太陽のような人
騎士団第三部隊長を務めるルイス・クラベル様。
見上げるほどの長身に、太陽のように輝く金色の髪と曇り無き青い瞳を持つ、麗しの騎士。
誰に対しても壁のない朗らかなお人柄は、由緒正しきクラベル侯爵家のご令息であるとは思えないほど親しみやすく、身分問わず彼を慕う者は後を絶たない。
かくいう私も恋焦がれ、失恋した今もなお想い続けるお方だった。
そんな人が今、目の前に立っている。
(ル、ルイス様……!?)
第二治癒室のドアを開けて入ってきたのは、ルイス様だった。まさかの人物の登場に、心臓がバクバクと悲鳴をあげている。
「……ごめん。アルビレオ、もしかしてお取り込み中だった?」
「何故ですか」
「だってその、手が」
「手?」
ルイス様に言われて、私とアルビレオ様ははふと顔を見合せた。
私達の距離はいつも以上に近く、いつの間にか手をきつく握りあっている。
(わっ……近い!)
そうだった。お互いに失恋中であることで仲間意識が芽生え、私からアルビレオ様の手を握ってしまったのだった。
自覚はなかったけれど、客観的に見たらなにかを疑われてもおかしくない。我に返った私達は急いで手を離し、互いに距離を取り合った。
「……ルイス隊長、何故ここに? 俺が第二治癒室にいることをご存知だったのですか」
「いや、お前を探していたら『アルビレオはヨランダさんを治癒室へおぶっていった』って聞いたからさ……でも、ヨランダさんはいないな。ということは二人きり? ヨランダさんはどうした?」
「ヨランダさんは腰も治って帰りました。俺はここで昼食をとっていただけです」
「昼食を? ここで?」
「はい」
「治癒師の子と二人きりで? アルビレオが?!」
「そうですよ。何か問題でも?」
よっぽど意外だったのだろうか、ルイス様は口をポカンと開けたまま、私とアルビレオ様を見おろしている。
アルビレオ様、私、アルビレオ様、私――
ルイス様の視線が交互に突き刺さる。
どうしよう。現実感の無い状況に、私は動きが取れなくなってしまった。声も出ない。
(ルイス様に、見られている……!?)
自分が、あのルイス様の視界に入ってしまっている。
こんなこと、二度とないと思っていた。私は第二治癒室の下っ端治癒師で、ルイス様は名のある騎士隊長様で……こんな距離でお会いすることなんて本来なら有り得ない。
そもそも、今日の私はルイス様に見られて耐えうる姿をしているのだろうか。
髪は適当に編み込んだままで、お化粧も必要最低限の日常仕様だ。今日の治癒服なんか繰り返し着ているせいでクタクタで、もしかしたらどこかにシミなんかあったりするかもしれなくて……
今すぐ、この場から消えてしまいたい。せめて、万全の準備をしてからルイス様の前に立ちたかった。今さら、どうしようもないけれど。
「ペルラ? 大丈夫ですか?」
「は、はい。すみません、少し緊張してしまって」
あまりの事態に固まっていると、隣に座っていたアルビレオ様が声をかけてくださった。なんて良い人なのだろう……私にはその優しさがありがたい。
この状況に耐えられない私を察して下さったのか、アルビレオ様はルイス様から私を隠すように、一歩前へと立ちはだかった。その安心感で、私はやっと胸をなでおろす。
「ルイス隊長。この方はペルラ・アマーブレといって、第二治癒室の優秀な治癒師です。ヨランダさんを送り届けているうち、友人になりました。ルイス隊長もどうかお見知りおきを」
「へえ、友人か。アルビレオから女性を紹介される日が来るとはなあ」
「先程からなんなんですか、一体」
「だってお前、基本は女性と話さないだろう?」
(そうなのね……こんなに話しやすいのに)
女性であるヨランダさんにもあんなに親切だし、治癒室でもくつろいだ様子で接してくれるのに、女性と話すのはあまり得意ではないのだろうか。
確かに初対面のアルビレオ様は、固い印象を受けた気がする。あれは、女性と接することが少なかったせいなのかもしれない。
「ペルラさん、初めまして。私は彼の所属する第三部隊、隊長のルイス・クラベルです。休憩中に突然お邪魔して悪かったね」
「い、いえ……ルイス様のことは、存じ上げておりますので」
「嬉しいな。こいつのことよろしくね。ちょっと融通がきかないところもあるけど、アルビレオは良い奴だよ」
「はいっ……とても良くしていただいております」
(ル……ルイス様と、お話ししてしまったわ……!)
こんなこと、あっていいのだろうか。
指が震えている。隣でアルビレオ様が見て下さっていなければ、緊張で倒れていたかもしれない。
もうこれ以上は会話を続けることも難しくて、不躾ではあるけれど思わずアルビレオ様に目配せをした。私の心境を察してくださったのか、アルビレオ様も軽く頷いて合図をくれる。
「融通がきかない、とは心外ですね。それよりルイス隊長、ご要件はなんですか。俺に用があっていらっしゃったのでしょう?」
「ああ、そうだった。午後は備蓄用物資の確認をすることになったから、物資保管庫に集合してもらえるか。量は多いが、皆でやれば早く終わるだろう」
「承知しました。では後ほどまいります」
「頼んだよ。じゃあまたあとで。ペルラさんもまたね。よかったら今度、騎士団にも遊びにおいで」
ルイス様は去り際に太陽のような笑顔を残して、第二治癒室を後にした。
その瞬間、私には限界が来たらしい。立ち上がってルイス様をお見送りしたものの、扉がパタリとしまったと同時にへなへなと崩れ落ちてしまった。
「ペルラ!」
「す、すみません。少し、気が緩んでしまいました……」
即座に差し出されたアルビレオ様の手に、ありがたく掴まらせていただいた。支えられながらゆっくり立ち上がった私は、アルビレオ様に促されるがまま椅子に座りなおす。
「ルイス隊長が突然すみませんでした。驚いたでしょう」
「はい……私、ほとんど反応出来ませんでした。きっと挙動不審でしたよね……」
「まったく問題ないですよ。あの方はいつもああいう感じなので。もっと気楽に考えて大丈夫です」
「気楽に……」
無理では無いだろうか。雲の上の人が突然目の前に現れて、あのように話しかけられたら……気楽でいられるはずがない。
素敵だった。輝く笑顔も明るい声も、すべて。ルイス様がいただけで、治癒室に光があふれたようだった。
けれど眩し過ぎて、緊張して、まともに話もできなくて……アルビレオ様と二人きりの時は、こんなことにはならないのに。
先程のルイス様を振り返り、私がそんなことを考えていると、手を取ったままのアルビレオ様が小声で呟く。
「……やっぱり、目の前で見ると妬けますね」
「え?」
「ルイス隊長の前では、こんなに緊張するなんて」
けれど、声が小さくて聞き取ることができない。
「アルビレオ様? どうかされましたか」
「……いいえ。なんでもありません」
こころなしか、アルビレオ様の笑顔が堅い気がする。
お仕事のことを考えているのだろうか、それとも私がなにか粗相をしでかしたのだろうか……その日アルビレオ様は結局元気の無いまま、第二治癒室を去っていったのだった。