つぼみもない
遅刻しました。
「え、まだ咲いてないの?」
「うん。ほら見て、つぼみすらない」
「あれ、提出期限は?」
「あ、明日……」
「大変じゃん!」
ベガが驚き半分呆れ半分というふうに大声を出して、カペラちゃんが「どうしよう……」と自分のことのように焦る。
「アジメクってさ……結構そう言うところあるよね。この前の夏休みだって最終日まで宿題溜めて……」
「それもう無理じゃねえの?」
そういうわけで、月曜日の放課後。
ベガ、カペラ、アル、リゲルを集めて緊急会議を開くこととなった。
「実際問題、今日の段階でつぼみもないなら無理じゃねえか?」
その無理をどうにかしたいから相談しているというのに。リゲルがまるで他人事であるというふうに言った。まあ実際他人事なので文句は言えないが。
「まあ、その……折り紙のお花をくっつけるとかでなんとかならないかな?」
「カペラ、この課題の提出先はシリウス先生じゃなくてスバル先生らしいよ」
「じゃあ無理か……」
「二人はシリウス先生にどんなイメージを抱いてるの?」
女子組のシリウス先生へのイメージがやけにユニークなのは割と気になるが、話の軸はそこではないので一度置いておこう。そんな私たちを尻目に、アルは少し考えてから言った。
「いや、可能性はある」
「え、スバル先生に折り紙花でなんとかなる可能性?そんなのこの世にある?」
「あ、そっちじゃなくて」
初っ端話の腰を折られながらもアルは言った。
「普通の植物なら無理だったと思うけど、魔法植物なら可能と言えば可能だ。あれは水の代わりに魔法を注いでいるだけあって、細胞一つ一つまで魔法でできてる。つまり魔法で細部まで操ることが可能ってことだ」
「へぇ……便利なんだな、魔法って」
「その分難しいし、スバル先生も初等部の生徒にここまでは求められていないと思う。上級魔法も上級魔法だし。だから、アジメクが挑戦したいって言うなら手伝うけど、どうする?」
「や、やりたい!」
アルの伺うような瞳に、気づいたら声を張り上げていた。
多分彼の言う通り、きっとここで挑戦する意味はそんなにない。スバル先生も四月の説明では「咲かせられなくてもその時点での成長具合を評価する」という旨のことを言っていた。いや、まあこのつぼみもないような時点ではかなり点は低くなりそうだけど。
逆に言うと、ここでミスって根っこから根こそぎダメになる可能性もなくもない。むしろその可能性の方が高いだろう。
しかし、ここまでカペラちゃんやベガが手伝ってくれていたのだ。こんな中途半端な結果に終わらせたくもない。
「うん、アジメクならそう言うと思った」
アルはお見通しとでも言うように笑った。少し恥ずかしい。
「で、どうすればいいの?魔法植物を咲かす方法なんて、図書館の本にも載ってなかったよ」
これでも少し調べたのだ。多分シリウス先生に聞けば一発な気もしたが、連絡先を知らなかったので、魔法で植物を咲かすなんて考え付かなかった。
「まあ、初等部の図書館にはね。高等部にはあると思うけど、許可が必要だから明日までには無理だと思う。それでなんだけどさ……」
「ん?」
そこで、今度はアルが少し照れくさそうに言った。
「うち、来る?」
「えっ……」
うちに、来るか。彼はえらーく軽々しく言ったが、アル、正式名称アルクトゥルフ・ヘリオスは実は第二王子である。つまり彼の言う「うち」とはまさしく城のこと。
つまりは、「放課後うちで遊ぼうぜ!」のノリで誘えない場所なのである。「いーよー!」と気軽に言えない場所なのである。しかも殿下直々の正体となるとそれこそ家同士の話し合いが必要になる。
と、算盤を瞬時に叩いたのは私とカペラちゃん。そのまま私は「お気持ちは嬉しいけど……」と断りを入れようとしていたくらいである。だってこれは確実に当主様に伺わなければいけない案件だ。
そして私は口を開いた。むしろ「お……」まで言いかけた。そして気づく。
アルの瞳が、不安げに揺れていることに。
「…………」
そこでカペラちゃんに顔を向けると、彼女は私を見てしっかりと頷く。そうか、やっぱりそうか。カペラちゃんもそう思うか。
私はなんとなく気づいてしまった。きっと彼は、これまで友人を家に招くということをしてこなかったに違いない。しかし今回、勇気を出して言ってみたのだ。それを私たちが無下にしていいものか。
一方、それをそのまま了承することも難しい。何しろここに集まっているのは揃いも揃って高位貴族の子息たちだ。ここで王城に招待などされて、要らぬ誤解を招かれたらたまったものではない。いや、たまったものではないのは正確には私たちの親達がだが。
つまり、私たちは迷った。貴族令嬢としての自分を取るか、アルの友達としての自分を取るか。その間わずか数秒。しかしその算盤を叩けなかったお気楽コンビの言葉に、私は酷く脱力することになる。
