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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部1年
9/88

ある男の悪夢

「ある男」視点

 これは夢だ。男はすぐに分かった。

 なに、別に目に映った光景が現実には到底あり得ないようなものだったからではない。むしろ実際起こったことだ。そのどれもが鮮明で、現実的に彼の目を奪っていた。

 それならなぜ瞬時に夢だと判断したのか、それは男がその夢を見るのが全くの初めてではなかったからだ。むしろ数えきれないほど見た。

 だから彼は、これからの顛末についてよく知っていた。

 場所は王都で一番大きな広場。王都中の人間を集めたのではないかというほどの大勢の人、人、人。それらの人間が一つの台ーー処刑台を、奇妙な熱意を持って取り囲んでいた。

 


 きっと男の一番弟子がここにいたらあの小さな体はこの民衆にあっという間にペシャンコにされてしまっていただろう。

 もしもこちら側にいたら、だ。


 男の不出来で可愛い一番弟子はあちら側にいた。あちらから彼を見下ろしていた。

「ーーーー!」

 目の前の民衆から、歓声とも悲鳴とも取れるような混じり合ったような声が聞こえていた。

 いや目の前というと適切ではない。男は彼らを掻き分けてそこに向かっていたのだから、彼を取り囲んで四方八方からだ。

「ーー!ーーーー!!」

 男は叫んだ、はずだ。でもよく聞こえない。手を伸ばした。届かない。いくら大きな広場だと言ってもこんなに周りを掻き分け歩いていればもう手が届くはずなのに。

 彼はもうなりふり構わず周りを蹴散らした。いくつか魔法も使った。飛行魔法を使おうとしたが手元に箒がない。仕方がないから周りを踏みつけ蹴散らし、多分文句なり暴力なり相手からの反応はあっただろうが全て無視して進んだ。

 そんな彼を、一番弟子は見ていた。

 でも、表情は伺えない。笑っている?泣いている?苦しんでいる?怒っている?

 なんでもいい、なんでもいいからお前の顔が見たい。

 見たかった。


 やがて男の手が全く届かないうちに、弟子の足元は崩れた。

 自然その体は落下して、そして首元の輪っかがその体を支えるのみとなった。

 その姿は苦痛、恐怖、そして死を象徴していた。




 その姿を男の目に焼き付けもしないうちに、場面は切り替わる。


「し、しょう……?師匠!師匠!!」

 場面は変わる。場所は一緒だ、王都の大きな広場。しかし時間だけは違う。その処刑から三時間は経ち、処刑台もろもろはとっくに片付けられたところだった。

 そこにうずくまっていた二番弟子は男の姿を認めると突進する勢いでしがみついた。彼は悲しみを顔中に集め、涙のあとが頬にいくつも刻まれていた。よく聞くと声をも枯れていた。

 そうだ、なぜならこの不肖の二番弟子は一番弟子の兄だったのだ。

 男はしがみつかれ、そして胸ぐらの衣服のシワが刻まれるのを黙って見ていた。そして二番弟子は言った。


「師匠、なぜ、なぜ来てくれなかったんですか……?なぜ……」

 そうだ、これは夢だ。

 男は間に合わなかったのだから。

 特に男が一番弟子の処刑に間に合う未来こそ、全くの夢だ。




 男ーー大魔法使いシリウスはパチリと目を覚ました。

 今日も目覚めは最悪だが、気絶するように深い眠りに落ちた時を除いて同じ夢見ののちに覚醒するため、比べるような『悪』ない。つまり『最』もない。

 水を一杯飲みたくて、魔法でコップと水を呼び寄せようとして思いとどまった。いつかの兄妹が揃って「いつまでも横着してるとすぐヨボヨボになっちゃいますよ」とプンスカしていたことを思い出したのだ。

 少し迷って仕方がないから立ち上がって、コップを食洗機から取り出した。そして飲水用の水のストックがなかったから水魔法で集めた水をコップに入れる。

 ほどほどにぬるい水で一息つく。俺はそう気にならないが一番弟子ならこれを冷やして飲んだだろうし、二番弟子なら少し温めたかも。

 というかそもそも魔法で出した水は空気中の水分であり、そう清潔ではないのでどちらも最低限綺麗にしてから口にしていただろう。

 俺も、あいつらに飲ませる時はそうしていた。


 パチパチッ


 噂をすれば、だ。まあ思い出しただけだけど。

 俺の家のローテーブルの上にある紙が燃えた。まあ俺のではあるけどあいつからの連絡用だ。

 燃え尽きるのをしばらく待つと、紙束の一番上に文字が焼き付いていた。

 相変わらず器用なことで。

『今日の夜七時、山賊ステーキ行きてえ』

 これは奢れということだ。まあ奢るが。


 この少年、レグルスは俺の不肖の二番弟子にして現在唯一、俺の生涯最後の弟子だ。まあそれも俺からの話で、あっちからはとうの昔に師匠の認定から外されている気もしないでもないが。

