成長の日
豊穣の週三日目、「成長の日」。
子供の成長を祝って各所でお祝いが行われる日であるが、この町では概ね最終日に行われる収穫祭の準備のために子供も大人も駆り出される日である。
「……こちらから言い出したことですが、本当にいいんですか?俺たちも手伝わせてもらって。お邪魔でしょう」
バーナードが気まずそうに言った。彼の言う通り、本当にこちらから言い出したことでもあるので今更ではあるが、スピカも許可が出たと聞いて驚いた。しかしながら町の気のいいおじさん、オグマさんは朗らかにこう言うだけだ。
「いやいや、そんなことないぞ!むしろ来てもらってありがたいくらいだ」
今回、私たちは学園のグループ学習に合わせ、「サダルスウド領の大災害と復興」を研究テーマにこの町に訪れた。
この町というかサダルスウド領は、全国で今もなお語り継がれるほどの大規模な山火事の被害にあった領だ。そしてその中でも、この三方を山に囲われたこの町は領内でも一、二を争うほどの被害が出ていた。
しかしあの火事からまだ二年と経たない今年、この町の一大行事である「収穫祭」の開催を発表。元々収穫祭を訪れた観光客により収益を上げていた町だ、復興の一助となるだろうという計算も当然あったのだろう。しかし、それ以上に地元を必然的に盛り上げる「祭り」という存在は、この町の、ひいてはサダルスウド領の復活を示すものになるだろう。
そんなお祭りの現状を調べるためのグループメンバーは四人。アンカー、バーナード、ラーンちゃん、そして私。テーマもテーマであるため、収穫祭の当日のみならずその準備にも参加させて欲しいと申し出たのは確かにこちらである。
というか正確には研究内容を見たスバル先生が勝手にそう話を通した。あの人もこの町が地元なので少し遠慮がなさすぎると思う。
しかしながら、収穫祭準備というのはとにかく忙しい。男は狩に、女は料理に二手に分かれ、私は後者にしか参加したことはないが、そこは女の戦場と化す。地元のおじさんに連れられて森に行くカフも、帰ってくる頃にはグデグデのドロドロのクタクタなので、そっちの大変さもお察しというところだろう。
一方、こちらはただの貴族の子供である。流石に私はルクバーくんに料理を仕込まれてるし収穫祭準備の参加経験もある、多少は動けるとは思うが他は未知数である。むしろ戦力になると数えられているのは「お嬢さん」であって「アジメク」ではないので、あちらからしてみれば「戦力になるのかも分からないのにただただ扱いが面倒なガキが四人ほど紛れ込む」という状態になる。本当に邪魔でしかないだろうに。
しかしこのことをスバル先生に言っても「うるさい、言ってこい」しか言わずにニワトリでも追い払うようにシッシとされるのみ。おい、こっちは筆頭公爵家令嬢だぞ。偽物だけど。
そして迎えた当日。しかし待っていたのはかなりの歓迎。むしろこちらが戸惑うばかりである。本当に私たちが戦力になるとでも思っているのだろうか。
とりあえずとばかりに女子と男子で組分け、男たちは狩に出かけた。戸惑ったまま連れていかれるバーナードと何かを考え込んでいるアンカーのことは私とラーンちゃんは黙って見送ることしかできない。
「とりあえず二人はとうもろこし剥いてもらおうかしら」
取り残された私たち。しかし仕事は山積み、その中でも料理初心者でもできそうなものをおばさんたちに渡されて、私とラーンちゃんはとりあえず周りの指示に従って右往左往することしかできなかった。
「あら、あなた意外と料理とかするのかしら?手際がいいわ」
ふと声をかけられたのは、それから数十分経った頃。全くもって正解であるが、「アジメク」は公爵家令嬢。当然のことながら料理などしたことがあるはずがない。なので「あー、クッキーとか、友達と作ったことがあります」と答えた。嘘はついていない。本当はルクバー師匠のおかげで一応家庭料理レベルなら一通り作れる。
「そうなの、でもそれならこっちで野菜切るのも手伝ってもらおうかしら」
「え」
驚いて彼女を見る。だって二年前私が包丁を任されたのは最終日に近づいてからだし、最初はニンジンの乱切りとかだった。しかし彼女の手には玉ねぎ。料理内容から考えるに多分千切りである。おおよそ怪我をされると困るような貴族令嬢に任せる内容ではない気がする。
「えっと……?私みたいな料理初心者にできますかね?」
