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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
81/88

聞いて楽しい魔法学授業

「先日行われた、魔法学試験を返却する。名前を呼ばれたものは速やかに取りに来るように」

 スバル先生の声に、教室内の空気がピリッと引き締まる。スピカは筆記も実技もどちらもそこそこ熟せた自信があるものの、人によってはまるでこの世の終わりのような顔をしている。特に、クロダンの策略家でありながら勉強の方はさっぱりな我らが参謀アンカーは、真っ白になって天井を見つめている。彼はその調子で年明けにある普通教科の試験は大丈夫なのだろうか。

「ガクルックス・アジメク」

「はい!」

 周囲の心配をしているうちに、あっという間に名前を呼ばれる。それもそうだろう、魔法学クラスはたったの九人しかいない。教卓に駆け寄り、渡された成績表に記された文字は。

「……!」

「引き続き励むように」

 スバル先生のそっけない言葉すら嬉しい。そこに書いていたのは「八十三点」の文字。六十点以上で中等部の魔法学履修が可能になるので、文句なしの高得点だ。

 飛び跳ねそうになる程ウキウキして、文字通り喜色満面で自分の席に戻ると、前の席のウレンに突かれた。顔を上げると彼女も満面の笑みでピース。あまり騒ぐと先生に怒られるから、サイレントで両手を繋いでブンブンした。

「良かったな」

 ちょうど席に戻ってきたアルが、微笑ましそうにそう私たちに微笑む。私たちは、少しそれに恥ずかしさを覚えてどちらともなく手を外した。「やめるのか?」とどこか残念そうに言う彼を軽く睨んでおく。

「アルは?」

 私がそう聞くと、彼は「まあ、受かってたよ」と当然のように言った。まあ彼はそうだろうな。多分この魔法学クラスの中で一番優秀なので、彼が落ちる可能性は考えてないけど。

「以上だ。内容に採点に不満があるものは本日中に申し出ること」

 しばらくもしないうちに全員の答案を返却したスバル先生が、そう締めくくる。こう言う時に、先生に対して「ここはなんでこの点数なんですか?」って直訴できる生徒ってどれくらいいるんだろうか。

 まあ一応採点ミスなどがないかは確認する必要はあるけど。私は一応返却された答案やレポート用紙を見直す。

(あ、あれ……?)

 カサリと、明らかにサイズの違う紙片が指先に当たって、そこをめくれば目に入りやすい黄色い付箋。

 そこには一言、こう書かれていた。

『授業終了後、教室に居残るように』



「教科書、394ページを開け」

 スバル先生の授業は、基本つまらない。

 これは別に先生を批判するわけではない。別に講義の仕方が……とか、話し方が……みたいな、先生個人の能力によるつまらなさはないだろう。

 むしろ先生は、私が言うのも偉そうだが、よくやっていると思う。彼は割と頑張っているというか、優秀な先生なのだろう。

 ただ一つ、問題がある。魔法学とはその名の通り、魔法学ぶ授業であり、一つの学問でもある。それはもちろん国の定めるカリキュラムに則って教える内容が決められていると言うことでもある。

 その授業内容は、多岐に渡る。その道のスペシャリストであるシリウス先生は、専ら魔法実技ばかり行なっているが、本来はそれ以外にも学ぶべきことが無数にあるのだ。もっと言うとそういう実践的な、言ってしまえば面白い授業がシリウス先生に取られている分、その残りのあまり面白くない部分をスバル先生がになうことになっている。

 そう、例えば魔法植物についてだとか、魔法陣についてだとか。

「それでは本日は近代史、先王の時代における魔女狩り文化について講義する」

 ……歴史についてだとか……。

 果たして、今日はいつまで起きていられるのだろうか。


「魔女狩り文化。その一言は、近年では先王の時代のものを指すことが多いが、厳密にはそれ自体はもっと前にあったものだ。具体的に言うとまだ魔力が人々の間に存在せず、魔法師が隠れ住んでいた時代。今から五百年以上前の話だが、その時代は正しく「魔女」を。全ての魔法師を処刑台に送っていた」

 今回は割と殺伐とした話題ではあるが、それでも眠気を吹き飛ばすには足りない過激さだ。正直普通の歴史ならともかく、魔法学クラスでやるような魔法に関連した歴史は血みどろの混沌とした戦争社会だ。魔法師と言うのは、言ってしまえば誰も彼もが銃火器を握っているような状態だ。誰も彼も、老いも若い男も女も、赤ん坊ですら。そしてその扱いを間違え続けた魔法師のやらかしの数々が魔法学における歴史だ。しかもそれらが一切飾らずに、対象年齢を間違えているとしか思えないような、明け透けでグロテスクな内情を授業で習うのだ。

