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ガタン、ガタンガタン

 ガタン、ガタンガタン


 うららかな春の昼下がり。俺、仁科征陽(にしなゆきあき)28歳、独身(彼女無し)は鈍行各駅停車の地方ローカル線に揺られていた。

 行き先は休みがとれたら行こうと前々から計画していたちょっと良さげな温泉宿。


「はあぁ~~~…っ」

 今日、何度目になるかわからない盛大なため息をつく死んだ目の俺。


 休みがとれた訳じゃない、ただちょっと…うん、あれだ。勤め先が倒産しただけだ。


 今日から無職の自由人、毎日がHolidays♪


 …なんだろう? これが躁鬱ってやつ?


 そんな大したものじゃないただ漠然と『なにもしたくない』キモチと『なにかしなくちゃいけない』キモチがせめぎあっているだけ…


 俺だって分かってる。今俺が行くべきなのは秘境の寂れた温泉宿じゃなくて不況で賑わう職安所なことくらい分かってる。

 …わかってはいるんだ、いるんだ。…だけど……


「はあぁ~~…っ」

 吐く息が自然とため息になる。

 ため息には幸せが溶けていると言うが俺の中にこんなにも幸せがあったのかと疑問に感じる。

 うちは母子家庭で弟が二人いた。父親は俺が小学生の頃南米系の愛人と地球の何処かに消えていった。

 だから俺は高卒で就職した。同じクラスの俺より成績の悪い奴等は何人か大学に進学していた。今、金がない。この事であいつらが俺より生涯年収が多いと思うと不条理に感じた。

 就職してしばらくは俺の仕事は上司に頭を下げることだった。一年たった頃には頭を下げる相手に取引先がけっこうな数追加されていた。

 仕事に悩殺されながらさらに五年過ぎた。さすがにその頃には俺も頭を下げる以外の仕事もできるようになった。いくつか企画もつくらせてもらえた。ミスもした。すると俺を怒鳴ることが仕事だと思っていた上司が飛んでいって頭を下げ、あちこち回ってなんとかフォローしてくれた。今でもはっきり覚えている。その後飲みに連れていかれた。怒鳴られるとびくびくしていた俺に上司は昔した自分のミスを恥ずかしそうにでもどこか楽しそうに話してくれた。その事がなぜかすごく嬉しくて「もっと頑張ろう!」何て柄にもなく心に誓った。

 そんな頃だった。また新しいトラブルがやって来た。大学に通わせていた弟1号が彼女を連れて帰って来たのだ。

 弟1号には過ぎた可愛らしい女の子だった。(僻んではいない! 断じて言うがこの時俺は僻んではいない‼)

「彼女が妊娠した。」

 この一言を聞いた瞬間、俺は弟1号をぶっ飛ばしていた。

 何をしているんだお前は! 俺はそんなことをさせるために学費を稼いだつもりはない! 二度とその面を見せるな‼

 そう言って弟1号を叩き出した。(まぁ一応後日20万送りつけた。甘い? いえいえ、堕胎費用もありませんじゃさすがに向こうの親御さんに申し訳がたちませんから。あとは弟1号の責任、男なら自分で何とかしろ!)

 一年後、今度は母親が倒れ一週間もしないうちに還らぬ人となった。過労だった。

 後で知ったことだが母親は俺に内緒で弟1号に援助していたらしい。本当、旦那といい息子といい男運に恵まれない人だった。

 んで社長の奥さんの横領で会社が倒産しました。(今ここ)


 どうよ、朝から出続けるほど幸せは有るかい? ため息さん。世界で一番不幸だとか寝ぼけたことは言わんけど、少なくとも幸せではないよ。


 あっ弟2号は良い子に育ちました。この春からそれなりに大手で頭を下げる仕事に従事しています。頑張れ弟2号!


「……はあぁ~~…っ」

 つぅか横領で倒産ってなんだよ? いくら横領したんだよ? はぁ? 年商の5倍? しかも銀行の融資込み? 融資あったんなら予算に回せよ? いつもかっつんかっつんだったんだぞ?

 いっちゃんムカつくんはあのアマがあっさり捕まりやがったことだ。逃げろよ? 警察仕事すんなよ? そしたら俺が捜しだして追いかけて追い詰めてぶち殺して殺れたのに‼


「あー… どっか行きてぇ……」

 ここではない何処か、鈍行の車内ではない何処か、温泉宿ではない何処か、職安所でもない何処か…


 ガタン、ガタンガタン


 鈍行列車が古びた鉄橋を渡り、六分咲きの桜を過ぎ、トンネルに差し掛かる。


「あっ」

 トンネルの暗さではない漆黒の闇に俺は突然呑み込まれる。


 ガタン、ガタンガタン


 鈍行列車がトンネルを抜けた時、車掌は不思議な忘れ物を見つける。ため息ばかりついていた辛気くさい客が居なくなりその鞄、財布に携帯、衣服に靴がまるで人間だけを取り除いたかのようにそこにはあった。



 ガタン、ガタンガタン…


 ガタン、ガタンガタン……

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