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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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あの子の噂

「入学式の日のこと?すっごく前のことなのに、なんで今更?……あ、ううん、覚えてないわけじゃないよ、おれはスーちゃんのお兄ちゃんだからね」

 戸惑いつつも私の問いに答えてくれたのは、可愛い可愛いブラザーのハチサくん。

 可愛い弟分(ハチサくんは私のことを妹分だと思っているが)に突然こんな質問をして困らせるだなんて、クロダン会議にかけられれば一発有罪処刑ものだ。しかしそれはそれとして私にはどうしてもある人物についての情報を集める必要があった。

 ある人物、最近アルの周囲に出没している少女、プロキシマ・ケンタウリさんについて。


「とても優しいです。笑顔も可愛くて」

「男子にしか挨拶しないよ、あの子」

「頭いいですよね、いつもレポートとかでも先生に褒められてて」

「バカっぽい喋り方するよね。先生にはそんなことないのに」

「運動もできて。体育祭の時ダンスを覚えるのが一番早かったです」

「下のクラスのこといじめてるって聞いた。自分もDクラスのくせにね」

「いつも明るくて、誰にでも気軽に話しかけてくれます。友達も多くて、すごいと思います」

 と、言うのが彼女についての噂だ。まあ聞いての通り見事に二分割。その内容の乖離が話し手の性別や関係性によるものとも考えられるが、単純に少女自身も二面性を持つと考えていいだろう。

 つまり、典型的な女子に嫌われる女子。その要因が、彼女自身のスペックからの妬みかただ単に日頃の行いが悪いのかは判別できないが。

 彼女を調べ出したきっかけは、なんてことはない。例の「アルを露骨に狙っている一年」の存在をラーンから懇切丁寧に説明されたからである。

 もちろんスピカは、アルがどこで誰と恋愛していようが何一つ文句を言える立場にはない。内心どう思うかはともかくとして、「私には関係ない」と突っぱねるのが正解だろう。

 それに加え、これまでのように友人として純粋な好奇心であの男の彼女候補について探ることも、今の私の心ではできなかった。

 というか万が一にでも彼がその少女に入れ込んでいたとしたら、それはそれで嫌だというか聞きたくないと言う気持ちになりそうだ。

 まあ、そんな個人的な感情とは関係なく、彼女を探るきっかけとなったのは当主様からの言葉。

『そういえば、アジメクは第二王子と仲がいいと聞くが、学園で彼の様子はどうだい?』

 この文を読んだ時は「ヒュッ」としてしまったものだ。もちろんただ単に世間話の一環として聞かれているのだろうし、彼の私の交流関係を探る動きはこれまでも何度もあった。それは『宰相の倅』(カノープス)、『王家専属音楽家夫妻の娘さん』(ミラ)とあからさまに政治的に必要な情報を聞かれているんだろうなと言う聞き方だったけど。

 それはそれとして、それに対して『彼は元気です!』なんて返信を送るのには少し躊躇ってしまった。あ、いや、別に彼が元気でないと言う意味ではない。

 ただ単に、その時彼には件のプロキシマ嬢との噂学園中を流れており、アジメクとの婚約を保留している身である彼の女性関係の話は報告対象だと思ったのだ。

 でもここで正直に『少し評判の良くない女性に言い寄られていて、彼も満更でもない様子であるという噂があります』とか送った場合、親バカである当主様の反応が分からない。うちの子誑かしといてってなるかもしれない。私も娘はいないが、例えばカンバリアちゃんに体育祭で告白したアケルナイくんに他の女性との噂がたったらキレる自信がある。いや、彼は私に長期間に渡りプロポーズしていたという前科があるため、私がその件に首を突っ込ませてもらえる可能性は雀の涙よりもなさそうだが。

 まあという訳で、せめて確証を得てから当主様に報告しようと思った次第である。とりあえず当主様には『第二王子?そんな人いましたっけ?』と返信し(それはもう怒られた。そして喧嘩でもしたのかと心配された)、二人の仲を探ろうしたのである。

 アルに聞けば一発、とは思うが、彼に直接聞くのは少し前にこれ以上ないくらいバッサリと振られた身としては難しい。気まずすぎる。いや、小姑のごとく令嬢の身辺をしつこく調査する行為も彼にバレたら気まずいどころではないが、まずは彼女という人間性を調査するのは、二人の仲を探るという目的下では順当な行為だろう。

