第十三話 優音Side
「おいっ!優音お前大丈夫か!?」
「ちょ、ちょっとタンマ…!」
陸の運動能力なめてた…!僕の知らないうちにかなり上がっていたらしい。これならもうどんな大会でも賞をとれるんじゃ…。走り出して数十秒も経たないうちに引き離されたんだけど。速すぎるって!追いつけないって!
ようやく追いついてから膝に手をついて肩で息をする。すると陸は、よし行くぞ!とまた走り出した。だからちょっとタンマって!!
それから階段の横にある下駄箱を通ろうとすると鞄を3つ持った男の子とすれ違った。階段の窓から光が差してその男の子のつける緑色のピンがキラリと光る。あれ、このピンつけてるのって同じクラスの空気読めない男の子じゃ…。そう思いながら走ると僕の前にいた陸と林檎さんの喋り声が聞こえた。階段を上りきると先ほどの林檎さんと陸ともう一人いる。陸より背の低い、黄緑のリボンがついたゴムで二つ結びの女の子だ。鞄は2人とも持ってないからもしかしてさっきの子が?
「ちょっと聞いてよヘタ陸!」
「ヘタレ言うな!」
「犬石 和樹ってヤツに結羽ちゃんとのラブラブタイムとられたの!」
「いや、意味わかんねぇよ!?」
あ、ヘタ陸ってヘタレと陸を合わせた言葉なんだ…。というかあの緑色のピンの男の子、犬石 和樹っていうのか。教科書がたくさん入った重い鞄を3つも持ってるとかよく考えたらすごいな!もしかして男子は高校生になると筋力がいきなり上がるとかあるんだろうか…。すると黄緑のリボンがついたゴムで二つ結びをしている女の子は僕に気がついて手招きをした。おそるおそる近づいていくと耳を貸せとでも言うようにジャンプして僕の耳を引っ張られた。痛い痛い痛いって!君と僕との身長差が大きいんだから!慌ててしゃがむと女の子はヒソヒソと喋り出した。
「この2人の会話、長いから早く教室に行くといいよ。雫が怒ると怖いよ。」
「えっ?」
なんで知ってるんだろう。というかこの子だれだ?疑心暗鬼のオーラが出ていたのか女の子はまた僕の耳を引っ張る。痛い痛い!立ち上がりかけていたのを、慌ててしゃがんだ。
「私は愛崎 結羽。雫の友達。陸といるからアンタ優音でしょ?さっきチラッと聞いたの。」
あ、なんだ。雫ちゃんの友達か。安心して僕は頷いた。あ、そうだ!この子がわざわざ言ってくれたんだから早く教室に行かないと!ありがとう、と小声で聞こえるように言ってから軽く頭を下げるとまた僕は走り出した。後ろを振り向くとまだ陸と林檎さんは言い合いをしている…。陸よ、幸あれ!
