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騎士団のパーティー


『もうすぐ騎士団主催の慰労パーティーがあるからペルラさんもおいでよ。友人も招いたりする気軽なパーティーだし、アルビレオにも会えるよ』


 先日ルイス様からそんなお誘いをいただいて、田舎者の私は人生初のパーティーに参加することとなった。

 気軽なパーティーとのことだし、アルビレオ様にも会えるようだし、それなら……思い、ありがたくパーティーへ向かったのだけれど。



(こ、これは『気軽なパーティー』なの……?!)


 会場はなんと、レフィナード城の大広間だった。 

 天井は遥か高く、そこからペンダントのように吊り下げられた巨大なシャンデリアには、無数の灯りがともされている。

 目が眩みそうなほど煌々と輝くシャンデリアだ。その光に照らされて、色とりどりのドレス、ワインの揺れるグラス、磨きぬかれた大理石の床――目に映るものすべてがキラキラと輝いて見えた。まるで別世界だ。

 

 このような慰労パーティーは、騎士団の主催により毎年催されているらしい。パーティーには日夜働く騎士様だけでなく、その関係者や友人達も招待されているようだった。  

 非日常感に包まれる空間で、各々がパーティーを満喫している。しかし一方で、壁を背に立ち、この眩し過ぎる時間を持て余している人達もちらほらいて――

  

 もちろん私もその一人だ。慣れないドレス姿で佇む私は、視線の先にあるシャンデリアをぼんやりと見つめた。

 

「あんな高いところへ、どうやって灯りをともしているのかしら……」

  

 疑問をそのまま口に出すと、私と一緒に参加してくれたヨランダさんが教えてくれた。 

 

「レフィナード城には、ちゃんと専属の照明係が存在しているんだよ。彼らは光魔法に長けているから、狙った場所へ灯りをともすことが出来るんだ」


 ヨランダさんは、掃除婦としてレフィナード城で働き何十年。顔も広く、私より遥かに情報通だった。下働き同士の情報網は城の隅々まで存在し、ヨランダさんはその網を張り巡らせて、情報を集約するのが上手かった。

 

「へえ……そんな素晴らしい能力があるなんてすごいですね」

「照明係はいいよ。城に欠かせない割に誰にでもできる仕事では無いし、能力給だからお給金も良くて安定してるし。どうだい、今度紹介しようかい?」

「え? 紹介?」

「黒髪の騎士様以外にも、ペルラちゃんのために目をつけている男は沢山いるんだ。たしか、照明係の兄さんも独身だったはず――」

「も、もう! やめてください!」


 私は慌てて断った。シャンデリアの話から紹介の話になってしまうなんて、本当にヨランダさんには油断も隙もない。 


「今日はアルビレオ様と話をしにきたのですよ。さあ、探さないと……」

「こうも人が多いと、見つけるのも一苦労だねえ」

 

 ヨランダさんと一緒に大広間をぐるりと見渡すけれど、あまりの眩しさにクラクラしてくる。やはり慣れない場所へ来るものでは無いのかもしれない。

 

 第二治癒室が置かれている場所は、城の裏口。そのため、私はいつも城の中とは思えないほど庶民的な毎日を送っていた。つまり、私は煌びやかな場所にまったく縁の無い人間なのである。 

 大広間へ足を踏み入れたのは初めてのことだし、シャンデリアなんて見たことも無かったし、慣れないドレスも実はというと早く脱いでしまいたかった。

 

 しかしそうもいかない。パーティーのために髪は華やかにセットしてもらい、城の衣装室が参加者へドレスまで貸し出してくれた。おかげで、ラベンダー色の無難なドレス姿は、この大広間に馴染んではいる。せっかくの好意を無碍(むげ)にはできない。

 なにより、アルビレオ様と会わなければ。そんな使命感でギリギリこの場に立っている。

 

