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カンバスの裏側で愛を語る私の最愛の夫

作者: 桃井夏流

ゆるふわ設定です。ほのぼの、甘めかな、と思います。

 この領地は芸術の里と呼ばれている。自然豊かで、皆伸び伸びと絵を描いたり、音楽を奏でたりして過ごしている。

そんな中でも最近有名なのが『ナナシ』と言う風景画家だ。私も母に見せてもらったけれど、とても綺麗で、でも何処か寂しくなる、そんな印象を受けた。双子の妹のアリーゼは「なんかつまらない絵」と失礼な事を言っていたが、感じ方は人それぞれだし、と私はその絵が気になりながらも日常に戻っていった。


我が家は一応、伯爵位を賜っている。私は次の領主として、この地を見てまわる事が好きだった。

まだ婚約者は決まっていないけれど、私も年頃だ。そろそろ決められる事になるだろう。どうせなら、この地を大事にしてくれる方が良いな、なんて思いながら湖畔を歩いていると、絵画を描いている男性…?おそらく男性だと思う。とても綺麗な方だけど。まだ下書きらしく、そのカンバスはまだ白黒だ。


邪魔をしたら悪いわよね。私はそうっとその場を離れようとした。


「只見とは随分良い趣味だね」


ジロリと睨む様に綺麗な顔が敵意剥き出しだった。


「ごめんなさい。湖畔に少し用があったの。でも先客である貴方の邪魔をしてしまった事にかわりないですよね、もう立ち去りますので…」


すると彼(声が殿方の物だった)は少し首を傾げた。


「盗作目的ではないの?」


その言葉に私はぎょっとした。


「まさか!私、お恥ずかしい話ですが、あまり絵を描くのは得意ではないのです」


本当の事だった。私はどうにも、絵のセンスが無いと言うか、見るのはとても好きなので憧れはあるのだけど、上手く描けないのだ。

それをそのまま彼に伝えると、興味無さそうにふーん、と言われた。


「それに、せっかく此処を描いて下さるんだもの。どうせなら、楽しく描いてもらいたいわ。私、この場所が大好きなの」


そう本心から告げて笑うと、これ以上邪魔をしないように立ち去ろうとした。


「待って」


呼び止められて振り返ると、彼は真剣な顔をしていた。


「時間は、ある?」


「え、えぇ、少しなら」


「それなら其処に立って…いや、この上に座ってくれる?」


彼は着ていたジャケットを脱ぐと芝生の上に敷いた。

そこまでされて断るのも気が引けたので、私は失礼します、と言ってからその上に座った。


「無理にこちらを見なくて良いよ。君の好きな物を見ていてくれれば良い」


「えっと…はい、それでは」


私は対岸にある大きな木を眺めた。あの木は私が幼い頃よく下でピクニックをしたのだ。私がピクニックをしていると、周りで作曲をしていた人が話しかけてくれたり、時には演奏を聞かせてくれる人も居た。とても楽しかった。私はこの領地が大好きなのだ。私に守っていけるかしら。


「笑っていたかと思えば随分深刻そうな顔をして。君は面白いね」


「まぁ。面白いは褒め言葉ですか?」


「僕にとっては最高の賛辞と言ってもいい」


「それは…ありがとう、ございます?」


「どういたしまして」


何だかこの変なやり取りが可笑しくって私は自然と笑ってしまった。


「僕にしては、どうかしてるかな」


「何がですか?」


「この状況がだよ。人と話しながら絵を描いた事なんて無かったからね」


「集中型と言うものでしょうか」


「それもあるけど、大概の人間は僕の事をあれこれ聞きたがるんだ。それが煩わしくて」


「下描きだけでしたけど、見事でしたもの。仕方ない事かもしれませんが、確かに迷惑な気持ちにもなりますよね…」


「いや、そうじゃない。自分で言うのもあれだけど、僕、整った顔してるだろ?パトロンになって差し上げます、的な、ね」


「そうでしたか…確かにお綺麗ですからね。その御方の気持ちも分からなくもないですが…何故でしょうか?私には貴方には自由に絵を描いて頂きたいと思います。絵を描く貴方はとても、楽しそうだから」


ポカンとしていらっしゃいます。何故でしょう。


「楽しそう…」


「えぇ、なんでしょう。新しい宝物を見つけた!みたいな顔をなさっていました」


彼は何故か自分の顔に手をあて、俯いてしまいました。


「参ったな…」


「私、悪い事を言ってしまいましたか?でも、あ!」


こちらに侍女のマーシーが駆けて来ています。


「すみません、時間のようです。絵、無事に完成する事を願っています。それでは」


私は慌ててマーシーの元へ向かう。


「お嬢様!またキラを撒きましたね!?」

「ま、撒いてない撒いてない!」

「お嬢様はワルツエンデ伯爵家の大事な跡取り娘であり、私の大事なお嬢様でなんですよ!分かってますか!?」

「肝に銘じます…」


先程の場所を振り返ると、其処には最初から誰も居なかったみたいに、カンバスも、彼も居ない。


まさか、芸術の妖精さんだったり…?


