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大陸一の賢者による地属性の可能性追求運動 ―絶対的な物量を如何にして無益に浪費しつつ目的を達するか―  作者: 住之江京


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15.地属性で隕石は落とせるか

 対風の四天王の戦力増強のため、地の四天王を使い魔にしようと目論み、攻め入り、失敗し、帰ってきた当夜。


「四天王不仲説、駄目だったかぁ」


 実は魔王軍四天王は常に覇権争いをしており、お互いの失脚を狙っている可能性もゼロではない。そんな賢者の可能性論に基づき、大洞穴にある地の四天王城に勇者を派遣したのだが、当の四天王本人から不仲説を否定されてしまっては、仕方ない。


「そういえば、月が大地なのは知ってる?」


 【大陸一の賢者】は月を見上げながら、そう尋ねる。


「あはは。また馬鹿にしへるんでふか? 地面は光りはへんにょ」


 【地の勇者】ドリスは、発言の最中にも月見団子を頬張りながら、隣で月を見上げていた。

 月見という文化をドリスは聞いたことがなかったが、なかなか良い物だと思う。ドリスは夜の星の中では月が一番好きだ。一番大きくて明るく、見つけるのが容易だからだが、暗い夜空で明るく光る月を見つめていると、心が引き込まれるような気分になる。あと月見団子もさっぱりもちもちとして美味しい。


「好感があるならちょうどいい」


 賢者はドリスに指示し、膨らみを帯びた丸いガラス板を二枚、それがはまる石の筒を作らせる。

 それらを組み立てて月に向けて覗き込むと、「こんなもんか」と頷き、望遠鏡だと言ってドリスに手渡した。


「なんかデコボコが見えますね」

「月にも山があるんだよ」


 あれは地面そのものが光っているわけではなく、太陽の光を反射しているのだと。太陽自体は夜中でも地面の裏側にあり、地面の陰から月へ向かって光が送られているのだと。夜空はなんやかんやで太陽の光が届かないから黒いのだと。正確性よりも、ただぼんやり納得したような気にさせるためだけの説明だ。

 この世界の地面が球状になっているかどうかは、賢者自身が確かめたわけでもないので、その辺りの話については割愛したが。


「そっか……月も地面だったんですね!」


 ドリスは素直に納得した。

 説明している賢者としても非常に不安にはなるが、魔法使いにとって素直さは美点ではあるのだ。感情の激しさ、思い込みの強さと並んで、強い魔力の源となる。


「ただ、月までの距離って、山二つなんてものじゃないからなぁ」


 賢者は頭上に見える月までの正確な距離も、その大きさも知らないが、少なくともドリスの魔法の射程外にあることはわかる。そもそも、月なんて落とせば世界が滅ぶ。四天王を倒すために世界を滅ぼすのでは、本末転倒どころの騒ぎではない。


「ロケットでも作って、低軌道上の流星物質(メテオロイド)に干渉するのが現実的かなぁ」


 賢者が「現実的」という言葉の意味を再定義したのはドリスと行動を共にするようになってからだが、こちらの用法についてもそろそろ舌に馴染んで来た。現実的とはつまり、「何となくいけるような気がする」という意味である。


「君って空とか飛べる?」

「山二つ分くらいのジャンプならできます」


 山二つを重ねたくらいの高さ、ということらしい。

 流石に大気圏離脱は難しい、と賢者は判断する。


 例えば、重力操作で指定範囲の重力をゆるめるとする。現在ドリスが使える重力操作は、指定範囲の重力を、別の範囲に移すというものだ。部分的に重力をゼロにするとして、仮に重力圏が二十万キロそこそことすると、ドリスの魔法効果範囲となる半径数十キロ程度の重力を弱めても、周囲から斜めにかかる重力によって体感できるレベルの軽減にはならない。

 現実的(・・・)な範囲で言えば、ローラーコンベア式レールガンからの多段式爆薬推進によるマスドライバー辺りになるだろうか。大気圏離脱さえできれば戻ってくるのは容易だろうし、大気圏再突入に耐えられるような方法も、幾らでもあるだろう。

 そこまで考えて、ふと賢者は気付く。


 流石に宇宙空間で人間が生きていくのは無理ではなかろうか。と。


***


 地面の良い所は、大きい所だ。

 掛けた圧力を耐えられるだけの硬さ、厚さ、重さを用意すれば、その期待に応えるだけの大きさがある。限界を超えた力が生む崩壊を抑え込めるだけの土壌を用意すれば、それは有限の中の最大まで圧縮され、解放された瞬間、一時に放出される。

 簡単に言えば、頑丈で壮大なバネだ。

 大地が数十年、数百年かけて溜め込むだけの圧力を魔法で強引に作り出し、地面で地面を抑え込む。鋼のような柔軟性と強度を持つ地面に与え、理論値に達した所で、


「今だ!」

「リリース!」


 抑え込んでいた地面を解放する。


 バネの上に載っていた山が土煙と共に空中へ投げ出され、


「そりゃ空中分解だよなぁ」


 バラバラになった。


 空中に作り出した岩を足場に跳ね回り、未曽有の大地震をやり過ごしているドリスの背中で、賢者は悔し気な様子もなく呟く。

 思ったより地震の被害は少ない様子で、揺れ自体はすぐに収まる。見渡す限りの地面は魔法で固めてあり、圧力の影響は上方のみに逃がしたので、遠目に山崩れがいくつか見えるくらいだ。後は、砕けた山が空を覆ったくらいだろうか。