「ああ、もうだめ……なんだかドレスが苦しくなってきてしまいました」

「ペルラちゃんはドレスのくせに食べ過ぎなんだよ。デザートまでしっかり食べただろう。コルセット締めてるんだから無理しちゃダメって言っただろ」

「だってこんなごちそう、残ったら勿体ないじゃないですか……食材も調理も一流なんだもの、できれば全種類食べたいくらいで――」


「そんなに食べたいのなら、あとで厨房へ行ってみてはいかが?」


 私がお腹をさすりながら熱弁していると、前を通りがかったご令嬢達から冷ややかに笑われてしまった。突然のことで、私は返事に詰まる。

 

 美しく着飾った彼女達は、たしか第一治癒室に所属する治癒士の方々だ。

 王族を相手とするため、第一治癒室の治癒士として選ばれるのは治癒能力のある高位貴族の子女で――奥には、ひときわ華やかなマルグリット様の姿も見える。

 同じ治癒師でも、彼女達と私とではまったく違う。こうして、常日頃から見下されるくらいには。

 

「あなたでも皿洗いのお手伝いくらいはできるでしょ? そうしたら残り物くらい、持ち帰れるかもしれなくってよ」

「ぷっ……ひどいわね残り物だなんて。でもここで食べてるより、あなたにはお似合いかも」 

「庶民用にはこんなお料理、勿体ないくらいだものね」


(庶民用……? なんて言い方なの)

 

 城で働く皆を侮辱された気がして、思わず睨み返すと……奥にいたマルグリット様が口を開いた。


「あなた達、もうおやめなさい。行くわよ」

「……そうねマルグリット。こんな子の相手をしている場合じゃなかったわ」

 

 マルグリット様の取り巻きである彼女達は、クスクスと笑いながら私達の前を通り過ぎていく。そして慣れた様子でコツコツとヒールを鳴らしながら、ドレスの海へと消えていった。


「~っ!! 腹立つね~!!」

「ヨ、ヨランダさん……落ち着いて」

「落ち着けるわけないだろう! なんだい、あいつらなんて治癒魔法も大したことないくせに! ペルラちゃんのほうがよっぽど良い治癒師だよ!」

「ヨランダさん……ありがとう、もういいから」 


 私はヨランダさんの背中に手を当てながら、彼女をなだめた。

 ヨランダさんはいつも、私より先に腹を立ててくれる。嫌味を言われたのかと私が気付いたときにはもう、ヨランダさんが激怒しているのだった。おかげで私自身はそれほど腹を立てなくて済んでいる。


「……彼女達も来ていたのですね。騎士団の集まりだから、いらっしゃらないかと思ったんですけど」

「来るに決まってるよ。だって今日はあの金髪の騎士様がいらっしゃるんだろ――ああ、噂をすれば」


 大広間の中央で、きゃあっ、と黄色い歓声がわいた。

  

 ヨランダさんに言われ、歓声の先を見てみると――そこではルイス様が令嬢達に取り囲まれていた。もちろん、先ほどすれ違った令嬢達も、いつの間にかその輪の中に混ざっている。

 

「ほら。ちゃっかりしてるねえ」


 私は改めてルイス様を見た。 

 サラリとした金髪に、青く透き通った瞳。整った顔立ちやバランスのとれた体躯も、まさにおとぎ話の王子そのものだ。みんなが騒ぐ気持ちもよく分かる。私だって見惚れてしまう。

 輪の中心にいるルイス様の隣には、当たり前のようにマルグリット様が並び立っていた。華やかなお二人は、どこからどう見てもお似合いだ。


 ただし、優しげな視線を送るルイス様に対し、ポーカーフェイスなマルグリット様の感情は読み取れない。

 どことなく二人の間に溝があるような、そんな気がして、私の胸はザワついた。


(……いやだわ、考えすぎかしら)


「ねえ、ヨランダさん。あの二人…………あれっ、ヨランダさん?」


 話しかけようと振り向いたら、ヨランダさんの姿がこつぜんと消えている。おかしい、確かに先程まで隣にいたはずなのに。

 

 周りをキョロキョロと探してみてもヨランダさんは見つからず、やっと見つけたと思ったら遥かむこうで誰かと楽しげに話していた。


(えっ、いつの間にあんなに遠くに……!?) 

