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あの日の真実


◇◇◇


 あの日は、朝からひどい雨だった。

 

 雨粒は大きな音を立てながら窓に打ち付け、強風のせいで時折ガタガタと建具もきしむ。

 

 そんな悪天候の中、帰還が遅れていたという騎士達が無事レフィナード城へ帰還した――

 と思ったら、馬上の人影がまるで人形のようにグラリと傾き、ぬかるんだ地面へグシャリと叩きつけられたのだった。


「隊長!!」

「ルイス隊長!」


 僅かに遅れて、周りの騎士達も異変に気付く。

 豪雨の中に響いた騎士達の叫び声で、倒れた人物はルイス様であることが知れ渡った。雨に打たれながらも辺りは緊迫した空気に包まれ、皆がルイス様の周りを囲んでは何やら互いに指示を出し合っている。


(ルイス様……!?)

  

 その一部始終を私は見ていた。

 いつものように、第二治癒室の窓辺から騎士団本部を眺めていた時に、事は起こったのだ。

 

 あの日、私はルイス様の帰りを待ちわびていた。悪天候のため道中で足止めを食らっていたのか、第三部隊だけ帰還が遅れていると人づてに聞き、心配していたところだった。

 早く戻ってきますようにと、外を気にしていたのだけれど――


 ピクリとも動かない身体。 

 遠目から見ただけでも、ルイス様が意識を失っていることは明白だった。加えてこの強風に、凍りつくような冷たい雨。状況は一刻を争うように思えた。


(は、早く治癒を……でも……!)

  

 第二治癒室に配属されている私には、騎士であり高位貴族であるルイス様を治癒することは出来ない。

 

 下っ端治癒師の分際で第一治癒室の領域を侵すことなどあってはならず、それなら早く第一治癒室へ助けを呼びに行かなければならない。

 そんなこと頭では分かっていた。

 

 けれど、今から呼びに行っていては往復するだけの時間がかかってしまう。もし、それでルイス様が手遅れになってしまったら……?

 

 のんびりとしている暇は無いと、焦りだけが募った。助けられるのは、今この状況に居合わせた自分だけ――


 迷いが消え去った次の瞬間にはもう、私はローブをひるがえし、外へと飛び出していた。

 

 フードは目深に被り、顔を隠す。ローブは治癒師に揃いで支給されたものだし、この土砂降りで視界も悪い。

 大丈夫だ、バレるはずがない。そう何度も自分に言い聞かせ、雨風に打たれながら彼等の元へ走った。


『君は……?』


 騎士達は、突然現れた私に怪訝な表情を隠そうともしない。けれど纏っているローブが治癒師のものだと分かると、急いで道を開けてくれた。


(顔が青い……ルイス様……!)

  

 騎士達が祈るように見守るなか、ルイス様の身体を抱え込む。その身体は力が抜けてずっしりと重く、そして氷のように冷えきっていた。


(どうか、間に合って……)

  

 私は(ひたい)をそっとルイス様に当て、治癒魔法をかけ始めた。

 

 魔力をぎゅっと額に集中させ、ルイス様の額へと送り込む。次第に額同士がほのかな光を帯び、私の魔力がルイス様の体内へと流れ込んでいく――


 するとルイス様の息も徐々に整い、力無く落ちていた彼の腕がピクリと動いた。

 その瞬間、騎士達からワッと歓声が上がる。


『ルイス隊長!』

『動いたぞ! 助かった!』


 あの時は涙が出そうだった。治癒魔法は間に合ったようだった。

 

 あとは意識の回復を待つだけとなったが、私は正体がバレないよう、その場を去らなければならない。

 

 まだ意識が戻らないルイス様の身体は騎士達へ託すと、私は後ろ髪引かれながらも立ち上がった。そして騎士達が引き止める声にも振り向かず、その場から走り去ったのだった。 

 

  

◇◇◇ 


 

 昼休憩の終わりを告げる鐘は鳴ってしまったが、幸いにも第二治癒室へまだ来客はない。

 

 ひとしきり泣いてようやく落ち着いてきた私は、なぜか黒髪の騎士様と向かい合う形で座っていた。


(な、なんでこの人、帰らないの……?)


