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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
75/88

悪夢とのワルツ

 ダブル・ダブル・スター。

 それは、彗星の如く現れたとある双子の音楽家のことである。

 彼らは二人で一つ。しかし確実に二人であった。その出自は謎に包まれ、音楽家の家に生まれたわけでもない。しかしコネがものを言う芸術の世界で早々に頭角を表し、あっという間に有名アーティストとなった。

 彼らはアーティストらしいと言えばらしいことに、そのプロフィールは謎に包まれている。例えば年齢、出身、本名、そもそもどちらがどちらであるかも。普段は「ダブル・ダブル・スター」の中でも二人は自身を「A」「B」と名乗り、まともに区別させようとする気はない。ある時分身系の特別魔法を使っているのではないかと噂が流れたくらいである。

 もちろん一応であるが、見分け方はある。それは彼らの携える楽器だ。大体「A」はギター、「B」はベース。まあこれも曲によってはトランペットになったりドラムになったりダブルギターになったり、アカペラになったりするので当てにならないが。比較的ギターとベースで見分けることが多い。いや、むしろその楽器を弾いている方が誰、という具合なので、本当に見分けられているのかというと微妙だが。

 そんな彼らは、活動してきて今年で十三年ほど。もちろんまだベテランとは言えないが、流行り廃りの激しい世界で、中堅に入り込んでいる。ちなみに顔はデビュー当時から変わらず。多分そういう妖精さんなのだろう。

 つまり彼らは特に厄介な後ろパトロンもなく、数多くの楽器に精通し、活動年数からして中堅相当。王立学園の音楽祭に招待するのに不自然でない、且つ実現可能な範囲の人間である。


「本日はお越しいただきありがとうございます」

「あー、いいよいいよ!かわい子ちゃんのお辞儀なんか、なんかこっちまで申し訳なくなるし!」

「ほんとほんと!可愛い子が頭下げてると、後頭部鷲掴んで地面に叩きつけたくなっちゃうし!」

 私は黙って頭を上げた。いや、もちろん冗談だろうけど、単純に物騒なことを笑顔で言う彼が怖かったのだ。アルがさりげなく私の前にでた。

「本日はよろしくお願いします」

「あ、うん。分かってる分かってル」

「オレたちも楽しみにしてたんだよ」

 実はこの二人は当初今回の件に乗り気ではなかった。当たり前だ、王立学園の音楽祭で審査員をしてほしいだなんて。これまでは家格を考え誰も触れてこなかった出来レースに真っ向からメスを入れる形になる。私はクロダンで慣れているし、アルはその立場からより良い未来を目指すことを使命としているからこうして活動しているが、ダブル・ダブル・スターにとってはまるで関係のない話で、そして他貴族から恨まれそうな内容である割に旨みはまるでない。

 それでも(かなりの説得の末に)頷いてくれたのは彼らがただただ愉快犯であった空というだけ。それも「当日めんどくなったらごめんね」なんて言われていたので彼らの姿をこの目で見るまでヒヤヒヤしていたのだ。あちらもそんな横暴(もしくは私たちへの嫌がらせ)が許される案件だと認識しているに違いない。そして大正解。

「あとさぁ、分かってると思うけど」

「つまんねぇもん見せたらコロスぞ」

 ゾクりとする瞳にアルと二人で刺されて、思わず顔を見合わせる。ちなみにこう言った物言いは初めてではなく、音楽祭への勧誘中に幾度となく脅された。多分彼らの辞書に不敬罪などの文字はないのだろう。いや、まあそう言うのも割と新鮮でいいけど。

 つまりは慣れているので、私は力強い言葉でそれに返せた。

「もちろん、覚悟しておいてください!」

 役者は揃った。もちろん準備もした。練習もした。

 少し形は変わってしまったが、二年前のリベンジだ。もう、あの時のような事態にはしない。

 本日、音楽祭。抜けるような青空の下、幕を開ける。



「確か一年生から発表だよね?」

 カペラちゃんがプログラムを眺めながら言う。彼女はワクワクしたような顔で舞台を見ていた。一学年六クラスで、三学年。人クラス一曲ずつで大体五分もかからないが、一昨年までのやる気のない発表は見ているにもかなり苦痛を伴った。

