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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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ホンモノ様との旅④

「わぁ!」

 ルル様、もといアジメクが思わずといったふうに歓声をあげる。その光景は散々王都の街を歩いたことのある私たちならともかく、半生のほとんどをガクルックス領で大事に大事に守られて暮らす彼女には輝かしいものだったのだろう。

「ねえスパイカ、あのお店は何かしら!」

「靴屋のようですね。……ルル様、興奮するのは分かりますが、飛び出していかないでください」

 それだけでも、彼女の笑顔にここに来た甲斐があったと思う。私は一抹の同情とともに、彼女の無邪気な笑顔を見守っていた。

 ミンタカ領。その中心部に位置する、一番大きな下町の商店街。ただし一番大きなといっても王都の街に比べれば見劣りするもので、特にシャッターが入り混じった街並みは、アジメク・ガクルックスどころかガクルックス傍系の娘ルルにも似合わない。しかしながら、この街に来たいと言ったのもアジメクであった。

 その理由は、例にもよってアルとの会話にこの街が出たから。アルこの野郎何言ってんだと思わなくもないが、彼は「下町での思い出を箱入り娘にしたらどうなるか」なんて分かりきっているだろう。つまりこれはわざとだろう。多分この後偶然を装ってアルとシルマくんが合流し自然な流れでデートになるだろう。

 まあ、それはそれでいい。つまりは王家かミンタカからの護衛が自然な形でつくというのだから、むしろありがたいくらいだ。

 本当に、その頬を張って当たり散らしたいのは私の事情でしかない。


 私の予想は結局正しくて、私とアジメクが一、二軒と回らないうちに王子様たちは来た。アルは私にもなんてことのないように微笑み、シルマくんは私の視線を受け、少し気まずそうな顔をしていた。

「ねえ!一緒に回りませんか?」

 そう言い出したのはアジメク様。私は笑って従うのみだった。



 二人は、その後私とシルマくんの歩く十メートルくらい前を二人で歩いていた。私はその様子に、付き人としてこんなに離れていいのかと不安に思う気持ちと、二人の会話を聞かずにすんでホッとする気持ちになった。

「気になりますか?」

 どこか心ここに在らずとする私にシルマくんは声をかけた。私は曖昧に微笑む。

「そうですね、お嬢様の成婚は私どもにとっての一大事でございますし」

「成婚、するか微妙みたいですけどね」

「…………」

 シルマくんはそう呑気に言って、アルはこの子に本当に色々なことを打ち明けているのだなと驚いた。いつ仲良くなったんだ、この二人は。

 そう、婚約の件は一旦保留とすることに決まった。これは別にアルが当主様のお眼鏡にかなわなかったと言うわけではなく、アルと距離が近くなることで私とアジメクの入れ替わりがバレる可能性が高くなるからだ。

 確かに私自身、今現在アルとアジメクが行なっているキャッキャウフフを学園で演じることは無理だ。そもそもルルがアジメクであると穏便に伝えられる自信がない。

 そんな事情があるので、当主は何をどうやったのか王家相手にそれとなく保留にしたい意思を伝え、どこから手が突っ込まれたのか、それが難なく受理された。結局ルルがアジメクであると言うことすら秘密のまま、ルル様はアルの婚約者候補の候補くらいに引っかかるだけ。当主はそれはそれで嬉しそうにしていたけど、それは娘を嫁に行かせたくない父親心によるもので、ガクルックスの一人娘としてはとんでもないほど適当な待遇だった。

 それに対してアジメクはまるで双方の親に引き裂かれた悲劇の主人公のような気分で(もちろんそれよりも大分マイルドな存在であると分かっているようだが)、アルからの愛情を疑わずに彼とくっついている。彼女が意外と男性にはお花畑になるタイプであるのは意外だったけど、彼女に対し後ろ暗い私たちにとってはその様子には救われた。特に彼女から「パパなんて嫌い!」なんて言われる可能性すら視野に入れていた当主様は、さぞ胸を撫で下ろしただろう。

