愛しい……はずの恋人(ルイス隊長)
ルイス視点回です。
いつもお読みいただきまして本当にありがとうございます…!
ああ……まただ。
また、部下が俺の所へ向かってくる。
もう分かっているんだ、これから何を言われるのか。
部下は目の前で立ち止まり、スウッと息を吐いてから俺を睨みつける。そして人目も気にせず声を荒らげ、溜まった不満を訴えた。
「ルイス隊長。あのマルグリットとかいう女をどうにかして下さい!」
「……今度はどうしたんだ?」
「古傷が痛むので、治癒してもらおうと彼女にお願いしたのです。したら彼女はなんと言ったと思います!? 『今日はもう治癒できないから、治癒室に行ってちょうだい』と言うのですよ! まだ昼過ぎですよ!? 出来ないってどういうことですか?」
「そうか、またマルグリットがすまなかった。彼女はどんな様子だったか……?」
「今日も控え室で優雅に暇を持て余していましたよ! あれで給金がもらえて聖女にまでなれるんだからいいご身分ですよね!」
部下は俺に怒りを爆発させると、大きな足音を立てながら去っていった。マルグリットの態度によっぽど腹が立ったと見える。
(はあ……これで何人目だ)
実は今日だけでも、何度か苦情を受けている。すべて、マルグリットの勤務態度によるものだ。
聖女候補となり、騎士団の稽古場に常駐するようになったマルグリット。
彼女には控え室として小さな部屋が与えられた。男だらけの騎士団において、女性への配慮も必要だろう……という騎士達の気遣いにより用意された部屋だった。
しかし控え室が与えられたのをいいことに、マルグリットは部屋に引きこもったまま一日中出てこない。
一向に出てこないので、治癒してもらうためには騎士達が控え室まで行く必要があった。そのうえ、控え室まで行ってみても治癒して貰えることのほうが稀だ。
これでは何のためにマルグリットがいるのか、何のためにわざわざ部屋を与えたのか分からない。最近ではもうマルグリットに嫌気がさし、直接第一治癒室へ向かう騎士も多い。
それでは聖女候補の実績になり得るはずがない。評判も悪くなる一方だ。
(本当に、どうしてしまったんだ……マルグリット……)
マルグリットには態度を改めて欲しいし、騎士達をもう少し大切にしてもらいたい。これまでも何度となく訴えかけてきたが、どう伝えても彼女には少しも響かないのだ。
しかし部下から抗議を受ければ、どうしても対処しなければならない――俺は頭を抱えながら、今日何度目かの控え室へと向かった。
「失礼するよ、マルグリット」
「……ルイス様。なあに、またわたくしへのお説教?」
ノックのあと部屋へ入ってみると、室内には相変わらず異様な程の甘い香りが充満していた。
テーブルには菓子とお茶、花瓶には大輪の薔薇。傍らにはフェメニー伯爵家から連れてきた侍女のドラが立っている。
そして中央には、尊大な態度で足を組むマルグリット――俺の、愛しいはずの恋人だ。
「マルグリット。これは説教をしているわけじゃないよ。ただ、もう少し騎士達に寄り添ってほしいんだ」
「寄り添う? 治癒のこと? でも、出来ないものは出来ないわ。今日はもうおしまいなの」
「おしまいって……今日は擦り傷を数回、治しただけだろう?」
「そうよ。数回も治癒魔法をかけたわ。仕事はちゃんとしているじゃないの。もうクタクタなのよ」
「クタクタって……君はもっと出来るはずだ」
「……なによ、何も知らないくせに! ルイス様こそ、わたくしに寄り添って下さらないじゃないの!」
突然激昂したマルグリットは、花瓶の薔薇を投げつける。
無残にも飛んできた薔薇は、俺の足元で花びらを散らした。
「……花を粗末にしては駄目だよ」
「お説教ばかりね」
「君はここで一体何がしたいんだ」
「ルイス様がそれを聞いてどうするの? ……さあ、早く出ていって下さる?」
有無を言わさず控え室から追い出された俺は、投げつけられた薔薇を花瓶に移す。散ってもなお美しい。どうかまた水を吸って生き返ってくれるといい。
