あの子からの手紙
毎朝、地域住民でまとめている共同郵便受けに郵便物を撮りに行くのは、専らカフの仕事だった。
これは、ルクバーが生まれる前から、つまり父がいた頃から。
家から歩いて約十分。うちはそこそこ近い方だ。ただし結構急な坂を登ったり下ったりするから、行って帰って来る頃には息が荒れるようになる。冬が近づくこの頃ならいいが、夏は毎日汗だくだ。
家が割と近い俺でさえそんな有様なのだから、他の住民も律儀に毎日確認はしていない。ここら辺に住んでいる者同士の連絡ならば直接するし、届くものもせいぜい手紙やはがき。二日三日経っても問題ないようなものばかりで、大体週に一回しか郵便物を確認しにこないという住民もいるくらいだ。
しかし、そんな中でカフは毎朝郵便受けを覗いている。それは単に日課だからというのもあるが、一番大きな理由は手紙がかなり頻繁に来るからだ。
とある少女から。とある、お嬢さんから。
「お、来てる」
蓋を開けて、ほんのり香る甘い匂い。自然と笑みが溢れる。
自分の両の手の平をズボンに擦り付けて、そっと郵便受けに手を突っ込む。そしてカフの衣服よりもよっぽど高価そうな封筒をそっと摘む。
リボンやらハートやらがゴテゴテと乗っかった紙片。ルクバーはそれを「盛りすぎて逆にダサい」と評するが、俺は年相応で可愛らしいと思う。いやに自立している彼女の子供っぽいところは、見ていて非常に和む。
あと変に女性っぽい人からの手紙は、近所のおっさんたちに揶揄われかねないので。
まあ、それは置いておいて。俺は家に帰る時間も惜しく、道端で封代わりのっシールを取り除く。その中に入っていたこれまたガチャガチャした便箋には、見慣れた少し癖のある字でこう書かれていた。
『拝啓
カフ、ルクバーくん、シャダルさん』
俺はなんで俺だけ呼び捨てなんだと思いながら、彼女の言葉を目で追い始めた。
『拝啓
カフ、ルクバーくん、シャダルさん。日に日に寒さが増す今日この頃ですが、いかがお過ごしですか?私はシャダルさんの編んでくれたマフラーのおかげで元気いっぱいです。すごく長めに編んでくれたので、時々友達と二人で一緒に首に巻くことができてちょっと楽しいです』
俺はその言葉にブッと吹き出した。母さんの編んだマフラーというのは去年の冬に送ったあれだろう。どう考えても貴族令嬢には釣り合わない毛糸で作った素人作のものだ。まあお嬢さんはそういうので差別はしないだろうとは思っていたが、他の御貴族様と使うとは……。
まあ彼女が同じくらいちんまい友達と一つのマフラーを二人で巻いて身を寄せ合う姿を想像すると、顔中でにやけるほど可愛らしいとは思うが。
『そしてもうすぐ豊穣の週に行われる祭、収穫祭の時期ですね。今年は例年通り行われると聞きました。この手紙が届く頃にはその準備が始まっていますでしょうか。そしてルクバーくん、いやルクバー先生、私はついに飾り切りをマスターしました。今回の祭りの戦力として大いにお役に立てると思います。どうか今年もよろしくお願いします』
こいつがルクバーに敬語なのちょっと面白いな。彼らは料理関係において師弟の関係を結んでいるとは聞いていたが、こんなに上下関係厳密に定めていたのか。……まあほぼ冗談だと思うが。
『あ、あとカフ』
俺はついでか。
『平和の日の贈り物は何をもらいましたか?私はお父様に本を二冊貰いました。一つは巷で話題の甘々恋愛小説です。私は、実はこういう類の本は背筋が痒くなるようであまり好きではないんですが、あの堅物な当主様が、真面目腐った顔をして本屋であの表紙がキラキラした女児向けの本を購入したのだと思うと、大変愉快です。もう一つはお父様セレクトなのか、お堅い歴史小説です。正直一ページ目で力尽きました。しかし多分近いうちに本の感想を伝えなくてはいけないので、どうか一緒に解読してください』
そういえば、お嬢さんから家族の話題って初めて出たな。親父さんのプレゼントのセレクトもなんていうか、頑張ってよく知らない娘の好みに合わせて選びました!って感じ。結局合わせられてないけど。
あと、平和の日(豊穣の週の一日目のこと)の贈り物なんて初めて聞いたな。その日は国民が黒を基調とした服に身を包み、平和を祈って静かに暮らすことが多いのに。それこそプレゼントを送り合う文化があっても誕生日くらいなものだ。
しかしそういう文化は地域差があるし、彼女の住む領ではそれが普通なのかもしれない。まあ珍しいとは思うが。それこそ三日目の「成長の日」では子供の成長を祝ってお祝いや贈り物をするというのは聞くけど。
『そして今回の収穫祭ですが、私も参加するようなしないようなします』
……ん?
