独り占め
ついに楽しみにしていた休日がやってきた。
(すごい人出だわ……!)
レフィナード城からまっすぐ伸びる大通りは、お祭りにふさわしく沢山の人でごった返していた。
通りの両側にはずらりと露店が並び、所々にテラス席が設けられている。花で飾られた店先も多く、その可愛らしい装いは街のお祭り気分を盛り上げてくれた。
この人混みを抜けたところに広く明るい噴水広場があるのだけれど、私とアルビレオ様はそこで待ち合わせをしている。
今日はまず昼食をとって、その後は食べ歩きをしながらぶらぶらと露店を楽しみ、疲れたらカフェでデザートをいただく……というよくばりなプランを立てていた。
提案したのは私だ。せっかくのお祭りなのだから、お祭り限定の特別メニューも、露店に並ぶ串焼きも、カフェのおしゃれなデザートも……思いつくものすべてを食べたかった。
プランを口にしただけでも、明らかに食べ過ぎなのではと心配されそうなものだけれど、アルビレオ様は即答で「そうしましょう」と頷いて下さった。
私同様に美味しいものを食べようという意気込みが感じられて、話し合った時はホッとしたのを覚えている。
足取りも軽く大通りを進む。約束の時間まではまだ半刻もあるし、活気のある露店を眺めながらゆっくりと歩いてみる。
(良い香り……どれも食べてみたいわ!)
実は、今日のように賑やかな街を歩くのは初めてのことだった。
普段はいつも城と寮の往復で、ほとんど街へ出ることはなく、時々出かけることはあっても買い出しなどで終わってしまう。お祭りを楽しむためだけに歩くことが、こんなに夢中になれるものだとは思わなかった。
あたりには甘いお菓子の香りと肉の香ばしい香りが入り交じる。食べ物だけでなく、食器を扱う露店やアクセサリーを扱う露店なども多かった。
どの露店もそれぞれ個性的だ。私は何度となく立ち止まり、店先に並ぶ商品を見入ってしまった。
結局、噴水広場へ着いたのは待ち合わせ時間直前だった。
余裕をもって出発したはずなのに、露店を通り過ぎるたびに心奪われていたものだからこんなことになってしまった。
(もうアルビレオ様はいらっしゃるかしら……)
真面目なアルビレオ様のことだから、時間前に来て下さっているのではないだろうか。
そう思って広場のベンチをひとつひとつ探すと、アルビレオ様はやはりいた。いたけれど……どういうわけか、ベンチの周りを女性達に取り囲まれている。
私服のアルビレオ様は、ざっくりとしたシャツに上着を羽織っているラフな姿だった。制服姿に比べて威圧感はなく、むしろ爽やかな美青年として周りからの注目を浴びている。
(アルビレオ様って、こうして見ると目立つのね)
確かに、容姿は整っているし背も高い。普段は錚々たる騎士様達の中に紛れ込んでいるけれど、こうして一人でベンチに座れば取り囲まれてしまうくらいには目を引く方なのだ。
周りに集まる女性達は、話しかけながら時々アルビレオ様に触れる。肩に触れ、腕に触れ、黄色い声は広場に響き――アルビレオ様の周りだけが異様な雰囲気に包まれている。
(……大丈夫かしら、アルビレオ様)
そういえば、アルビレオ様は『基本的に女性と話さない』。以前、ルイス様が仰っていたことだ。
もし女性が苦手なのなら、今の状況は相当困っているはずだ。取り囲まれているため話しかけるタイミングを図っていたのだけど、私は急いでアルビレオ様のもとへ向かうことにした。
早く助けなければ……!