「どうします? 次、思いっきり硬くした石とか飛ばしますか?」

「そうだね、やってみようか」


 迫撃砲、と賢者は呼んだが、火薬や火砲自体がつい先月作られたばかりであり、その存在を知っている者も賢者、ドリス、そして実際に攻撃を受けた魔王軍の一部のみとなる。砲のバリエーションなど存在しないので、ドリスはいつものごとく聞き流した。


 改めて準備万端、衝撃で破損しない硬度を求めると、サイズは直径でドリスの背丈の倍程度まで小さくなったが、その破壊力は、圧力を込めたドリス自身が一番良く知っている。


「ゲシャー!!」

「ギチギチギチギチ」


 ただの土の球では【地属性無効】の城を破壊することはできないので、球の表面には、丈夫さが取柄の植物系魔物(モンスター)を寄生させている。植物が地属性でないことは以前に調査済みだ。


 発射シークエンスの最終段階、賢者がドリスの背におぶさる。


「よし、今だ!」

「リリース!!」


 ドリスは大地の力を解放すると同時に跳び上がり、次々に宙へ創造する岩を飛び石にして激しい揺れを回避する。

 飛び出した球形の岩は真上に飛び、そのまま雲を突き抜け、


「あっこれ」

「えっ何、どうしたの」

「今射程から出たんで」


 あー。と、賢者は瞑目する。


「操作が効かなくなりました」


 これはまずい。

 どれだけ着弾点を予測した所で、風のある中、曲射が一発で命中するとは賢者も考えてはいない。何より、砲身を通して真っ直ぐ打ち出される円筒形の弾丸ならともかく、地面から跳ね上がる球体だ。狙い通りに飛ぶはずもないから、ドリスに弾道をコントロールさせて城を狙い撃ちにする予定だった。射程を外れるというのは、当たり前のことだが、考えるのを失念していた。


「どの辺に落ちると思う?」

「打ち出した時の感じだと、だいぶ遠くですねぇ」


 大気圏外まで飛ぶようなものでなし、落下した所で氷河期が訪れるようなこともないだろう。とはいえ、落ちる場所によっては、街の一つや二つは滅ぶ。海に落ちれば津波も起きるかもしれない。

 あれだけ魔力を込めた球なら、残留魔力か何かで犯人の特定も可能なのではなかろうか。そんな研究が実際どれだけ進んでいるのか、そもそもそんなことが可能なのかも賢者も知らないが、楽観論でドリスをテロリストにするわけにも、自分が教唆犯として捕まるわけにもいかない。


「追いかけて受け止めよう」

「了解です!」


 ドリスは賢者を背負ったまま、目測を付けた辺りに駆け出した。


***


 風の四天王城、バルコニー。

 城主である魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは、魔王軍【地の四天王】イオルムと情報交換会を兼ねた茶会を開いている最中に、二度目の地震に見舞われた。


「余震ですわね」


 達観した様子で、ヴェゼルフォルナは紅茶で口を潤す。

 城に付与された【地属性無効】の効果は魔法による地震にも、天災による地震にも効果を発揮する。バルコニーは建物の外側に張り出しているものの、地面の揺れであれば、ヴェゼルフォルナ達には何の影響もない。

 日々、地の勇者の暴威に晒されているヴェゼルフォルナにとって、単なる地震など何程のこともないのだ。


「震源も近いし、極端に浅いし、異様に不自然な地震なんじゃが」


 揺れを薄めるように散らしながらイオルムは首を傾げるが、


「勿論、あの勇者と、賢者とかいう人間。あいつらが今更当たり前の地震など起こすはずもありませんわ。恐らく、振動で次元を歪めて狭間の世界から完全なる無を現出させ、耐性を超越し空間ごと消滅させる、と言った所でしょう」

「わし地属性魔法は専門じゃが、地属性にそんな力はないぞ」

「逃げても無駄ですわ、どうせ死にます」


 一度目の揺れで正気が振り切れたヴェゼルフォルナは、一切の表情を浮かべず、淡々と紅茶を口に運ぶ。勇者の姿を目にしていないこともあり、現実と精神を切り離し、束の間の安寧を得ていた。

 バルコニーが城を挟んで反対側に設けられていれば、勇者と賢者の作業風景も見え、一瞬で正気に戻って城内へ引きこもっていたことだろうが、幸運とも不運とも付きがたい。

 平然と夜空を眺める同僚を、イオルムは改めて不憫に思う。


「あら、流れ星」


 ヴェゼルフォルナは平穏を願い、イオルムは彼女の精神の安寧を願った。


 その夜は、遠くで一度大きな破壊音がしたことを除けば、何事もなく明けた。

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