『そういうわけなんでよろしくお願いします』
「…………は?」
俺はその後『敬具』と丁寧に締められるだけの手紙に叫んだ。
「いや、どっちだよ!」
「カフにぃうるさい」
そして寝起きのルクバーに叱られた。すまん。いやだってお嬢さんが……。
手紙を読んでいるうちに弟が起き出したらしい。いつもは寝坊気味な彼だが、今日は流石に起きるのが早い。なんて言ったって今日は豊穣の週二日目「芽生えの日」。朝から婦人会の人たちで料理などの祭りの準備があるのだ。
しかし手紙を見た我が弟はなんとも冷静だった。
「来るなら来る、来ないなら来ない!どうせ数日中に分かることでしょ?あいつが来るからって今から準備することなんてないんだし」
「な、ないのか?あるだろお客様なんだし」
「ないでしょ、俺たちの末っ子なんだから今更」
あいつうちに馴染みすぎじゃあないだろうか。確かに彼女の食器も着替えも寝具も揃ってはいるが。
「まあでも、こんな曖昧な言い方されたらツッコミたくもなるだろ……」
「ふん、それもそうだろうけど。あの子に限ってはあれかもよ」
そう言ってルクバーが指し示したのは回覧板。その一番上の紙には極太の文字でこう書かれていた。
『王立学園の生徒が祭りの準備から見学にいらっしゃいます。どうか失礼のないように!』
町長の必死な文言はそれだけで同情を誘うがどう考えてもうちのおばさま・おじさま方が貴族だからと子供相手に気を使えるはずがない。それは置いておいて。
「……そっか、そっかぁ。あいつ、いつも姿を変える魔法を使ってここに来てるんだもんな」
俺はなんとなく、期待が高まるようなドキドキするような不安になるような心持ちでつぶやいた。ルクバーがそんな俺に「にやけんな、キモっ」と吐き捨ててキッチンに向かう。そうか、俺はにやけているのか。まあにやけるかもな。
やっと、彼女に会える。本当の、飾らない彼女に。
ーーーーー
「ここが、サダルスウド領か」
「まあ、遠いような近いようなって感じ?」
「いや、十分遠かったわよ。お尻痛い……」
スピカは好き勝手話す友人たちを尻目に、馬車の外を見渡した。目が眩むような緑。焦げたような匂いがする気がするのはきっと気のせいだろう。あの大規模な山火事の記憶が頭をこびりついて離れない。
しかしながらここに住む人々にとってはあれは過去の話。きっとこれからの未来を素晴らしいものにしていくために、切り替え必死に生活しているのだろう。特にこれから行われる収穫祭はその最たるものだ。
まあ、そこらへんも私たちの調査対象でもあるのだが。私は今回の研究テーマを振り返る。それは『サダルスウド領の大災害と復興』その象徴として、国中でも有名なこの町の収穫祭を取り上げる予定だ。まあただ単に課題にかこつけて祭りで遊びたかっただけとも言える。
しかも今回の課題は珍しく(というか初めてかもしれない)他のクラスの人同士でグループを作りなさいということなので、クロダン内でのメンバーになっている。
メンバーは私を含めて四人。
一人目は言うまでもなく私、スピカ。ここの祭は去年も一昨年も行っているし、なんなら準備も手伝っている。ここの祭りに関してはプロと言ってもいい。ただし、今回はいつものような変装はしていないのでこの町の人にはいつもいる「お嬢さん」だとは思われない。つまりは何度も来ているくせに初対面だと思われると言うわけだ。まあ、これまでガクルックスのお姫様が庶民のふりしてドタバタしていたことがバレる方がまずいのでそれはいいけど。
二人目、三人目はお馴染み私たちの参謀アンカーとその相棒バーナードだ。二人は今なんか知らないけど若干他のクロダンの三年生から避けられ気味なので状況について行けていない私とグループを組んだとも言える。バーナードには「悪いな」と軽く謝られたが事情を知らない私はそれに何もいえない。せめて説明してくれ。説明してくれないと、私は勝手に君が勝手にうちのハチサくんと仲良くしていることを謝られたのだと理解するぞ。謝られても許さないけどな。人の後輩を取るな。
そして四人目、Aクラスのクロダンで少し気が強くて、大人しげな顔をしているが四六時中結婚相手を探している恋の亡者、ラーンちゃんである。属性もりもりである。今回彼女がこのグループに参加したのは婚活のためらしい。一から百までよく分からない。
そんなキャラの濃すぎるメンツで私は馬車に揺られる段階からため息が止まらない。既に疲労困憊である。そして心中で呟くのは一つ。
何も問題が起きませんように!
カラカラと軽い音が響いて、次第に馬車が止まる。町の中心地まで乗せてくれていたらしく、すぐ外にその町の人々が集まっていた。多分時間的に朝の集会だろう。
顔見知り、と言うかこんな小さな町なのでほとんどの人は見知った顔だが、そんな彼ら彼女らの視線が私たちに集まる。なんとも居心地が悪い。
「ようこそいらっしゃいました!」
町長が慌てたようにこちらにやってくる。私は彼が普段は苦労が多いとびきり優しいおじさんであることを知っているが、今日はまるで、いつもとまるで違う人だった。
(あ……)
違うか、今日は彼じゃなく、私が別人なのか。
私は少しの寂しさと落胆と、大きな悲しみを隠して彼の前に向き直った。貴族らしく、堂々と。
「今回はよろしくお願いします」
おまけ。
ちなみにカフの両親は離婚しています。これはどこかで書いたっけ?原因は色々あり、それらが積み重なってって感じです。なのでカフが幼い頃郵便を見にいく係だったのは、彼が言って帰ってくる間に険悪だった両親が喧嘩をするためです。むしろ「カフ、ちょっと郵便見てきてくれない?」と言う言葉は喧嘩勃発の合図でした。
まあカフはそれを一切知らないんですけどね。両親は子供達には自分たちの不和を一切見せませんでした。なのでカフは二人が離婚した原因も父親の仕事の都合とかなんか事情があると思ってます。逆にルクバーはお腹にいた時からの記憶があるので、二人が怒鳴り合っていたのを知っています。なので離婚の原因もなんとなく察しています。




