首を傾げる三人
アルビレオ様とあんな風に別れてから、うやむやになったまま数日が経った。
そろそろヨランダさんがアルビレオ様を連れて現れるだろうか……と思った頃。
「え……! ル……ルイス様と、ヨランダさん?」
「こんにちはペルラさん。ごめんね、今日は俺で」
どういうわけか、アルビレオ様に代わってルイス様が現れた。
アルビレオ様がしていたように、その背中にはヨランダさんをおぶっている。しかし、おぶってもらっているヨランダさんはというと、アルビレオ様の時とは違って不服そうだ。口を尖らせ、あからさまにそっぽを向いている。
このような姿でもルイス様はニコニコと眩し過ぎて、私はルイス様を直視できないまま話を聞いた。
「これは……どうされたのですか? アルビレオ様は……?」
「黒髪の騎士様は都合が悪かったみたいでねえ。ごめんねペルラちゃん。今日は失敗したよ」
「し、失敗だなんてそんな言い方は失礼ですよ!」
「だってねえ……この人、恋人がいるだろう? それじゃあだめだ。ペルラちゃんの相手にならないよ」
「ちょっ……やめてくださいヨランダさん!」
ヨランダさんはいつものように背中からピョンと飛び降りると、「また今度やり直すよ」と言い放った。もう、演技すらしなくなったようだ。
腰が痛いからという理由で第二治癒室まで背負ってもらってきたのに、ヨランダさんはスタスタと去っていく。わけも分からず「この人じゃだめだ」と駄目押しをされたルイス様は、ヨランダさんの後ろ姿を見ながら呆然と立ち尽くした。
(ヨランダさん~!!)
アルビレオ様なら、ヨランダさんがこういう人だと事情を分かってくださっているが、ルイス様は別だ。何も知らないはず。
なぜ今日はルイス様がいらっしゃったのか、まったく分からないけれど……ルイス様に対して失礼極まりない。
(あの様子を見ると、ヨランダさんが率先してルイス様を選んだわけではなさそうだし。どういうこと……?)
「ルイス様、申し訳ありません!! 言いわけになりますが、これには事情がありまして……」
「……なるほど。今のでなんとなく理解したよ。アルビレオがしょっちゅうヨランダさんをおぶってる理由も、ヨランダさんがアルビレオを選んで演技している理由も」
「えっ……ヨランダさんのあれが演技だと、ご存知だったのですか?」
「ははは。あんなに分かりやすい演技はないだろう?」
仮病でこんな所まで連れてこられたにも関わらず、ルイス様は笑ってくださった。本当にいい方だ。
「……今日は、アルビレオが急に都合悪くなったみたいなんだ。『ヨランダさんを連れて行けなくなったから、代わってもらえますか』ってわざわざ俺のところまで頼みに来たから代わったんだけど」
「そうだったのですね……」
「ヨランダさん的には失敗だったみたいだね。ごめんね」
ヨランダさんからはひどく失礼なことを言われているのだが、ルイス様はとくに気にしていないようだった。
むしろルイス様から謝られてしまい、私の全身からはサアッと血の気が引いていく。
「ほ、本当に失礼なことをいたしまして……申し訳ありません!」
「いいんだよ。アルビレオはペルラさんのお相手としてヨランダさんに選ばれていたわけだから、それなら確かに俺では駄目かもしれないよね。マルグリットがいるわけだから」
「いいえ、私がいけないのです。アルビレオ様のご厚意に甘えて、ヨランダさんに付き合っていただいていたので……」
「いや、アルビレオは嫌ならこんなこと続けないよ。これからも存分に甘えてやってほしいな」
(ルイス様……)
アルビレオ様に甘え過ぎていた私を、ルイス様は光り輝く笑顔で慰めてくださった。
けれど――
その次も、またその次も。
ヨランダさんはルイス様の背に乗ってやって来た。
ルイス様も手慣れたもので、第二治癒室までやってくるとヨランダさんを優しく降ろしてくれる。ヨランダさんはというと、相変わらず不服そうなままだ。
私達三人は、向かい合って首を傾げた。
もちろん、アルビレオ様の異変についてだ。
「おかしいねえ。黒髪の騎士様、このところいつも都合が悪いと言うんだよ。金髪のあんた、あの騎士様を働かせ過ぎなんじゃないかい」
「そんなことはないですよ。アルビレオの仕事内容は変えたりしていないし、今は急ぎの仕事も無いと思うんだけど」
「だったらどうして黒髪の騎士様だけがあんなに忙しそうなんだい。あんた上司だろ、ちゃんと部下のこと見ておくれよ」
「やめてください、ヨランダさん! それは八つ当たりです……!」
ヨランダさんがルイス様に当たり散らすので、私は慌てて間に入った。理由も分からないのにこれでは、ルイス様が困ってしまう。
しかし理由を知りたいと思っても、アルビレオ様に会えないのではどうしようもない。これはきっと、来られないというより……避けられているのだ。
(もしかしたら……)
このあいだ、アルビレオ様は行き場のない怒りを剥き出しにしていた。そんな彼に対して、私が煮え切らない反応をしたから?
