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北風


 その次の日、レフィナード城には北風が強く吹き荒れた。

 強風にさらされて、裏庭一面に干された洗濯物は今にも飛んでいきそうなほどたなびいていている。


 その中でもひときわ大きなシーツは風にバタバタと揺らされて、ついにロープから離れていってしまった。

 この風ではあっという間にどこかへ飛ばされてしまう。私は急いで裏庭へ出ると、飛ばされたシーツを追いかけた。


 追いかけても追いかけても、北風はシーツをさらっていく。

 私の足では全くシーツに追いつけなくて、息も切れ、諦めかけた時――向こう側で、ひょいとシーツが捕まえられた。


「アルビレオ様……!」

「ペルラ。追いかけていたのはこれですか」


 ちょうど裏庭に出ていたアルビレオ様が、シーツを拾ってくれたようだった。私は急いで駆け寄ると、アルビレオ様に頭を下げる。


「はぁ、はぁ……ありがとうございます! 窓の外を見ていたら、目の前でシーツが飛ばされてしまって」

「この風ですからね。一旦、取り込んでおくことにしましょう」

「はい、助かりました! ふぅ……」


 久しぶりに走ったせいで、なかなか息が整わない。

 情けなく息を切らす私を見てアルビレオ様はフッと笑い、そして一言「失礼」と前置きをしてから、私の髪にくっついていた葉っぱをそっと摘んで取り払った。

 葉っぱなんて、いつの間に付いていたのだろう。アルビレオ様の指先から、緑色の葉が風に乗って飛んでいく。


「あ、気づきませんでした! ありがとうございます」

「いえ……髪に触れて申し訳ありません。つい、可愛らしくて」

「えっ」

 

 葉っぱを乗せたまま髪を振り乱していた私を、アルビレオ様はさらりと褒めて下さった。一瞬、ドキッとしてしまったけれど……


(なんていうか……動物を『可愛い』と言うようなものなのかしら)


 おそらく、その意味合いが近い気がする。散歩中の犬なんかも、葉っぱをたくさんつけたまま息を切らして走ったりしているし……似たようなものなのかもしれない。私は一人で納得して頷いた。

 

「ペルラの髪は柔らかいのですね。陽に透けて、ふわふわとしていて……俺と全然違う」

「少しクセ毛なのです。フニャフニャしていて纏まりにくいので、編み込みにしておりまして。私はアルビレオ様のような、まっすぐな髪が羨ましいです」

「この髪ですか? 固くて多くて、良いことはなにもないですよ」

「いえ、サラサラとしていて憧れます。私の髪ではそうはいかないので……」


 黒く艶やかなアルビレオ様の髪は、クセがなくまっすぐで美しい。今日のように風が吹いてもサラサラと風になびいて、その姿さえ(さま)になっていると思う。


「……俺は、金髪に憧れますね」

「金髪ですか? ルイス様のような……?」

「そうですね。ルイス隊長みたいになれたら、どんなにいいでしょうと、何度も思っています」


 アルビレオ様が意味深な呟きを口にする。

 なんとなく今日は元気も無い気がして、私は励ますための言葉を探した。


「アルビレオ様なら、金髪でもどんな髪色でもお似合いでしょうけど……私はアルビレオ様の髪、好きですよ」

「す、好き?」

「ええ。黒い髪がとても素敵だと思います」 

「あ、ありがとうございます……」


 アルビレオ様は照れたのか、私からフイッと目を逸らす。少し頬が赤く染っていて、私もアルビレオ様のことを可愛らしく思ってしまった。

 

「髪といえば、マルグリット様のような赤い髪も美しいですよね。薔薇のようで、華やかに波打って……」

「マルグリット?」


 しかし、髪の話をしていただけなのに、マルグリット様のお名前を出した瞬間アルビレオ様の顔付きが変わる。

 まるで忌々しいものを思い出したかのような、憎しみのこもった目は、出会ってから初めて見るものだった。


「……ペルラは聞きましたか、マルグリット・フェメニーのことを」

「あの……聖女候補となった件についてですか?」

「そうです。俺はあの女が許せない。すべて、ペルラがやったことなのに」


 正義感の強いアルビレオ様は、最初からマルグリット様のことを良く思ってはいなかったけれど……聖女候補となったことにより、さらに怒りを覚えているようだった。


「ルイス隊長を救ったことで聖女に選ばれるというのなら、あの嘘つきな女ではなくペルラが選ばれるべきなのです」

「で、でも。もうレフィナード王を交えてのお話が進んでいるのでしょう? それなら絶対に私のことは秘密にすべきです。マルグリット様が聖女に選ばれるのなら、それで良いではありませんか。城の方々だってルイス様だって、お喜びになるでしょうし――」

「いいえ。マルグリットが聖女候補として騎士団に来るようになって、何をしているか知っていますか。ずっとルイス隊長に頼りきりで、ろくに治癒も行っておりません。ルイス隊長も何を考えているのでしょうか。俺は――」


 アルビレオ様は辛そうに唇を噛み締めた。


「俺は、ルイス隊長があなたを見初めたら良かったのにと……そう思います」


 絞り出すように吐き出された言葉は、とても苦しげなものだった。


「ルイス隊長は、マルグリットより先にペルラへ声をかけるべきだった。それならペルラの想いも報われたし、ルイス隊長だってあのような女に騙されることも無かった、聖女候補になることも――」

「そんな今さら……ルイス様は何も悪くありません。もし仮に私が名乗り出ていたとしても、こうはいかなかったでしょう。マルグリット様のような(かた)だったからこそ、ルイス様は心惹かれたのでは」

「……それは違う」


 こんなにも辛そうなアルビレオ様は初めてだ。

 今、私が何を言っても届きそうにない。

  

「結ばれるべき二人が結ばれないのは、違います」

「え……?」 

「ペルラはルイス隊長のことも、ご自分のことも……何も分かっていない」


(分かっていない……?)


 消え入りそうな声に、こちらまで胸が痛くなる。

 アルビレオ様はシーツを私に手渡すと、足早に騎士団本部へと去っていった。

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