第五話 優音Side
第5話
「うっ…いたた…ってごめん!!」
女の子は慌ててうつ伏せになっている僕のランドセルの上からどいた。ニャーという鳴き声も聞こえるから子猫も無事だったみたいだ。教科書がたくさん入ったランドセルがなかったら病院行きだったかもしれない。体を動かすのが億劫でうつ伏せのままだったが、女の子は僕に、ー生きてますか、ーどうしよう死んじゃったの、とか物騒なことを言い出したので痛む体に鞭を打って慌てて起き上がった。
「ちゃんと生きてるよ!……いたた……。」
「本当にごめんね!あ、腕と膝に擦り傷できてる!」
女の子は抱えていた子猫を小さな女の子に渡して、自分のランドセルを開ける。小さなポーチを取り出して、バンドエイドを出すと、さらにウェットティッシュも出して僕の傷口を軽く拭いてくれる。
ーこの子のランドセルは四次元ポケットなんだろうか……。
そのままバンドエイドも貼ってくれたので僕はお礼を言った。
「手当てしてくれて、ありがとう。」
「ううん!私こそありがとう!君がいなかったら骨折していたかもしれない。本当に改めてありがとう。」
そう言うと女の子は深々と頭を下げた。小さな女の子もーありがとうございますと言って頭を下げる。
「君も僕も無事だったんだしいいよ、頭をそんなに下げないでよ。」
「いいえ!本当に、お姉さんにお兄さん、ありがとうございました!」
小さな女の子はまたまた頭を下げた。
「もう、大丈夫だよ!今度はちゃんと気をつけてあげてね。」
女の子は立ち上がって子猫を撫でる。
「はい!本当にありがとうございました。」
もう一度頭を下げると小さな女の子は子猫を大事そうに抱えて立ち去った。後ろ姿を見送り、じっと座ったままでいると、心配そうにこちらを見る女の子と目が合った。
「もしかして、立ち上がれない?まだ痛いところがあるの?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ!」
ランドセルを一度下ろしてから慌てて立ち上がると、気まずくて目を逸らした。その目を逸らした先には女の子のランドセルがある。そのランドセルには、僕と同じ小学校の校章のワッペンがついていた。
ーこの子、同じ小学校だったのか。
僕がまじまじとワッペンを見ていると女の子はしばらく不思議そうな顔をしていたが、しばらくしてから僕がワッペンを見ていることに気づいた。それから僕にも同じワッペンがついているのを見て納得したようだ。自己紹介をしてくれた。
「見かけない人だと思ったら君は今日の転校生だよね?私は木之本 雫。5年1組なの。雫って呼んでくれると嬉しいな!」
ーそうか。雫ちゃん、というのか。
雫ちゃんが自己紹介をしてくれたので僕も自己紹介を返した。
「僕はさっきも聞いたかもしれないけど工藤 優音。5年4組だよ。僕も優音って呼んでどうぞ。改めてよろしくね。」
それから先ほど僕が隠れていたベンチに座り、お互いに他愛ない話をしていると、雫ちゃんがそうだ、とキラキラした顔で言った。
「これから一緒に帰らない?見た通りこっち方面には帰る人がいなくて1人で寂しかったんだ!あっ、でも優音くんが嫌なら別にいいんだけど…。」
雫ちゃんは慌ててそう付け加えた。しかし、こんなお誘いを嫌なんて思うわけがない。今まで誰かと一緒に学校から帰るなんてことをしたことがなかったのだ。答えは決まっている。
「僕で良ければ喜んで!」
そう微笑むと雫ちゃんも嬉しそうに微笑んでくれた。
そして次の日になり、雫ちゃんは僕と同じクラスの陸を紹介してくれた。しっかり者で頼りになる陸は、僕をこの学校にすぐに馴染ませてくれて、とても心強い味方だった。最初に見た時は茶髪に茶色の目で、目つきも鋭いし怖い人かと思ったけれど見た目って関係ないんだな、と痛感した出来事だった。陸にとってコンプレックスということは、会う前から雫ちゃんに聞いていたので一度も言わなかったけれど。
それからは時間の進みが今までよりとても早く感じた。夏、秋、冬、そしてまた春がくる。小学6年生になってもそれは変わらずあっという間に時間が過ぎていった。僕たちは中学は受験をする予定がなかったのでいつも出かけて遊び、休日には遠出もした。そうして3人で一緒に過ごしている内に、僕は雫ちゃんのことがすっかり好きになっていた。本人は気がついていなかったけれど、陸はすぐに気がついた。僕が雫ちゃんが好きなことを告げた時に陸は嬉しそうにして、ずっと応援してくれていた。3人で過ごしている時は本当に幸せだった。毎日が本当にキラキラと光っていたんだ。でも、それからまた次の春が来ようとしている時に僕は父親から告げられた。引っ越しをしなくてはならないと。
今まで流されるがままに引っ越しをしていた僕がものすごい勢いで大反対をしたから親もとても辛そうだった。今までで一番僕が楽しそうに過ごしていたので両親も引越しをしたくなかったのだが仕方がなかったらしい。僕がどんなに反対しても親は懇願するばかりで僕は結局折れてしまった。刻々と引っ越しの日が近づいていくのに比例して、
ーこのまま気持ちを伝えずに雫ちゃんとは離れたくない。
その思いが強まっていた。僕は春休みの引っ越しの前日に、雫ちゃんに気持ちを伝えることを決めた。陸にも伝えるとー頑張れよ、と言って雫ちゃんと僕が2人だけで会えるように計らってくれた。
そして当日、僕はずっと待っていたけれどその日雫ちゃんは来なかった。電話もかけてみたけれど誰も出ない。一応、陸にも電話をかけたけれどそちらも同じく誰も電話に出ず反応はなかった。そうしてそのまま次の日になってしまい、僕はこの町を出て行ったのだ。
今までのことを回想し終わり、走りながら雫ちゃんの背中をを見つめる。僕の視線に気づいたのか雫ちゃんはこちらを振り向く。しばらく不思議そうな顔をしてこちらを見ていたが、走るのに集中するためか、やがてまた前を向いて走り出した。この目の前の女の子はどう見ても3年前に好きになった雫ちゃんにしか見えない。しかし、僕のことを知らないような態度をとっている。
ーどういうことだ?
僕は動揺して雫ちゃんの背中を見つめ続けた。
いつもありがとうございます。