 しかし、今回は違う。ダブル・ダブル・スターは若年層をターゲットにしたポップな曲も多いため、クラスに数人は彼らにカッコ悪いところを見せられないと奮起している生徒がいるのだ。そんな彼らを中心として、音楽祭はますます活気付いている。

 ちなみにうちのクラスでは、リゲルが一番張り切っていた。特にファンというわけではないらしいが、ミーハーな彼らしい。まあ、企画した側としてはどんな理由であろうと勝手に盛り上がってくれるのはありがたいが。

 そうして、幕が上がる。そこにはトップバッター、一年Aクラス。クロダンの後輩も数人いて、しかしどこのクラスにも平等に振り分けられているのでどこかを贔屓にすることはできない。まあ、緊張したように青い顔で口を結ぶ後輩の姿に、心の中で「頑張って!」と叫びたくはなるのだが。

 Aクラスは合唱みたいだ。アケルナイくんが指揮棒を握っていて、優雅に腰から頭を下げた。学園中の生徒、教師、保護者の拍手が鳴り響く。

 彼はサッと台に乗ると、片手を振り上げた。まるで緊張を感じさせない一振り。それに合わせるようにピアノを弾く生徒が腕を構えた。

 一曲目、合唱曲「オーロラエ・カオス」。声変わりをした生徒がまるでいない、天使たちの歌声が、若々しい声が響いた。


ーーーーー


 楽しい時間はあっという間である。加えて大仕事の前は時間の進みが早い。

 いや、単に時間がないだけかも。

「そっち!ピッチズレてる!」

「うわーん!ごめーん!衣装破いたー!」

「喉やばい人いない⁈まあ潰れるなら最後まで歌ってから潰れてね」

「……なんでこんな最後の最後でドタバタするかな…………」

 思わず呟いてしまったのもしょうがないだろう。現在、昼休み。昼休み明けすぐにAクラスの出番なのであと三十分ぐらいしか時間がない。

「仕方がないでしょう。本番に近づけば近づくほど人は焦るものですから」

 私の独り言を几帳面に拾ったのはカノープスだ。なんとなく、アルと話さなくなった分彼と話すことが多くなった気がする。生徒会では同じ三年生として会話することが増えたけど、それ以外の時間も割と気軽に話せるようになった気がする。

 ここ数ヶ月で学んだが、彼はカペラちゃんが絡まなければ普通にいいやつなのだ。これについてはもう彼の異常さは諦めて、真人間をここまで歪ませたカペラちゃんに罪を被っていただいた方がいいかもしれない。まあ、ここまではっきりとした冤罪もないけど。

「とりあえずあの衣装は直すか」

「ええ、頼みます。あとあっちでアルレシャとベガが揉めてるので仲裁してもらっていいですか?」

「なんで……?あそこ特に接点なかったでしょ」

「舞台照明の明るさをアルレシャが変更したいと言い出して」

「今から⁉︎もっと早く言ってよ!」

 仕方ないにしろ、大忙し。しかしこの余裕のなさはみんながみんなより良いものを作ろうとしている結果だと思えば、そう悪くない。

「アジメク!聞いてよこのクズ男がーー!」

「だってここはライト絞った方がここがギラギラで対比になるじゃん!わっかんないかな!」

「じゃあ今言うな!じゃん!ふざけんなそこ変えるだけで何人の仕事に影響が出ると思ってんの⁉︎」

「は?こっちは楽器隊代表だぞ。黙って従っとけ」

 ………………うーん、気のせいかも。



「悪夢とのワルツ」

 去年発表された舞台で使用された曲だ。ただの挿入歌という扱いで、歌唱も出番の少ない主人公の妹という、本来なら他の挿入歌と比べてもインパクトの薄い曲であった。

 そう、本来なら。しかし歌唱したキャスト(その舞台がデビューだったらしい)の歌唱力と、印象的なフレーズが人気を呼び、王室御用達のレストランのBGMで使用されたことから、知名度が一気に上がった。