 なぜなら彼の妹、スピカが処刑されたのは俺のせいだからだ。俺が殺した。

 しかし優しい子だ。最近は罪滅しというか、罪滅しをあっちがさせてくれているのだろう。こうしてご飯をゆすられることも多い。学園でも食事は出るがどれだけ食べてもお腹がすくらしいので。

 多分この山賊ステーキ?という店も名前を見るに肉屋なのだろう。多分いっぱい食べるだろうから食べ放題プランか?調べてみると四千ミルほどの食べ放題プランがあった。これで全品食べれるというのでこれにデザートでもつけるか。これでも五千もいかない。確かに今年十七になるレグルスにしては一食代としてはお高いのだろうが大人同士でハメ外してとなると酒も入るしうっかりすると万に全然行く。毎食ならともかく、たまに奢るくらい社会人にはなんてことない値段である。なんて言ったって俺は王立の高等学校教授なので。

 こういうところが可愛いんだよな。精一杯のわがままを言った気になっているだろう弟子を思い浮かべてシリウスは相好を崩しそうになって、無理矢理もとの真顔に戻した。

 なんだろう、数年前までクールな魔法使いであったのに、この兄妹を拾ってからというもの全然ダメだ。キャラを保てない。ちょっと所体くさくなったと当時知り合いの魔女に言われた時は頭を抱えたものだが。

 まあ、今はあの時こそ愛おしいのだが。



「待たせたな」

 その晩、店に着くとレグルスはもうその店先についていた。その背に声をかけると彼はこちらを一瞥すると否定も肯定もせずに店に入って行った。一応待ち合わせの時間よりも前なので、多分今のは「別に」と言いたかったのだろう。

 その店、「山賊ステーキ」は名前の通りガッツリした量のステーキをとにかく出している店だ。その分安いことを売りにしてる焼肉店などには劣るが、それでも十分リーズナブル、らしい。来たことがないから知らないが。

「何名様ですかー?」

 前に立っていたレグルスが二本指を立てようとしているのを押し留めて後ろから顔を出す。

「予約していたシリウスです」

「あ、こちらどうぞ」

 予約した通り半個室の奥まった席に案内され、簡単にメニューの確認をされる。その間レグルスはジト目でこちらを見ているのを感じるが無視する。そんなんだから店員が出て行ったタイミングで足を思いっきり踏まれた。

「イテッ」

「…………」

「悪かったって。でもいいだろ、食べ放題。なんも気にせず美味しく食べれる。一応時間制限もあるけど百分だからそんなに気にしないで食べれるじゃん?」

 もう一回踏まれた。今度はさっきより強く。

 その一瞬後レグルスの手元のナプキンが燃えた。

《無駄遣いすんなって言ってんの》

 その焼き跡の残ったナプキンに肩をすくめた。


 この器用な火魔法の使い方は彼が言葉を失ってすぐに開発したらしい。筆談が面倒だからと。

 原理は簡単だ、指定の紙に向けてハンコを押すように自分の言いたいことを炎で焼きつける。魔力もそんなに使わない。ただこんなに器用な使い方、俺やスピカにはできなかったな。

 俺はまあ頑張ればできなくはないが、特にスピカの方は無理だ。あれは色々大雑把だったからな。あとバカ。

《食べねえの?》

「食う食う。てか気にせず食べろよ若者」

《おっさんくさ》

「うるせえ」

 レグルスはこちらをチラチラ気にしながらもフォークを止めることなく動かし続ける。あ、今の美味かったのかな、花が飛んでんな。

 今食べてんのと同じものを注文してやると俺の意図に気付いたのか一瞬恥じ入るようにしてからこちらを睨んできた。はいはい、可愛い可愛い。

「ほら、パンも頼むか?」

《米がいい》

「まあそっちの方が腹持ちいいもんな。野菜は?」

《いらね。どうせ食べんなら肉で腹膨らます》

 まあその年齢ならそうか。育ち盛りの要望通りに注文を入れてやる。元々は病弱な痩せっぱちな少年だったのに。いつの間にかこんな食えるようになってたのか。

 まあ引きこもってた俺に成長を見逃したことを嘆く権利はねえが。


 俺は、スピカが死んだ後のレグルスのその後を知らない。なぜなら処刑後に彼の嘆きを聞いた直後、全てを投げ出して逃げたからだ。情けない大人だ。しかし彼ら兄妹の前一瞬でも大人ぶれたのは奇跡だっただけで、本来俺はこんな性格だったのだ。

 その後俺はその魔力で持って全力で雲隠れし、魔法によって最低限の食料を惰性で食べて生きていた。いつ死んでもよかったし、多分途中で死んでいても俺でさえも気づけなかったかもしれない。

