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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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恋する男の子

「つまり、ラーンを落とすにはどうしようかって話でしょ?」

「いやアンカー、そうは言ってもな」

「いやいやいや、僕はただの一般庶民ですし、結婚だなんて烏滸がましいです」

「うーん、ただラーンちゃんの場合はあり得なくもない話なんだよねー」

 口々に囀る弟と、弟が家に連れてきたあまり親交のないはずの男女に、カフは頭痛を抑えて怒鳴りつけたいのも抑えて理性的に問いかけた。

「で、どう言うことなんだ?」

 その声色は呆れも怒りも隠しきれていなかったが、それを頓着するような気遣いのできる人間は残念ながらいなかった。


「……いや、これ俺がおかしいのか?」

 カフは一人疲れたように呟いた。実際、一日祭りのための狩猟で疲れていたのもある。

 しかしそれ以上に、頭痛の種は目の前でにゃあにゃあと騒ぐ四人の子供達である。

 子供達、とひとくくりにはしたが、その四人の中で三人は一応面識がある。

 一人目は、弟のルクバーだ。自分が今口に放り込んでいる夕食の作り手でもある。夕食を摂り終わった彼は、今現在他の子たちと真剣に話し合っている。漏れ聞こえる内容的にはどうやら恋愛についてと言うので、兄心としては少し複雑である。

 二人目、三人目は学園から来た坊ちゃんだ。名前までは覚えていない。しかしどちらも昼の狩猟で一緒になって、一応面識がある。黒髪を短髪にした、年齢不相応にがっしりとした体つきの子は狩猟は未経験だというが中々筋のある子で、もう一人の特徴的な瞳をした小柄な子は罠を仕掛けるのが得意だった。まあ後者は、あまりにも非人道的な罠も思いつくので親父(ここら辺の男連中のまとめ役)の判断で明日からは狩猟には連れて行かないことになったが。

 しかし四人目の女の子だけは全く面識がない。多分身なりや坊ちゃんたちと親しげな様子からして学園から来た貴族様なのだろうが、うちに来た理由は全く分からない。貴族の女の子たちは料理班に行ったと言うから、そこでルクバーと仲良くなったのだろうか。それにしてもいい身分の女の子が気軽に遊びに来るような家屋ではないと思うのだが……。

「あ、お邪魔してます」

 話がひと段落したのか、黒髪くんが俺の方に声をかけた。その言葉と共に差し出されたのはこの近くで売っている少しお高めのお菓子で、数秒かけてからそれが手土産であることに気づいた。この時点で俺は少しだけこの子達への好感度が上がった。

「お気遣いありがとう。偉いな!」

 俺の言葉に彼は少しはにかんだ。可愛らしい限りである。

「お邪魔してまーす、ルクバーくんのお兄ちゃん」

 ぴょこっと黒髪くんの後ろから小柄な方の子が顔を出す。「どうも」と俺も言葉を返した。もう一人の女の子はコソコソとルクバーとお話し中である。

「その、急にお邪魔してしまってすみません」

「いえいえ。うちでよければいくらでも」

 几帳面に頭を下げた黒髪くんに笑って返す。本心だった。うちは母が広い癖があるので、犬だの猫だの子供だの成人男性だのが家に上がり込むのは慣れっこなのだ。どう考えてもおかしい話だけど。                                                         

「それに、うちに誘ったのはどうせルクバーでしょ?君たちが謝ることじゃない。むしろこっちこそ大丈夫?うちみたいなぼろ家、特にあの子、貴族のお嬢様なんかが来るような家じゃないのに」

 俺がなんともなしにそう言うと、二人は困ったように顔を見合わせた。え、なにか変なことを言っただろうか。

 黒髪くんが躊躇いながら言った。

「えっと、むしろアジメク……あの子がここに来ることを提案したんですけど」

 黒髪くんの指さす「あの子」とは、言わずもがなルクバーと話し合う少女のことだ。……全く面識はないはずだけど、昨今の子はその日に初めて会った異性の家に乗り込むような積極的なタイプが多いのだろうか。

