11.地属性で能力上昇はできるか
「基本に戻ろう」
【大陸一の賢者】は石板を蝋石で軽く叩きながら、そう告げる。
「可能不可能がわからないことを考察するんじゃなくて、既に可能だって分かっている能力について考えるんだ」
「確かに、石化とか、何化? あの砂にするやつとか、地属性っぽくないですもんね」
【地の勇者】ドリスは着席したまま賛同する。
「俺から見ると、わりと地属性っぽいんだけどなぁ。とにかく、使える魔法の応用で攻めてみようと思う」
「わかりやすいのは良いと思います!」
賢者は石板に向かって蝋石を構え、少し悩んで、特に書くべき内容を思いつかないまま、その手を下ろした。
「君は普段、魔法で能力強化はしてるんだよね」
「そうですね。特に力入れなくても、賢者様を畳むくらいはできると思います」
畳むとは。との疑問は浮かんだが、ひとまず先を続ける。
「能力強化は地属性魔法ということで良いんだよね」
「そうですよ。火、水、風は身体に纏ったり、外骨格にして身体を動かしたりするんですけど、地属性は純粋に肉体を強化する感じです」
岩を纏っても動きづらくなるだけだし、岩を拳にはめて殴った所で、自分の拳が痛いだけなのだ。楕円形の石を握れば、拳を固めやすくなるくらいか。
「だけど、肉体強化による肉弾戦は、地属性扱いにならない」
「無効化されちゃいましたしねぇ」
火を拳に纏って殴れば、文句なく火属性。水や風でもそうだろう。
しかし、岩を拳に纏って殴っても、鈍器だ。打撃属性となる。地属性の最大のウィークポイントが、その部分だと言える。黒曜石で槍を作っても、それは刺突属性にしかならない。投げ技のことを「地面が丸ごと武器になる」などという者もいるが、単なる詩的表現だ。
地面を棘に変えるなど、明らかな「地属性魔法」でなければ、【地属性以外完全無効】は抜けないのだ。地属性の物理攻撃でも地属性の魔法攻撃でも構わないが、とにかく地属性と認識されるまでのラインが、どこかに存在する。この微妙な匙加減は、賢者にも何となく掴めては来ていたが、まだ微妙な差異がわからない。
「それで、何だっけ。あれ使える?」
「なんですか?」
「周囲の属性精霊から力を借りるやつ。【精霊力】とか、【精霊憑依】とか」
「【精霊絶やし】なら、たまに使いますよ」
精霊を魔法的に消化してエネルギーに変える魔術は、程度によっては地域の精霊態系に悪影響を与える場合もある。その土地から地精霊が消え去れば、単純に畑が荒れたり、道が割れたりするため人里での使用は法律で禁じられているが、四天王城の膝元ということもあり、近辺の町や村は全て魔王軍に滅ぼされているため、使用自体の問題はないらしい。
地面のあるところなら大体めいいっぱい力を引き出せるから便利、だの、普通の属性適正だと器の人間が破裂して死ぬらしいです、だのという不穏な発言を聞き流しつつ、賢者は検討を進める。
「普通の強化じゃなくて、精霊での強化だと地属性になったりしない?」
「そういえば、初回の四天王戦でも使ってましたけど、パンチはただのパンチでした」
「素手なの?」
「全力で武器振ったら、柄がもげます」
「魔法で武器作るとかは?」
「風の四天王のスピードに肉弾戦でついていくには、強化に全振りしてやっとなんです。全力で強化してる時に、振っても壊れない武器作る余裕はないですよ」
地属性の射出系魔法は出が遅いし、速度も不十分。最大強化したダッシュは、地属性の射出系魔法より遥かに早いが、単なる打撃だから利かない。捕まえてから詠唱を始めても、その隙に逃げられる。
