ノア・ハワードが家出した日
父上に時間を取ってもらうよう頼んだのに、何の返事もないまま1週間が過ぎた。
王城に行く日以外は家に居るし、それほど忙しいようにも思えない。何だったら母上と兄上と三人で優雅にお茶を飲んで談笑しているときもあった。どうやら俺のために時間を作る気はないようだ。家令に
「父上に時間を取ってって伝えてくれた?」
と聞いたが、
「お伝えしました。今立て込んでいるようです。」
としか返事はない。立て込んでてお茶飲んでくつろぐ時間はあるんだ~
兄上から何度かお茶に誘われたが、その度に断っていたら母上が
「あの子誘うのやめてちょうだい。無表情だし、そうじゃなかったらうつむいてめそめそして辛気くさいったらないわ。あの子見てるだけで気が滅入るのよ。」
と言っているのを聞いてしまった。無口だからと言って心の中が静かなわけ無いだろ。前世の記憶が戻る前からも心の中はいつだって
『さみしい』
『悲しい』
『もっと俺の話を聞いて欲しい』
『俺も褒めて欲しい』
『抱きしめて欲しい』
とかいろいろ騒がしかった。今更言ったところで俺の扱いが変わるわけでもないし、変わったとしてもこっちが戸惑うからこの状況を変えようとは思わないけど、時間を取って欲しいとわざわざ頼んでるのにあまりにも俺をないがしろにしすぎじゃないだろうか。
トーマスはあれから2度ほど家に来て二人ではしゃぎながら魔方陣の改良をした。家庭教師の依頼は親が了承しないというか話も出来てないので、その間知り合いの店でバイトをしているようだった。俺の家庭教師が無理なら別の仕事を本格的に探さないとですよね~と、もともと本気で家庭教師になれるわけがないと思っていたらしく、ぼちぼちと就活に励んでいるようだった。俺としては逃したくないんだけどね。
時間ばかり過ぎている。親からの俺に対する扱いと、やりたいことがあってもなかなか思うように事が運ばない焦りでいっぱいいっぱいだった。
時間をとってくれないなら、話をせずに手紙でいいじゃん。
勝手に決めて事後報告にしよ!
ふっと思いついて、引き出しから便せんを取り出し、
トーマス・ミラー氏を私の家庭教師として雇用してください。
と書き、彼にもらった学園時代の成績表の写しを添付して封筒に入れ家令に渡しておいた。
そしてもう一通ハワード領にいるおじいさま宛に手紙を書いた。
手紙を渡して1日もしないうちに父上から呼び出しがあった。
こっちは1週間も待ったというのに、自分が呼び出すときはすぐってなんなんだろう。
「予定がありますので2~3日お待ちください。」
と、言えるものなら言いたい。
父上の執務室をノックすると中から苛立った声で返事があった。中に入ると父上の横に母上まで居て驚いた。
「手紙を見たぞ。勝手に家庭教師を決めて何様のつもりだ。よりによって家庭教師を男爵の人間に頼むとか!ウチは伯爵家だぞ!伯爵家としての自覚がないのか!お前は!それから若葉のお茶会も参加しないと言ったそうだな。王家主催のお茶会に出ないとか貴族として、ハワード家の人間として恥ずかしくないのか!参加しないなどと言う我が儘なんて許さないからな!」
「そうよ!参加しないなんて我が家の沽券に関わるわ!」
二人とも顔を真っ赤にして怒鳴っている。母上においては自分が参加しない方がいいと言ったくせに、泣きながら参加させてくださいと頼むと思っていた俺が参加しませんと言ったから急に焦りだしたんだろうな。王家主催のお茶会に参加しないなんて、王家に仕える貴族としては考えられないことだし、参加できないほど金銭に余裕がないと周りに思われる行為である。
「男爵家の人間ですが、学園時代の成績は大変優秀です。王城の文官としても働いておられましたので、性格的にも問題は無いかと思います。若葉のお茶会は・・・その日は高熱になる予定です。」
「なっ!なんだその言い草は!最近お前調子に乗ってるんじゃないのか?勝手にザイール先生をクビにするし、今度は男爵家の家庭教師だと?いい加減にしろ!罰としてしばらく部屋から出てくるな!今まで通り大人しく口答えせず親の言うことだけを聞いとけ!」
怒り狂って怒鳴る父上に
「部屋にはいつもこもってますけど。邪魔してませんよね三人のお茶会にも。今更なんの罰なのかわかりませんけど。」
「くっ!うるさい!口答えするな!しばらく顔も見せるな!」
「そうよ。父上の言うことを聞きなさい!無口かと思ったら急に口答えしだして、本当にお前はかわいくないわね!」
「僕は母上に似ていると言われてますけど~」
煽ってるとますますキーキー騒ぎ出すので、母上ってこんな残念な性格してたんだなぁと冷めた目でしてしまった。執務室から追い出されたので、そのまま自分の部屋に向かい前から計画していた通り少し大きめのカバンに引き出しの中にあった兄上からの誕生日プレゼントの万年筆とお祖父様とお祖母様からもらった今までのプレゼントを詰め、最後にベットを整え灯りを消して部屋を出た。
その日ノア・ハワードは王都の家から姿を消した。




