参謀様の奇策(後編)
すみません遅れました。
ドゴっ。勢いのいい音を立てて目の前の魔物が倒れる。息を吐く間も無く横から伸びる手を反射のように焼き尽くす。
相手は断末魔のような鳴き声と共に一瞬怯むが、そのすぐ後に果敢に向かってくる。
「……ぐっ」
まるで痛みを感じないみたいな動き。いやそもそも、普通の獣ならば炎をちらつかせれば逃げるはずなのに。咄嗟に張った炎の壁にも真正面から突っ込まれて、スピカは思わず押される。
(おかしい……)
そんな場合ではないのかもしれないが、その思いが頭の中をぐるぐると回る。
おかしい、おかしすぎる。あまりにも異様な光景だ。
目の前の獣の頭を焼き尽くす。それは自分の頭についた炎に気づかないかのように、何も抵抗せずにそのまま倒れた。
しかしそのすぐ後ろにも数匹の魔物が控えている。その瞳はギラギラとしていて、目の前で仲間が倒れたことに怯えもしない。生物の本能から考えても、これはあまりにも奇妙だ。
逆に言うと、スピカは全ての魔物を倒す準備はしていない。正直派手に炎を上げるだけで尻尾を巻いて逃げるか、戦闘になってもニ、三匹倒せば終わると思っていた。
それが、これだ。正直消耗が激しすぎる。いつ体力が尽きて倒れることになるのかわかったものではない。確実なのは時間を止めて、回復の魔法陣を描くことだが。
(…………)
私は少し考えて、目の前に炎をぶっ飛ばした。酸素を取り込むようにして、青くはならないけどできるだけ温度を上げる。目の前の魔物があっという間に炭になった。そしてそのまま翼を出して飛び上がる。これならば広範囲の攻撃も可能だし、攻撃される可能性がゼロに等しくなる。その代わり私の消耗も激しいだろうけど。
チラリと少し離れたところで戦うアンカーを見る。彼は私とは違い魔力で相手を無力化していた。パルクールのように群れの中を飛び回り至近距離で頭に火球を打ち込んでいる。あんな実力があるなんてこれまでの魔法学の授業ではチラリと見せなかったのに。
そんな視線を感じたのか、彼がふとこちらに視線をよこす。バチりと私のとかち合う。
「はぁ……」
思わずため息が出る。アンカーが言ったのだ。二つ目の特別魔法、つまりは時間を止める魔法を使うな、と。
それだけなら、この緊急事態に守ってもいられないとも言えるが、アンカーはこの、魔物の群れの到来を想定内だと言った。つまりこれは、緊急事態ではない。少なくとも彼にとっては。
だったらこれはきっと、アンカーの作戦の一部である。言い換えれば、こんな怪我人どころか死人の出そうな災害を、あの男は作戦の一部として静観したのだ。正直こんなこと大人たちにしれたらゲンコツどころでは済まないやんちゃだ。しかし一方、私の経験上あの参謀殿のシナリオはいつでもハッピーエンドだ。今はそれを信じるしかない。
「疲れた?」
いつの間に近づいたのか、すぐ横に彼がいた。その手はそのまま目の前の魔物を吹っ飛ばした。
「……まあ、ちょっと」
ここで強がってもしょうがないだろう。心のままに答えると、アンカーは「不器用にバンバン魔法を打つからだよ」と笑った。うるさい。私の魔法の使い方が雑なのはシリウス先生にも諦められている。
反面、アンカーは居合わせた魔物の多くを倒しているにも関わらずまだまだ元気そうだ。外傷が見にくいので分かりにくいが、すでに動かなくなった魔物が彼のいた方向には多く倒れていた。
「休んでていいよ。もう終わる」
彼の言う通り、私の近くにいたのももう二匹ほどだった。私もコスパが悪い方法ではあったけど広範囲を焼き尽くすようにして応戦していたから、すでに多くの魔物を倒している。ここで休むのはなんとなく負けたようで嫌だが、確かに疲弊していた。
スッと力を抜けば、気力と魔力で保っていた体がゆっくりと倒れていく。後ろから悲鳴のような声が上がるが安心してほしい、疲れただけだ。
時間も止められずに純粋な魔力だけで戦うのはキツすぎた。多分もう一時間は起き上がれそうにない。
ぼんやりと見上げた先で、アンカーが魔物に向かって駆けていく。彼の戦い方は面白いと思う。確か彼は魔力がそう多くない。それに加えて、一番得意な魔法は闇魔法で、真昼間に戦うには不向き。獣に有効な火魔法は確か苦手だったはずだ。