「え、行く行く!アルの家ってどこだっけ?ここから近い?」
「おー行きたい!なんかお前の家行くの初めてだよな、今日親いんの?手土産何買ってく?好きなもんある?」
ちなみに二人はこの後お城に案内され、「忘れてた!」「あ、そういえばお前王子様だったな!」と騒ぐことになるのだけど、まあなんかこの話を続けると頭痛がしてくるので割愛する。
ーーーーー
「なんか、見つかった?」
本を大雑把に広げて並べる(つまり好き放題散らかす)私に、アルは声をかけた。私はうーんと力無く返す。いい加減文章を追ってばかりで疲れてきたのだ。
王城の誇る、大図書館。王城に出入りする全ての職員が使用するためその規模も大きく、国立図書館に次いだ蔵書数を誇るだろう。むしろ絵本だのロマンス小説だのが最小限なだけで、論文だの専門雑誌の数はきっと同等だろう。
そんなものだから、魔法関連・魔法植物関連の蔵書だけでも一フロア丸々。手分けして探すことが提案され、私たちはもう一時間も前に散り散りになった。当事者の私はともかく、他メンバーの集中力は不安でもあったが、こちらを覗きにきたアルの様子からもそう同じモチベーションを保てていないことが窺える。
まあ、わがままを言っているのはむしろこちらなので、仕方がないと言えば仕方がないが。
「なくは、ないんだけどね……」
私は力無く言った。そう、なくはない。アルが知っていたくらいだから、魔法植物を意のままに操る魔法というのはそこまでマイナーではない。成長を促進させるくらいならそう珍しいことではない、実際研究もたくさんされている。
それで何が問題なのか。それはズバリ、「方法がありすぎる」のだ。魔法とは数学というよりも料理のようなものだ。一つのカレーという料理を作るのにご家庭様々作り方があって、ものによっては手順も材料も様々。それでなんとなく同じようなものができるのが魔法である。
つまり、その中でどれが一番いいのかが分からない。こんだけあればスピカにもできるような安易なものはないかと思って探したけど、さすが上級魔法、全く見つからない。そして上級魔法すぎてどれが一番簡単にできるのかが分からない。
「あー……そっちもそんな感じか」
「難しいよね……」
そう言ってアルは私の側の台に本を数冊置いた。彼も同じような壁にぶつかっているらしい。
「……だとしても、その格好はないんじゃないか」
不意にアルに言われ、私は自分の服装を見下ろす。……特にスカートが汚れてたりブラウスがシワになっていたりとかはないけど。
「ん?」
「ん?じゃない。床に座り込むな。いいところのお嬢様なんだから」
「あー……。だって、この本の量机に運ぶの面倒だったんだもん」
「じゃあ一冊だけ持って机に行きなさい。もう、こんな散らかして。どれは読んだの?」
「これとこれ以外」
「ほぼ全部じゃないか……」
アルがため息をついてから本の背表紙をそれぞれノックする。するとそのままポワンと光って各々が浮かび上がり、帰っていく。
この魔法は国立図書館の本にもかかっているが、さすが王城の図書館だ。むしろ利用者の多くが「お片付け」を厳しく言われないようないい大人だからこそ導入されているのかもしれない。
まあ、この魔法があっても私は返すのを面倒くさがったが。
一通り本が片付くと、随分見晴らしが良くなった。その中で、アルの持ってきてくれた図書に目を通すと、一冊だけ何やら毛色の違う本を見つけた。
「あれ、これも?」
「ん?あぁ。まあ参考までに、だな。具体的な魔法は書いていなかったけど、『緑の手』の一族についても載ってたから、つい」
「あぁー。あの伝説の」
通称「緑の手」。植物を想いのままに操れるという特別魔法を、一族の人間全てが保有するという特異的な一族だ。今回の「魔法植物を咲かせる」というお題とは少し違うもののそう遠くない話題だろう。
「あ、知ってるんだな。最近はもはやオカルト扱いされてるし、結構知名度低いのに」「まあね。クロダンは中等部で、『緑の手』の一族に伝わる踊り『アドラステア』を毎年体育祭で踊るらしいから」
「なんで?」
「なんか、楽しいかららしい」
「軽いな」
そんなことを話しながら私はページを捲る。アルが丁寧に栞を挟んでいたからそう労せずに該当ページに辿り着いた。
「……これはまた、なんと言うか……書いた人の真意が見える書き方だね」
「随分言葉を選んでくれたようで」
気まずげに放った言葉にアルは苦笑して返す。そこには「禁忌魔法を一族で操る」「何かしらの違法の魔法開発をしていると考えられる」だの、まあそこまで言うかというほど悪様に書かれている。多分これは「緑の手」を厭いついには王都追放まで行った先王の監督下で書かれたものなのだろう。