 帰る様子もない騎士様は、なぜかこうして向かい側に座ってしまった。

 簡素な丸椅子に姿勢よく座り、じっとこちらを見ているようである。もしかすると、私が泣き止むのを待ってくれていたのかもしれない。

 

 私はというと、初対面であるにも関わらず感情のまま泣いてしまったことが気まずくて、騎士様の顔が直視できないでいる。

 

 先程から、もうどのくらいの時間が経ったのだろう。ずっとこのままでいるわけにもいかず、私は仕方なく口を開いた。

 

「……あの。鐘が鳴りましたよ。騎士様はお仕事に戻らなくていいのですか」

「はい。騎士団は交代制でして、今日は午前上がりなので大丈夫なのです」

「え、そ、そうなのですね」

「……ここからは、騎士団本部がこのように見えるのですね。こんなによく見えるとは思わなかった」


 そう言って平然と座り続ける騎士様は、窓の外へちらりと目をやった。

 つられて、私もつい騎士団本部を眺める。


 騎士団本部は、今も人の出入りが絶えない。帯剣し鎧を身につけている騎士もいるけれど、大半は目の前にいる騎士様のように練習着だった。この制服が、騎士達の普段着のようなものなのだろう。

 

「よく、ここからルイス隊長を見てましたよね」

「えっ!?」

「本当に、あなたはただ見ているだけでしたが」


 思わず息が止まりそうになった。

 この騎士様は、どこまで知っているというのだ。


「え、え……騎士様、こちらにお気付きだったのですか……?」

「はい、ずっと。俺、こう見えて目は良いのです」


(目が良い……そうなのでしょうね……!)


 私も、目は良い方だ。だから遠く離れたルイス様のことを見つめることができていたのである。

 

 第二治癒室から、誰にも知られることなくひっそりとルイス様を見ていたつもりだった。なのに、まさか向こうから誰かに見られていたなんて。


「あ、あの! ルイス様は……」

「ああ。安心してください、隊長はなにも知りませんし、あなたに気付いているのは多分俺だけです」

「良かった……黙っていてくださりありがとうございます、騎士様」


 ほっとした。もしルイス様にも気付かれていたらと思うと、手足から血の気が引いた。

 話しかけもせず一方的に見ているだけなんて、あちらからしたら相当気持ち悪いだろう。できることなら、ずっと気付かないままでいて欲しい。

  

「俺も第三部隊に配属されておりまして、よくルイス隊長と行動を共にしているので……あなたがルイス隊長を見ている時に、居合わせることが多かったのです」

「そうなのですね、騎士様も――」

「……アルビレオです」

「え?」

「俺はアルビレオ・ロメロといいます。よろしければ『騎士様』ではなく、名前で呼んでくださると」

「あ、はい、アルビレオ様」


 アルビレオと名乗った騎士様は、私が名を呼ぶとわずかに微笑んだ。


「あの嵐の日も、ルイス隊長のそばにいました。突然、隊長が倒れて……途方に暮れていたところにあなたが現れたのです」

「よく私だと分かりましたね。顔も隠していたのに」

「分かりますよ。俺には」


 派手に泣いてしまった今、もうアルビレオ様相手に嘘をつくのはやめにした。このかたは、目が良いしらしいし、勘も良い。おそらく、私がどんなに取り繕っても無駄だろう。


(ひたい)を当て、治癒魔法を施すなど……初めて見ました。とても神聖で、素晴らしかった」 

「あ、ありがとうございます。あのようなこと、本当ならマナー違反なのですけど……」

「そうなのですか?」


 実は、治癒師が治癒魔法をかける際のマナーとして、相手に触れることは望ましくない。異性間ならなおさら、間接的に魔法を当てる方法が一般的だ。

 

 ただし、治癒に一番効果的なのは直接触れて魔力を送り込むことであって、魔力の集まりやすい部分同士――私の場合はそれが(ひたい)であったから、額を介して魔力の供給を行ったに過ぎない。