 何しろ、噂の内容は「プロキシマ嬢がアルに言い寄っている」というものだ。そして彼女は伯爵家の令嬢。もちろん恋をするのは自由だが、婚姻するにしろ妾として囲うにしろ王家に旨みがなさすぎる。そしてそれはあまりにもアルらしくない行為だ。

 そういうわけなので私はまず、彼女の身辺を探ろうと思った。そしてその中で、彼女が入学式でハチサくんと揉めていたことを思い出し、その事情を聞こうとした。そしてここで冒頭に戻る。


「うーんとねえ、入学式であの子と喧嘩しちゃった時の話だよね?うーん、でもおれも良くわかってないんだよね。なんか、色々言ってきて、おれがあんまり上手く答えられないから、焦ったくなっちゃったみたいで」

「へえ、でもそれで怪我しちゃったんでしょ?」

「うん、まあそうだけど……」

 入学式の日、膝小僧から血をドバドバ出していたハチサくん。そう痛がらずにはしゃいでいたから彼は気にしていなかったけど、聞けばプロキシマ嬢が彼を引っ張ったことで転んでしまってできた傷だそう。怪我自体はわざとではないが、怪我をさせられた側にしてはハチサくんは彼女に怒りの感情は一片も抱いていないようだ。むしろなぜか彼女に対して申し訳なさそうに眉を下げていた。

「プロキシマさんに何を聞かれたの?」

「今が何年か」

「え?」

「おれ、知らなくて」

「え?」


ーーーーーー


 ちなみに今年、星暦一三五九年である。もちろんこれは万国共通であり、今年になって急に時代が飛んだとかではないので、それを尋ねたプロキシマ嬢に対しても「え?」とは思った。しかしまあそれはど忘れするくらいあるし、全く面識のないものの、近くにいたハチサくんに尋ねたというはそこまで不自然ではない。

 ただし、この国で貴族として生まれ育っているはずのハチサくんが「忘れた」ではなく「知らない」という表現をしたのはそれはそれで問題だ。当然「え?」となる。どのカレンダーを見ても書いてあるので、さすがに心配になる。

 ただまあ、彼への心配は後日シルマくんと共有しどうにかするとして、彼の話を一通り聞いた上でまとめたものが次の通り。


「もしかして、今年の新入生?」

 ハチサが学園の門を潜って、体育館を目指して歩いていると、後ろから高い女の子の声が聞こえた。

 もしかして自分に言っているのだろうか、そう思って振り向くと、彼女はいた。

「あ、やっぱり!今年の入学生だよね?私もなんだ!」

 そう言って彼女は青いネクタイを強調するように見せる。一年は青、二年は赤、三年は緑で共通されているので、ハチサの胸元にも同じ色が垂れ下がっていた。

「おれも、一年生」

「うん!一緒だね!良かったら体育館まで一緒に行かない?」

 そう明るく話す少女に、この時点でハチサはかなり好印象を抱いていた。なんと言っても自分は人に苛立ちを抱かせるタイプである。特に同年代の女性からは辛辣な言葉を投げられることが多い。それをもしかしたら短時間の話かもしれないが、明るく話しかけ続けてくれる少女の存在はとても嬉しいものだった。

 しかも、彼女の心は多少煩雑な汚れはあれど、基本的にはかなり綺麗なものだった。ハチサはすっかり嬉しくなってしまったのだ。

 そうして二人でなんて事のないような話をして、彼女もニコニコとハチサの話を聞いてくれた。のんびりとした話し方と歩調を苦に思わないような顔をして一緒に歩いてくれるから、ハチサはすっかり彼女に懐いてしまった。もしかして友達になってくれるかも、そんなことを思っている時、事件は起きた。

 いや、事件、なのか……?そこら辺をハチサは判断できない。ただ、彼女の様子がおかしくなった。

 きっかけはなんだったかよく分からない。ただ二人で並んで歩いているのにふと彼女が立ち止まった。その視線の先にはとても綺麗な桜の木。おれも綺麗だなあとは思うし、学園を象徴するような大きな大きな木は確かに見惚れるようなものだ。しかしそれ以上に、彼女の心がまるで走馬灯でも見ているかのように忙しなく動いているものだから、おれはそっちの方に注目してしまった。

 そして彼女は言った。

「ここってもしかして……「ワタイチ」の世界……?」

 ……え?