だからこその戦い方と言うべきか。彼はビー玉大の火の玉を数個浮かべると、それを操って的確に敵を倒している。それに加え、打ちどころがいいのか、有効打を入れてから敵が倒れるまでの時間が異様に短い。
彼はきっと、魔法師の才能はそう多くないのだろうが、魔法で敵を倒す才能は飛び抜けているのだろう。
パタリと力を抜いて、冷たい地面に頬をつけて。私も少し冷静になってきた。
そもそも、どこからどこまでアンカーの作戦なのか。これが重要なのだと思う。
まずは言わずもがな、彼の目的はラーンちゃんとルクバーくんをくっつけること。これは、後輩たちがラーンちゃんに籠絡されていく現状を憂いていたことから間違いない。いや正直、はたから見る私だっていい加減にしてほしいとは思っていた。
確かに本人には悪気はないにしても、ラーンちゃんを巡って小競り合いが勃発している現状をクロダンの先輩として野放しにはしてやれない。
次に考えるべきなのは、この魔物の襲来が、アンカーの思いのままだったと言うことだろう。多分彼が意図的に魔物をここに呼び寄せた可能性はないと思う。……断言できないのが辛いところだ。私は彼の倫理観をそう信じてはいない。
ただし、ここに魔物が来ると知っても他の大人に忠告もせず自分で対処しようとした。これは当初私に「何もするな」と言ったことからも明らかだろう。つまりは自分でも対処できる規模であると知っていたと言うことだろう。彼の性格的にこんなところで危ない橋を渡る人間ではない。
しかし、なぜこんな回りくどいことをしているのか。ルクバーくんの恋に関連したものなのか、それとも全く別の思惑があるのか。
後者の場合は私ごときが考えても仕方ない気がする。私ごときが、と言うと卑屈だが、ノーヒントで彼の思惑を見透かそうなどとは私にはできない。今はストッパー役のバーナードもいないのだから。
と言うことでルクバーくんの恋に関連したものであると仮定すると、ヒントとなるのはラーンちゃんの好みであると思う。「ギャップがあって、可愛い人」。
後者はまあいいだろう、ルクバーくんは身内の贔屓目を除いても可愛い顔をしていると思う。二年前から知り合いの私が言うのだから間違いない。しかし一方、「ギャップがある」とは?
ギャップ。普段優しくて、料理上手な彼のギャップはなんだ。寝起きは機嫌が悪いこと?つまみ食いしようとすると途端に性格が豹変すること?
いや、そのギャップをどのタイミングで晒せばいいのか。つまみ食いを唆すか?うまくいってもただ怖がられて終わりの可能性もある。
アンカーはそんな不確かな方法は選ばない。つまり、もっと別の道があるのだ。それこそ「そういうふう」に演出してでも。
「……!」
私は弾かれたように起き上がった。視界の端で、何かが動いたのだ。
何か、なんてわざわざ言う必要がないかもしれない。だってアンカーは目の前で戦っている。他にこの場にいるのは、魔物だけだ。
振り返ると、そこには奥に駆けていく魔物。その側頭部は焦げていて、全くダメージを負っていないわけではないのだろう。むしろ死にかけの今だからこその馬鹿力というべきか。
「ま、待って」
私は立ちあがろうとして、しかしそのまま肘を立てていられず、滑って土に頭から突っ込む。だめだ、力が入らない。アンカーを振り返るが、彼はまだ交戦中だった。
私は必死に手を伸ばす。翼を出すけどそのまま浮かび上がれない。思ったよりも疲弊している。しかし魔力はまだまだ使えるはずだ、伸ばしたてから炎を出す。しかしあまりにも遠すぎる。これで水ならばホースから出る水だったりと想像しやすいのだが、遠く伸びる炎というのが想像しにくい。私の手から噴出した炎はそのまま空気に掻き消える。
「届け!届け!」
何回も生成し直すのに、できない。あの牙が、爪が、おばさんたちに届きそうなのを、私はただ見ていることしかできない。そんな、そんなこと……。
「やだ!届いて!届いてよ!」
喉の奥がヒュウと鳴る。魔物が爪を振りかぶったからだ。そしてその先にいるのは……。
(ラーンちゃん……!)
