感染した世界と俺*
少し前。
ちょっとした生前のこと。
俺は感染した。
中学3年の冬、通常なら将来を決める一つの分岐点とも言える高校受験。張り詰めた空気とプレッシャー、時間の枯渇を味わいながら決戦の時までを過ごすのだろうか。
机の上で黙々と己の勝利のために知識を溜め込むその姿は、まさに模範となるにはこの上ないだろうが、実際はどうだろう。
逆に緊張感が高揚感に変わり、羽目をはずす生徒も少なくはないはずだ。
思春期の不良道まっしぐらのヤンキーに、ダメだと思いながらの不良風の行動もまた、青春の一つとなるのだろう。それは一人では起こりにくくて、大抵小さな集団を作って教師の教えから少し背いてみる。
見つかって怒られるときも纏めて始末され、それでもなぜか終わってしまえば笑って過ごしている。
──こんな感じなんだろうか。
分からない。
何故だ。
答えはまず、俺がいるここは学校ではない。この時点で今までのがウソのように感じる。残念だが正解だ、今のは俺の妄想だから。それに俺、本来なら高校生だし。
思いに耽ってここまで情景を映し出せるのは自分でも驚きだが、果たしてそれが正解かは俺を含め誰も知らない。その辺の本を読み耽っているうちに変なイメージでも染みついたんだろうか、はたまた俺の願望か。
身体が重い……。
動きが制限された手を地面に向かって押す。
硬いベットだ……。驚きの寝心地の悪さ、既に慣れてはいたがシーツの変えられる周期にはいまだ不満が募っている。いつ変えるんだよというタイミングまで延ばしてくれることもあり、お客様相談係はまず確定だろう。
最近は主治医にも会ってはいない。
無駄に真っ白な壁にカーテン、チカチカと彩りを加えちゃってる医療機器の数々、手元には前に買ってきてもらった本が数冊。
今は残る一冊の後半にさしあたっているところだが、果たして読み終わるだろうか。
……。
はぁ。
日数を数えている自分が虚しい。科学の進歩とはどうして見るも無残にしてくれるのか……、これがデートまでの日にちならとか思うわけだよ。
あと……一週間、だったか。
──一週間後
あの看護婦……とうとう変えなかったなこの……
──へ、読んどいて正解だったか……?
もはや手元の本の所在なんてわからない。ただ一応勝ち誇っとく。
「くそ……」とんでもない頭痛だ。おまけに視界不良、全部揺れたり拉げたり好き勝手に暴れてくれている。
余命宣告って……結構当たるんだな……。
ここにきて駄目もとに愚痴る。これから死ぬ身としてはどうなのか、模範となるものもなく判断はつかない。ただ、この変な眠さをどうにかしたいだけなのか。寝たら即ポックリ逝けそうだ。
ぁー……今更になってなんか惜しくなってきたけど……本もちゃんと読み切ったんだけど、なんか違かったか?
グダグダとしているうちにいつの間にか考えが止まっていた。
右手……いや、左手?わかんねぇや。何かを。知らないうちにナースコールだったかを握っていた。
何だかんだで怖かったのか。さっぱりだな……
さっきから鳴り響いてた医療機器がエコーをかけたように遠くから聞こえる。
──結果、看取るやつもいないなんてな……医師すら来ないとか完璧に、お客様センター行きだ……ぞ。
「──」あ……?なんだ、いるじゃん。医者。医者?
いや……誰、だ?
何かが立っている。
死の淵際に謎を残すとか、なんてことをしてくれたんだと言いたい。
読み切っておいた、意味……いや、悔いるなら他にもあるはずなんだが。
幻影か、駆けつけた医者か、何者かは分からない。一人ポツンとこちらを見つめながら何か話している。
脳にわずかに響く声が聞こえたが、同時にそこで全てが途絶えてしまった。