まあこういう書物はあの時代に大量に生み出され、逆に気に入らない図書は焚書にされていたのだ。こと「緑の手」についてはこう言った本しか現存していないのかもしれない。
「まあ、こんなもんか……。流石にここからは手がかりは見つからないね」
斜め読みにはなるけど、サッと内容に目を通す。大体は読んだが、どうやらこの本は「緑の手」についての概要とそれがどれだけ国民に影響を及ぼすかということを(多分だいぶ大仰に)書かれているだけだった。まあ、こんなもんだろう。
アルも私の隣に台を引きずってきて座り込む。そのまま同じ本を覗き込む。そうするとかなり顔が近くなるが、どうにか気にしないように目の前の本に意識を集中させた。
「確かにそうだけど……。ほら、ここから、この魔法陣、見覚えないか?」
ふわっと、より距離が近くなって、しかし彼の言葉に他所ごとに飛びそうになった思考を集中させる。アルは、本の中の挿絵を指さす。あ、そんなところまで見ていなかったが、そのイラストの端には「緑の手」の人が時々使うという魔法陣が載っていた。
「あっ。いくつかの本で見たかも。いや、ちょっとこの呪文が入ってないかも」
「ああ。多分こっちが応用なんだと思う。だから、多分これをここに繋げてしまえば、ある程度の手順は省略できるかもしれない」
「確かに……」
なるほど。確かにその魔法陣はそう手が込んだものではないので、すぐに取り入れられそうだ。しかも理論上その魔法陣があれば必要かと思われていた素材も少なくて済みそうだ。
とりあえず解決の兆しが見えてきた。私は意気揚々と魔法陣をノートに書き写す。もちろん効力を持たないようにメモ程度に収めてだけど。
しかし、こういったいつ使うのか分からない歴史書にもこんな使い道があるとは。アルは、いつも私にない視点を持っている気がする。ついでに他に使えるものはないかとペラペラ捲ると、なんだかとても醜悪な見た目をした女性が処刑台に立っているイラストがあった。それは挿絵ながらなかなかの迫力で、絵だとわかっていても思わず「わっ!」と驚きの声をあげてしまったくらいだ。
「ど、どうした⁉︎」
「いや、これ見て驚いただけ」
少し恥ずかしくなりながらもそのページを見せると、アルも「確かにそれは怖いな」と顔を顰めた。
そのページはある意味「緑の手」の民と同じく先王に厭われた人間、「終焉の魔女」だった。あの時代に処刑された人間の中で一番有名であり、しかし彼女のプロフィールは全く公開されていないため、それこそ幻だったのではないかとも言われている。
まあ、彼女の場合は「終焉」とついてはいるが、その処刑された理由は魔法の盗用だの荒唐無稽な話で、彼女自身が何かしたためというわけではない。ただ単に、先王が崩御したのが彼女が処刑されたちょうど一週間後だったため、彼女が呪ったのではないかと囁かれているだけだ。事実は分からないし、それこそ呪いなどジョークでしかないけど。
しかし、彼女のことを書物で見たのは初めてだ。先王の負の遺産でしかない魔女狩りについての資料は全て厳重に保管されているとは聞いていたが、この本は見逃されていたのかもしれない。じっくりとその挿絵を見る。
絵の中の女性は醜悪な顔を歪め、世界を呪わんとばかりに大口を開けて怒鳴っている。背筋が凍りそうだ。
「こういう絵は、特にこの本では読者から悪感情を抱かせるために醜女に描かれることが多い。特にこの場合は少しでも怖くしてやろうって描かれてるのが見え見えだね」
アルが肩をすくめて言った。
「なんか、悪魔や鬼みたいだけど。本当はもっと怖そうじゃなかったってこと?」
「多分ね。まあ、逆に強調して描かれてるだけで本当に怖いのかもしれないけど」
私はそう言われてもう一度その絵を見た。本当に、この世の全ての憎しみを凝縮したかのような顔をしている。
「確かに、そうかもね。こんなの、見本がなきゃ描けないと思う」
私は静かに頷いた。さて、こんな話をしている場合ではない。魔法を使うための材料を見るに、さっさと採取に移らないといけない。
そう思って立ち上がった私たちに、一つ、声がかかった。
その声は冷たくて、しかしどこか慌てていて。まるでつい口を挟んだとでも言うような声だった。冷静さを失った声だった。
「ちょ、ちょっと待って!」
隣でアルが目を見開いた。声の主を考えれば彼にとっては聞き慣れた声のはずなのに、まるで初めて聞く声だというふうに驚いて見せた。
「その子は、『終焉の魔女』はそんな子じゃなかった」
彼女が纏うドレスは品のいい黄色。控えめで、そして多分値段は控えめではないアクセサリーが嫌味にならない程度に揺れた。
私は彼女の顔を知っていた。絵画になり、市井に出回っているからだ。そして割と人気がある。
なぜなら彼女が、クイーン、王妃であるからだ。
まーじですみません。言い訳のしようがないです。投稿し忘れました。
遅刻しての登校になります