全てがスローモーションに見えた。爪が迫る。私は遅れながらも時間を止める魔法を使おうとする。拳をギュッと握って叫ぼうとした。
「止まれ!」と。しかしその一瞬手前。本当に一瞬だけ、手前。
ゴトン。
実際はそんなに大きな音は響かなかったのだろう。下は土だ。落ちたのも、皮と毛で覆われた頭部だ。
そう、頭部。
私はそれを何もしないまま見ていた。残された首から血が吹き出した。一拍遅れて、おばさんたちの悲鳴が聞こえた。
首が、落ちた。しかもただ落ちただけなのだ。その首に差し込んだはずのナイフは見当たらなかった。そして魔力の流れから、風で切ったわけでもなければ炎や水で押し切ったわけでもなさそうだった。
ただ、切ったと言う事実だけが存在していた。
ゆっくりと魔物の体が倒れる。その先で、青ざめたラーンちゃんと彼女を庇うように引き寄せるルクバーくん。その彼の顔を見て、私はなんの確証もないままに思った。
「あ、これがルクバーくんの特別魔法なんだろう」と。
ーーーーー
答え合わせをしよう。と私が言った。アンカーは頷いた。私はその殊勝な態度にすら苛立って舌打ちを一つ。バーナードは苦笑した。
あのあと、町は騒然となった。急遽男連中を森から呼び戻し、魔物の回収と対処をお願いしたものの、その日の作業はほぼほぼ進んでいないと言っていい。これでいて、祭りの中止を言い出す人間が誰もいないのもおかしい気がするが。……まあ、そう言うわけで明日以降の忙しさはこれまでの比ではないことが決定した。
その夕方。私はラーンちゃんが宿を出たタイミングでアンカーを捕まえた。ラーンちゃんはルクバーくんに誘われて町を見るとのこと。ちなみに、この誘いもルクバーくんが言い出したのではなくアンカーがさりげなく話をまとめただけなのだが。
しかしこれは、正直好都合だ。私は彼にいくつか確かめなければいけないことがあったのだ。というか、散々巻き込まれた身として確かめる権利はあるだろう。
だから私はアンカーとバーナードの部屋に突撃して言ったのだ。「答え合わせをしよう」と。アンカーは悪魔みたいに笑った。
「魔物が襲ってきたの、知ってたって言ったよね?」
私はまず尋ねた。これは彼の口から言ったことだ、アンカーは訂正せずに頷いた。
「でも多分、アンカー自体が魔物を呼んだ訳じゃないよね?」
私は迷いながら言った。ちなみにこれは根拠があるわけではない。アンカーの良心を信じただけなので、少し怖い思いをしながら聞いた。アンカーはちょっと楽しそうに「流石にそこまではしないよ」と言った。一片でも疑った私のことを笑っているようだった。
「なんで、町に魔物が来るって分かったの?」
私は彼に聞いた。純粋に疑問だった。この件は、アンカーしか知らなかった。つまりこの町に住み、森に住む魔物を熟知しているはずの町の男の人たちは気づかなかった。アンカーは目を瞬かせて言った。
「それ、聞いちゃうんだ。答え合わせじゃなかったの?」
「本題は、これじゃない。……それに、謎解きには些かピースが足りない気がする」
「それは確かに。いや、それを言うとこっちこそそうだったけど。まあいいや、簡単な話だし。……そもそも、魔物が森の中で燻っていたこれまでがおかしかったんだ。森はあの大火事でかなり焼けたのに」
「……」
あの火事、と言うのがどれを指しているのかは言うまでもないだろう。まあ、確かに住処を奪われた動物が山から出てくると言うのはよくある話だ。
その一方、「なぜ今なのか」と言う問題が出てくる。あの火事はもう一年半は前だ。私の疑問が顔に出ていたのか、彼は頷いて言った。
「そう、そもそも前提がおかしい。なぜ今日まで魔物が降りてこなかったのか。それはまあ、推測だけど、恩を感じていたからだと思う」
「は……?」
「『聖女』。彼女が蘇生したのが、本当に人間だけだと思う?」
「……!」
私は息を呑む。確かに、確かにである。あの時、あのバカみたいな範囲での蘇生魔法はこの領土のほぼ全域に広がった。もちろん届かなかったところもあるだろうけど、それでも動物は確かに「人間」に救われたことになる。
普通の動物ならばともかく、魔物というのは人間には遠く及ばないものの知性がある。私はそれを悟り、自然とその後の悲劇をも悟った。
