トモダチ(とりあえず)
目の前の男、クラス担任にカペラは必死になって訴えた。
「私……私やってない!」
「そうだ、俺ももちろんお前を信じたい!しかし!しかしだな、君の行為を発見し報告してくれたその子の勇気を無駄にはできない!」
「なんで……」
(なんで、なんで⁈その子の言うことは信じてもなんで私の話は信じてくれないの?)
あまりの悔しさに視界が滲む。涙を浮かべた私に目の前の教師が煩わしげに眉を潜めた。
その後、気を使った女性の先生がお茶を出してくれたり椅子に座らせてくれたけど、結局説教は長く続いていた。そのお茶が全部飲んでも話は終わらず、心も疲弊して、もううなづいて楽になりたくなる。
「おい、君は泣いても許されないことをしたんだよ。そんなもので誰も誤魔化されない。泣いて許されるなんて思っちゃだめだ!強く生きなさい」
私やってないもん!だけど泣くのも悔しくて、懸命に抑えようとするが次から次へと止まらない。もうやだ。もうやだよ。目の前の、大柄な男性教師からの大声が怖くて仕方がないし、他の教師からの無遠慮な視線が恥ずかしい。
こんなこと、学校に行く前はなかった。家にいる時は、もちろん家庭教師や執事、お父様に怒られることもたくさんあったけど、こんなに理不尽に叱られることはなかった。こんなに「私が悪い」と決めつけて話を聞いてもらえないことはなかった。
話によると、私が隣の席の子の解答を見ているところを見たと証言した生徒がいたらしい。それを聞いてこの先生が私のテストを確認すると、一時間目に行った数学の出来がボロボロなのに対して次の科学が不自然に科目によってできていたり三時間目に行った外国語に至ってはほとんど満点。これは明らかにおかしいという結論に至った。
しかし、私としてはそんなことしてないとしか言いようがない。人のテストを見てないし、科学の出来は、暗記のものはできたというだけだし外国語に至っては得意中の得意科目なのだからできていて当然だ。
そう言ったのに。そう言ったのに全然信じてもらえない。カペラはだんだん腹が立ってきた。
「だ、から!私そんなことしてません!」
お腹にいるときはぐつぐつと熱いくらいなのに口から言葉を吐き出すには萎縮した泣き声混じりの情けない声だ。その情けなさに余計泣きそうになる。
そんなカペラにこの男は眉を顰めるだけだった。
「君が自分のお家のことを考えて焦ったのはよくわかる。君の親御さんも厳しい人だとよく聞くし。だから君の気持ちもよくわかる。もう素直に認めて、それでちゃんと話しなさい。親に言われてやったんだよね」
「え……?」
「君はこんな大それたことをできるような子じゃない。先生は今まで君と話してきてようわかった。だから、分かる、分かるよ」
な、なんで?今なにがあった?なんで急にお父様とお母様が悪者になるの?
少しだけ考えて、そして意外に回る頭はすぐにその考えに辿り着いた。
あ、私のせいか。
これまで、友人関係も勉学もなんでも、親に言われるままにやってきた。なぜならそれで嫌な気持ちになったことがなかったからだ。自分で決めてやるよりも親に言われてやったことのほうがうまく行く。だからそれでよかった。
別に、それでよかったけど。
しかし今回のことは違うだろう。目の前の大人は私を通してお父様の不祥事を見つけた気になっている。私のせいでお父様が責められる。私のせいで。
お父様はどう思うだろうか、悲しむだろうか、私をキツく叱るだろうか。それとも、それとも見捨てられるだろうか。
お父様は、お母様は正しい。いつも正しい道をくれる。けれどそれに反抗して出ていったお兄様も、きっと正しかったんだ。
でも、お父様に頼っちゃいけないのなら、私はこれから誰に頼って生きていけばいいのだろう。
カペラはもうキャパオーバーで、倒れてしまいそうだった。もうこの話を始めて三十分は経っている。こんな長時間責め立てられ続けて、まだ九歳の箱入り娘が耐えられるわけがなかった。
もう無理。
意識が遠のくのに任せ、椅子から崩れ落ちそうになる直前。私を支える誰かの手があった。
「ゆ、カペラさん⁈大丈夫?」
「……アジメク様?」
随分と久しぶりに見た彼女こそ包帯やガーゼを貼り付けていて、そちらこそ大丈夫かしらと思いながら、カペラはゆっくり気を失った。
咄嗟に支えたのはいいとして、急な負荷に捻った足首が痛い。あと間に合うかが微妙すぎて時間一回止めたからもはや瞬間移動みたいになっている。スバル先生に見られていないといいけど。チラリと背後の先生を見るとため息をつかれた。
「アジメク、足は?」
「あ、ちょっと痛いかもです」
もう一つため息と氷を一つよこされる。ありがとうございます、冷やします。
「それで、何があったんだ?」
「あ、えっと」
「ちょ、困りますな。スバル先生。この話は俺とカペラのこと。口を挟まれては」
「うるさいな木偶の坊。もう下校時刻になる。さっさと話を済ませろ」
「で、でく……俺の身分を知らないのか?」
「あいにく世間知らずでな。生徒と教師以外の関係性を覚えられないもので。で、カペラというのか?どうかしたか?」
職員室にいた他の教師が思わず腰を上げるほどバッサリ切り捨て、それに対し泣いているカペラさんには腰を屈める。カペラさんはその顔を一層くしゃっと歪めた。
「あ、あ、私……」
聞くに、酷い話だった。
「そんなわけない……!」
一人の生徒の証言からという不確かな情報、カンニングをしているという目線からの調査、本人の発言を一切取り合わない姿勢、そして極め付けは親のせいときた。
「ははっ。ガクルックスは会ったことがないから知らないだろうけどな、アダーラ家現当主は実力主義、周りにも厳しく息子にも逃げられたって話だ。文官でも少しのミスも許さず何人もの新人が仕事を辞めさせられた。俺もそのせいで長年の夢を諦めたんだ」
(つまりその逆恨みも入ってるってこと?)
