表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
65/88

傘でかくす②

「……雨、好きなの?」

「なんで分かったんだ?」


 玄関口で、戯れ合うように言葉を交わす男女を見つけた。そしてその中でも女子生徒の方がよく知っている人だったからこそ、私は咄嗟に靴箱の影に隠れた。

 私、カンバリアはクロダン副団長にして、サイボークだとか天使の皮を被った悪魔だのクリオネだの血が青いタイプの鬼だの散々な二つ名をほしいままにしている存在だが、それと同時に一人の少女でもあった。そのため、お世話になっている先輩、アジメク先輩のラブシーンなど見たくなかったのだ。

(……まあ、こんな噂が捻じ曲げられて利用される貴族の縮図みたいな学園で、あの人が安易な行動をしないとは思うけど)

 しないと思う、というかしないでほしいと言うのが本音である。子供が親のそういうシーンを見たくない心理と一緒だ。まあうちの両親の仲は冷え切っているので実際にそう言う経験はないのだが。

(そして「あの子に見てほしくない」と言うのももう一つの本音だ)

 彼の心理は未だによく分からないけど、少し前まで熱烈にラブコールを送っていた相手だ。他の男と懇意にする様子を見せつけられたらたまったものではないだろうから。まあ今は私に熱心に求愛しているから、実際のところはよく分からないけど。

 というか求愛されているこの現状すらよく分からないのだけど。

 しばらくして、声が遠のくのを確認して、物陰から離れる。さりげなく二人が消えた先を見ると、案の定アジメク先輩は相手の男子生徒と相合傘をしていた。

(…………)


「……あの子が見なきゃいいけど」

「あの子って、誰のことだ?」

「わっ!」

 完全に気の抜けた独り言に返答があって、心底驚く。肩を大袈裟に跳ねさせ、少し後方によろけると、「大丈夫か?」と肩を支えられる。その刺激にも心臓が飛び跳ねるが、流石にサイボークの二つ名を持っている身としてこれ以上の動揺は見せられない。必死に動揺を抑えた。

 振り返ったそこには、私が今現在思い浮かべていた、アケルナイが立っていた。彼は一番訳がわからなくて、一番放って置けない子である。私は曖昧に微笑むと、彼の手から逃れて「なんでもない。そして敬語を使いなさい」と答えた。彼はまるで名残惜しいとでも言うようにゆったりと手を下ろした。


ーーーーー


 神にこの世で一番近い子。神の愛し子。

 そんな、普通の人間ならば名前負けどころか名前に押し潰されてしまいそうな二つ名を、生まれた時から冠していたその少年は、私にとっては可愛くて生意気な、普通の後輩でしかなかった。もちろん初めての後輩であると言うことでそれ相応には浮かれていたけど。

 まあ、毎日のようにアジメク先輩にしつこく求婚するという悪癖があったけど、個性の煮凝りのようなクロダン内ではそんな日課は可愛いものだと思って気にならない。あえて具体例を挙げるとするならば、同じくブラザーのバーナード先輩の性的嗜好なんて……いや、貴婦人の卵である私の口からはとても言えない。

 だから、私は私なりに彼のことを可愛がっていた。まあ撫でる代わりに殴るみたいなことを何度かやらかしてはいるが、それでも鉄拳制裁は同意の上でなら問題ないだろうという判断だ。結局暴力は全てを解決するので。

 しかしこんなふうに、私が少々乱暴な方法で彼とコミュニケーションをとっていたからこそ彼の実家に訴えられるという事態が起こったのだから、全く笑えない。

 その知らせが実家から届いた時、私が一番に思ったのは意外も意外、「アケルナイは大丈夫だろうか」と言う思いだった。後から振り返ればどう考えてもピンチなのは私なのに。呑気なことだ。ただただ私はあの時、あの小さな私の弟分が、この一件で傷つくのではないかと恐れた。

 しかしまあ、その後はまるで台風のように事態が収束、解決していって、台風の目にいるはずの私までおいてかれて台風に吹き飛ばされてしまったのだから、この件については私はそう自分のピンチを実感することすらなかったのだが。これは全面的に先輩方のおかげだ。特に、アジメク先輩には命の恩人レベルでお世話になったものだ。

