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大陸一の賢者による地属性の可能性追求運動 ―絶対的な物量を如何にして無益に浪費しつつ目的を達するか―  作者: 住之江京


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18.地属性で魔法陣は描けるか

 魔力の濃縮された禍々しい土で、地下室の中に小さな山をこしらえる。

 自分で作った物ながら酷く不安感を煽るものだ、と【地の勇者】ドリスは身震いした。


「また植物型魔物(モンスター)でも育てるんですか?」


 依頼主にして家主、【大陸一の賢者】は首を横に振る。


「まあ実験、実験」


 そう言って、軽い調子で小山の隣にしゃがみ込む。

 思考実験の段階を終え、実際にドリスに協力要請を行うということは、賢者の中ではそれなりに確信を持った実験ではあるのだろう。仮に何も起こらないことはあっても、安全マージンは取るだろうから、そう危険なことは起こるまい。ドリスも賢者の背に回り、作業風景を見守ることとした。

 魔力土をひとつかみ握ると、少しずつ零して線を引く。円がいくつかと、直線や文字のような記号。


 土の上に土で描いているからわかりにくいが、これは魔法陣だ。


「で、ここを繋ぐと点火する」


 賢者は半ば地面に伏せながら片手を一杯に延ばし、土で一部切れていた円を繋ぎ、すぐに手をひっこめた。


 音もなく、光が迸る。


「うわっ、まっ、ぶっ、無事ですか賢者様!!」

「光るだけだから大丈夫だよ」


 魔法陣から放たれていた光は徐々に弱まり、土の魔力が尽きるとそのまま消えてしまった。


「とまぁ、魔力の込められたもので魔法陣を描くと、起動の魔力無しで発動できるんだよ」


 言われてドリスも思い出す。そういえば、賢者は魔法が使えないのだ。魔力が無いという話だったが、実際に賢者が魔法を使う姿は一度も見たことがない。

 賢者とドリスが開発した魔法【石化の魔眼(ペトラアイ)】は魔法陣の応用によるもので、有機生命体の肉体から魔力を抽出し、少ない魔力で相手の全身を石に変えるというものだが、それでも起動時の魔力は必要となる。

 魔力土を出したのはドリスだが、光を出したのは賢者だ。


「それに、地属性の魔力で光が出たでしょ」

「えっ、あっ、本当ですね!」


 属性を帯びた魔力は、その属性の魔法を発動するためにしか使えない。故に、地属性魔力しか扱えないドリスには、地属性魔法しか使えない。そういうものだと思っていたドリスは驚いたが、


「石化魔法だって地属性じゃないのに、あれ魔法陣だから普通に使えてたよ」


 と言われ、今更ながら納得した。


「前にも言ったっけ。身内で、無属性の魔力しか出せないのがいてさ」

「何かの時に聞きましたね」

「無属性だとエネルギー効率も低くて威力も微妙だし、魔力で陣を描いて、火とか風とか出す方法考えたんだよ」

「へぇー! 流石は賢者様ですね!」


 魔力は属性の偏りが大きい程に濃い色を持つが、不可視の純魔力で描かれた魔法陣からあらゆる属性の魔法が放たれる、というのは、初見で対抗するのは難しい。逆に、初見の相手でも自在に対応できるのは強みだ。


「あ、じゃあ今回、この魔法陣で水属性攻撃を飛ばして城を破壊する感じですか?」

「それは最終回でいいかな。また【水属性無効】とか付けられると困るし」

「今回は最終回じゃないんですか……最初から諦めてかかるのは良くないですよ」


 布石ってやつだよ、と賢者は苦笑し、作業内容の説明を始めた。


「王都の道が、魔除けの魔法陣になってるのは知ってる?」

「えっ、そうなんですか?」

「そうそう。だから変な袋小路とか多いらしいよ。で、無断で荷物積んだり、でかい馬車とか路駐すると即撤去される」


 ドリスは王都の街並みを思い浮かべ、そういえば外壁は円かったなぁ、程度の記憶を探り当てた。滞在中、特に街を歩き回るようなこともなかったのだ。


「王宮や貴族の寝室の絨毯には、魔除けの他に、警戒や呪い避けの魔法陣が描かれているらしい。魔力供給を組み込んだ魔法陣は、一度設置したら常時安定して動くから便利なんだよ」

