第5話 観測者の微笑み
朝の教室は、まだ静かだった。
外の光がカーテン越しに差し込み、机の上に柔らかく落ちる。
わたしはノートを広げ、昨日の戦闘の記録を追う。
「篁さん、おはよう」
くくりの声に顔を上げると、彼女は少し眠そうに笑っていた。
昨日の緊張は、もう少し前のことみたいに感じる。
「おはよう、くくりさん」
わたしはノートにペンを走らせながら、静かに考える。
転生者たちが次々と動き、学園の中で小さな戦線が展開される。
でも、わたしは手を出さない。
観測して、記録して、時に少しだけ想像するだけ。
「ねぇ、篁さん」
くくりが机を軽くたたく。
「昨日の戦い、あれって全部篁さんが見てたの?」
「うん……観測してた」
ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
神様は、観測するだけで世界を少しずつ知ることができる。
「すごいなぁ……」
くくりは感嘆の声を漏らす。
「でも、何も変えられないって、ちょっと切ないね」
わたしはペンを止め、彼女の言葉を考える。
切ないけど、これがわたしの役目。
物語を動かすのは他人で、わたしはその傍らで見守るだけ。
――でも、見守ることだって、意味がある。
――誰かの選択を、誰かの成長を、静かに見届けること。
――それが、わたしの神としての仕事。
くくりが微笑む。
その笑顔を見て、わたしも、自然と微笑む。
雨が降ったり、戦いがあったり、転生者が暴れたり。
世界は絶えず動くけれど、観測者のわたしにはそれが美しい。
ノートに最後の一行を書き込む。
――今日も、世界は動き、物語は続く。
――でも、誰かの微笑みをそっと見守ることも、神の仕事のひとつ。
窓の外の光が、わたしのページを照らす。
今日も、世界を見守る一日が始まる。
お読みいただきありがとうございました。