8.地属性で火山は操れるか
魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは、久々に羽根を伸ばせた今回の旅行に、概ね満足していた。
特に、旧知の友人である魔王軍【火の四天王】モーラと会えたことは行幸だった。地の勇者以外の勇者達は、まだ各四天王城からは遠く離れた土地で地道な活動をしているらしく、暇を持て余していたということもあるのだろう。地の勇者が何故かやたらと破壊力の強い火の魔法を使ってくることを愚痴ると、城に【火属性無効】の祭壇を作ってくれたのだ。
「建物はなー、燃えるからなー」
モーラの幼少期。「寝ている間にうっかり家が燃える」という事態を経て、モーラの両親は屋敷に【火属性耐性(強)】を施した。その数年後、再度焼け落ちた屋敷を立て直す際、【火属性無効】を施した。それから更に数年後、友人宅にお泊りに行ったモーラは、友人宅の焼け跡にたたずみ、持ち運べる建築物への耐性付与について研究することを決めたのだった。
最新式の祭壇は、建物の中に置いて、月に一度酒類を備えるだけで、建物全体を火属性の攻撃から防いでくれるという。持つべきものは火属性の友達である。
生木は特別燃えやすい訳ではない。山火事の起こった際、草木は、人や獣と違って火が迫っても「逃げない」から燃えてしまうのだ。
植物系魔物が火に弱いのは、実際に燃えやすいためではなく、そういうイメージがあるからだ。術者にも、魔物自身にも。魔法の火と物理の火では、その補正がかかるかどうかが、最も大きな違いとなる。魔法の火でも、それが物理攻撃だと感じる相手には物理無効で防がれてしまうのが、この世界の耐性仕様となる。
つまり、弱点とは「苦手意識」とも言える。しかし、生物の持つ耐性と違い、無生物に付与する耐性は、術者や魔法効果自体の影響を百%の割合で受ける。だから、建物に属性無効の効果を持たせれば、その属性による攻撃は本当に一切通さなくなる。
なお、四天王の持つ「完全無効」の効果は、魔法効果側で「無効」の十倍程度の耐性を持たせることで、対象となる生物自身の意識や、それに攻撃を加える相手の意識に関わりなく、一切の属性攻撃を通さない。
魔王軍【地の四天王】イオルムに建ててもらった城には【地属性無効】が付与されているし、たびたび城が火と風の魔法に吹き飛ばされた後、自分でも【風属性無効】の付与は行った。そこに【火属性無効】が加われば、やはり自宅が最も安全な場所と言えるようになるのではないか。
そうして、半ば戻らない可能性も視野に入れていた自宅、風の四天王城へと戻ってきた。
留守中の城内には、自動清掃魔術【南風の踊り子】を複数放っている。城内が土塗れにされないための対策だ。
「ただいま戻りましたわ」
と声を掛ければ、見えない掃除屋達は一斉に駆け寄って来る。姿は見えないが、駆動音でわかる。
労うように魔力を補充し、執務室へ向かう。
魔王軍四天王の最大の仕事は「死なない」ことにより魔王城の結界を維持することだが、他に何もしていないというわけでは、決してない。
例えば、管理職としてそれなりの書類仕事もある。風の四天王であれば、指揮系統としては風属性の魔族や魔物の他に、翼のある魔族や魔物、気体状の魔物等の最上位だ。その戸籍や畜獣登録の管理、形だけとはいえ戦況の確認や戦略の承認作業も、風の四天王の業務となる。
風の四天王城には「書類を届けに行くと、とばっちりで死ぬ」という噂(半ば事実ではある)が流れているため、最近はもっぱら水晶板での遠隔通信による作業となっていた。しかし、元々魔王城への報告も遠隔通信によるものなのだから、データ化の手間が省ける分効率的だ。
寂しいは寂しいし、つらいはつらいのだが、効率的だ。
そう自分に言い聞かせて、ヴェゼルフォルナは負の感情を抑え込んでいる。
***
地下秘密基地にて。
「忘れてた」
【大陸一の賢者】は笑顔で同居人に告げると、鼻歌交じりに壁際へ向かった。
