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大陸一の賢者による地属性の可能性追求運動 ―絶対的な物量を如何にして無益に浪費しつつ目的を達するか―  作者: 住之江京


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17.地属性で生命は生み出せるか

 風の四天王に精神的ストレスを与えるべく、風の四天王城に向けて投石を続けていたゴーレム達は、一晩も持たずに破壊された。

 当然のことではあると、【大陸一の賢者】も黙して頷く。


「ゴーレムと生き物の違いって何だと思う?」


 賢者は問うた。


「え? 全然違うと思いますけど」


 【地の勇者】ドリスは首を傾げた。


「例えば?」

「賢者様、わかんないんですか?」

「俺の定義を並べても仕方ないよ。魔法使うのは君なんだから」


 なるほど、新しい魔法の話か、とドリスは納得した。

 納得はしたが、ゴーレムと、生き物の違いとは、何だろうか。


 かつて、一介の村娘として送っていた幼少期。自宅でのペットの飼育を禁じられたドリスは、魔法で仔犬型のゴーレムを創ったことがある。

 吠えない、粗相をしない、暴れない。番犬代わりにもなるし、ちょっとしたお使いもこなせる。近所の子供は喜んで可愛がったが、ドリス当人にとっては、何か違う、という思いがあり、結局欲しがる子供にあげてしまった。動力源は大地のエネルギーで済むし、自己修復機能もあるので、今でも元気に動いているらしい。


 ゴーレムは生き物ではない。

 生き物はゴーレムではない。

 それらの答えが何の意味も持たないことは、ドリスにもわかる。


「えー、魔法で作ったかどうか?」

「魔法で作るのは前提だから、それ以外で」


 ゴーレムは魔法で作るが、生き物はどうか。

 都市部出身の若年層ならばいざ知らず、農村出身で、なんだかんだ家畜の世話も手伝わされたドリスにとっては悩むまでもない。


「親がいるかとか」

「なるほどね。他には?」


 正答ではあったらしく、ドリスは少し嬉しくなる。

 他に、生き物と言えば、生きるために必要なことはと言えば?


「ごはんを食べるか」

「おっ、いいね。それから?」


 他には何かあっただろうか。

 生きている、というのは今一つピンとこない。人間から見れば単なる岩やガスと区別のつかないモンスターだって「生きている」ということになるし、ただ動くだけならゴーレムにだってできる。

 意思を持つ、というのもわからない。意思疎通のできない動物やモンスターに意思があるのかは証明できないし、そんなものは持たないと考えている人もいる。ほとんど自律志向に近い行動パターンをゴーレムに植え付けることも、理論上は不可能ではない。

 死ぬ、などというのも、生き物固有の特徴とも思えない。ゴーレムだって破壊すれば動かなくなるのだし、あれも「死ぬ」ようなものだ。


「そんなもんですかね?」

「君の境界ゆっるいなあ」


 生き物は親から生まれ、ごはんを食べる。

 それだけで生命と定義するのは少々乱暴ではないかと賢者は思ったが、第一歩目はこんな所で良いだろう。仮説が出来れば、実験と実践だ。


「それでは、『自分の複製体を作る』、なおかつ『エネルギー源を外部から摂取して内燃機関を動かす』ゴーレムを作ろう」

「何ですかそれ。えー、はい、できました」

「仕事が早い」


 賢者の言葉を聞くなり、ドリスは自分の腰ほどの背丈となる小型の土人形(クレイゴーレム)を無詠唱で作り上げた。


「あ、すみません。口がないですね」


 顔の部分に手を突き立てると、泥に腕を入れるように容易く飲み込まれてゆく。

 そこから魔力を流し、口と消化器官を構成する。


「食べるって改めて考えるとよくわかんなかったんで、とりあえず口に何か入れたら、魔力搾り取る感じにしました」


 地面からエネルギーを吸収する普通のゴーレムと比べれば非効率的も良い所だが、弁当でも持たせれば風の四天王城内にも攻め込めるかもしれない。元々が駄目元の実験ではあるので、賢者としてもそこまで何かに拘るつもりもない。