 そんな俺が現生へと発掘されたのは大体三ヶ月から四ヶ月くらい前のこと。こいつが今住んでいるガクルックス家の一人娘、アジメク・ガクルックスが俺の存在を予知したらしい。そしてこいつが迎えに来た。

 まあ予知だのなんだのは知らねえが俺の居場所を見事当てた嬢ちゃんはお見事、そして何よりいくら最低限生きていけるレベルを隠密性に回せなかったと言ってもこの俺の全力の雲隠れを暴いた二番弟子も見事だった。どの面さげてって感じだがその成長が師匠は嬉しかったもんだ。

 まあそんなことはこいつを前にして言えなくなったけどな。


 俺は煙に煽られたふりをして左目を瞑る。生まれた時から持っていた、サーチ・アイ。この目は全ての真実を写す。

 目の前の人間は『レグルス』、『16歳』。『ガクルックス家にまだ正式に養子に入ったわけではないので苗字はない』。『喉に呪術の跡』。ほとんど声が出ないのはこれが原因だ。前に解析したことがあったが呪い主がレグルス本人だったので即時撤退したものだ。全身も軽くスキャンをかけておく。あ、また新しい怪我してやがる。言うとうるさがられるが正直向いてないから魔法クラスのメンツで剣の練習するのやめてくれ。お前らは何になりたいんだ。

 そして、魂。多分妹の件でついた『黒い傷』。そしてまとわりつく『毒々しいオーラ』。多分これはガクルックス家の令嬢だろう。直接会ったことはないが話の節々から懸想されているとは思っていたがこんなに禍々しいとは、恋する少女は怖いな。

 そして、気づいているからな。お前の核が汚れてきてるってこと。お前が禁術に心惹かれていること、手を出そうとしていること。そしてその理由も、多分俺が一番理解できている。

 ああ、今ここにいれてよかった。引きこもっていないで引き摺り出されていて良かった。俺は大魔法使いシリウス、物語に出てくる王子様でもヒーローでもない、だからお綺麗な理論掲げてお前を説得したりとか、そう言うのは多分できない。

 でも多分お前は嫌だろうけど、俺はお前ら兄妹の師匠様だからね。

 力づくでも、お前を救うよ。


「そういえば……」

 言いかけて、止まった。先日初等部の学園内で残っていた時間停止魔法の痕跡について話そうとして、急いで止める。あの子に関連があるにしろないにしろ、なんらかの確証がなければ容易に話せない。俺たちの間には常にあの一番弟子がいるけれど、お互いそれに触れてはならないと言わなくてもわかっている。そこにこんな爆弾放り込んではならない。

 まあそんなこんなで、きっと初等部にいると思われる時間停止魔法の使い手もその存在が露呈しても普通に優秀で稀有な魔法使いとして重宝されるだろう。いい時代になったものだ。

 しかしそんな存在、この黒く染まりつつある魂が許せるのかは別として。


《何?》

 訝しげな顔に慌てて取り繕う。

「いや、そう言えば初等部の魔法クラスで臨時講師をしてくれって言われてて。お前の家の令嬢、いたよな」

《ん?あー、アジメクか。会ったことなかったっけ?》

「ああ、そんな名前の。会ったことねえよ。機会もないしな。どんな子?」

《別に、魔法は二流、性格はクズ、いや最近は良くなってきたらしいけどよく分からない。まあ表立ってのウザさはなくなった。でも当然のように俺に愛されてるって思っててうざい》

「すげえボロクソ言うじゃん」

 まあその魂へのまとわりつかれようからそんなんかとは思ってたけど。

《ただ》

「ん?」

《顔は可愛いよ。世界で二番目に。多分あんたも気にいるんじゃない?》

 驚いた。あのシスコンが二番目とはいえ可愛いと言うなんて。

「そんなに可愛いんだ」

《あんたも驚くと思うよ》

 今でも十分驚いてるけど。




 て。

「そっくりじゃん」


 特別授業のその日、魔法クラスは十人ほどしかメンバーがいないので自然と一人一人の顔が見えるが。

 そっくりじゃねえか。むしろ色味変えただけで本人じゃね?まあそんなわけねえけどさ。

「あー。とりあえず、資料配るわ」

 痛んできた頭を抱えながら持参したプリントを撒く。各々キャッチしているのを見ながらウィグは頭をぐるぐると回転させていた。あー、幻覚じゃねえよな。ていうか本物じゃね?

 はぁ……。ここまで似ていると気が狂いそうだ。


 サーチ・アイ。


 現実を見るために左目を瞑る。その右目に思ってもいなかった文字列が飛び込んでくるとも知らずに。

『スピカ、現在アジメク・ガクルックス』


 おい、ちょっと待て。

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