風の四天王の本気のスピードは生半ではない、とは実際に相対したドリスの言である。賢者も何度か追い立てられたことはあるが、回避や離脱の時の速さは、魔術詠唱の隙にでも、簡単に射程外に抜け出されるほどのものらしい。
「でも、たまに無詠唱で魔法使ってたりするよね」
「無詠唱なんて的を見ないで弓を射るようなもので、相手を舐めている時しか使いませんよ。きっと、四天王の魔法防御は抜けません」
平時の強化や簡単な造形ならば無詠唱でも扱えるが、全力の強化や、複雑ないし頑丈な造形なら、最低限は必要だ。また、対空攻撃など、地属性が苦手とする魔法を使うには、比較的長い詠唱が必要となる。
結局の所、風の四天王に対抗できるだけの肉体強化と、攻撃を通せるだけの別の魔法を両立させることは、ドリスにもできないとのことらしい。
らしい、らしいと伝聞ばかりではあるが、この勇者の感覚の正確性と、報告の素直さについては、十分信頼に当たると賢者も考えている。
「結局、肉体強化に頼らない魔法で勝つか、肉体強化だけで勝つか、しかないってことか」
賢者は眉根を寄せて、そう呟いた。
***
「風の四天王。あたし達って、もう付き合いも長くなるでしょ」
魔王軍【風の四天王】ヴェゼルフォルナは、不気味な微笑みを浮かべる地の勇者に油断なく構える。
「……あの日から一ヶ月ほどかしら。確かに長い一ヶ月でしたわね」
これほど死の危険に晒された一ヶ月は、これほど時を長く感じる一ヶ月は、ヴェゼルフォルナの人より遥かに長い半生でも、存在しなかった。
答えながらも、いつでも飛んで逃げられるよう、屋根の非常口を解放する。
「だから、言ってみればもう仲間みたいなものでしょ」
「は?」
一瞬、動きが止まる。
「地に住まう聖霊よ、我が朋友らに宿り、その身を守りたまえ」
魔術の詠唱だ。内容を聞く限りでは、危険性もない、単なる仲間への強化魔法に聞こえる。「仲間」への強化魔法? 勇者は先程、自分のことを何と言った?
怖気を感じたヴェゼルフォルナが飛び立とうとした瞬間に、魔術は行使され、魔法が発動した。
「【集団防御力強化】!」
それは確かに、基本的な地属性の強化魔法だった。
ヴェゼルフォルナは自らの体が硬くなってゆくのを感じる。
単純な強化。それが自分にかかってしまった。
何かが起こる、そう思った時には、既に全身のほとんどが動かなくなっていた。
まさしく全身だ。腕や足、表情、それどころか心臓や肺まで。
防御力の過剰強化による肉体硬直。
「ふっふー、賢者様の言った通りです!! 仲間用の全体強化なら、自動で対象を補足するから回避は不可能!! おまけに抵抗も無効です!!!」
賢者、とはあの黒髪の男だろうか。鼓動も呼吸も止まり、何も考えられない。
勇者にも同じ魔法がかかっているはずだが、特に気にした様子もなく歩み寄って来る。
一歩ずつ。重みも気負いもなく、ただ当たり前の道を、当たり前に進むように。
死。
それが明確に見えた時……ヴェゼルフォルナの指先から、底冷えするような波動が迸った。
「…………………ぁぁぁぁぁっぁあああああああああっ!! た、たす、これがありましたわ!!」
ボス級魔族の基本教養である、強化解除技能。
それを自身に放ったヴェゼルフォルナは、
「に、人間風情が仲間などとはおこがましいですわ!」
と明確な拒絶の言葉を残し、屋根の外へと飛び立った。
十分に高さを取ってから城を見下ろすと、城の玄関付近に、地面に倒れたまま硬直している黒髪の男、賢者が見えた。四肢を投地したまま首だけをもたげ、その妙に円い目が狂気に輝いている。
腹いせに全力の竜巻をぶつけて、そのままどこか遠くへ飛び去った。