 だからこそ、彼女の少しおバカな脳みそに苛立っているのは、私の都合でしかない。少しでも狡賢くいなければ生きられない私にとって彼女は眩しすぎるのだ。


 風が舞う。まるで光のシャワーのようにアジメクを日光が照らす。

 店の品々一つ一つに感嘆を上げ、無邪気に表情をコロコロ変えるのは、まるで貴族令嬢のそれではない。私がとっくに忘れたものだ。

 時々、彼女と私で何が違うのだろうと考える。いや、時々というのは嘘だ。頻繁に、しょっちゅう。

 しかしその答えは何度も考える割に容易に割り出される。

 何が違うかなんて簡単だ。何もかも、だ。

 私たちは偶然似た容姿を持って生まれたからこんなに近い位置にいるだけだ。彼女の名前を本人に黙って使用しているだけだ。

 本当の私はアジメクに似た皮膚の中にぐちゃぐちゃな感情や、貧相な食材で作られた肉体があるだけ、化けの皮一枚剥がせばそこにいるのは無知で不躾な汚いガキだ。それを自覚し、当主の望む通りに動く存在であればよかった。

 それは重々承知である。しかしそれでも思うのだ、「どうして、こんなに違うのだろう」と。

 もしくは「どうして、そこにいるのは私じゃないのか」と。

 ……どうしてスピカじゃダメだったの?


 街歩きは、至極平和に終わった。アジメクは非常に満足した様子でアルに微笑み、アルも微笑み返した。そして私とアジメクはその数日後に帰宅することとなった。

 目的は十分に完遂したから、当然である。というか本来の婚約者候補はシルマくんだったし、本来の目標もシルマくんに会うことだった。それがどうにもこうしてという感じではあるけど、その目的は果たしただろう。

 そして遂に明日の朝方にこの地を出ることになった。シルマくんの父親にも今日の昼に会談して、それを伝えてある。彼は何を考えているのか分からない顔で「うちは、倅の嫁にはそちらのお嬢さんでもいいけど」と何を考えているのかいまいち分からないことを言った。私はなんとなくその発言に背筋が泡立ち、さっさと屋敷から退散させてもらった。


『親愛なる当主様へ』

 そうして綴るのは当主様への手紙。この旅の中でも毎日欠かさず送っているので、さほど内容が多くなることはないが本日はミンタカ家当主との対談の内容を仔細漏らさず書いたため流石に文字の量が多くなった。適切な報告のためには仕方のないとは言え、大分煩わしいことである。

 手紙は書く量が多いのも煩わしいが、送るのも手間だ。この手紙は、人が魔力を直接注ぎ込むためのものであくまで高級品、緊急用。数枚一気に消費する計算ではないため、送るのも一度に一枚しか送れない。まあ送るのにすごく長い時間かかるというわけではないので黙って行うが、正直数十枚とかなると流石に面倒だ。

 そうして全て送り終わる。送るのにも割と魔力を強く貯めたので、もう当主にはこの手紙が届いているだろう。……そう思っている間に一枚の手紙が浮かび上がってきた。

「…………」

 その手紙は彼らしい几帳面な字が崩れることなく並んでいた。私は度重なる当主様との文通で、彼の字からその機嫌や体調くらいなら推し量れるようにはなったけど、今日の彼に異常はないみたいだ。その内容をあらためる。


『親愛なる、スパイカへ

 連絡ありがとう。ミンタカ家当主のことは了承した。彼は学生時代からそういう人間だ。必要ならば俺からも何か話しておく。

 そんなことより、もうすでに色々と話は聞いているけど、明日改めて土産話を披露してくれることを楽しみに思っている。しかしそれにはまず無事に帰ってくることだ。馬車の中で体調を崩さないように、今日は早く寝なさい。

 少しでもこの旅を楽しめたかい?』

 その文字は暖かくて、私のことを確かに考えていた。

「…………」

 いや、今後私を殺す予定の人間に心を許すなんてどうかしているだろう。長年文通しているから絆されつつあるのだろうか。あの人も、仕事一環だとしてもそれを悟られないようにとまるで私信のように砕けた物言いをしてくる。それも親しみを覚えやすくなった原因の一つの気がするけど。

「………………」

 しかしこの人こそ、私をアジメクにした人間だ。しかし、彼は必要以上に私を「アジメク」と呼ぼうとしない。

「……いや、やめよう」

 この考えはやめよう。私が私の心を守り切れなくなってしまう気がする。

 この人は敵だ。私を殺そうとする人だ。そう単純に生きていかないと、私の心が参ってしまう。そんな気がした。

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