それから教室に着いてそっとドアを開けると机に座ってボッーと座っている雫ちゃんがいた。真ん中の席だからなんだかシュールだ。そのままガラガラと開けると雫ちゃんがこっちを向いた。
「あ、おかえりー。遅かったね!」
そう言ってニコッとした。よかった!怒ってないみたいだ。ホッと胸を撫で下ろした。あ、でもカルピスは陸が持っている。
「ただいま。ごめん、カルピスは陸がもっているんだけど…。」
「そういえば陸は?」
さっき林檎ちゃんと話をしていたことを伝えると雫ちゃんはそっか、と納得した。
「林檎ちゃんは強引だから陸はいっーつも振り回されてるんだ。」
「陸はお人好しでヘタレだもんねぇ。」
そう言うと雫ちゃんもうんうん、と頷いた。それから僕の方を向くと真剣な顔で僕の顔を見た。
「優音さん。陸といつ仲良くなったの?」
「えっ?」
「私と陸は幼稚園、小学校、中学と全部同じだったし昔から仲が良かったからよく話もしていたのに優音さんのこと聞いたことがないの。ううん、聞いたことがあるのかもしれない。もしかしたらよく知っているのかもしれない。だって、優音くんのこと絶対どこかで…。」
そう言うと雫ちゃんは苦しそうな顔をした。記憶がないっていうのはすごく辛いんだな、と当たり前だけどそう強く実感した。思わず僕も苦い顔をしてしまう。その表情を見て雫ちゃんはさらに苦しそうな顔をした。
「ねぇ、優音くん。私もしかして優音くんのこと忘れてる…?」
雫ちゃんが座ったまま切なそうな顔で僕を見上げた。僕が答えられないでいると、ガララッと勢いよくドアが開いた。
「雫っ!悪い!遅くなった!林檎に話しかけられて逃げられなくてさ…。」
そう一気にまくし立ててから僕達の方に歩み寄ってきた。それから気まずそうな僕たちを見て真面目な顔をする。
「ごめん。もしかしてなんか大事な話してた?」
いや、むしろ助かりました。今ここで雫ちゃんのことを知っていると言ったって雫ちゃんは思い出さないかもしれない。それで覚えていなかったと罪悪感を持って欲しくない。それなら言わない方がいいだろう。気まずい空気を振り払うために話題を変えた。
「そんなことより陸、カルピスは?」
「おう!ここにあるぞ!」
そう言って雫ちゃんに渡すと雫ちゃんは不満そうな顔をした。え、カルピスで合ってるよね!?
「カルピス、ぬるい。」
あ、そういうことか。陸は林檎ちゃんと話していたからその間にぬるくなってしまったのか。すると雫ちゃんはユラリと椅子から立ち上がった。
「ぬるいジュースとかこの世の飲み物じゃない!陸のチビー!!!」
あ、うん。雫ちゃんの方が陸より低いけどね。まぁ、本当によく見ないとわかんないけど。そんな現実逃避をしていると、雫ちゃんはブンッとすごい勢いで陸の足を蹴った。陸はすぐにしゃがみ込む。
「やっぱりアレがきた…林檎め…。」
「陸がヘタレなのが悪いんでしょー!!」
全く、と言って雫ちゃんは鞄を肩にかけた。僕も空気を読んで鞄を肩にかけた。陸はまだ座り込んでいる。
「陸、置いて行くよ?」
「ち、ちくしょう!」
ヨロヨロと立ち上がると陸も鞄を肩にかけた。それを見届けた雫ちゃんはスタスタと教室から出て下駄箱へと先に行ってしまう。
「あー…陸ドンマイ。」
「もう慣れたから…そんなことよりお前、よかったな。」
「え?」
「気がついてないのか?」
ニヤニヤしながらそう言われても全く心当たりがない。気がついてないってどういうことだ?僕が混乱していると陸はため息をついた。
「オレが気がついてよかったな。優音くんって呼ばれてたぞ。それに敬語で話してない。林檎や結羽にだって敬語なのに。」
それを聞いて思わずポカーンとしてしまった。それからあまりの感動にしゃがみ込む。陸が慌てている気配がするが関係ない。あぁ…本当に…。
「生きてて良かったー!!」
「うお!!」
そう言って元気良く立ち上がると陸が驚く。だけどそのまま無視して急いで下駄箱へ向かった。雫ちゃんが思い出すなら話は別だ。一緒にいて記憶を思い出してくれ始めているならいっぱい一緒にいようじゃないか!
ーこれから今までの分も含めて、楽しもう。
僕は強くそう思いながら雫ちゃんの後を追いかけた。
カルピス飲みたい。
でもリンゴジュースは毎日飲みたい。
それにしても優音くん…よかったね!
でも雫ちゃんが全てを思い出すのは
まだまだ先の予定だから安心していいよ!
それにしても陸くんって本当に
いっーつも不憫ですよね。
強く生きて欲しいものです。
ちなみに身長は
結羽ちゃん<雫ちゃん<陸くん<林檎ちゃん<和樹くん<優音くん
となっておりますヾ(*´∀`*)ノ
ちなみの次の話で入学式編を終了したいと思います!