変わったものは何なのか*
『DOOM』。
人々が生活することのできる唯一の生存圏内であり、最後の世界……ね。
通りで仰ぐ空が天井な訳だよ。
休み時間。
その辺に並んでいた歴史書や辞典の堅苦しい棚から一冊を引き抜き、現在の現状を知ろうと図書室へと足を運んでみたわけだが。
「……はーーん」
なるほどね。本を持ったまま窓際へ、そしてよーく目を凝らすと見える空……の彼方か。
人工でできてるそうな雲の果てに見えているさらなる人工物、覆い尽くすは天井である。
進歩した技術が作り出した未来をつなぐ囲いは、世界に作ったもう一つの小さな世界だった。
この外とやらには俺に馴染み深い、且つ今まで当たり前に見ることのできた空があるはずなのだが、今はもう見ることができない。
書物には『死地』と成り果てているらしいからな。……何もかも信じられない。
「また、諦めなければならないのか」
落胆、望んだ来世ではなかったがこうも前世と似たような待遇をされるとはな。
しかも世界相手では愚痴も効かない。
「はー」本を閉じ、大体の場所に本を収め図書室を後にする。
俺も変わったな……。図書室なんて場所にきて調べ物をするとは変化は恐ろしいものだ。
小学生のころに夏休みの宿題として読書感想文を書くために、無理に選び抜いた本がある。
薄くて小さな本ならばラクに終わるのでは?と、少し頭を使うようになった高学年の頃。
今思えば愚かな選択だった。
タイトルは──「人間とは?なぜ生きる」。
……危うく子供のころからうつ病でも発症しかねないジャンルの書籍であり、中身もなかなかのの濃さで一ページも消化することなく棚へ戻っていただいた。
読めない活字の猛攻と小難しい単語が並ぶ紙の束など、子供からしたら魔法の本に近い。
…………。
やめよう。
記憶の一時停止。
歩く足も止まる。
言っておくが懐かしい記憶に歓喜され、涙しそうになったわけではない。
「──そうなんすかー大変っすね~」
「でしょでしょーマヨラーもビックリだよね」
「そおっすね~すごいメズラー的なやつすかね?」
『わっははは~』
あれは?
廊下の曲がり角でそいつに再びエンカウントする。
それもケラケラ笑っているではないか。しかも二人で。……二人?
ふわふわと説明つかなさそうな原理で浮いている青い物体『ティア』。
そいつと対面する形で手をバタバタとさせ、笑っている女子。
見えてるのか……?奴は見えていないとか言ってたはずだぞ。
いや、俺には見えてるが他にも見えている人も確かにいる。あの赤い髪の子もそうだというのだろうか。
シオイに藍色の危険な子。二人もあの奇妙な物体と同じく本性は得体のしれない生命体だとしたら、俺のキャンパスライフは泥沼だ。
「……ティ……おい」
不信感が募るなか、ゆっくりと近づきまずは面識のある方にコンタクトを試みる。
「ん?おや、噂をすれば何とやらじゃないか」
「ほえ?」
「……」
「ヨツハ、紹介するよ。新しい仲間、えーと……あ!!」
「な、なんだよ」
急に顔に近づく物体、無臭である。透明度ある表面に奥まで透けて見えるが反対側までは見えない。
ブルーハワイの匂いでもするのかと不意に浮かんだのだが、たとえそんな匂いがしても扱いは変わらなさそうだ。色と形だけでは分類できない謎生物なのだから仕方ない。
「キミ……そういや名前を聞いていなかったよ」
「あぁ……そうだけど」
「名前は?」
「不審な方にはそういうの言わないようにと」
「……キミ、友達少ないだろ」
「うるさいよ。作る機会が無かっただけだし、少なからず普通にいたから」
「ほーん」
「ふむふむ」
「……く」
不審者のぐにゅりと変形した挑発的な態度、さらにちゃっかりとその隣で一緒にうなずく子。
俺が責められる点があったか。友達のことは仕方ないからいいとしても、コイツに言われるのが無性に腹が立つ。
「──ふむーなら自分は四葉っす!ここから作ってけばいいんすよ~」
「え?」
「名前をーどうぞ!」
「え、と……俺は」
次に迫る赤髪の子。その距離は文字通り真ん前だ。
キラキラした目に元気に満ちた、いや、そのままシンプルに元気な子。それがこの子の第一印象だ。
それにしても近すぎる……!
気恥ずかしくて身が引けてしまいそうになる。
「……結有。椚利 結有だ」
「ユウ氏ーすか~っ?了解っす!」
「結有かー。うん、覚えたよ」
「お前には言ったつもりないが」
「はぁ、ヒデェーー」
「……ため息したいのはこっちだよ、ったく」
「ユー氏!!基地に帰るっすよ~!」
「き、基地?いや、そういうのは小学校で卒業──」
「さ、行こうじゃないか!ははっ、結有??」
気持ちの乱れを悟られぬよう、さりげなくため息ついでに深呼吸する。
……四葉。このパワフルな感じの子は、藍色の危険人物とはまた違ったパワーの持ち主のようだ。
この青い物体と四葉は息があっているようで、どちらもケラケラしているのが予想ついてしまい、容易に目に浮かぶ。
ここまで分かりやすい性格も珍しいが、いつまでも構ってなどいられない。
「勝手に話を切んなよ!だから、ここ!学校! 俺は教室に戻るからな」
「よし!四葉、ゴー!!!」
「了解っす!ブオァーーーっ」
「ちょちょっっと!?」
言うことを聞かない点まで同じなのかよ!
振り切って二人を通り過ぎる手前、右手が持って行かれる。
掴まれたのが青物体なら迷わず壁に投げつけるのだが、引っ張っているのは四葉。
万が一でも女の子を吹き飛ばすのはまずい。第一、おそらく単純にパワー負けする……悔しいが。
青物体ティアの笑い声と、四葉に手を引かれ全力疾走に俺の体と意思は負け、前者に道は委託される。
俺は流されるまま足を動かし、教室とは真逆の方向へと連れて行かれるのだった。