「まさか、ね」



そしてしばらくの後のこと。私に縁談が来た。お相手は侯爵家の次男で、こちらに婿に入って下さるとのこと。

釣書を開くと、そこには何故か、風景画が描かれていた。


「…ねぇマーシー、これ、どう受け止めるべきだと思う?」

「馬鹿にしているのなら、叩きのめしましょう」

「…穏便にね」


もう一度とその風景画を見ると、その片隅に、誰か女性が描かれていた。

大きな木の下に居る彼女は、何処か楽しげに見える。


私はふと、あの日出逢った彼を思い出した。


「…綺麗な方だったな」


そう本人に言ったら嫌そうな顔をするに違いないと私は小さく笑ってしまった。



そして、顔合わせ当日。


私は驚きのあまり、固まっていた。


「ツヴァイ・モルガーンです。二度目まして?スカーレット・ワルツエンデ伯爵令嬢」


「に、二度目まして…本日はよろしくお願いします」


彼だったのである。芸術の妖精、じゃなかった。あの日の彼だったのだ。


「あの、ツヴァイ様」

「なんだい?」


「どうして釣書に私を描いたのですか?」


そう、何度もあの釣書ならぬ絵画を見ている内に、私はこの女性はきっと私だと思っていた。


だからおそらくお相手は私の事を知っている方なのだろうとお話を進めてもらったのだ。


ツヴァイ様はちょっと意地の悪そうな顔で笑う。


「そこで断られたらそこまでの縁だったんだろうと割り切ろうと思って」


「断られなかったら…?」


「運命だと腹をくくろうと思って」


クツクツと楽しそうにツヴァイ様は笑って私を見つめる。


「スカーレット嬢、僕にとって『人物を描きたい』と思えた事は逃し難いチャンスであり、驚きでもあったんだ」


「…風景画しか、お描きにならなかったからですか?」


「君のそう言う勘の良さも好ましいと思っているよ」


ツヴァイ様はおそらく『ナナシ』だ。今ので確信が持てた。だけど、それならば、と不安に思う事がある。


「領主補佐になれば、自由な時間はぐんと減ります。耐えられますか?」


私は彼の絵が好きだ。あの楽しそうに描いていた顔も忘れられない。それならば、この淡い恋心に蓋をして、彼には自由で居てもらった方が良いのではないか?そんな風に思ってしまうのだ。


「君はさ。不器用だね。真っ直ぐ過ぎる。そこは『私の為に尽くしてくれますか?』で良いんじゃない?」


その言葉にも私は黙り込んでしまう。すると彼は溜め息を吐いた。


「ねぇ、結構大変だったんだよ?君を探しだして、あの親父殿に求婚したいと頼むの。人生で初めてあんなに一生懸命になったんだからさ、ご褒美くれても良くない?」


「…ご褒美、ですか?」


「私も会いたかった、とか、そう言う、努力に対する労い」


「そんな当たり前の事が、労いになるんですか…?」


「君も僕にもう一度会いたかった?」


「……はい、何故か、ずっと、そう思っていました」


恋愛初心者なのだ。顔が真っ赤になる事くらい気付かないふりをして欲しい。


「さっきの答えだけど」


「?」


「君の空いた時間を、僕にくれるなら、僕は君に尽くせるよ。僕は君を描いて生きていきたい。だから、どうか僕を君の伴侶に選んでくれると嬉しいのだけど」


それは、私の心を掴むには劇的なまでの効果があった。

私は真っ赤であろう頬を両手で覆いながら、ちょっと睨む様にツヴァイ様を見上げた。


「私の気持ちなんて、あの日、捕まえられてしまいましたわ」


「へぇ?どの日?」


「意地悪です…あの日しか無いでしょう」


「男はね、好きな子ほど虐めたいものらしいよ?で、どの日かな?スカーレット。その日君は何を思って、誰に捕まえられてしまったの?」


あっさり教えてしまう事も、出来なくはない。

けれどそれだと何か、とても、とても悔しいので!




「十年後に、答え合わせを致しましょう」


私の言葉に彼は面白そうなものを見つけた様に笑った。


「望むところだ。約束したよ?」



そうして、幻の画家『ナナシ』の描く風景画には、必ず一人の女性が居る様になったと言う。

顔は細部まで描かれる事は無かったが。


しかし、晩年。彼の作品は彼の最愛の妻の人物画で溢れる様になる。


そしてカンバスの裏側には必ず愛の言葉が綴られているそうだ。それもまた、コレクターの心を掴んだと言う。これは、彼の妻へのとっておきのラブレターなのだよ。そう皆嬉しそうに語ると言う。

 



「愛の言葉は私に言うべきだと思うのだけど?」

「僕の君への愛を残しておかないと、僕の描いた君に恋する輩が現れるかもしれない」

「…とんだ心配症ですこと。私もう皺くちゃのおばあちゃんよ?」

「安心させてよ。君が、いつだって、僕に恋をしているって伝えてみせて」

次男だからツヴァイと名付けられ、じゃあもう『ナナシ』で良いじゃないとやさぐれていた彼でした。

自分の子供の名前をつける時には大いに悩んだそう。


読んで下さってありがとうございます。

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