「まだ年若い魔法師の卵たちに、魔法の怖さを教えてやろう」という魂胆が透け透けである。失敗から学ばせていると言われればそれまでだが。

 だから今回の題材である「魔女狩り」についても「ああ、そうか」ぐらいの反応である。まあ言ってしまえば過去のことで他人事なので。

「それを復活させたのが、先王だ。ただし彼は魔女狩りの対象を『全ての魔法師』から『悪い魔法師』に変えて行なった。まあ適当だな。その時代で既に魔法師というのは一つの種族で一つの役職にもなっていたためだ」

 ……暇になってきたな。気づいたらかなり視界が広くなっていて、そのせいでスバル先生とよく目がある気がする。なぜかなと思ったら、目の前の席のウレンが机に突っ伏して寝ていた。ちょっ、先生こっち見てる見てる!

 スバル先生はスッと目を逸らしたが、その直前の呆れた顔は私の肝を十分に冷やすものだった。さりげないふりをしてウレンの背中をペンのお尻の方で突くと「ふっあ……」という声と共に彼女はバネ人形のように覚醒した。途中で口を押さえていたけど、その叫び声に教室中の視線を集めていたのは言うまでもない。

 なんとなく気まずくて、こっそり教室中を見渡すと、こちらに視線をよこす人間の多い中、アルが真っ直ぐと黒板を見つめていることに気づいた。すごい集中している、というよりも逆に考え事をしていて周りのことに気づいていない感じだ。

(……まあ、内容的に仕方ないか)

 先王。今や誰からも名前で呼ばれる機会を失ったその王は、多くの場合で反面教師とされ、行なったことのほとんどを非難される存在。愚王、王の乱心、史上最も民を救えなかった存在。

 その人は、アルの祖父だ。

「先王は基本的に魔法を、特に特別魔法を嫌悪した。そもそも特別魔法とは、先王が崩御するまでは『禁忌魔法』と呼ばれていた。ここ数十年でその希少性や有用性から保護の方向に世論は動いていたが、元々はその得体の知れなさや原理の分からない存在であることから『神の仕事を奪った』とされ、その使い手が迫害されることも多かった。特に今でも農村部ではその傾向は強い」

 私はそこで密かに、カフのことを思い出していた。ガクルックスの隣の領地に住む、夏の日の少年。私の羽を便利だと言ってくれた、私の友人である。豊穣の週にはまた彼の家を訪ねる予定だが、彼をふと思い出したのは、彼の住む村はまごうことなき田舎で、出会った日に彼が特別魔法のことを「禁忌魔法」と表現していたからだ。多分あの土地も、「そういうこと」なのだろう。

 カフには聞いたことがなかったけど、もしかしたら彼にもあるかも知れない、特別魔法。今度、聞いてみよう。

「そこで多くの特別魔法の使い手が迫害され、者によっては王都追放とされた。『緑の手』の民族が代表される。そして魔女狩り文化。ただしこの処刑も一応裁判を行うため、それ相応の処刑のための基準が設けられた」

 そして先生はカツンカツンと音を立てて三つほど単語を書いた。こういうふうに書いてくれるのは重要な言葉なので必ずテストに出る。私はノートにそのまま書き写した。

『神に近いもの』『神に反するもの』『異様なもの』

「一つ目はそのまま、元々の考えである『神の仕事を奪った』とされる特別魔法だ。まるで神にしかできないようなことをしてしまうもの、例えば死者蘇生や未来予知の『先読みの魔女』などだな。逆に二つ目の『神に反するもの』とは、神に逆らうものとしての処刑だ。例えば不老や物の消失といった魔法だ。つまりあらゆる物理法則を無視したもの、だな。生物の時間を巻き戻らせる『巻き戻しの魔女』なども有名だが、彼女の場合追手を逃れているので処刑はされていない」

 教科書に目を落とすと、かなりの数の魔法師たちが処刑されているのが分かる。こういうので魔法分野が衰退していくんだろうな、というのは子供でも分かる話だ。

 特に魔法は子供が親の魔法を見て育つことで発現しやすくなるという定説があり、統計的にもそれが有力視されている。つまりは今後の魔法界は先細りになる可能性が大いにある。

「そして三つ目、『異様なもの』。それは言葉通り、他の特別魔法と比べても特別異様な魔法。他の人間の魔法を消すことができるだとか特別魔法を開発した、二つ持っているだとか。特に後者は有名な『終焉の魔女』のことだ」

 そこで、スバル先生は私を見た。それは多分、ウレンが再び机に沈み込んだからではないだろう。

 私は思い出していた。私の書いたレポートの題名と、その内容を。

 それは、「特別魔法の作成の仕方」。力いっぱいの推測と、実際に二つの特別魔法を有するために経験したこと全てを落とし込んで書いたレポート。

 終焉の魔女が実際に作り出し、ついに処刑されたそれと全く同じ方向性の研究であった。

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