い、いやまさかな。
「逆恨みか?」
スバル先生も同じことを思ったらしい。
「と、とにかく、帰せばいいんだな。じゃあさっさと親を呼び出せ。本人の証言を取れなかったのは残念だが親と直接話すのもいいだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そんなの酷すぎる。思わず口を挟む。
「なんだ!関係ないくせに」
「関係はないですけど!どう考えてもおかしいじゃないですか!」
「何がだ?彼女がそんなことするはずないってか?」
「い、いや流石に昨日初めて話した子に言えませんけど、いくらなんでも」
私は焦って周りを見渡すが先生方は都合よく目が合わない。おい!
困り果てた私は仕方がない、話を続けた。
「でも、カンニングするにしてもこんな成績にもなんの影響のないテストでなんておかしいし、それに親に言われて元々カンニングする予定だったのなら最初の数学ももっとできてなくちゃおかしい、です。それに科学も、普通解答率に偏りがあるって言ってもそれは他の人の解答がどれだけ盗み見れたかとかそういうので偏るんでしょう?それなのに暗記のところがってことはそういう偏り方でもないはず。もっとしっかり見てください。特に外国語だって記述の問題が多かったし、隣の人の解答と見比べるとか、もっと」
「な……」
担任は顔を真っ赤にして言葉を失った。なんでこれくらいの反論はされて当然だろうに。全く、この場にいた他の教師は何をやっていたのか。
緊張を解いて一息ついた私に唯一口を出した大人、スバル先生が口を挟んだ。
「それだけか?」
「え?」
思わず聞き返す私を無視してスバル先生は後方を向く。
「マーズ先生」
「はーい?」
奥から女性の先生が出てきた。急な展開に私もカペラさんも戸惑う。スバル先生はカペラさんと担任の間に置かれた間に置かれた二つのカップ、特に少し残っていた担任の分を持ち上げて聞いた。
「あなたが淹れたお茶、これなんです?」
マーズ先生は朗らかに答えた。
「ベリタス茶ですね。まあ、嘘がつけなくなる紅茶」
「は、はぁ⁈」
「そんなもの無断で盛るな」
「だってー、もどかしかったんですもの。私たちもおかしいなーとは思ったけど結局どっちが正しいのか話を聞いただけではわからなかったし、カペラ嬢の解答はその先生が持ってたから見せてもらうわけにもいかないしね」
「だから根回しか。告発した生徒は?」
「さっき同じように話を聞いたわ。もしかして……とかそんな気がした……とかそんな表現が多かったから、その子の話を聞いて彼が暴走しただけみたいね」
「それで?ハダル先生は?見当たりませんが」
「分かってるでしょう?私たちはただの雇われ教師。こんな名門校を追い出されたら名門校だからこそそんな経歴生涯の傷になるの。だから私たちは権力が弱いし権力に弱い」
「それ生徒を前にして最低な言い分だって分かってるか?」
「分かってるわよう!だからこそ喚んだのよ、最高の権力を」
「お待たせしました」
「間に合いましたか⁈」
そう言って飛び込んできたのは、若い教師と。
「初等部長!」
話はまとまった。というかただ単に事情を聞いた学園長が担任への謹慎を命じ、その後の処遇はまた連絡が行くとつげただけだった。
あとその場合私たちの担任がいなくなるからとスバル先生が抜擢された。とても嫌そうな顔が見られましたとさ。
「ガクルックス、行ってやれ」
「はい」
スバル先生が指差すのは呆然と座りこむカペラさん。言われなくても。
「……カペラさん」
椅子に座るカペラさんと目線を合わせて声をかけると、カペラさんは呆然としたまま涙を一つこぼした。
「アジメク様……」
「一人で、よく頑張ったわね」
ぎゅっと、その身を抱きしめる。私が彼女と別れて三十分以上は経っている。心が折れて、嘘でも担任の言葉を肯定したくなったに違いない。まあベリタス茶を服用していたこともあっただろうが、彼女は折れなかった。拳を握りしめ、泣きながらも挫けなかったのだ。
彼女は親の言うことを聞いて私と友達になったし、父親に叱られると怖がる面もあるが、とても頑張り屋さんで、芯のある女の子だった。