「この前、泥湯に入ったよね」
「そうですねぇ」
「温泉と言えば、火山だよ」
そう言って、壁一面の石板の前で蝋石を振る。
同居人こと【地の勇者】ドリスは、土で作られた机と椅子に着席したまま片手を挙げた。
「火山って火属性じゃないですか?」
賢者は軽くうなずき、石板に、山頂が平たくなった山の絵を描いて見せた。
「山がある」
「はい」
ドリスは頷き、賢者は山頂にアヒルの足のような絵を付け足す。
「火を噴く」
「あ、はい」
火だったのか、とドリスは頷く。
「この火は実は火ではない」
「? ……はい」
ドリスは、よくわからないまま、とりあえず頷いた。
賢者はその様子に大きく頷き返し、言葉での説明を中断して、図の方に注力し始める。
山裾を広げて地面を描き、その下に二本の平行線を引いて、山頂から垂直な線で繋ぐ。
数秒ばかり、その図を眺める。
「簡単に言うと、あれ、そういう岩なんだよ」
図説を諦めて、そう告げた。
「そうなんですか! すごい!」
ドリスは手を打ち合わせて納得する。
理解はできなくとも納得さえすれば、理論上可能なことは実現できるのだ。
「その超熱くてドロドロの岩、マグマというのが地下を流れてるんだけど」
「はい」
「うまいこと、こう、パワーを溜めて」
「ふんふん」
「うまいこと穴を繋ぐと、ばーっと噴き出す」
「なるほど! やってみましょう!」
勇者と賢者は噴火への展望を語らいつつ、地上への階段を上り始めた。
***
「邪神様、魔王様、【火の四天王】モーラ様。どうぞ我が城を火の災禍からお守りくださいませ」
平皿ほどの盃へ注いだ火酒を火の祭壇に捧げ、膝をついて祈る。ヴェゼルフォルナは酒は飲まないので、このためだけに買ってきた。これを買った酒屋では、最高級の品だ。
祭壇から紅い光が立ち上り、酒の水面へ飛び込むと、炎を立ち上げて瞬く間に盃を空にする。これで一ヶ月は、城に【火属性無効】の効果が付与される。
地属性、風属性、火属性を無効とし、仮に損壊しても(実際頻繁にするのだが)大地のエネルギーで自己修復するこの城は、建物自体を見れば魔王城より強固と言えた。
「四属性の内の三つを完全に無効化するこの城の中にいれば……あ、あら? 四属性の内の、三つ? ではあと一つは無効ではありませんの?」
言いながら、ヴェゼルフォルナは言い知れぬ不安に襲われ、鼓動が急速に早まるのを自覚する。
しかし、地の勇者が城を破壊できるレベルの水魔法を操ることがあるだろうか?
いや、有り得る。当然のようにある。勇者一人ではいざ知らず、勇者の傍らで余計なことを吹き込む黒髪の男ならば、間違いなく水攻めを仕掛けてくる。
勇者と賢者が「地属性攻撃」に拘っているつもりのことを知らないヴェゼルフォルナはそう考え、その思考を巡らせ始める。
「地と……水……地下水? 地下水を強制的に組み上げて地盤沈下を? いえ、それなら地属性ですわね。はっ、河川の堤防を決壊させて洪水を!? い、いえ、この付近に大きな河はありませんわ………………まさか大陸を沈没させて城ごと海に沈める気では!!?」
名目上人類の守護者である勇者が、そこまで大規模な破壊行為をするだろうかとは思うものの、完全に信用しきれないのも事実である。
考え出すと止まらない。【地属性以外完全無効】の身であろうとも、心労で死ぬことはある。
喫緊の不安感を押し込めるため、ヴェゼルフォルナはひとまず、水晶板で勇者達の行動を監視することとした。
***
早速火山を噴火させようと考えた勇者と賢者だが、生憎、この近辺には死火山・休火山を含めて火山の類は存在しなかった。それはそうだ。火山の近所なんて立地に城を立てたがるのは、火の四天王くらいのものだろう。
「山二つっていうと、物によるけど数十キロくらいかなぁ。マントルは地下百キロからだったと思うけど、こっちだとどうなんだろう」
「とりあえず掘れるだけ掘ってみますね!」
「うん、噴火したら俺普通に死ぬから守ってね」