 その人気に後押しされるように舞台の知名度も上がり、昨今珍しいほどのロングラン、曲自体も舞台で使用する分だけの二分程度の短い曲のはずが、世間の期待に応える形で二番が増えて四分程度に。そしてそれが今回合奏という形で私たちで演奏する。

 このように、つまりはこの曲は世間に煽られ世間で一時的でも大ヒットした曲であり、流行り曲である。こういう曲は割と賛否・好き嫌いが分かれるところだけど、ミラの強い希望でこの曲に決まった。その理由はなんとなく察せられるところがあるけど、まあ口に出すのも野暮だろう。

 ブーーー。舞台の開始を知らせる、独特のブザー音。しんと、雪が降っているかのように静まり返る客席。どこか乾いた空気。

 赤い幕が開ける。眩しいを通り越して、暑いくらいのライト。しかし高揚感にその不快さが弾き飛ばされる。

「行きましょう!」

 小声で、しかししっかりとしたミラの声が響いた。


 この曲は、オーボエのソロから始まる。

 舞台この曲は、とある少女ミィちゃんが、悪夢にうなされる曲である。主人公である兄が柔らかく彼女を寝かしつけ、そして眠った先で夢の中の怪物に追いかけられる曲。うなされる彼女に、しかし兄は気づかない。なぜなら彼ら兄弟は親がいなくて、夢に一人彼女を置いて働きに出ているからだ。

 ちなみにこの後、ミィちゃんは病気で亡くなるため、夢の中の怪物はこれから彼女を襲う病魔の暗喩だったのではと考察されるが、真相は分からない。

 ここでのオーボエは兄の声。兄の子守唄。どこか急いでいて、中々眠らないミィちゃんに苛立っている。しかし妹を愛している、優しい声。

 その音が小さくなっていって、小さく、聞こえなくなっていって、ついには蝋燭の火を吹き消すようにして、完全に静かになった。

 そして夢の中。

 襲いくる怪物。ダンスが激しくなって、打楽器が活躍する。悲鳴のような歌声は私たち歌唱班のものだ。

 不安を煽る旋律は、眩しいライトの中で蠢く。先ほどの二人の喧嘩は結局ベガが折れていたので、今頃照明班は大忙しに違いない。

 怪物が襲う。ミィちゃんが逃げ惑う。恐怖を抱いて逃げ惑う。その緊張感溢れるシーンを彩る楽曲は、さすが国中で話題になっただけあって人の心を揺さぶるものだった。

 か弱い彼女は夢の中でもか弱いまま。当たり前だ、これまで守られることしか知らなかったから。知らなかったから。

 しかし終盤に差し掛かるとその様子は一変する。そのきっかけはその世界が自分の夢の中であると気付いたからだ。彼女は偶然そこにあった、兄の仕事用の木槌で暴れ回る。

 くるくるくるくる。守られたくないと、私も戦いたいんだと叫び出す。

『私はお兄ちゃんのために何もできない。この細い腕じゃ何も掴めない。

 それでも置いていかれたくない。

 強くなりたい、この悪夢とワルツを踊れるくらい強くなるから

 私を地獄まで連れてって』

 この曲は、先ほども言った通り二番まであって、二番では兄側の事情が映る。今回それは入れたくないとミラが言った。私も正直、それには賛成だ。あの二番は、正直付け足されただけあって、素人目に見てもあまりいいものじゃないから。

 その分時間が余るので、間奏などいいとこどりしてダンスで魅せる。

 私ははじめ、この曲を聴いたときなんて傲慢なのだろうと思った。守ってくれる人がいるなら黙って守られておけ。こういうことを言う奴に限っていざ地獄に行ったとき文句を言うんだ。

 でも、ミラの瞳を見たら、彼女の哀れな恋心を見たら、何となく何も言えない。


 発表は、誘致したゲストだとか音楽祭の成功だとか、色々なことを忘れるくらい素晴らしいものだったと思う。やり切った、と久しぶりに思った。

 そして、最後の音楽祭が終わった。

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