 少し戸惑いながら「え、そうなんだ」と返すと、黒髪くんは俺よりもさらに怪訝そうな顔をした。

「どうしたの?」

 俺が聞くと、彼は迷ったようにこう言った。

「あ、いや……。アジメクがずいぶんこの家に慣れてるっていうか、皿の場所だの把握してたので、何度もここに来てるのかと思ったんですけど……」

 え。俺はその言葉に少し驚いて、黒髪くんを見つめた。しかし彼が自分の発言を訂正する気配はなく、むしろこっちを真っ直ぐに見つめている。

「俺の、記憶違いだった、かも?」

 俺が首を傾げながらそう言うと、黒髪くんも同じように首を傾げた。隣の小柄な子は、なんだか楽しそうにこちらを見て笑っていた。


 その後、コソコソ内緒話が終わったらしい子供達は、さっさと解散した。ここらは貴族の子供が夜間に出歩くような地域ではないのだけど、ルクバーが宿まで送って行った。

 そしてその夜、布団を頭まで被る寸前、ふと思い出した。というか被る羽毛布団の原材料を思い出したと言うだけかもしれないが。

 そのままの勢いで、隣で寝床を整える弟に声をかけた。

「もしかして今日の女の子、『お嬢さん』?」

 俺はその時、弟には悟られないように必死だったが、かなりドキドキしていた。

 初めて見る「お嬢さん」の本当の姿だ。魔法で変装をしていると言うのは本人から聞いていたが、本来の彼女にはこれまで一度も会ったことがなかったのだ。

 母親のお腹から出てくる弟に初めて会った時、と言うのは言い過ぎだが、しかしそれくらいのワクワクとドキドキがあった。

 まあ、そんな浮かれた俺にかけられたのは、そこらの川の水よりも冷たい弟の言葉だった。

「え、今更?」

 この一言により、俺はなんとなくお嬢さんに面と向かって「お前『お嬢さんだろ』」と指摘することができなくなった。なんとなくそれを言うことによりこれまで気づいてなかったことがバレるのが気まずいと思ったからだ。

 それにより、お嬢さんは俺がお嬢さんの正体に気づいていないものと思い込んで、今後もバレないようにとそれ相応のドタバタ劇が繰り広げられるのだがそれはまた少し先の話。

 今は、まだ何も知らない兄が、ただ冷や水を浴びせられた腹いせに弟を揶揄う夜でしかない。

「それにしても何?恋しちゃったの?誰誰?」

「…………!」

 茶目っ気たっぷりに布団の中から顔を覗かせると、その可愛いお顔はみるみるうちに赤く染まった。

「あっ!いてっ」

 無言のまま蹴られた。そしてそのままくるりとこちらに背を向けられる。ミノムシになった背中をツンツンと突き刺すと後ろ足で蹴られる。馬か何かか?

 もう、そんな歳になったか。ニヤニヤと笑いながらその背中を見ていると、もう一度蹴られた。さっさと寝ろと言いたいらしい。俺は電気を消した。

「…………」

「……」

 最後に暗闇からもう一度蹴られて、俺はそれでも笑みが消えないまま眠りについた。


ーーーーー


「それでは、作戦を開始する!」

 アンカーがペカペカした笑みを浮かべて一声叫ぶ。そのテンションには正直ついていけず、スピカもルクバーくんも「あ、うん」「お願いします」などと適当な返事を返すしかなかったが、アンカーの笑みは崩れない。

 むしろ何事もなかったかのように笑顔を、圧のある笑顔をこちらに向けて言った。

「それでは、作戦を開始する!」

 巻き戻したレコードみたいな言葉に、私たち二人は「あ、了解です」「えいえいおー!」とどこか間違ったテンションで返すしかなかった。


 時は進んで、夜が明けて。四日目である。四日目、「綻びの日」。花が綻び出す日である。その語感からだと少し不穏な連想をしがちだが、この日は主に厄除けにいいとされている。

 この日は、国一番の宗教であるアプロディテ教の信者が教会に赴く日でもある。前にいた孤児院はアプロディテ教とは関係のないところだったので、わざわざ教会に行って何かすると言うのはなかった。けれど、近所では数人信者がいて、この日は朝早くから白い服を着て静かに教会に向かっていた。

 この町では信者はそう多くはないみたいだ。単に「あの」奇跡を目の当たりにした人が多いから、アプロディテ教という本当に自分を救ってくれるのかもよくわからないものを崇め続けろと言うのも無理な話だ。

 つまりは人手が減ることなく、フル戦力で祭りの準備を進めていると言うことでもある。

「つまり今がチャンスな訳」

 アンカーがわけ知り顔で言った。

「なんの」

 私が言葉少なに言うと、彼は一言楽しそうに。

「アピールの」

 と言った。

 そして彼はターゲットであるラーンちゃんの方をこっそり確認すると、私とルクバーくんにこっそり指でサインを出した。

 人差し指を一本くるりと回す。それは作戦Aの開始の合図である。


 今回のルクバーくんの恋バナ、アンカーは非常に乗り気だ。戦と恋は専門分野、らしい。どちらも人の心を掌握するから、だとか。世界中の乙女に謝れ。

 なので彼はノリノリで作戦を立てた。ちなみに作戦Aとは私がラーンちゃんに彼女の好みを探りに行って、それをルクバーくんに伝えるというものだ。ジャブとも言える。

(いや、ただの恋バナをボクシング由来の比喩表現で例えるのも間違っている気がするが)