 

 そうだった、ヨランダさんは顔が広いのだった。騎士団にも知り合いは多くいるのだろう。引っ張りだこのようで、次々とあちらこちらからお声がかかり、こちらに戻ってくる気配は無い。


 ずっと壁の花だった私は、ついに一人きりになってしまった。ポツンと立っていると心細くて、今日来た目的を見失いそうになる。


(そうだ、アルビレオ様を探そうとしていたんだわ。一体どちらに……)


 もう、私のするべきことはひとつだけ。ヨランダさんもいなくなってしまった今、アルビレオ様を探し出すことに集中するしかない。

 

 私は無闇に探すことを止め、アルビレオ様のいそうな場所を考えた。

 騎士団のイベントであるし、参加されてはいるだろうけど……なんとなく、広間の真ん中でパーティーを満喫しているアルビレオ様の姿を想像できない。いるとしたら、人の少ないところだろうか。


 私は壁の花となりながらも、比較的人気(ひとけ)のない壁際や窓際を探した。私のようにパーティーに馴染めていない人達も所々に立っている。


(あっ……あちらにいらっしゃるのはアルビレオ様じゃないかしら……?)


 奥の窓際に艶やかな黒髪が見える。騎士仲間数人で談笑しているようだ。

 やっとアルビレオ様らしきシルエットを見つけた――そんな時に限って、私の背後から一人の男性が近付いてきた。


「こんばんは。君、ひとり?」


 振り向いてみると、見知らぬ(かた)が立っていた。濃紺の正装姿で、手にはワインを持っている。きっと騎士様なのだろう、いくらか酔っていらっしゃる様子で、顔は赤く色付いていた。

 

「こんばんは……ええと、友人を探しているのですが、見当たらなくて」

「友人? この人の多さじゃ見つからないよ。俺も一人なんだ、よかったら俺と飲まない?」

「あなた様と……ですか?」

「そう。君みたいな子を酔わせてみたいなあ」 

 

(えっ……なに、この人?)


 思わず、警戒心が働いて距離をとった。けれど引いても引いても、目の前の騎士様はどんどん距離を詰めてくる。初対面の距離ではない。

 

 それとも、こういうパーティーでは誰彼関係なく、みんなでお酒を楽しむものなのだろうか。相手は酔っているため、今にも肩を組まれそうな勢いだ。

 肩を組むのはすごく嫌だけれど、パーティーの空気を壊すのも気が引けた。せっかくルイス様からお誘いいただいたのに、顔を潰すようで……悩みながら、私は騎士様と距離を取り続ける。


「それでは私は……友人を探してまいりますね」

「じゃあ俺も一緒に探してあげよう」

「いえ、一人で大丈夫ですので」

「可愛いね。遠慮しないでいいから」

「遠慮しているわけではないのですが!」


(なんてしつこさなの!!)

  

 私が一歩下がれば、騎士様が一歩私に近付く。

 下がったら近付かれて、下がったら近付かれて……そんなことを繰り返すうちに、私の背中はついに壁とぶつかってしまったようだ。


(やだっ……)


 逃げ場がなくなり追い詰められた私は、ぎゅっと目を閉じた。

 と同時に、壁だと思っていた背中側から、強く引き寄せられる。


(……えっ?)

  

「第五部隊長殿、私の友人をからかうのはやめていただきたいのですが」

 

「ア、アルビレオ様!?」


 私がぶつかったのは、まさかのアルビレオ様だった。

 背後にいるため表情こそ分からないが、頭上から聞こえてくる声はわずかに固い気がする。

 肩へ置かれた手が頼もしい。『友人』として守られているようで、私は一気に落ち着きを取り戻した。


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