夢は叶う
第二治癒室でのんびりと働いていた私の毎日は、事件の日から一変した。
後ろ盾のない貧乏男爵令嬢である私にも、なんと『聖女候補にならないか』と王からの打診があったのだ。
「まさか私にまでお話が来るなんて思いもしませんでした」
「マルグリットに騙されて、王の面目も丸潰れですからね。本当の聖女はペルラだったと、あなたを証人のようにして表に出したいのでしょう」
「なるほど……」
今日もアルビレオ様は、お昼休憩の時間にやって来た。最近はもうヨランダさんという口実を待たず、お一人で第二治癒室まで会いに来て下さっている。
アルビレオ様の経過は順調だった。刺された際にできた胸の傷跡は少し残ってしまったが、もうほとんど影響が無いくらい元通りに回復している。
あの時聞いたドラさんの話によれば、ナイフには魔力を奪うという禁術がかけられていたらしいが、アルビレオ様の魔力は今のところ無事なようだった。
ナイフについても、騎士団を通して調べてみたところ、特に術がかけられている痕跡はなかったらしい。
もしかすると偽物であったのだろうか。そんな怪しいナイフを手に入れてまで、マルグリット様のために凶行に及んだドラさん――彼女のことを思うと、少し切ない気持ちになる。もちろん、アルビレオ様を刺したことには変わりなく、やはり許せないのだけれど。
「この間は、側近の方から直々に『騎士団専属の治癒師にならないか』とも言われました。マルグリット様と同じですね。丁重にお断りしましたけど」
「俺も反対です。騎士団専属の治癒師など、つまりずっと男を相手にするようなものではないですか」
私はというと、レフィナード王からの恐れ多い申し入れも辞退させて頂いている。
しかし王側は、せっかくの聖女候補者を諦めきれないようだった。度々お話を持ち掛けてくるのだ。もう何度お断りしたか分からないほどだ。
「ペルラを騎士団に常駐させるなんて言語道断です。必ず、あなたに懸想する男が湧くでしょう。絶対に阻止しなければ」
「そ、それはアルビレオ様の考え過ぎですよ」
「いえ、ペルラは油断し過ぎなのです。見て下さい、窓の外を」
「外?」
私は、アルビレオ様に促されて窓を見た。
裏庭からは今日も騎士団本部が良く見えて、その前では騎士様達が慌ただしく行き交っている。いつも通りの光景だ。
ただし、最近は向こうからこちらを見る騎士様もちらほらいらっしゃる。渦中の治癒師がどんな人物であるのか、きっと興味があるのだろう。騎士様の中には分かりやすく手を振って下さる方もいて、私も治癒室から手を振り返して応えた。
「ペルラ、駄目です」
しかし、騎士様達に手を振る私へ、アルビレオ様は身も凍るような冷たい視線を寄越す。そして即座に窓のそばまで近付くと、シャッとカーテンを閉めてしまった。
「ああっ、騎士様達が……どうしてカーテンを閉めるのですか!」
「ペルラこそ、なぜ騎士達に愛想を振りまくのです? 好意を持たれたらどうするのですか!」
「だから考えすぎですってば!」
「そんなことはありません! 実際にペルラを好きな騎士がここにいるでしょう!」
鬼気迫るアルビレオ様が間近に迫って、私は言葉を失った。
そうだった。アルビレオ様がずっと想い続けていた『好きな方』は、私だったのだ。嘘みたいな話だけれど。
「そ、そうですね。そうでした……」
「自覚してもらわないと困ります。早く覚悟を決めてください、ペルラ」
先日、私達は互いに気持ちが通じあった。しかし、実はまだ進展が無い。私側の覚悟が決まらずにいるため、アルビレオ様が待って下さっている状態にある。
「だっていまだに信じられないのです。アルビレオ様が私のことを想って下さっていたなんて……考えれば考えるほど謎で」
「知りたいのであれば何でも答えますよ。それでペルラが心を決めてくれるのならいくらでも」
アルビレオ様はじわじわとカーテンの端まで私を追い詰めると、腕の中へ閉じ込めた。少々強引になったアルビレオ様を相手に、私の逃げ場は無くなってしまう。
「ペルラが去年働き始めてすぐです。目で追うようになったのは」
「え? そんなに前からですか?」
「ええ、その時から俺はもう好きでした。知っていますか、俺達はその頃、一度会っているのですよ」
ある日、アルビレオ様が負傷した騎士仲間を支えて歩いていると、向こうから走ってきた治癒師がいたらしい。それが働き始めたばかりの、新米治癒師である私だったそうだ。
『第二治癒室は庶民担当』だなんて暗黙の了解も当時の私は知らなくて。私はただ自分の仕事を全うしようと、負傷した騎士様に治癒魔法を施したのだった。