 そうして体育祭の直前には話が丸く収まった。私は親がアプロディテ教の盲目的な信者であることから、家に帰ったら殺されちゃうかな、とか心の中で思ったりもしたけど、そこら辺もアジメクさんがうまく収めてくれたりもして。それでも両親が学園に来る体育祭の日がすごく嫌だなと思ったりもして。

 そして、体育祭当日、プロポーズをされた。


ーーーーーー


「一緒に帰らないか?傘、忘れてしまって。入れてくれると助かる」

 アケルナイはそう言った。しかし私は彼の学年の傘立てに彼の傘が刺さっているのを見つけた。……そう、私は彼の傘を判別できるくらい、一緒に帰宅をしているのだ。ここ最近、ほぼ毎日。

 しかし傘を忘れたふりをしてまで同じ傘に入りたいと言われたのは初めてだ。これまでの雨の日は普通にお互い傘をさして歩いていたから。私は少し考えて言った。

「明日の朝も雨だと困るから、傘は持って帰った方がいい。……それで、そっちの傘の方が大きいから、入れてよ」

 声が震えそうになるのを先輩の意地で我慢して、彼に言う。アケルナイは途端に慌てて、少し面白かった。


「なんで、今日は傘を忘れたふりをしたの?」

 二人で傘に入ってすぐ、私はアケルナイに尋ねた。彼は途端に顔を真っ赤にする。聞き方がまずかったかな、と少し思う。別に揶揄う意図はなかった。

「……傘があると、その分距離があるから」

「…………」

「物理的にもそうだし、なんか、傘でお互いの境界線を作ってるみたいで……」

 私はその言葉に、改めて彼との距離の近さを実感する。肩が触れ合いそうな距離であると言うのもそうだけど、確かに傘で他から隔絶されているような感じがして、物理的な意味以上に近く感じる。

「確かに、近いね」

 私はそう必死に絞り出した。その瞬間すごく視線を感じて「何?」とぶっきらぼうに問いかけたら「可愛い……」と抑えた声音で帰ってきた。やめろ、ばか。


「……なんで、好きなの?」

 だから、そんな浮かれたカップルみたいなことを尋ねたのは、傘の中がまるで他と隔絶された世界のようだったからと言うのが大きい。なんとなく語尾が甘くなりそうな自分の声が、どうしようもなく恥ずかしい。

 しかし自分の声は災難なことにしっかりと相手に届いて、彼は少し悩むように考え込む。私は真面目な顔をして恥ずかしいことを告げる彼の口が大嫌いなので、自分で蒔いた種ながら傘を奪って逃げ出したくなった。

「……カンバリアの、俺を見捨てず叱ってくれるところが好きだ」

「……確かに、君を叱る大人は命知らずでない限りはそうそういなかっただろうね。特に教会の中じゃ」

「人と話す時、目を逸らさないところが好きだ」

「…………そんなの、別に他に人もやってる……」

「こら、言った側から目を逸らすな」

「後輩のくせに……」

「あと、何を言われても絶対に無視しないところ、何かしら返答はするところが好きだ」

「……別に、滅多なことがなきゃ普通しないでしょ」

「信者を両親に持つカンバリアが、神様の俺を怖くないはずがないのに、必死に後輩として見てくれているところが好きだ」

「…………あんたなんて、後輩で十分でしょ」

「あぁ」

 彼は柔らかく笑う。そんな顔で笑うな。こちらが恥ずかしい。軽く顔を押して正面を向かせると、彼はその手をとって軽く握った。私の肩が跳ねる。

「ちょ、何を……」

「だから、どうか俺と結婚してほしい」

「…………う、うーん……」

 私は真剣な顔に曖昧な声で返す。本当は親はこの婚約に乗り気で、周りの信者に自慢しているくらいなのだからどうせ結婚はするのだろうが。彼はどうにか私から直接プロポーズの答えを強請ってくる。私はその顔が可愛くて、恥ずかしくて、少し困る。