「なるほど、じゃあ今回は魔除けの魔法陣で四天王城を囲って、じわじわ苦しませる感じですか? それで死にますかね」

「たぶん死ぬ前に、逃げるか陣を壊すかするだろうねえ」


 それはそうだ、とドリスは納得する。自分だってそうするだろう。魔法を封じられては


 今回賢者が用意したのは、「あらゆる魔法効果が打ち消される魔法陣」だった。


「これ魔力で描くと描いた傍から消えちゃうし、後から魔力付与した素材で描いても粉々になっちゃうんだよね。普通は血で描くんだよ」

「ちょっと薄気味悪いですね」

「中にいると魔力がガンガン散らされるから、描いてる間に描いてる人が魔力欠乏で倒れたりする」

「大丈夫なんですかねそれ」

「それだけ苦労しても、陣の中の魔力が尽きた時点で効果も切れる」

「ゴミですねぇ」


 陣の外側から描けば問題あるまい、というのが賢者の推測であった。魔法で創った土なら砕けて消えてしまうだろうが、元々ある大地に魔力付与する形であれば問題はない。

 城を囲うような大規模な魔法陣を構築するなど普通は大工事だし、完成前に気付かれて破壊されるか、逃げられるのが当然だ。しかし、ドリスの構築スピードなら数秒だ。

 魔法陣は大きければ大きい程、魔力が込められる。城を囲うほどのサイズであれば、四天王の掛けた魔法だって散らせるだろう。


 早速作業に入り、


「染み入り祟れ、(なぞ)りて奏でよ。【土地呪い(スティグマタイズ)】」


 早々に仕上がった。


「できました!」

「見た目変わんないけど、もうこれかかってるの?」

「賢者様すごいですねぇ。あたし自分でやってて吐き気しますよ」


 魔力のない賢者には感じられないが、ドリスは周囲の魔法陣の内側に魔力的な虚無を感じていた。空間に魔力が存在しないというのは、人の顔に両目と鼻がない程度の違和感がある。


「この後どうするんです? 魔力欠乏で倒れるのを待つんですか?」

「後天的なエンチャントやバフはこれで取れるはずだから、とりあえず城を爆破しよう」

「わかりました!」


 魔法陣の外側に城の高さ程の直径をした砲口を創り、中に火薬を詰め、少し離れて点火する。弾などなくとも爆風で城が吹き飛んだ。


「あっ、もしかして【地属性以外完全無効】も切れてて、四天王もこれで吹き飛んじゃったり?」


 ドリスは楽観的に明るく笑うが、


「どうだろうなぁ。種族特徴とか固有特性だと無効化はできないから、もしかしたら生きてるかも」


 と賢者は首を傾げた。

 ドリスの発言は「やったか?」に相当するが、そういった発言が「やってない」に繋がるフラグであるという科学的根拠はないし、魔法的根拠もない。ただ、単純にこの程度で魔王軍四天王が死ぬとは思えない。

 案の定、瓦礫を持ち上げて風の四天王がその姿を現した。


「やっぱり四天王は頑丈だなぁ」

「あれどうしましょう。魔法は届きませんし、魔法強化なしで魔族と殴り合ったら、首がぐしゃーてなりますよ」


 魔法抜きのドリスは普通の人間だ。鍛えている分、賢者や一般人よりは体力も腕力もあるが、それでも普通の人間に過ぎない。普通の人間は普通の魔族と戦うと、肉片になるのである。