「もしかして、あの時の……?」
確かに、その時のことは記憶にある。働き始めてすぐの頃、勝手に騎士様に治癒魔法をかけ、第一治癒室から注意されたことがあったのだ。
『第二治癒室は庶民用』『私達の患者に手を出さないで』とベテランの治癒師達から強く叱責され、私はその時やっと自分の置かれている立場を自覚した。それからというもの、騎士様にはなるべく近寄らないようにしていたのだ。
「後でペルラが第二治癒室の治癒師であると知り、とても歯がゆい思いをしました。騎士である限りあの人に治癒してもらうことは出来ないのだと」
「そ、そうだったのですね。私、何も気付かないで……」
「その時からずっと、俺は第二治癒室を見ていました。ペルラもこちらを見てくれていたから、俺は愚かにも勘違いを――」
「勘違い?」
「……いえ、こちらの話です。その後、ルイス隊長の件で己の失恋を知ったのです」
アルビレオ様はあの嵐の日、ルイス様のもとへ来た私を見ただけで、失恋を悟ったらしい。あの時の私は無我夢中だったけれど、そんなにも分かりやすかったのだろうか。それを思うと恥ずかしい。
「もう、ルイス隊長への未練は本当にありませんか? これからは俺だけを見てくれますか」
失恋中はよっぽど辛い思いをしたようで、アルビレオ様は先日からこうしてルイス様への気持ちを確認したりする。
確かに、急にアルビレオ様のことを好きだと言っても信じ難いものがあるのかもしれない。私はずっと、ルイス様のことをアルビレオ様に相談してきたのだから。
どうしたら私の気持ちを信じてくださるのだろうと、アルビレオ様の顔を覗き込んだ。
アルビレオ様も、こちらをまっすぐに見つめている。その瞳は少し不安げだった。私が、そんな目をさせてしまっているのだ。
「……私にはアルビレオ様だけですよ。ルイス様にも聞かれたことがあるのです。ルイス様とアルビレオ様、どちらと一緒にいたいかって」
「ルイス隊長がそのようなことを?」
「その時にはもう私の気持ちは決まっていました。迷う間も無く、アルビレオ様とずっと一緒にいたいと思いました。それでやっと、アルビレオ様への気持ちに気付いたのです」
「ペルラ……」
アルビレオ様はやっと安心してくださったのか、私をぎゅっと抱きしめた。
その心地良さに拒む理由もなくて、そのまま身を委ねていた――その時。
「あんた達。そういうことなら他所でやりな!」
「ヨランダさん!」
第二治癒室の扉が突然開け放たれ、私達のところにヨランダさんがやって来た。
こんな時に限ってカーテンまで締め切っていて、不覚にも密室状態である。ヨランダさんから何か良からぬ事を疑われても仕方がない。
「仕事場だろ。カーテンまで閉めて、神聖な治癒室で何やってるんだい!」
「す、すみません。つい……でも、やましいことは何もしていないつもりなのですが」
「何言ってるんだい、どうせイチャイチャしてたんだろう? もう早く結婚しちまえばいいんだよ。そういうことは家でやりな!」
相変わらず話を聞かないヨランダさんは、私達二人を見てそんなことを吐き捨てた。
確かにヨランダさんの言っていることはもっともだ。だけど――
(け、結婚……!?)
「それもいいですね」
結婚という単語に赤くなる私とは裏腹に、アルビレオ様は涼しげな顔で呟いた。
そして彼は、私の耳元でそっと囁く。
「おかげで、また新たな夢が増えました」
「夢?」
「ペルラの治癒魔法を受けることは俺の夢でした。それは叶いましたが――次の夢も叶うでしょうか」
アルビレオ様は期待も込めて、意味深な瞳を私に向けた。その意味が分かってしまうから、私の顔にはどんどん熱が集まっていく。
(叶うでしょうか……って、それは……)
プロポーズのような言葉に、返事を求められている。
私はずっとアルビレオ様と一緒にいたい。だから――
「……か、叶うのではないでしょうか、いつかは」
「本当ですか?!」
気の早いアルビレオ様は嬉しそうに破顔すると、私をさらにきつく抱きしめた。ヨランダさんも私達に呆れつつ、肩の荷がおりたかのように笑ってくれる。
「では、いつにします?」
「急に具体的ですね!?」
「当然です。ペルラが心変わりしないうちに、話を進めなければ……!」
アルビレオ様のペースに乗せられ、私の心は忙しい。
たった一言で嬉しそうにしてくれる彼が、愛しくてたまらなくて――
いつか夢叶う時もこの笑顔を見ていたい。
私は心からそう願った。
(終)
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