「ここってそうだよね?そうだよね?「ワタイチ」だよね⁈え、私まだ三話しか読んでないんだけど!てか三話目以降二年くらい投稿されてないじゃん!いやよく気づいたな私も!大先生の神挿絵がなければ気づかなかったんですが!いや八年六ヶ月生きてきて挿絵通りの桜の木を見るまで気づかなかった私がやばい?いやでもしょうがなくない?ずっとこれどっかに異世界転生したなとは思ってたけど!どのキャラにも話したことがない超絶モブキャラに転生してしかも転生先作者失踪の三話のみのシリーズなんて、そりゃあ覚えていませんよ!え、てか今何年?そしてストーリー開始って何年だっけ?確か入学式のシーンで……六十四年か!確かそう!え、つまりは今何年?私は主人公のミモザと同じ年で入学できるのか?そうだと言ってくれーー!!」

 ……ん?

「あ、あのぉ」

「少年!!!!」

「わぁ!」

 グリン、首がねじ切れそうな勢いでこちらを向き、さすがにハチサも声が出る。そんなおれも気にせず、彼女はおれの肩を引っ掴んだ。こんな握力、その細い腕のどこに隠し持っていたのかの驚いたけど、彼女は鬼気迫る表情でおれに迫ってきた。

「少年!!!!」

「ん?そんな呼び方してたっけ?」

「今!星暦何年?」

「ん?え?」

「星暦!何年?それによって私のこれからのオタ活ライフが変わるの!答えて!」

「えーっとえっと、ごめん知らないや」

「はぁ⁈いや、聞いた私も私だけど、知らないとかある⁈」

「意識して生きてこなかったぁ」

「何その理由!いや可愛いけど!くっ、さすが二次元、顔がいい……」

「うん?」

「く、首を傾げるなーーーー!この美ショタが!こんなところに居られるか!私は性癖が狂う前に先に行かせてもらう!」

「えっ」

 彼女がなんて言っているのか、何を彼女がそうさせたのか。何一つ分からないまま話が進んでしまい、もちろんハチサは目がまわるようだった。いや、それは割と、のんびり屋のハチサとしてはいつものことではあるが、ハチサは目の前の友達候補がこれまでの態度はどこえやら、先にさっさと行こうとしていることに慌ててしまった。

「え、ちょ、ちょっと待って!一緒に行くんじゃないの?」

「んー、がっ!致死量!」

「ん?」

「ごめん!そうだよね!一緒に行くって私から言い出したんだもんね!くっそ!でも今年が何年なのかが気になりすぎる。よし、早く行こう!」

「え?あ、ちょっとまっ」

 彼女のふわふわした白い手が、ハチサの腕を掴む。もちろん握力は先ほどの隠し持っていた分のものも使っている。

 つまりはそれを物理的にも心理的にもそれを振り払える状況でなく、しかしそれ以上に、ハチサは足を急に早く動かすということに慣れていなくて……。

 ベシャ。


ーーーーーーー


「……………………大体、事情は分かった」

「え、すごい!話しておいてなんだけど、私にはさっぱりだよ」

「いや、これに関しては私くらいしか事情を全部は察せられないでしょ」

 ギナンは遠い目をして言う。ハチサくんからの情報に混乱するスピカに、ギナンはその日声をかけてくれ、そのまま彼女に相談しただけなのに。思っている以上の成果を得られそうだと嬉しい気持ちになった。

「えっと、それでどうすればいいと思う?そもそもハチサくんの話と学園内でのプロキシマさんの言動が違いすぎて、もうよく分からなくて……」

「うーん、そもそも彼女が害悪なタイプの夢女子かそれともそうでないのかがよく分からないな……。でも話を聞く限りめちゃくちゃおもしれー女っぽいのは分かった」

「おもしれー……?」

「まあ、それはいいよ。どっちにしろ、そういうタイプって最終的に主人公の味方になること多いから、安心して」

「ん???えっと、よく分かんないけど、ギナンがそう言うなら……?」

「とりあえずそれはこっちで接触してみる。割と仲良くなれそうな感じだし。それよりもほら、アジメクは今、こっちに集中して」

 ギナンは叱るように私に言った。彼女の言う「こっち」とは、言わずもがなである。


「もう一週間もないんだから。ミラの負担を増やさないでよ」

「はいはい」

 身内でガタついているところはあるが、無事、音楽祭の日が近づいているのである。

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