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男であり女

 私は、男であり女だ。

 いわゆるトランスジェンダーというやつだ。

 カレンダーを見る。

 2040年4月。

 入学式の時が来た。

 深呼吸をする。

 手が震える。

 大丈夫。

 中学校では上手く出来た。

 誰にもバレなかったし、無理して男の制服に腕を通した。

 今年からは隠さなくていい。

 その事実は背中に神様がいるみたいだった。

 私は、女用の制服に腕を通す。

 今日から私は、女だ。

 目をつぶったら理想の高校生活が浮かぶ。

 一つ一つがシャボン玉みたいに出てきては消える。

 絶対に実現させる。

 そう強く思った。

「大丈夫なの?」

 母が優しそうな、心配しすぎのような声で言った。

 まるで、梅干しを食べているような顔だった。

 笑いそうになる。

 でも、あと一歩のところで立ち止まった。

「……大丈夫だよ。」

「心配しすぎだって。」

「法律が変わったんだから、私の後ろには国がいるんだよ。」

 母は怪訝な顔をした。

 国を信用していないらしい。

 私は無視して、玄関を飛び出した。

 期待と夢を胸に込めて。

 法律が変わった。

 今までは、制服は性別に合った物を着ないといけなかった。

 今までは、空港で記入する時、性別欄にどちらでもないが無かった。

 でも、今では、それが変わった。

 制服はどちらでも良くなったし、性別欄にはどちらでもないが出来た。

 ついに来た。

 多様性が認められている世界が。

 入学式はそつなく終わった。

 でも、現実を突きつけられた。

 私は、勇気を出した。

 人に話しかける勇気を。

 でも、駄目だった。

「ねえ、なに話してるの?」

「私も混ぜて。」

 私は、優しそうな人に向かって話しかけた。

 精一杯頑張ったつもりだ。

 少しぎこちなかったかもしれない。

「……それでさ。」

 話は止まらなかった。

 悲しかった。

 でも、後ろには国がついてる。

 そう思って、心を奮わせた。

 私は、違うグループにも話しかけた。

 出きるだけの笑顔で。

 今度は性別の違うグループに。

「ねえ、ちょっといい?」

 そのうちの一人と目があった。

 その子はまるで、虫を見ているような目をしていた。

 固まる。

 でも、違うかもしれない。

 希望はあるのかもしれない。

 当時は本気でそう思っていた。

 その子とは違う人が言う。

「ごめん。」

 手を合わせた。

 少しの沈黙が走る。

 目は見えなかったが、口が笑っていたように見えた。

「……ちょっと恥ずかしいから、後でいい?」

 私は、希望を捨てられなかった。

 捨てたくなかった。

 ついに来る。

 理想の高校生活が。

 そう思わなければ崩れてしまいそうだった。

 後でいい?

 この言葉を信じてしまう。

 そんな自分が今になって嫌になる。

 その日は、それで帰る時間になった。

 後で。

 何て来なかった。

 絶望は、上から降ってくるように直前で気づいた。

 避けようとしたが、動き出すことができずに胸に深く刺さった。

 母には、言えない。

 そんな現実だった。

 涙が垂れる。

 焼けるように熱く、そして氷のように冷たい。

 感情と合わさってもう、どうでも良かった。

 玄関についた。

 ドアがとても大きく見えた。

 まるで、拒絶しているように見えた。

 私なんて……。

 でも、明日から何かを変えよう。

 私には、国がついているのだから。

 何とかなる。

 はずだ。

 きっと。

 きっと……。

 信じられる。

 その存在は国しかなかった。

 私が女だと感じ始めた時。

 同時に法改正が進み始めた。

 私は、運命を感じた。

 自分を隠さずに過ごせる日が来るのだと。

 本気で信じていた。

 でも、現実はこうだ。

 無視され拒絶され、もう、信じられなくなった。

 国なんて……。

 もう……。

 涙が溢れて止まらない。

 まだ、一日目なのに。

 これからが、大変なのに。

 分かってる。

 でも、今は、泣かせてほしい。

 涙が止まるまで。

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