、俺はごまかす。
だって言えないじゃないか。
その椅子に座ったら、俺の体重で圧壊させそうだなんて。
おい、ライリー。
気づいて笑い堪えてるだろう。
目を逸らしててもわかるぞ。
肩が震えてるからな!
くっそぅ……。
俺は魔鉱石が並ぶ棚に目をやる。
こうしてみていると、結構大きな魔鉱石も置いてある。
盗まれたりしないのかな?
小柄なお婆さんだけじゃ、何かあったとき危ないと思うんだけど。
「何か気になる事がありますかのぅ?」
「盗まれたりはしないのですか? すぐに手に取れてしまいますよね」
「店に置かれている魔鉱石には、すべて盗難防止の魔術がかけられておりますじゃ。無理に盗ろうものなら、魔鉱石が砕けて使い物にならなくなりますのぅ」
だからか。
こんなに小さなお店でも盗難の心配はないのだな。
「このクッキーおいしいな」
「紅茶はブラディン産ですね。良い香りです」
ライリーがご機嫌に紅茶を飲み干した。
どのくらい、鉱石を見ていただろう?
店主がそわそわと時計を気にしだした。
「今日は随分帰りが遅いようですのぅ……」
窓から差し込む日の光が大分傾き、窓辺に飾られた花瓶が店内に長い影を伸ばす。
「お待たせしてしまって申し訳ないですのぅ……」
普段ならとうに帰宅しているはずなのにと、店主が紅茶を淹れなおす。
その、瞬間。
ドンッ………ッ!
遠くのほうで衝撃音が響く。
店の外がざわめいた。
『鉱山が……っ』
『……事故だ……』
そんな叫び声が聞こえる。
俺達は顔を見合わせ、全員、外に駆けだした。