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掴まれて、異世界

 私は足が速い。

 小学生の頃からの武器と言っても過言ではなく、中学では陸上部に所属し、高校も陸上部で大学生には陸上のスカウトで入学できた。正直この長所を取ってしまうと何の取り柄もない女子大生だ。だから自分の足は自慢の足だったりする。

 ところがどっこい……今その自慢の足がピンチです。

 別にいつもと変わらない通学路を歩いていると、突然近くのマンホールから腕が伸びてきて私の右足を掴んでいる。フギギッ!と力を入れても振り払えずいて不安感が急増中だ。


「なんでっ、放してっ、くんないのおっ!!!」


 こうなったら、と思って、足を掴んで放さない憎たらしい腕を踏んでしまえとおもいきり左足を振り上げたその時。


「うをぁ!?」


 急に腕が力強く足を引っ張り、Y字バランスのような態勢でマンホールに引きずり込まれてしまった。


 ふと気がつくと変な森だった。木が生い茂り、茂りに茂りまくっている。

 何処ここ?なんて、いやいやそんな…だって私ってばマンホールに引きずり込まれて気づいたらここにいたんだよ?

 まさかマンホールがどこかに繋がっていたとか……と考えていたが、考えていてもしょうがないと立ち上がった時、自身に異変があることに気づいた。

 足に力が入りにくい。腰でも抜かしたのかなってレベルで力が入らない。立つことは出来る、歩くことも出来るが、走れない。走れないんだ。

 つまりここでもし危険な動物やら危険な人物に襲われたとしても私は歩いて移動しかできないんだ。


「…と、とりあえずこの変な森を抜けなきゃ」


 まだまだ混乱してるけど、とりあえず、とりあえずこの訳のわからない状況を脱出するべく、足を進めることにした。そして、まったく走れなくなってしまった足を一歩踏み出した。 ゆっくりと歩いて行くのはいいものの、どうやらこの森はかなり深いらしく、遠くから狼らしい動物の遠吠えや本当によく分からない動物……だと思う唸り声が聞こえてくる。こんなところ一刻も早く抜け出さないと私の身が危ない。その前にメンタルが危ない。

 そう感じた私は今まで進んでいた方向が間違っていたのだと思い、道を変えることにした。まあ道と言っても獣道というか獣すら通ってるのかわからない小道なんだけど。思い立ったところがちょうど分かれ道だったので、今まで真っ直ぐ歩いて来た道を外れ、少し右方向に曲がっている道を選んだ。

 まさかこの判断が私の今後を決めるとは夢にも思わなかった。


 しばらく進んでいくと、大きな泉を発見した。


「うわー……すごいわ、これ」


 目の前に広がるのは真っ青な泉、真っ青だ。


「え、なにこれ?塗料でも流したの?」


 そう、真っ青な泉はペンキが湧き出ているのかと思うほどの色合いだったのだ。

 この水が飲めるのか飲めないのか分からないが、飲みたくはない。もしかしたら毒かもしれない。瞬時にお陀仏かもしれない。そんな考えを巡らせながらも歩き続けたせいで喉はカラカラだ。ここで水分を確保しておかなければ、このあときっと後悔する。そう確信している。

 それにもし毒だったとしてもいい。喉が渇いた、水が欲しい。

 私は泉に両手を入れ、そっとすくい上げた。泉の水は驚くほど冷たく、まるで冷蔵庫で冷やされているようだった。

 こくり、その水を飲むとカラカラだった喉が潤い、モヤモヤしていた思いが流されたようなスッキリとした感覚になった。痛みもなく、体に妙な変化もない、ただの水だった。

 いや、ただの水というのは間違いだ。だってこの水、毒ではないにしろ何普通の水と違う気がする。ひと口飲んだだけだが、体の中に溶け込むようにスッと入って来た。

 これ以上飲んではいけない気がする。しかし、もっと水を飲みたい衝動に駆られる、せめてあとひと口。あとひと口だけと心に決めてもう一度水をすくった。が、何かいる。水をすくったはずだが、妙に重量があるし、さっきの水よりも弾力を感じる。

 私は怖くなって地面に捨てようと手を傾けたその時、にゅるんと滑らかに水が動いた。


「えっ!?」


 しかもその水は私の腕を伝い、袖口から服の中に入ってきたのだ。戸惑って、焦って、慌てて上着を脱いだ。バッサバッサと力の限り服を服を振り、さっきの水がついてないことを確かめた。

 良かった、ついてない。


「まったく失礼な娘だの」


 ん?何だこの声……、と声のした方に顔を向けるとそこには、

 あのにゅるんとした水がいた。


「ひ、ひぎゃああ!!!」

「これ!うるさいぞ娘!」

「だっだだだだって!喋った!」

「喋って何が悪い、わしの泉から勝手に水を飲んだろうに」

「えっ、あっ、なんか…ごめんなさい」

「わしはこの泉の主、アオ。貴様人間であろう、どうしてここがわかった」

「はい?」

「この泉は魔力の泉…人間には悟られぬよう結界が張ってあるはず。貴様どうしてここがわかった」


 にゅるんとした水…アオと名乗った水の正体は泉の主だった。

 ここにたどり着いた経緯を話そうかと思ったが、頭のどこかで今じゃないと思い、やめた。さて、どう説明すれば納得してくれるのだろうか。


「わ、私は…その、えっと……道に迷って…」




 そうです。誤魔化すの苦手です。嘘なんかすぐにバレるタイプです。

 こんなド下手くそな誤魔化しをしたにもかかわらず、アオは「ほう…」と何か考え始めた。


「人間、わしを連れて行ってはくれぬか」

「はあ?」

「もともとこの泉の水はわしのもの。わしのものに勝手に手を出した貴様には罰を与えねばならぬが、わしを連れて行くならば罰を与えないでやろう」


 アオはふん、と鼻を鳴らしたように息をもらし、得意げだ。何言ってるんだこいつ、と正直思った。なんだって私がこんな未知の生物と一緒に行動しなければいけないのか。そりゃまあ、勝手に泉の水を飲んだ私にも非はある、でもそれとこれとは話が別だ。私はこの森から早く出たいのに何で森の生物…多分きっと生物を連れて行くなんて、拷問にもほどがある。


「お断りします」

「そうか、では泉で溺れ死んでもらう」

「やだもうアオさんったら一緒に行きましょうとも地の果てまでも!」

「いい心がけだ。貴様、名はなんと言う」

「山田美智代です」

「ヤマダミチヨ?」

「あー……美智代でいいです美智代で」

「ミチヨか。わかった。これからよろしく頼むぞ」


 よろしくなんてしたくない。切実にそう思った。



 山田美智代20歳、軽く絶望してます。


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