「そうして山にいる動物や魔物は生き残った。しかしそれは悲劇の始まりでもある。人間が呑気に復興している奥で、住処を焼かれた生物たちに待っているのは熾烈な領土争いと食糧の奪い合いだ。彼らは飢えて、住処をなくして、傷ついて、それでも人間を襲わないよう理性を保った。いや、食物ピラミット的に魔物は動物よりも強いから、理性の効きにくい動物が先にいなくなったのがここまで町が襲われなかった原因かな」
「…………それを、アンカーは森に狩りに行った時に気づいたの?」
「そう。不自然なほどに強い魔物しか出くわさなかったから。引率のオグマさんも『最近魔物が力を増してる』ってぼやいてたから、偶然じゃないって確信した。それで、そんな理性を必死に保っていた魔物が今回暴走した。それは言うならば当然の結末ではあったけど、それにも一応トリガーがある」
そこで彼は、言葉を切った。彼は私を見ていた。
「…………私のせい?」
私は声を震わせて言った。アンカーは「むしろ俺たちがいる今暴走してくれてよかったよ」と私を慰めるように言った。私は俯くことしかできなかった。
私は、自分の中に保有する魔力が莫大なことを自覚していた。そしてそれが魔物たちにとってとんでもないご馳走になることも。
さりげなく、バーナードが私の肩にカーディガンをかけた。私はそれで自分の肩が震えていたことに気づいた。
「ま、それはこの後町の人たちの対応次第でどうにかなる。それこそ俺が一日目の狩りでしたみたいに乱獲してもいいし、他の森に魔物を移してもいい、森の再建に力を使ってもいい。町長さんも頭の悪い人じゃないみたいだし、マンパワーでどうにもならないことってのも少ないからね」
そこまで真面目な顔をして言って、アンカーはニヤリと笑った。
「それで、本題は?アジメク、聞きたいことは他にあるんでしょ?」
わざと、話と空気を切り替えるように微笑まれて、私は改めて息を吸い込んだ。
「今回の騒動は、ルクバーくんのため、だよね?」
私はカーディガンを胸元まで寄せて言った。直前までバーナードが着ていたものだから、私には二回りは大きかった。
「つまり?」
「ルクバーくんの、ギャップを見せるため。アンカーがどこでルクバーくんが魔法を使えるって知ったのかはよく分かんないけど。使ってるところでも見たの?」
「…………」
アンカーは黙って聞いてる。合っているのか間違っているのかも分からず私は気まずくて目を逸らした。
「いつもは優しい人が、意外と男らしく自分を守ってくれた。それはすごく、感動を呼ぶんじゃないかな。実際ラーンちゃんは今ルクバーくんとデートしてる。正直それは別にいい。私も応援したいくらいだよ。その乱暴な手腕には一言二言物申したいけど。でもさ、多分だけどもう一つ目的があるよね?アンカーがたった一つの目的のためにここまで力を尽くすわけない」
「……例えば?」
彼は余裕を持った笑みで続きを促した。私はどこかで血管が切れそうなことを自覚しながら言った。
「ヘッドハンティング」
私が言うと、彼は流石に表情を崩さなかったけど、バーナードの瞳が揺れた。それだけで十分だった。
「厳密には違うかもしれないけど、アンカーは欲しかったんじゃない?『平民生まれの魔力の優れた人間』が。だって、私たちが高等部に上がるときには確実にいるもんね、『平民生まれの魔力に優れた人間』、つまりは聖女さまが。確実に入学してくる。アンカーは、それまでに同じ立場の人間を作りたかったんじゃない?その上で自分の陣営に招きたかった。そして事実、そのようになるだろうね。特にこの町なら尚更」
「…………」
言わなくても伝わるのだろう。私とアンカーは同じものを見ている。今日、魔物を倒したルクバーくんを見る瞳は、英雄に対するそれではなかった。
ひたすらに恐怖と、異質な罪人でも見るような目だった。
これはある意味仕方がないのかもしれない。そもそもルクバーくんは自分が魔法を使えることを言っていなかったらしいし、何よりも田舎のこの町では特別魔法はいまだに「禁忌魔法」と呼ばれている。端から端まで見ても、偏見しかないのだ。しかも私みたいに羽が生えるなんてメルヘンなものではなく、生物の首を切る魔法だ。彼は今後、この町の人々と平和な関係を築けるのだろうか。
まあ、あんな魔法が咄嗟に出てくる人間だ。魔法を隠して生きるのではなく、正式に学園などに通ってその制御方法を学ぶ必要はあるだろうけど。