思わずと言った感じに彼女に問いかけると、彼女はにっこり笑ってこう言った。
「できるわよぉ、『お嬢さん』なら」
「あ、はい」
どうやら、とっくに私の身元はバレていたらしい。その目は「忙しいんだからウジウジしょうもないこと言ってないでさっさと手伝ってちょうだい」と訴えていた。それにしてもバレるのが早すぎると言うか、バレていても態度が変わらなすぎるというか、これ後で怒られるのかなと言うか。
とりあえず、彼女たちには敵わないと言うことである。
「あー、疲れたー……」
しばしのお昼休憩。私の隣に座り込んだラーンちゃんはそのままピトリと私に寄りかかる。かわらしい限りである。これでいて男子相手にはさながら獅子のように狩りに行くのだから面白い。どうやら早急に結婚相手を見つけなければいけないらしいのだが、多分彼女は普通にしていたほうがモテそうである。
「お疲れ様、そっちも大変だったね」
私は軽く彼女の頭を撫でる。彼女は心底嬉しそうに微笑む。可愛い。
「アジメクちゃんほどじゃないよ。すごいね、すぐに包丁使い出して、ジャガイモ延々に剥いたりフライパン振り出したりして」
「まあ、私は教えてもらったから。でもラーンちゃんも頑張ってたね。重いもの持ったり鍋ずっとかき回してたり」
「うーん、私にもできることいっぱいやらせてくれた感じだね。花嫁修行だと思えば楽しかったし」
ラーンちゃんはニヒヒと笑った。ちなみに彼女は異性の前だと「フフフ」と笑う。
「お二人さん、お昼食べちゃいな」
「あ、はーい!」
「ありがとうございます!」
私たちは並んでテーブルのにつく。今日のお昼はカレーで、それに刺激されて胃袋が空腹を激しく訴える。
「「いただきます!」」
午後もこれから同じだけの重労働だ。食べないと保たないというのは経験上わかっている。
一口放り込んだカレーは柔らかく煮込まれた鶏肉がゴロゴロ入っていて、頬が溶けるほど美味しかった。
ーーーーー
「ちょっと、話あるんだけど」
夕方。男たちが山から帰る頃に女たちも解散となる。なぜならこれから夕食の準備をしなければいけないからだ。
そんな頃、私はある人に呼び止められた。ある人、というかまごうことなきルクバーくんである。私のお師匠さんだ。彼はその料理の腕を買われて今年も、例外的に今年も料理準備のメンバーなのである。
「あ、はい」
どうやら私が「お嬢さん」なのはバレバレだったらしいし、いつかは話しかけられるだろうと思っていたので私はさして驚かなかった。心配そうにこちらを見ているラーンちゃんに「大丈夫だから先に帰って」と告げる。この「町の男の子が貴族のお嬢様を無愛想に呼び止める」という奇妙な状況を心配する大人が誰もいないので、多分私の素性はとっくにみんなにバレているみたいだ。
彼の後ろについて歩いて数分。もしかしたらルクバーくんたちの家に行くのかと思ったら、どうやらこっそり二人で話せる場所を探していただけみたいだ。人通りのない道につくと彼は辺りを見渡してから話始めた。
「あー……、久しぶり」
彼は気まずそうに言った。私は内心、(改まって何を言われるんだろう)と思った。
何せ、天下のガクルックスの令嬢であることを隠していたのだ。流石にこれを適当に放り投げて、気軽になんてことのない雑談はできないだろう。もしかしたら今後の付き合いを考えたいとか言われるのではないか。そんなわけがないとは言いたいけれど、彼の気まずそうな顔を見る限りその可能性もなくもない。
「うん、久しぶり」
私は少し迷って、こう返した。他に何を言えばいいのか分からなかったからだ。黙っていたことを謝ればいいのだろうか、それともここで「友達を辞めないで」と縋ればいいのだろうか。どれもこれもが正解ではない気がした。
この町の大人は割と肝が座っているのか、ここまでさほど態度を変えずに接してくれた。しかしルクバーくんや、これから出会うだろうカフとの今後の関係性を思うと胸が痛かった。
「…………それで、話なんだけどさ」
「うん」
ルクバーくんがことさら言いづらそうに切り出した。私はどこか少し泣きそうな心持ちで相槌を打った。
そこで彼は、顔を赤くして、鼻を掻いて、そっぽを向いて、両手で顔を覆って、天を仰いて、言った。
「一緒にいた女の子って、名前なんて言うの?」
「…………え?」
こいつ、私との友情よりも他の女の子のこと気にしてやがる。
