お似合いの相手
その数日後。嫌な予感は的中した。
アルビレオ様が、再び第二治癒室にやってきたのである。
ちょうど昼休憩の時間に現れたアルビレオ様は、前回と同じく、背中にはちんまりとヨランダさんをおぶっていた。
しかし今日はなにやら……アルビレオ様は複雑そうな表情をしている。見るからに様子がおかしい。
(どうしたのかしら……?)
「こんにちは。アルビレオ様、ヨランダさん」
「ああ、ペルラ、その……ヨランダさんが急に現れて、治癒室へ連れて行くようにと言うので連れて来たのですが……」
「まあ! そうだったのですね。お忙しいところありがとうございます。ヨランダさん、今日も腰が痛みますか? それではまた、そちらのベッドに――」
そういうことならと、私はいつものようにヨランダさんをベッドへ促そうとした。
が、次の瞬間。なんとヨランダさんは、アルビレオ様の背中からピョンと飛び降りたではないか。
それは八十歳であることが信じられないくらいの軽やかさ。治癒室に来る必要などないのではと思うくらい、とっても元気だ。
「あれぇ! おかしいねえ! 腰の痛みが急に無くなっちゃったよ」
「えっ、急に? 本当ですか?」
「騎士様がおぶってくれたおかげかねえ! 本当に優しくて気のいい騎士様だ!」
そしてヨランダさんは私達の前に立ち、突然演技がかったセリフを言い始めた。
わけが分からなくて呆気にとられていると、隣のアルビレオ様も同じようにポカンとした顔をしている。
「こんな立派な騎士様なかなかいないねえ! ペルラちゃんもそう思うだろ?」
「え?」
「背が高くて男前、おまけに年寄りにも優しいときた。ペルラちゃんもこういう男がいいだろう?」
「そ、そうですね……?」
相槌を打ったあと、私はハッと気付いた。
(ああ……ヨランダさんったら、もしかして……!?)
あの日、「ペルラちゃんにお似合いの相手を私が探してきてあげようね」と張り切っていたヨランダさん。
さっそく『相手』を探してきたと思ったら、よりにもよってアルビレオ様を選んでしまうなんて。
以前、アルビレオ様はヨランダさんからの「嫁をもらうならペルラちゃんみたいな子がいいだろ?」という無茶振りに、「そうですね」と相槌を打ってしまった。もちろん、私を気遣ってのことだ。
しかし、その相槌を真に受けてしまったヨランダさんは勘違いしてしまったのだ。私に気を遣ってくださっただけのアルビレオ様を選んでしまったらしい。
(アルビレオ様すみませんすみませんすみません……!)
脳内で平謝りを繰り返す。
アルビレオ様も怪訝な顔はしているが、この様子ではおそらく、なぜ自分がここ連れてこられたのか分かってはいないだろう。
私があの時、ヨランダさんを制することが出来ていればこんなことにはならなかったのに……アルビレオ様には申し訳なさでいっぱいだった。
「さて。私は元気になったことだし、昼食でも食べてくるよ。あとは若いお二人でごゆっくり」
「でも、アルビレオ様もお忙しいでしょうし……」
「分かりました。ここはヨランダさんのお言葉に甘えて、こちらで休憩させていただきましょう」
アルビレオ様は、またもやヨランダさんに話を合わせてくれる。なにか察して下さっているようで、とても気まずい。
そんな私の思いを知ってか知らずか、任務を終えたヨランダさんはさっさと出ていってしまった。
「あの……アルビレオ様、またご迷惑をおかけして申し訳ありません。重ね重ねお気遣いいただいて……これには事情がありまして」
「事情、ですか?」
「ええ。ヨランダさんに悪気はないのです。私に恋人や婚約者がいないことを心配して、気を利かせて下さったようで」
「どういうことですか」
「実は――」
私はこれまでのいきさつをアルビレオ様にお伝えした。
ヨランダさんのお孫さんには恋人がいたこと、なので私にお孫さんを紹介することは出来ないと、なぜか謝られてしまったこと。