とにかく、そんな中でアンカーが手を差し伸べれば。というかあんな攻撃魔法、魔法の衰退したこの世界で重宝されるだろう。確実に学園の入学も許可されるはずだ。その時の出資や後ろ盾をアンカーやバーナードの家がやれば、ルクバーくんは二人に頭が上がらなくなる。
そこまで言い切って、私は口を閉じだ。アンカーの顔をチラリと見る。正直否定して欲しい気持ちでいっぱいだったが、彼は笑っているだけだった。まあ否定されても信じられなかったと思うけど。
次いで、バーナードを見た。彼は困ったように眉を下げた。
「まあ、四十点かな」
アンカーがおもむろに言った。視線を上げると、彼はどこか優しい顔をして私を見ていた。
「全然合格には達しません。残念だったね、アジメク」
もしくは、全く違う名前だったりする?彼はバーナードに聴かれないように囁いた。私は背中が泡立つのを感じだ。
「そ、それ……!」
「まあ、それは置いておいて。と言うか俺からバラすつもりはないよ。思ったよりも高得点だったアジメクが、その可愛い頭を使って俺の邪魔をしない限りは」
「…………最低……」
「褒め言葉かな?まあ答え合わせをすると、まずルクバーくんが魔法を使えるって気づいたのは、変装したアジメク、彼は『お嬢さん』って呼んでたね、彼女の正体が君であるとすぐに気づいたから。元々の知り合いだからかなとも思ったけど、お兄さんの方は全然気づいてなかった。つまりそこには観察眼だとか絆だとかそういう人間の理屈で説明できるものではないのだと思った。ただ単に魔力耐性の違いだと思った。でもこんな田舎で魔力耐性がつくほど魔法を浴びる機会はない。それこそ日常的に魔法で甚振られてるとかね。まあ家屋の中にそんな形跡はなかったからその線はすぐに消えた。そしたら一つ、本人が生まれた時からそれが高い可能性が浮かんだ。そしたら自然と、彼の魔力が高いことに気がついた。それでその後は、それを本人が自覚してるかを探って、なんで魔法が使えないフリをしているのかをこの町の現状と照らし合わせて考えればすぐ答えは出た」
「…………」
改めて、私は彼の頭脳に慄く。何しろこっちはルクバーくんの家に寝泊まりもしたことがあるのだ。それでも気づかなかった。と言うか、よくもまぁこんなにカードの足りない上地でたどり着くものだ。
「それでもう一つ、いやほぼ半分くらい訂正の必要がある。まあこれはもうする分かると思うよ」
そう言って彼は窓の方に視線を向けた。私も合わせて外を見ると、ラーンちゃんが宿に帰ってくるのが見えた。
ラーンちゃん、ルクバーくん。そして……影がもう一つ。
ラーンちゃんと三つ目の影が、尋常じゃなく近いのを見て、私はどこか頭が痛くなるのを感じた。
「迎えに来てくれたの」
ラーンちゃんは、頬を赤らめながら言った。
「私は大丈夫って言ったのよ。何も怪我はないし、確かに怖い思いはしたけど、もう大丈夫だって。お父様も私がそう言うならって引いてくれたの。それなのにエーギルったら『俺が心配だから』『お嬢様に何かあったら耐えられない』って真剣に。いつもは憎まれ口ばかりなのに……」
「…………」
エーギル、と言うのはラーンちゃんの従者だ。クロダン所属の一つ年下の男である。いつもは二人とも喧嘩ばかりで、ラーンちゃんの肉食女子ぶりをエーギルは苦言を呈しているのをよく見る。
「そんな、そんなに必死に言ってくれるの初めてで……その、私、あの子のこと可愛いなって思っちゃって……」
「………………」
私は脳内で、「アンカーはラーンちゃんのことを誰かとくっつけたいだけで、ルクバーくんの恋を応援したいわけではなかったな」とか「ギャップがあって可愛いってこう言うことか」とか考えた。
まあ確かに、がっつり平民のルクバーくんよりも学園に通うぐらいには地位のあるエーギルの方が可能性はあるか。
私は黙って、今回の被害者兼悲劇の男もしくは当て馬に顔を向けた。私はゆっくり彼の背中をさすって、「泣いてもいいんだよ」と囁いた。彼は机に勢いよく顔をのめり込ませた。私には泣き顔は見られたくないらしい。
そう言うところ、そう言うところだぞアンカー。お前には絶対に今後頼み事はしない。絶対にだ。あの悪魔、いつかできるだけ酷い目にあってほしい。
