第3話 見えない戦線
雨が降った日、学園の屋上はいつもより静かだった。
水たまりに映る空は、青くもなく、灰色でもなく、ただ揺れている。
わたしは傘もささず、屋上の端に立ち、世界を観測していた。
――あの子が動く。
――転生者たちが、次の戦いに向けて動き出す。
乙宗くくりも、もちろん例外ではない。
彼女は雨の中で、無言のまま敵陣の位置を確認している。
笑わない。笑えない。
でも、目だけはいつも輝いている。
「篁さん、見てて」
くくりの声に、わたしは軽くうなずく。
傘の下でノートを開き、ペンを握る。
世界の死や分岐を記録するのは、神であるわたしの仕事。
雨粒が窓を打つ音が、リズムを刻む。
転生者たちは、自分たちの力に酔う。
わたしは、そのすべてを観測する。
――左に進めば、戦闘は速く終わる。
――右に進めば、予想外の結果が生まれる。
くくりは右を選ぶだろう。
彼女の性格も、能力も、すべてわかっている。
それでも、記録するだけ。
「わたし、やっぱり神様って退屈だな」
小さくつぶやくと、くくりが不思議そうにこちらを見る。
「退屈って、篁さんのこと?」
「うん……何も変えられないから」
でも、その目はちょっとだけ笑っていた。
神でも、少女でも、観測者でも、笑顔はいつも世界を少しだけ軽くする。
雨が止む頃、世界はまた少し変わる。
転生者たちの動きも、学校の空気も、すべて少しずつ違う。
わたしはノートに一行書き足す。
――今日もまた、世界は動き、物語は少しずつ変わる。
――そして、わたしはそれを静かに見守る。