ノア・ハワードという少年
僕はトーマス・ミラー。ミラー男爵家の次男だ。
5人兄弟で、領地はそれ程豊かでもない。これと言った特産品がないのもあるが、領地の場所も主道路沿いというわけでもなく微妙に離れている。治安がすこぶるいいわけでもない。それでも父と次期領主である兄さんが一生懸命運営している。僕も早く兄さんの補助をするような仕事について兄さんを助けたかったけど、兄さんが
「トーマスは頭がいいから王都で仕事もたくさんあるだろう。こんな田舎でくすぶるよりもっと金の稼げる仕事があるはずだ。もし稼げるようになったら弟たちのために仕送りしてくれたら父さんも母さんも助かると思う。このまま領地が発展しなかったら弟全員に学園を卒業もさせられないと思う。同じ兄弟なのに俺たちがしてもらえたことを弟たちにもしてあげたいんだ。」
なんて言うから有り難くも学園に入学させてもらえたので勉強も頑張ったし、王城の文官にもなれて家族のために懸命に働こうと思っていたのに高位貴族の同僚に仕事を押しつけられるわ、毎日残業残業で夜遅くまで働かされるわで体はボロボロだった。それでも仕事のミスだけは出すまいと気を抜くことなく頑張っていたのに、大して働いてもいない縁故で入っていた侯爵家の先輩がとんでもないミスをやらかした。
どうするんだよ、大変なことやっちまったなぁと他人事なのでのんきにかまえてたら、何がどうなってこうなったのか僕のミスになってそのままクビになってしまった。
異議を訴えたが、聞いてもらえる訳もなく、上司は「すまんな。誰かがミスをかぶらなけりゃならないんだ。」とだけ言って去って行った。退職のためデスクを整理していると、近くでニヤニヤしている侯爵家の先輩が
「悪ぃな。ま、男爵だししょうがねえよ。こう言う時のための低級だしな~」
反省もしてない台詞だった。男爵だから仕方ない・・・物心ついたときから言われ続けたこの言葉に僕は慣れきっていた。
その後、図書館での求人を運良く見つけた時神様は僕を見捨ててなかったと喜んだのにまさか仕事1日目に採用が反故になるなんて思ってもいなかった。そしてその時も
『男爵だから仕方ない』と自分でも思っていたのに、
「商業ギルドに申し込んだら駄目なの?」
銀糸の髪に紫がかった瞳のきれいな子供に声をかけられた。
背の高さはちょうど末の弟のパーシーくらい。パーシー・・・元気かな、もう大分会ってない。
目の前の子供がパーシーと重なって見えた。いや、見た目は全然違うんだけど目の前の子供めっちゃ顔整ってるんだけど。
もう心が弱ってたんだろうね。色々話してしまった、文官をクビになった事とか学校の成績の事とか。
初めて会った子供に何言っちゃったんだろって家に帰ってから落ち込んだよね。
そんな平常心とはほど遠い状態の僕にノア・ハワードと名乗った伯爵家次男のノア様は最初話しかけたときは無垢な子供のような口調だったのに、自己紹介の時は貴族の子息としての顔を見せ、そして突然口調が砕けた。まるで友達に話すように。
あまりにも変わるので、二重人格かと思った程だ。
「子供っぽい言い方だと、人の良さそうなトーマス先生が話しやすいかと思ってさ~最初はなるべくかわいさを意識して話したんだけど、名乗るときは貴族ぶった方がいいかと思ってマナー重視で頑張ったんだけど、なんかグチグチ男爵だからとか言うからキレて素の自分がでちゃった。」
後で親しくなった時にそう言って笑っているノア様を見ていると、出会った初日に素のノア様を引き出した僕ってなかなかやる男だと自分で思った。
『男爵だから仕方ない』
僕にしみこんだその言葉をノア様はとても嫌った。
「男爵だからってなんなの?生まれたところが男爵だったってだけじゃない。俺だってたまたま伯爵家に生まれただけだよ。運がいいとか悪いとか関係なくない?王家に生まれたら運がいいの?国背負って生きていかなきゃなんないのって運がいいの?悪いかもよ。平民だから運が悪いの?運がいいとか悪いとか本人の気持ち次第じゃない?」
貴族でこんな事言う人に会ったことなかった。
「低級貴族だからって優秀な人をないがしろにする方が建設的じゃないんだよなぁ」
こんな事言う人の元で働きたいと思わせる人だ。
ノア様の家庭教師にと話を頂いた時は子供の気まぐれだと思った。伯爵家の家庭教師に男爵家の人間がなるなんて聞いたことがなかったからだ。とりあえずお試しで教えてくれない?といって見せられたノートの魔方陣を見るまでは全く家庭教師になりたいなんて思いもしなかった。
自分は出来損ないの次男だからというが、この魔方陣は学園でも5年生あたりの成績上位者でも考えつくかつかないくらい素晴らしいものだった。魔導灯の改善?今まで誰も考えもしなかった。魔導灯なんてそんなものだろうと見向きもしなかった。それを暗いからって理由で数を増やすでもなく魔石のランクを上げるでもなく今ある状態で明るくしたいんだよって!衝撃だった。そして同時にわくわくした。もっとコレに関わっていたい。ノア様の近くに居たら何かこれからの僕が良いように変れるかもと思えた。
数日後、王都を離れてハワード領についてきてくれない?と申し訳なさそうに頼んだノア様に、にっこり笑って
「いいですよ。」
と答えたら、そんなに簡単に良いの?と心配されてしまったけど、いいですよ。と言った僕をあれから何年経っても褒めてあげたいと思っている。