それとも、アルビレオ様は気を遣って言えなかっただけで、私達が迷惑だったのかもしれない。仮病のヨランダさんを背負ってここへ連れてくるなんて、もう止めたくなったから?
私も、このあいだは親近感を抱いて、つい馴れ馴れしくしてしまった。失恋した者同士、仲間意識を感じたりして手を握ったりしたから……?
話しやすいから、いつも笑って下さるから、つい調子に乗ってしまっていた。私達は、アルビレオ様のお気持ちをもっと考えるべきだった。
「ヨランダさん。残念かもしれませんが、もしかしたらもうアルビレオ様は来て下さらないかもしれません」
「ええ!? どうしてだい」
「今までも、きっとお忙しい中で無理をして下さっていたのでしょう。そこに私が甘え続けていたから、嫌気がさしたのかも――」
「いやいや、ちょっと待ってよ! ペルラさん」
どんどん後ろ向きになっていく私に、ルイス様が待ったをかける。
「ペルラさんに嫌気がさすなんて、アルビレオに限ってそんなことはあり得ないよ! 絶対にない!」
「で、ですが」
「なにか心当たりはない? アルビレオと口論になったとか、気まずくなる出来事があったりとか」
「心当たり……?」
思い返しても、心当たりなんてあの時しかないのだけれど――
毎回、ヨランダさんを背負ってから急に都合が悪くなるアルビレオ様。そしてヨランダさんを託す相手は、いつも決まってルイス様。
(――アルビレオ様、もしかして)
私はやっと気がついた。アルビレオ様はわざとルイス様をこちらに寄越しているんじゃないだろうか。
『俺は、ルイス隊長があなたを見初めたら良かったのにと……そう思います』
アルビレオ様は、ルイス様とマルグリット様の仲をいまだに納得していない。
その上で、私をルイス様に会わせようとしているのではないだろうか。少し強引な方法でも、ヨランダさんという口実を使って。
これは私の勝手な憶測だけれど――正義感の強いアルビレオのしそうなことだ。
「……あります。心当たり」
「やっぱり!」
「多分、アルビレオ様のことだから……ですがアルビレオ様と話せないことにはどうしようもなくて」
「だったら、もうすぐ騎士団主催の慰労パーティーがあるからペルラさんもおいでよ。友人も招いたりする気軽なパーティーだし、きっとアルビレオにも会えるよ」
「わ、私も?」
「ペルラさんはアルビレオの友人だろう?」
(友人……)
そうだった。アルビレオ様は、私のことを『友人』としてルイス様に紹介して下さったのだった。
あの時はとても嬉しかった。アルビレオ様にとって私は赤の他人ではなかったのだと、自信が持てた気がしたのだ。
「……よろしいのでしょうか?」
「何を言ってるの、ペルラさんなら大歓迎だよ!」
騎士団のパーティーなんて、いつもの私なら辞退していたかもしれない。
けれどどうしてもアルビレオ様と話がしたくて、私はルイス様のご提案に頷いた。