 

 マナーだの立場だの、あの時の私はなりふり構っていられなかった。

 とにかく早くルイス様を助けたい、その一心だった。


「本来、触れないで治せるのなら、それが好ましいのです。そもそも、第二治癒室の私が騎士様を癒すことは許されていませんし……ですから、今回のことはどうかご内密にお願いしたいのですが」

「しかし、ルイス隊長はあなたが助けたのに」

「先ほどもお伝えしましたが、私はルイス様を助けられただけでもう充分なのです。それよりも、このことが公になれば同僚達に迷惑をかけてしまう可能性もあって……」


 ルイス様を助けたい一心であったとはいえ、ルールを破ってしまったことが明るみになれば、私だけではなく第二治癒室の同僚達にまで迷惑がかかるかもしれない。

 

 ここには夜間担当の治癒師や、休日を担当する治癒師も数名在籍している。なのに私のせいで、罪のない同僚達まで巻き込みたくはなかった。


「それに……」 

 

 口止めをするうちに、いつの間にか私の声は震えていた。情けないことに、声はどんどん小さくなっていく。


「ルイス様が本当のことを知ったら、きっと落胆されるでしょう。私は、がっかりされたくないのです。ルイス様とマルグリット様の邪魔をしたいわけではなくて……」

 

 私にとって何よりも辛いのは、『なんだ、マルグリットではなかったのか』と、ルイス様に落胆されることだった。

 

 優美で薔薇のようなマルグリット様。彼女が『あの時の治癒師』だったから、ルイス様は恋に落ちた。

 

 もし、それが本当は私であると発覚してしまったら……?


 想像するだけで胸が苦しくなる。

 そんなことは絶対にあってはならなくて、情けないが私には口止めをする他に何も思いつかなかった。


「お願いします。誰にも言わないでください。私はこのままがいいのです」

「そんな……それでは、あなたは」

「もう放っておいてください。どうか……!」

「わ、分かりました。大丈夫ですから、顔をあげてください」


 深く下げていた頭を上げると、眉を下げたアルビレオ様がこちらを見ていた。


「……あなたの気持ちも考えず、出過ぎた真似をしてすみませんでした。この事は俺一人の胸にしまっておくことにします」

「あ……ありがとうございます!」

「ですが、お願いです。騎士団の一員として、あなたのために何かさせて下さい。俺は、本当ならあなたみたいな人にこそ報われて欲しくて、それで……」


 義理堅いアルビレオ様は、なにがなんでも私へ恩返しをしないと気が済まないらしい。


「本当にお気遣いなく……そのお気持ちだけで充分ですから」

「いえ、それでは俺の気が済みません。それではまた、近いうちに参ります。ですからその……ルイス隊長の恩人であるあなたのお名前を伺っても?」

「え……ペルラと申しますが」

「ペルラ……」

「はい。ペルラ・アマーブレです。でもアルビレオ様、本当に私のことはお気になさらず……」

「いいえ、気にします。ではまた、ペルラ」


 向かい合ったまま和やかに会釈を交わすと、ようやくアルビレオ様は第二治癒室を後にした。

 

 残された私はというと、無事にアルビレオ様を口止めすることができ、ホッと胸をなで下ろす。


(ひとまず、良いかたで良かったわ……ほんのちょっと、正義感が強過ぎるよう思うけれど)

   

 少し話しただけでも、アルビレオ様の生真面目な性格がよく分かった。

 最終的には私の気持ちを汲んでくれたが、きっとまだ納得してはいないだろう。彼は嘘が許せない人なのだ。だから私を表に出し、マルグリット様の虚言を暴きたかった。

 おそらく、尊敬する隊長・ルイス様のために。

 

(ルイス様が幸せであれば、それでいい。どうかこのままバレないで……)


 実際私も、なぜマルグリット様があのように名乗り出たのかは見当がつかない。が、あいにく今はもうそんな事どうでも良くなってしまった。


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