「……なんで、なんで助けてくれたんですか?」
柔らかく囲んだ腕の中で、カペラさんは小さく尋ねた。
「私、親に言われるままの人間で、私自身でできたことなんてほとんどない。アジメク様に話しかけたのだって私が決めてしたわけじゃないんですよ」
「それでも嬉しかったの」
まあ、親が言ったからと言われた時はもちろんショックは受けたが、同時に思ったのだ。
「ねえ、カペラさん。よかったらお友達になってくださらない?もちろん断ってもいいのよ、ただカペラさんの意思で答えてほしい」
またカペラさん自身の意思で仲良くなればいいって。
「別に断っても変わらない、お父様に言われてるんでしょう?私と一緒にいろって。でも、もし頷いてくれたら、きっともっと仲良くなれると思うの」
あ、でも今じゃなくてもね……と焦りながら付け足すと、カペラさんはおずおずと口を開いた。
「アジメク様、私すぐにはわかんない、です」
「あ、うん……」
だよね。と一つ頷く。でも、でもね。
「その、様付けやめません?あと、敬語も」
そっちの方が仲良しっぽいじゃん?そうやってカペラさんに言うと、カペラさんは少し悩みながら、眉を下げて「うん」と頷いてくれた。
一週間後、一つ目のお願いにも笑顔で「うん」と頷いてくれた。
私はその日、学園生活初めてのお友達ができました。
「あっれー、おかしいなー」
ひと段落した職員室からこっそりと出てきたその少女はその様子に首を傾げた。
「悪役令嬢は転生者ではないはずなのに。なんでこんなことが起きるんだろう?」
ぶつぶつと呟きながら歩くその姿は不気味ではあったが、本人はいたく楽しそうでもあった。
「ちゃんと悪役令嬢の魔法クラス不合格フラグと、手下令嬢の冤罪カンニング事件を起こしたのに。なんで共依存関係にならなかったんだろう」
困った、困った。そう全く困ってなさそうに呟くと、彼女は一人でニッと笑った。
「ま、いっか。この学校に私以外の転生者はいないって、特別魔法で確認できたし。引き続きフラグ立てれば無事に物語は始まるよね!というか始まんなきゃ困るよ」
彼女は困らない。なぜなら全てが彼女の思うようにいくって知っているから。
「だって私が、神なんだから」
「大魔法使いシリウス様。本日はお越しいただきーー」
「あー、いいよそういうの。さっさと終わらそっか」
王立学園高等部に特別講師として籍を置いているシリウスが初等部に呼ばれたのはとても珍しいことだった。というか初めてのことだった。一応入学式に来賓として呼ばれたが普通に断ったので。なに、高等部長の血管が切れようが構うものか。百年に一人の暴君、一番魔王に近い男と呼び声の高い魔法使いシリウス様なので。
さて、今回呼ばれた理由はどこぞの令嬢が大暴れしたことで壊れた体育館一棟の補修と学内防御バリアの張り直しである。前者の施工工事みたいなのはシリウスでなくても時間はかかるができたしぶっちゃけ魔法を使わなくても膨大な金と時間をかければできたが、後者は別だ。それは大昔にシリウス自身が張ったものであるから頼まれた時に面倒だなと思いつつ腰を上げざるを得なかった。
「こちらです。シリウス様」
「あー、はいはい。これね」
案内されたのは第二体育館。外からわかるほどぶっ壊されてた。令嬢が業火で焼いたと聞いていたが。どんなだよ。
指を鳴らして簡単に体育館を元に戻すと、さっさとバリアを『視る』。なるほど、大穴が……ってこれ火魔法じゃなくて龍の仕業だろ。俺にバレないと思ったのか?
少し呆れるが術者に思い至ってはなにもいう事ができない。はいはい、隠滅隠滅。これも指を鳴らしてお終いにする。隣で息を呑むような音が聞こえたが面倒なので無視する。
「はい、これで終わり」
「はは、さ、さすがですなシリウス様」
声、震えてんぞ。
相手が俺を化け物だと思っていることぐらい容易に分かる。別にいいけどさ。
ふとその時、視界の端に視覚えのある魔力に気づいた。それはふよふよと漂って……。
「は?」
「ど、どうされましたか⁈」
俺を引き止めようとするハゲヅラを振り切って走り出す。体育館、廊下、教員室。
どうして、
どうして、お前の魔法が視えるんだ……?