「アルビレオ様お待たせしました! すみません、遅くなって……!」
私は女性達の隙間から勢い良く声をかけた。使命感からか、いつになく大きな声が出てしまう。
アルビレオ様はそんな私に一瞬目を見開いたあと、満面の笑みで迎えてくれた。心配していたけれど、その笑顔にホッとする。
「遅くありませんよ。待ち合わせ時間ぴったりです」
「でも、お待たせてしてしまって」
「俺が勝手に待っていただけなので……今日をとても楽しみにしていたので、つい早めに来てしまいました」
アルビレオ様は女性達にかまわず立ち上がると、まっすぐに私の元へと歩み寄った。
そんな彼を、彼女達は呆然と目で追っている。同時に、邪魔者である私にも鋭い視線が突き刺さる。
(そうよね、こんなに素敵なアルビレオ様と待ち合わせしていたのが私じゃあね……)
アルビレオ様もラフな服装だけれど、私ときたら更に気の抜けた格好をしている。
沢山歩くことを見越して、今日は歩きやすいぺたんこの革靴を履いてきている。ワンピースは食べて苦しくならないようゆったりとしたものを選んだし、髪型も深く考えることなく、いつもの編み込みスタイルで纏めたままだ。
それに比べて、彼女達はどうだ。ちらりと見てみると、みんな当たり前のようにキチンとおしゃれをしてきている。靴はぴかぴかだし、ウエストはキュッと細くて、髪はくるんと可愛らしく巻かれていた。
私もせめて、お出かけ用に髪を巻いてきたら良かっただろうか。いや、でもそれでは食べる時じゃまになってしまう……靴だって服だって、やっぱりこれで正解だったんじゃないかと思う。
「さあ行きましょうか。ペルラの好きそうな店があるのです」
「えっ! 本当ですか!」
「きっと気に入ると思います。広場からは少し歩くのですが」
アルビレオ様も私の服装をあまり気にしていないようだし、これ以上は自分を卑下するのも止めにした。
気持ちを切り替えて、楽しく――と広場を離れようとしたその時、彼女達の一人が私に声をかけてきた。
「私達も御一緒してよろしいかしら?」
「え……あなた方も?」
「誰もお店に詳しくなくって……美味しいお店があるのなら、一緒に連れて行ってもらえると嬉しいの」
(そう言われても……)
私も店についての知識は皆無だ。今日はアルビレオ様頼りで、お祭りの特別メニューを出してくれるというお店を楽しみにしてきたのだ。
アルビレオ様は私よりもお店に詳しいようだけれど、どうだろう。女性が苦手なようだし、急に初対面の人達とを連れて歩くのも困るのではないだろうか。
試しに、隣のアルビレオ様を見上げてみる。
……眉をひそめ、滅多に見られないような険しい顔をしている。
(あっ……これは嫌なのだわ……)
アルビレオ様は我慢できなくなってしまったのか、とうとう彼女達を睨みつけた。
「あなた方のお相手は出来ませんと、つい先程お伝えしたはずですが」
「あっ、でも! そこの人が許可してくれるなら、私達もついて行っていいでしょ?」
「彼女は関係ないでしょう。巻き込まないでいただけますか」
「女同士、一緒に行くだけよ。ねえ、お願~い」
アルビレオ様に言っても無理だと分かったからか、彼女達は私に擦り寄ることにしたようだ。
急に猫なで声で腕に絡まれ、対応に困ってしまう。一度ならず二度も断られているのに、そこまでしてアルビレオ様について行きたいのだろうか。
でも、私だってこの人達を連れて歩くのは嫌だ。
この目つき、第一治癒室の治癒師達とそっくりなのだ。私相手なら何をしても許されるだろうと、軽く値踏みするような瞳。とても不快だ。
「あの……離してください。もう行くので」
「いいじゃない、どうせ恋人同士とかじゃないんでしょ?」
「それはそうですが……今日は二人で約束したのですよ」
「彼みたいな人のことを、あなたが独り占めするなんて勿体ないわよ。それならみんな平等にしましょうよ」
今度はわけのわからない言い分でどうにか言いくるめようとする。私は言葉に詰まり、もう彼女達には付き合いきれず、アルビレオ様に「行きましょう」とだけ声をかけた。
でも、アルビレオ様はまだ何か言わないと気が済まないらしい。ずっと彼女達を睨みつけたまま、不意に私の手を引いた。
「これ以上俺達の邪魔するなら、迷惑行為として警邏隊に通報します」
「つ、通報だなんて酷くない? 大袈裟でしょ、そんな……」
「今日は俺が彼女を独り占めできる貴重な日なのです。もう絶っ対に、付いてこないでくださいね」
それだけ言い捨てると、アルビレオ様はさっさと大通りへと歩き出した。手を引かれている私も、慌てて小走りでついて行く。
繋がれた手が大きくて、なんだか胸が熱くなる。
私は感謝の気持ちも込めて、その手をぎゅっと握り返した。