「まあ良いんじゃないかなぁ。魔力が減ってきたら自動で何か食べる感じにできる?」

「うーん、えいっ、はい、できました」


 賢者は感心と呆れの混ざったような表情でその様を見ていたが、ゴーレムの命令変更だけであれば、魔力を通せば一瞬のことだ。

 創造されたゴーレムは早速、土を捏ねて新たなゴーレムを作り始めた。人形の形が完成したら、自ら魔力を通して、ゴーレムとして目覚めさせる。そうして、一体目のゴーレムと二体目のゴーレムはそれぞれ、新たなゴーレムを創り始める。手作業で土を掘り返して形を作る所からなので、多少時間はかかるが、きちんと命令通りに動いている時点で見事なものだ。


「で、これを増やして城に突っ込ませるんですか?」

「それは前にやったからなぁ。とりあえず自律で複製を作らせ続けて、このまま何百世代か、何千世代か重ねさせる」

「よくわかりませんけど、すごい邪魔になりませんかね」

「複製体を作ったら自壊するようにできる?」

「えー、はい、できました」


 それからしばらく、賢者とドリスの地下秘密基地の片隅では、二体のゴーレムが自分の分身を創っては自壊し、分身を創っては自壊するというサイクルを続けた。

 二体のゴーレムはそれぞれ独立して稼働しているはずだったが、一方が新しい技術を生み出せば、いつの間にか他方も同じ技術を身に着けている。初めの内は一世代に食事の時間程はかかっていたものが、気付けば人形の造形に魔法を使うようになり、白パン一つを食べ終わる間に代替わりが行われるようになっている。かと思えば、造形にかける時間は再び徐々に伸びてゆき、表面を磨き、色石を散りばめ、繊細な意匠を凝らすようになる。

 奇妙な光景にドリスは不気味さを覚え、賢者は楽し気に観察していた。


***


 三日目の朝、ドリスが寝床から身を起こすと、二体のゴーレムは、一塊の土の山を囲んで蠢いていた。片や、二房の三編みの女性型ゴーレム。片や、特に特徴はないが、強いて言うなら比較的目が円い男性型ゴーレム。


「たぶんあれ私の真似なんで、もう一体は賢者様ですかね」


 賢者本人も目の輝きが妙にギラついている時があるが、これは完全に狂人の目付きだ。


「乗っ取りとか企んでるんでしょうか」

「モデルにしてるだけでしょ。昨日の昼くらいから三編み再現は頑張ってたよ」

「そんな命令出してませんけど」


 ドリスは首を傾げているが、賢者にとっては予測の範囲内だった。


 ゴーレムは元々、自律思考に近いレベルの演算能力は持っている。

 例えば防衛用のゴーレムが「この場に近付くものを攻撃しろ」と命令されたとする。「この場」とは、厳密に言うとどの範囲なのか。「近付くもの」として判断する対象は何なのか。生物だけか、ある程度の大きさのものだけか。風や埃も含まれるのか。「攻撃」とは、具体的に何なのか。近距離なら蹴り、対空なら拳、中距離だったら体当たりで、遠距離なら飛び道具、隙があれば大技、そんなパターンの作成は実際なかなか面倒だし、普通の魔法使いは誰もやってない。

 賢者は、作成者が魔力を込めた時点で、ゴーレムは、その思考や知識の一部をコピーされているのでないかと考えている。ぼんやりしたイメージを命令として受け付け、適切な行動ができる程度の知識が、ゴーレム自体に与えられているのだ。

 恐らく、古代遺跡のゴーレムを捕らえて解析すれば、当時の人々の生活を解き明かしたりできる。考古学という分野は一般では重視されていないが、実用面で言えば、古代の失われた魔法技術程度なら手に入るかもしれない。