(レフィナード城の薔薇、マルグリット・フェメニー……)
美しく気高い、俺の恋人――命の恩人。
マルグリットからは「何も知らないくせに」と言われたが、俺は確かに彼女の魔力を知っている。
嵐の日、彼女は必死になって俺に治癒魔法をかけてくれた。冷たく暗い意識の中で、額から流れ込んできた膨大な魔力を感じた。
その魔力は生命力に溢れていて――俺の命を手繰り寄せるように、体の隅々まで行き渡った。それがとても暖かく、心地良くて、俺はたちまち彼女の虜になった。
けど、あれっきりだ。あの日以来、彼女が治癒魔法をかけてくれることは無いし、傲慢にも見える態度はエスカレートするばかり。
マルグリットは、本当ならもっと素晴らしい魔力を持っているはずだった。擦り傷を数回治しただけで、クタクタになるような人ではないのだ。
なぜだ。なぜ、あのように魔力を出し惜しむ――
「ルイス隊長、大丈夫ですか」
ぐったりとした薔薇を生ける俺の後ろに、いつの間にかアルビレオの姿があった。マルグリットの部屋から出てきたところを、気遣って来てくれたようだ。
俺は、いつの間にか強ばっていた顔を急いで取り繕った。心配性のアルビレオに、このような顔は見せるべきでは無い。
「心配かけてすまないな。マルグリットのことについて考えていたんだ」
「……もうすぐ、皆の嘆願書が提出されるようですよ」
「そうか……それも仕方がないのかもしれないな」
騎士の皆は、マルグリットが聖女になることを望んでいない。
控え室に引きこもり、ろくに治癒もせず、成し遂げたことといえば俺の命を救っただけ。俺にとっては『命の恩人』だが、皆にとってはただの『怠惰な治癒師』として映る。
そんな治癒師に聖女の称号は相応しくない。
俺もあっち側なら、そう叫んでいたかもしれない。彼女の振る舞いに頭を抱える今、騎士達を否定することはできなかった。
恋人として恩人として、マルグリットを守りたい気持ちもあったが、このところはもう限界だ。諦めにも似た感情が、俺の情を削っていった。
「……こんなところ見せて悪かったな。アルビレオは俺に用事じゃなかったのか? 何だ?」
「大変な時にすみません。休暇を頂きたいと思いまして、届けを出しに来たのです」
「珍しいな。お前が希望休とるなんて」
生真面目なアルビレオは、滅多に休みを取ることがない。皆が希望の日に休みを入れたあと、余ったところに僅かばかりの休暇を取る。
そんなアルビレオが自ら、休暇を取りたいと申し出た。よっぽどのことがあるのだろう、休みを合わせなければならないような――
「……まさかデートか!」
「違います。でも、俺にとってはデートのようなものです」
「ということは、相手はあの子だな。……えーと名前は」
「ペルラです。紹介しましたし、何度も会ったでしょう? 彼女のことはちゃんと覚えて下さい」
裏口の治癒師、ペルラさん……といえば以前、アルビレオがズタボロになるくらい失恋した相手だ。
どういう接点があって知り合ったのか分からないが、アルビレオはいつの間にか彼女を好きになり、いつの間にか失恋していた。
失恋直後のアルビレオは、もう荒れに荒れていた。口もきいてくれなかったくらいで、毎日のように無理矢理話しかけていたのを覚えている。
しかし今、目の前のアルビレオは幸せそうに頬を緩める。とてもじゃないが失恋したとは思えないような顔だ。
「いいなお前……幸せそうで羨ましいんだが……」
「俺はルイス隊長のことをずっと羨ましく思っていますよ」
「俺を? なんで?」
「言いません。でも俺、ルイス隊長に負ける気はありませんから」
アルビレオはわけのわからない宣戦布告をぶつけたあと、それで気が済んだのかスタスタと去っていく。
(なんだあいつ……?)
去っていく背中まで幸せそうだ。
俺はアルビレオの恋が上手くいくよう、応援せずにはいられなかった。
次回はアルビレオうきうきデート回です( ◜ᴗ◝ )