 私自身、恋と愛と冷戦と血しぶきの区別がついていないような男の影響を受けているようだ。

「ラーンちゃん」

 私はついと彼女の横に並んで、目の前のニンジンを切り出した。ラーンちゃんはひたすら枝豆の豆を出す作業をしていた。

「あ、アジメクちゃん。なんか朝に会ったばかりなはずなのに久しぶりだね」

 彼女はフフフと笑った。本当に、女子相手には控えめな女性に見える。これが男子相手には肉食動物となるのだから、残念極まりない。

 しかし時間もないので、私は本題に入ることにした。

「ねえ、ラーンちゃん。それで、運命の人は見つかりそう?」

 私はこそりと聞いた。彼女は顔を少し赤くして、辺りを見渡す。

 そして一言。

「これから、かな」

 そう呟く彼女は、文句無しに可愛かった。



 ラーン。三年Aクラス、クロダン所属。Aクラスであることから分かるように、割と地位の高い侯爵家の一人娘でもある。

 そんな彼女は、これまでの私たちの話から分かるように恋の亡者でもある。どうやら彼女、「運命の人」とやらを探しているらしい。

 ちなみにそれは、話を聞くに特定の一人のとこを指しているわけではない。なのでどちらかと言うと「自分の運命に足る人」もしくは「自分と運命を共にしてくれる人」を探しているというのが近い。

 まあ多少ロマンティックな例え方をしたが、やっていることはただの男漁りである。彼女は片っ端から学園中の男子に声をかけている。年齢や親の爵位どころか、顔の美醜まで特に頓着していない。

 一応、婚約者持ちなどには声をかけないのでこれまでトラブルになったことはないが、誰彼構わずといった姿勢はそのうち惚れた腫れたのトラブルの元になるのは想像に難くない。

 そんな彼女に、ルクバーくんは恋をした。昨日話しを聞いた限りでは恋と言うには少し淡いものであったが、それでも気にはなっていると言う。

 そして幸運なことにラーンちゃんは貴族令嬢ながらその結婚相手の爵位に頓着をしないし、年中無休で婚活中である。

 私自身散々お世話になったルクバーくんの恋を応援したい。そしてアンカーは、表面上は彼らの恋愛模様を面白おかしく引っかき回しているように見える。しかし私は知っている。多分ラーンちゃんが誑かしすぎて少しギクシャクしているクロダンの一年生たちのことを救いたいのだろう。

 ある意味利害の一致とも言えるし、一つの恋バナに乗っけて良い熱量ではないと思うが、それは置いておく。ほら、貴族の結婚は一人の男と女が成婚するという意味以外にも十も二十意味が付随するものなので。

 しかし何より、(少し話はズレたが)ここで重要な話はラーンちゃんの好みだ。まずはラーンちゃんにルクバーくんを好きになってもらう必要がある。

 そういうわけなので、まず私は聞いたのだ。もしくは作戦Aを実行したのだ。

「ラーンちゃんって、どんな人が好みなの?」

 そう、こそりと囁く。それに彼女は質問が嬉しくてたまらないとでも言うように、花が咲くように微笑んだ。その笑みはむしろ驚いてしまうほど輝かしいものだった。

 聞いて欲しかったの!そんな言葉がその顔に書いてあるようだった。そして彼女は言った。

「ギャップがあって、かわいい人!」

(…………?)

 私は思わず固まった。その答えは全くの予想外だったのである。



「なるほど、なるほどね」

 その日の夜。作戦Aの報告をアンカーとルクバーくんにすると、アンカーは何やら面白そうに呟いた。

「ぎゃ、ぎゃっぷ?」

 目を白黒させるルクバーくんには、気持ちは分かるとだけ言っておく。「格差」「隔たり」とかそう言う意味ではなく、ここで言う「ギャップ」とは、それこそロマンス小説ぐらいでしかお目にかかれない概念である。私も日中ラーンちゃんに語られなければ馴染みのない概念だった。

「と、言うわけなんだけどどうする?参謀様?」

 顔中にはてなマークを飛ばすルクバーくんを放って、私はアンカーを伺う。

 正直、情けないことに私には何も思いつかない。なにしろ「ギャップ」という概念すらよく分からないのだ。その上でそれを応用して彼女を惚れさせるのは、方位磁針もないまま樹海で彷徨うようなものだ。

 そんな時に頼れる参謀様はと言うと、なんだか楽しそうに視線をあちこちに巡らせて、数秒後「よし!」と言った。なんだか嫌な予感のする言葉である。

 そして彼は、ピカピカの笑顔で言うのだ。

「うん、そういう演出は可能!任せて!」

「……演出って言っちゃったよ」

「ねぇお嬢さん、本当にこの子の作戦に乗って平気なの?倫理的に」

 戸惑いを隠しきれない私と不安を隠しきれないルクバーくん。そんな二人の肩を、アンカーはガシリと掴んだ。

「ごめんねぇ、二人とも。特にルクバーくんには後でいい肉でも買ってあげるから」

 ……話の流れもまるで無視。まともな説明もされない。

 しかしその笑顔に、ルクバーくんは確かに悪魔と契約してしまったのだと悟ったのだ。

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