 そんな話を簡単に説明するとドリスは、


「はー」


 と感心するような溜息を吐き、特に続ける言葉も思い付かず、頷いて黙った。


「ある程度の思考力と知識を持ってるわけだから、ただ変化させるだけで成長し得るし、成長って概念を知れば自発的に進化もするんだよ」

「つまりどういうことです?」

「放っといても、代替わりの度に段々凄いのができてくってこと」

「へぇ! 流石は賢者様です!!」


 ゴーレムが二体、二系統あったというのは、今から考えれば運が良かったのだろう。一体だけで進化を続ければどのような方向に進んでいくのか分かった物ではないが、二体いることで、お互いに調整し合って、極端におかしな方向に進まなかったわけだ。

 その二体のゴーレムが、今、力を合わせて一体のゴーレムを創ろうとしていた。


「大丈夫なんですか?」

「駄目元の企画だし、駄目なら駄目で次に行けばいいよ」


 身も蓋もない賢者の意見に、それもそうだとドリスは頷き、ゴーレム達の様子を見守る。

 今回は特に造形にもこだわっているらしく、作業にもなかなか時間がかかっている。土色であることを差し引いても、間違っても人間と見紛うような外見ではない。のっぺりとした輪郭、がっしりとした体形、可動部が球体で繋がれた関節に、太い四肢。背丈はドリスの胸の高さ程で、複雑な作りと言うわけでもない。しかし、表面を軽石で削ったり、曲線の角度を整えたり、重心を調整したりと、ゴーレムなりに細部への拘りがあるらしい。

 二体のゴーレムは満足するまで次世代機の形を整え、同時に魔力を注ぎ込み、新たなゴーレムを起動させる。そして、同時に崩れ落ち、土塊に戻った。


「で、何で一体だけになったんですか?」

「進化が頭打ちになって来たから、二体分の能力をまとめて処理速度増やそうみたいな感じじゃないかな」

「オオムネ、ソンナ、カンジ」

「おお、喋った」

「ええっ、喋りましたよ!? 口もないのに!!」


 賢者は「そういう可能性もあるだろう」程度の反応だったが、ドリスによっては驚愕の出来事だ。魔族だろうが魔物だろうが、言葉を話す者には口がある。精神に直接話しかける魔法もあるが、声として耳から聞こえることはない。一体どういう仕組みなのか、話しかけながら調べてみると、腹にある複数の小さな穴から音が出ていることがわかった。賢者曰く、膜状の土を振動させて、体内の空洞で音を響かせ、声として発するのだ。風を響かせる遠話の魔術なら聞いたことはあるが、土の震えで同じことができるとは知らなかった。


「蓄音機として使うには便利そうだな。風と違って環境による乱れが少ないから、有線で要所同士を優先で繋ぐのも良いかもね。盗聴も難しいし、都市部の公的機関なら流行るんじゃないかな」


 よく自分達で考えたなぁ、と賢者が誉めるとゴーレムは、


「ドウモ、ドウモ」


 と照れていた。


 それからしばらく経って、口の有無に関わらず「人語を解し言葉を話すゴーレム」という存在自体が常識外れであることに、ドリスはようやく思い至った。


***


 喋るゴーレムは旅に出た。広い世界で、より多くのことを学び、子孫に引き継いでゆきたいとのことだった。

 ドリスと賢者はそれを認め、餞別としてドリスは石の杖を、賢者は一袋の金貨を渡し、見送った。


 魔術と言うよりは技術、魔法と言うよりは呪法。後に【生命の再定義(ライフイズライフ)】と呼ばれる、ゴーレムの自律進化の方法論。それは、とある国家による生命人形(ライフゴーレム)兵団の創設と、生命人形に簒奪された新国家の樹立、その後の人類と生命人形の長きに渡る戦争の末、全世界で地属性の禁呪として定められたものとなる。

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