きっとこれからルクバーくんはアンカーとバーナードに声を掛けられ、学園入学を検討することになるのだろう。彼はきっと自分に向けられた視線を忘れられず、この町を離れる決心をするのだろう。
本当、人生はままならない。しかし、学園に仲の良いルクバーくんが来るのはちょっと私も楽しみであると言うことは、少しアンカーみたいで悪魔的な思考な気がするから、口を閉ざさせていただこう。
「スバル先生、オグマという方からお電話です」
豊穣の週を二週間後に控えたその日、学園の職員室にて掛けられた声にスバルは手を止めた。
オグマ、という名前に聞き覚えがあった。そしてその用件にも心当たりがある。俺は迷いなく連絡用の魔法具を手に取った。
「……お電話代わりました」
『お前!なんだよあの手紙!』
電話口で叫ばれ、俺は咄嗟に耳から離す。職員室中から耳目を集めている自覚があったので、俺は黙って部屋を出た。
「そのままの意味だが?」
誰もいない中で砕けた言葉になる。オグマとは実は同い年で、知らない仲ではなかった。電話の相手は大袈裟にため息をついた。
『お前だって祭り前の忙しさは知ってんだろ?それをなんだよあれ、四人も貴族の坊ちゃん嬢ちゃんを受け入れろってのか?それも祭りの準備に手伝わせろと』
「あぁ。手紙に書いた通りだ」
『…………使えるのか?』
俺は悪びれずに言った。その堂々とした振る舞いに、さすがにこちらの意図を察したらしい。「そうだ」と簡単に返す。
「まず、男二人。大柄な方は実家でも狩猟をしてる。多少最初は慣れないかもしれないが筋力だけはあるからこき使ってもらって構わない。もう一人の小柄な方は多分罠を張り出すと思う。有用なら使え。ただ倫理観がないからそこそこのところで料理班に回して欲しい。器用だからこなすだろ」
『……分かった。それで嬢ちゃんたちは?どっちもいい家柄なんだろ?料理なんてできるのか?特にガクルックスの子なんか俺でも知ってる大貴族だぞ?』
「そいつは『お嬢さん』だ」
『は⁈まじか。いいとこの子だとは思ってたが、そんなにいいところの子だったのかよ……。てかそれをばらしちゃっていいのか?』
「あぁ。俺が気づいた時に当主に許可をもらってる。だからおばさんたちにも話してもいいがお前は気づかないふりしとけ」
『なんで?』
「小汚いおじさんに秘密を知られたくないだろ?」
『ぶっ飛ばすぞ、若作りが』
「やってみろよ老け顔」
ちなみに俺たちは周りの大人から「君たち同い年には全然見えないわね」と言われて育った。
『それで、もう一人は?この子もガクルックスほどでなくてもいいところの子だろ?』
「そいつの場合は、そいつとセットで料理も狩もできる人間がついてくる」
『セットで……』
「ただし主人から離れたがらない駄犬だからな、料理以外やろうとはしないだろうが。本人も不器用だが一生懸命な子だし、雑用でもやらせとけ」
『あーはいはい、よく分からないが分かったよ。つまりは狩の得意な男の子と料理のできる男の子女の子が来るってことか?』
「そういうことだ。積極的に仕事を任せてもらって構わない」
『分かったよ。せいぜいこき使わせてもらう。それにしてもねぇ……』
「は?なんだ?」
そこでオグマは、電話越しでも分かるような含みを持たせた。嫌な予感がする。俺が顔を顰めて問いかけると、彼はおもしろそうに言った。
『料理できる男子が二人も……。ブラコンめ』
「は?そういうわけでは……」
『はいはいわかった分かった。こっちは忙しいから切るな。バイバーイ』
「あ、おい!」
そのまま電話は切れ、俺は魔法具を握りしめたまま立ち尽くす。どうにも居心地が悪くて頭を掻き回す。
「……バレてたか」
俺はひっそりと、故郷に残してきた弟分、ルクバーを思い出す。病弱な母親の代わりに料理班の方に男一人だけ参加する姿は、頭の硬い老人の多い地元では、奇異の目に晒されることも多い。その価値観を、外からやってきた人間が打ち壊してくれればと思ったのは否定しない。
別に、はなからアジメクたちの研究を利用する意図はなかった。ついでと言えばついでだ。きっとアジメクたちの研究にも役立つだろうし。
俺は言い訳のように心中で呟いて、職員室にとって返す。仕事はまだまだ山積みだ。
どうか、ルクバーがあの小さな町で平和に生きられますように。ささやかながら、その手伝いができればいい。俺はそれだけを願っていた。