「へぇ……ラーンちゃんって言うんだ……。名前まで可愛い……」
目をハートにし、乙女のように指を組んでルクバーくんは言った。対する私の目は冷ややかだ。私の寂しい思いとか葛藤とか恐怖とか諸々を返してほしい。できればお菓子など形あるものに変換して返してほしい。
「……師匠、なんかキモい」
なので初等部女学生最大火力でもって呟くと、ルクバーくんは「えっ」と固まった。ザマァみろだ。
「き、キモい?キモいかな?」
「うーん、キモいって言うか……キモい」
「キモい⁉︎」
悲痛に叫ぶ彼になんか可哀想になってきたが、私は黙ってそっぽを向く。だってなんかキモいんだもん。なんだろうか、この、お兄ちゃんが自分のクラスメイトのことを狙っていることを知ってしまった感じ。
てか、ラーンちゃんは大人びてはいるがまだ十二歳なのだ。三つも上のルクバーくんが言い寄るのは犯罪のようなきがする。
「ふーん、それで好きなの?」
とりあえず、と言うように話を戻す。ルクバーくんはピシりと固まった。
「えっと、その……」
「好きなの?」
「……気になって、あ、可愛いなって」
「好きなの?」
「…………ねえ何この『好きなの?』攻撃」
「好きなの?」
「…………好きです」
ルクバーくんがボソリと言う。ふーん、好きなんだ。まあ恋愛は個人の自由だと思う。そして私自身、普段キリッとしている師匠の弱った姿に、なんかちょっと楽しくなってきていた。
「ふーん、まあいいんじゃない?いい趣味してんじゃん」
私は笑いを含ませて言った。
「なんでそんなに上からなんだよ……」
ルクバーくんが疲れたようにうずくまる。それは当然、恋バナにおいて男の子は女の子よりも弱いからである。そしてもう一つ、女の子にはとある生態があるのを目の前の彼はご存知だろうか?
私は完全に丸まってしまった目の前の男の子のつむじをつっついた。
そして囁くのは悪魔の一言である。
「手伝ってあげようか?」
ルクバーくんは私の言葉に目を見開く。
女の子は恋バナと、それに頭を突っ込むのが大好き。つまりは私に相談したルクバーくんの負けである。
そして、その後の話は私が全く予想していなかった展開なのだが。
「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン!」
「あっ、おい!」
私がルクバーくんに囁いた、つまりは彼が恋愛脳の小悪魔に捕まった次の瞬間、二つの声が響いた。ルクバーくんは一瞬で青ざめる。
私も驚きはしたけど、(まあ、こんな道端で話してたら聞かれないわけないよね)と少し思ったので特に反応をしなかった。その声が聞き慣れたものだったからと言うのもある。
振り返ると、想定通りアンカーとバーナードがいた。どちらかというと飛び出して行ったアンカーをバーナードが必死に留めている図である。
「ごめん、アジメクが地元の男に連れて行かれたって聞いたから」
バーナードがそう言って謝る。どうやら心配してくれたらしい。どこから聞かれたのか分からないが、彼の様子からせいぜい聞かれたのはルクバーくんの恋バナだけのようだ。
「それよりも少年!君、ラーン嬢が好きなのか?」
「えっ、あっ」
「すみません突然!こらアンカー、この人絶対お前より年上だろ!」
ルクバーくんは、アンカーくんに突然話しかけられてその青い顔のまま固まる。彼は少々人見知りなのだ。
いや、それ以上に令嬢に横恋慕していることがバレたことに顔を青くしているのかもしれないけど。
まあそれは確かに、普通の貴族と平民の恋愛に対する反応としては正しい。しかしあいにく、アンカーも普通じゃない。
彼は言った。
「いいや!バーナードきゅんのそういう礼儀正しいところは好ましいと思ってはいるけど、今回だけは黙っていてくれ!俺は彼と話しているんだ!この勇敢な彼と!さあ君、別に責めてはいないよ、むしろ応援させてくれ。いや、むしろここは一つ、俺に手伝わせてくれないか?君の恋を!」
アンカーはまで舞台俳優のように両手を振り回して言った。それを観客のように眺めるルクバーくんは、その意味を理解して、時間を使いながらもその頬に血色を戻している。
しかしながら、側から見ている私は思った。
多分今こそ、彼はその顔色を海よりも青く染めるべきだろうと。
魔王に弄ばれることが決定してしまった、今、この瞬間にこそ。