はーい、と気軽にドリスは返事を投げて、掘削の魔術を行使する。
「降り、降れ。【闇掘り坑道】」
効果範囲は狭いがとにかく深い穴を掘る、というこんな時にしか使えない魔術だが、ドリスの魔法の効果範囲である「山二つ」に達しても、特に変化は見られなかった。こんな時にさえ使えない魔術だ。
ならば、と穴掘り用の自動操縦ゴーレムを何体か潜らせたが、掘削速度と経過時間から賢者の想定の倍以上の深さまで潜った頃になっても、やはり何も起こらない。
「よく考えたら、仮にマントルに届いても、特別圧力がかかってるわけでもないから、噴火はしないか」
「ええー、じゃあ失敗なんですか?」
火山見たかったのにな、と残念そうにするドリスに、賢者は笑って答えた。
「無い物は作ればいいし、作れない物は持ってくればいいんだよ」
***
山を動かすには、簡単な地形操作で十分だ。
ドリスが山を運ぶ時は、地面から引っこ抜いて空中を運ぶことが多いが、別に地面に繋がったまま、経路上の建築物や植生を傷つけないように動かすことも出来る。
火口をマグマに繋がったまま動かすことだって可能だし、自分が直接出向けば、隣国の火山を引っ張って来ることも、まぁ可能ではあった。
幸か不幸か、現在、この近辺に人間の住む町や村は存在しない。山だって動かし放題だ。
「折角だから、火口を捻じ曲げて城の方に向けよう」
「やりましょう!」
勢いよく走り込んでくる火山は静止と同時、会釈するように火口を横に向ける。
山に乗って移動してきたドリスと賢者は一旦火口から左に大きく離れ、火口と城が視界に入る範囲に陣取った。万一にも溶岩が流れてこないよう、火口との間に広めの地割れを開く。
「よし、発射!」
「放ち、飲み下せ。【丸呑み溶岩】!!」
轟音。噴出。赤の奔流と黒煙はほとんど同時に解き放たれ、激しい地響きと熱が一帯を襲う。
「あっはははは! 楽しいですねえ!!」
「上手くいくもんだねぇ!」
単純に現象を楽しむドリスと、現象が正しく発現したことを喜ぶ賢者。人類の守護者としては問題のある光景かもしれないが、その瞬間、二人は心よりの幸福を堪能していた。
しかし、噴火が収まるにつれて、賢者は予想外の状況に気付く。
「あれ、城が壊れてない」
城は原形を保ったまま真っ赤な溶岩を滴らせ、一部は黒く冷え固まった岩が張り付いていた。おそらく正面玄関は完全に岩で封鎖されて開くまい。だが、その正面玄関が形を留めているということが、賢者にとっては意外に思える。
「ということは、これって地属性だったってことですか?」
「そう判断するのはまだ早い。前回の調査から、城側の仕様が変わった可能性があるから」
ドリスに砂を撒かせて溶岩の粗熱を取り、地割れを塞ぎ、噴火を当てたのと逆側の壁面に向かう。
噴火は熱の要素も強い。複合属性ならば無効分以外の属性は通るというのが今までの調査結果なのだ。熱で城を破壊し、溶岩の勢いと凝固で圧し潰そうと考えていたのだが、城を破壊できないというのは想定外だ。
「ここに火薬を仕掛けて、点火してみて」
ドリスが言われた通りにすると、しかし、壁には傷どころか焦げ目一つ付かなかった。
「あれっ、効かなくなってますよ?」
「城に耐性を追加したんだろうね。」
元々は壁を火属性で破壊してから、火山の噴火を生身の四天王に直撃させるつもりだったのだ。火山を城の中に持ち運ぶことは流石にできないため、この攻撃方法は使えない。そういう結論となった。
加えて、賢者にとって不都合なことがもう一点ある。城で地属性の判定ができないとなれば、四天王に直接魔法を当てて確かめるしかなくなってしまったのだ。
「ちょっと調査の効率が落ちるなぁ」
「あたしは、的が生きてる方が好きですよ」
ストレートに物騒なことを言うドリスに、賢者は「そう」とただ微笑みを返し、撤収に移ることとした。
なお、火山については風下の街の役人から火山灰の苦情が来たため、後日、元あった場所に返却した。