その答えはビリオンに*
勢いよく開かれる教室の扉。
連れていかれた先に待っていたのは特別教室が主を占める、特別棟4階の一角。
出入口上部に備えられえたプレートには何も表記が無く、使用用途の決まっていない教室のようだが……?
「いたた……」
教室に引き込まれ、そこでようやく四葉から解放され右手がジンジンとしてくる。
室内に入るなり、俺に待っていたのは5人の生徒だった。
全員が違った表情を見せ、ニコニコとしたままの者、ただ見つめる者、頷く者とそれぞれだが、驚く素振りを見せるものはいなかった。
まるでここに来るのを待っていたかのように、一番遠くにいた5人の中でただ一人の男子生徒……いや生徒か、この人?
白衣……ではないな。ダークな感じの白衣? いや、なんていうかこう……イタイ感じにまとめられた外見。本人は堂々としているあたり、これが正装なのだろう。
年齢はおそらくおれより上──だとしたら先輩にあたるが、危ない関係は築きたくない。
「ようこそ我が、『ビリオン』へ」
ああ……何だ、やっぱ変な人じゃないか畜生。
やっぱりあんなのと絡むとロクなことにはならないんだな。
5人と俺の間をクルクル回転する物体を改めて睨む。いたのかお前。
固まる空気、止まったかのような時間。溢れ出る殺気に気づいたのか回転を止め、それはゆっくりこちらを向いた。
「──ポッ///」
耐えろ。俺。
照れてんじゃねぇよ。そうじゃないだろ、感じ取れよ雰囲気を……!
沸々と怒りがこみ上げるのを抑え、視線を奥に移す。気にしたら負けなんだろう。
「あの、いらっしゃいです」
「っと、シオイ……さんでいいんだっけ」
「おぼえてくれてましたかっ!改めて、端乃木 汐衣です。よろしくお願いしますね」
「うん、よろしく。汐衣さん」
「汐衣でいいですよ?」
「ああ……じゃ……汐衣、で」
「はいっ」
ぐ、まぶしい笑顔、そして欠けのない礼儀は心が洗われる。如何せん、今のところカオスなキャラが多い。このぐらいお淑やかで普通な子がいてくれないと中和されない。ここは汚水処理場か……!
「では、まずは紹介といこう。こっちに来てくれ」
「…………は、はぁ」
少し照れくさい紹介を交えながら彼らと話は進むが、やはりこういったイベントには慣れているはずがない。
少数ながらも俺にとっては大勢だ。多人数での会話は記憶していた授業の概念を忘れさせ、少しだけ自分の話をした。俺が憶えている限りのここまでの経緯、記憶を。
今度はこちらから聞きたい。と、いうところでちょうどチャイムが鳴り、同時に本業を呼び起こされるまで、グループ活動のような談話が続いた。
「ぁ……授業」
「なんだ、授業に出ていたのか」
「なんだ、……ってそれじゃみんなは出てないみたいじゃないですか」
「まあ、我々はな」
「……?」
「なに、まだ時間はある。しばらく学校生活でも楽しんでくれ」
「楽しむも何も、それが本業じゃ?」
引っ掛かりのある言葉。特に呼び止めることもなく、通常運転へと復帰するべく教室を出る。
適当な言い訳で何とかなるだろうか。
欠席理由を考案しながら教室へ向かうとすでに教師の姿は無く、生徒の姿も見えない。
時間割を確認すると、体育。
そうか……きてしまったか。病人明けの運動は酷だが、サボるわけにもいかず、リハビリ名目で更衣室へと足を運び着替えることにした。
そういや、自己判断で今まで生活してるけどいいんだろうか……。
____校内 廊下
──ちょっと整理するか。
全員の名前を一通り聞きはしたが、顔と名前が一致しないのは失礼だし。
まずは……5人の中で唯一の男、且つ異彩の人物。白衣なのか何なのか知らないが自称研究者。名前は……樹崎 氷雅(先輩)、だったか。年は二つも離れているが、いまいちそれを感じさせない変にフレンドリーな装いだ。
逆に威圧的な先輩面をされてもたまったものじゃないが……。
そしてその横にいたのもこれまた白衣。こちらはれっきとした白い白衣だ。不穏なカラーリングを施すなどということはしていない。……名前は「也野 妃凪」。なかなかファンタジーな発想の持ち主の様で、ここでは特記しないでおこう。
俺自身、そのファンタスティックな発想の流れに乗ることも汲み取ることも難儀で、溺れるだけだった。
──結論、全体的に個性の強い面々のためか、憶えやすいかもしれない……杞憂だったか。
他のメンバーについてはまた後にしよう……。どうやらこの二人が中心にした集団の様だったから、トップだけまとめてみたのだが。
他もなんだか長くなりそうだ。あの二人、研究者を目指しているって言ってたけど、何か思い入れでもあるんだろうか。
フラフラと若干迷いながら、置いて行かれた時間割を追いかける。
──たしかに。なんで今さら授業なんて受けてるんだろうな。
俺はこれが正しいレールの上なのか、知らないし、どちらかというとどうでもいいと思っている。
ただどうでも良くなくなるまでは、この夢のような時間で過ごしていたい。
ふと、そう思っていた。