そして、私にそういった相手がいないことを知ったヨランダさんが、妙に張り切ってしまっていること。私に似合う相手として、アルビレオ様に目をつけてしまったこと……
「なるほど……おかしいと思ったのです。俺の顔を見るなり、タイミング良くヨランダさんが座り込んだので。なんとなく不自然さは感じていたのですよ、仮病なのではないかと」
「あああ……もう、本当に申し訳ありません」
「俺をペルラのもとへ連れていくためだったのですね」
真相を知ったアルビレオ様は、少し呆れたようにため息をついたあと、フッと軽く微笑んだ。
「お孫さんの心配が片付いたら、今度はペルラの心配をしているのですか。ヨランダさんは」
「そうなのです。止めようとした時にはもう遅くて。お孫さんの件もありがとうございました……アルビレオ様が忠告して下さったのでしょう?」
お孫さんについては、アルビレオ様からひと言『話を聞いてからにしたほうがいい』と忠告してくださったから、ヨランダさんもお孫さんと向き合ってくれたのだ。私はそのことにも感謝していた。
「忠告というほどではありませんよ。とにかく、ヨランダさんは先に相手の話を聞くべきだと思ったまでです。いい人なんですが……あのかたは、人の話を聞かないでしょう?」
「はい」
私とアルビレオ様は、目を合わせるとクスリと笑った。
「もしまたヨランダさんから頼まれても、そういう事ですので……お付き合い頂かなくても大丈夫ですから」
「いえ、なるべくヨランダさんのおせっかいにお付き合い致しましょう」
「えっ」
「ヨランダさんはペルラの世話を焼きたいのですよ。きっと、俺がだめならまた別の男を用意するでしょう。なら、事情を知っている相手のほうがペルラも気が楽なのでは?」
「それは……」
それはそうかもしれない。お孫さんとの結婚話の時も、ヨランダさんはなかなか諦めてはくれなかった。今回だってアルビレオ様じゃなくても、きっと別の誰かを探してくるに違いない。「この人だ」と、私が首を縦に振るまで。
いったい、それは何度繰り返されるだろうか……その対応を想像するだけで、ドッと疲れてしまった。
その点で言えば、アルビレオ様はすべて把握して下さっているありがたい存在だ。
失恋している私の事情を理解して下さっているし、ヨランダさんからおせっかいがあったとしても程よく受けとめてくれるはず。しかし……
「でも、アルビレオ様にご迷惑ですから」
「迷惑などと思ったことはありませんよ」
「ですが……」
「ペルラの気持ちが癒えるまで、俺を使ってくれたらいいのです」
そう言いながら、アルビレオ様は私に視線を送る。
「まだ好きなのでしょう? ルイス隊長のことが」
「え……そ、それは」
「ペルラの気持ちを知っているのは俺だけですから。無理せず、俺を頼ってください。使えるものは使えば良いのですよ」
「そんな、使えるものだなんて!」
ルイス様に失恋したことを知っているのはアルビレオ様だけ。失恋したばかりの私が、簡単に次の相手を探せないことも――おそらく分かってくださっている。
その上で、アルビレオ様は私に協力してくれると言っている。なんとも私に都合が良すぎるのではないだろうか。
「ほ、本当にアルビレオ様はそれでよろしいのですか?」
「ええ、お気になさらず。むしろあなたのお役に立てるのなら、喜んで引き受けますよ」
あまりのご厚意に恐縮してしまう。
ルイス様を助けたのが実は私だったからといって、アルビレオ様がここまでする義理はないのに。
(本当に……アルビレオ様は、義理堅いかたなのだわ……)
「それではまた参ります。ヨランダさんと一緒かもしれませんが」
「え、はい……」
アルビレオ様は、何がなんでもまた来るようだ。次もヨランダさんをおぶって登場するのだろうか。
断りきれなかった私は後に引けず、次の来訪を待つのだった。