 しかし賢者は慌てない。


「大丈夫大丈夫。今回は城の再生能力を潰すのが目的なんだよ」


 その策は目に見えて効果を発していた。

 風の四天王城、その瓦礫。近頃めっきり破壊されることもなくなっていたが、本来はその常軌を逸した自己修復能力で、見ている間にも徐々に再構築されていくはずのそれが。


「わっ、なんか瓦礫が消し飛んでますよ!」

「魔法封じの魔法陣の中で魔法物質が魔法を発揮しようとしたら、そりゃ塵になるよね」


 そうして、瓦礫は完全に砂と化した。

 城の跡地には、風の四天王のみが悠然と立ち塞がる。


***


 魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは、先程まで自身の城があったはずの場所の、執務室があったはずの辺りで、ただ茫然と立ち尽くしていた。


 書類仕事をしていたのだ。窓のない薄暗い執務室で。

 月末報告、新規業務の提案書、鳥掃隊の増員申請、自身への協力申請、それぞれ水晶版タブレットで目を通し、問題なければ署名して返送する。四天王まで上がるような話は、基本的には読まずにサインで返しても通常の運営には問題ない。問題ないのだが、いざ何か起こった時には、組織や部下の動きを把握していなければならないため、結局一通りは把握しておく必要がある。

 近頃外出や来客が多く業務が滞り気味ではあったが、ようやく自分で定めた分のノルマを片付け、一息つく。在宅勤務というものは、自分で明確に区切りをつけなければ年中無休と大差ないのだ。幹部のヴェゼルフォルナは元より自分で業務内容や労働時間を決める立場ではあるのだが、出勤の有無というのは大きい。単に職場が自宅というだけでなく、城に部下が一人もいない、ほぼプライベートスペースとなっている。


 そんなプライベートスペースが、瓦礫となり、今や、塵と化していた。


 突如襲ってきた妙な虚脱感、息苦しさに身構えた途端、炎と風に城が吹き飛ばされた。魔王に魂へ刻み込まれた【地属性以外完全無効】の耐性は炎も風も通さない。しかし、そもそも城の中にいて、【地属性以外完全無効】の効果が発揮されること自体がおかしいのだ。


「な、え、ば、【火属性無効】は……いえ、(わたくし)の【風属性無効】は? それに……城の、自己修復、は?」


 そして自分の魔法は。今すぐ首謀者たちを風で切り刻もうとしても、そよ風も起きない。

 それ以前に。空すら飛べない。

 何が起こっているのか。死。人間に殺される。

 何故か勇者も賢者もこちらを遠巻きにするだけで、止めを刺しに来る様子はない。


 遊ばれているのだ。人間に。

 そう認識した途端、怖気立った。


「ひっ……!」


 ヴェゼルフォルナは逃げ出した。風属性魔族の敏捷性は総じて高く、空を飛べなくとも四足の獣より速く走ることはできる。勇者が肉体強化をすれば数歩で回り込まれることはわかっていても、ただひたすら走る。


 追いすがる足音は聞こえない。

 振り返ることもできない。


 不意に、身体が軽くなる。


「魔法が……使えますわ!」


 最後に大地を一蹴り、全身に風を纏って空へ。

 雲より高く舞い上がり、漸く地上を見下ろす。


 勇者がステップを踏み始めた。


「この程度の高さでは、跳び上がって……!!」


 更に高く、高く舞い上がる。

 厚い雲に覆われて地上の様子が見えない高さまで。


 最早、人間がたどり着ける高さではない。翼のある魔物でも、寒さで動きが鈍って墜ちてしまうかもしれない。水晶板(タブレット)の魔力波もかなり弱く、通信も途切れがちだが、背に腹は代えられない。

 魔王軍四天王が最優先にすべき仕事は、「死なない」ことなのだ。死なないことで、魔王城の結界を維持する礎となること。



 雲を集め、風を固め、ヴェゼルフォルナは空の上に城を創った。

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