 だって、私はまだアケルナイくんのアジメク先輩への想いの結末を確認していない。

 いや、彼から直接先輩への想いは憧れや家からの指示であるところが大きかったと話してくれたが、毎日の求愛を目撃してきた身だ。そしてその後私に心変わりしたと聞いても、その真意がよく分からない。

 彼は、私の右手に持っていた傘を託すと、私の左手を両手で掬い上げた。


「え、ちょ!ちょっと待って!」

 そして綺麗な制服姿のまま、雨水の濁る地面に膝をつくので慌てる。私の貴族令嬢らしからぬ太い指を、まるで一等大事なものを抱えるみたいに両手で包んで跪く。

 跪かれている。そんな非日常的な事態に、私の頭は沸騰しそうだった。

 雨が降っていた。まるでベールのように私たち二人を多い、檻のように緩やかに二人だけの世界を作った。

「結婚してほしい」

 彼は謝るみたいに求婚した。

「絶対に幸せにするとは、言えない。苦労をかけることも多いと思う」

 彼は私の目を見て言う。その真剣な表情が目を焼くようだった。

「それでも、一生カンバリアと守る。守らせてほしい」

 そこは確かに二人だけの世界で、貴族とか、教会とか、親とか、宗教とか。そういう面倒で必要不可欠な事象が全てなかった。私たちの、その時持っているお互いに有効な肩書きは、そう多くなかった。

 だから私は、彼の両手を右手で掴み直した。そして軽く上方に引っ張る。彼はそれに従って勢いよく立ち上がった。


「先輩には敬語を使いなさい。それができたら……考えてあげる」

 つまりは先送りだ。でも、今の彼の言葉と熱は、アジメク先輩に求婚する時にはなかったものだった。

 私は少し嬉しくなって、掴んだ彼の手を離さないまま歩き出す。傘をアケルナイから遠い方の手で持っているから、アケルナイの肩に雨が降りかかってしまった。

(…………)

 少し悩んで、傘を傾ける工夫も何もせずに歩き出す。肩が冷たいだろうに、アケルナイが何か言うかと思ったけどそれどころかどこか幸せそうに微笑んでいた。

 この可愛い弟分は、私が一生振り回してあげよう。どうせ大人たちとしてはアケルナイよりも私の方が圧倒的に立場が弱いのだ。それならば当人間でぐらいはその立場を逆転させてもいいだろう。

 具体的に言うと、求婚の保留ぐらいは向こう数年はし続けてもいいはずだ。何せこのまますんなり頷くのも癪だ。


 まあ、恋人関係になることくらいなら、すんなり頷いてあげてもいいけど。

おまけの相合傘企画(会話文のみ)(レグルスとギナン)

高等部魔法学準備室(シリウスの部屋)にて


「……雨だ。やば、今日傘持ってたかな……?」

《持ってないのか?準備が悪いな》

「レグルス持ってる?貸してよ」

《俺が濡れるだろそれ》

「じゃあ帰る時入れて」

《……持ってないから無理》

「なんで私一回『準備悪いな』って言われたの?」

《俺は魔法で避けられるから》

「ずるー!私もそれやってよ」

《同時にできるの一人までだから》

「じゃあ私にやってよ」

《さっきから俺の雨具を強奪しようとするのやめろよ》

「レグルス最強の魔法使いだから風邪なんて引かないでしょ」

《お前こそ神様なんだから風邪なんて引かないだろ》

「神様の前にか弱い少女だよ?この雨の中傘も持たせずに歩かせるわけ?」

《じゃあ走れ》

「そう言う問題じゃないのよ」

《……じゃあどうするんだ?》

「レグルスが私の上空に大の字になって傘の役割を果たしてくれる」

《却下》

「レグルスが魔法で学園の上の雨雲をどかしてくれる」

《無理》

「もうここ(魔法学準備室)住む。シャワーもあるし何泊かはできるでしょ」

《何言って……いけるな》


「いや、この時期だから雨止むのは数日後だぞ。俺の傘貸すから帰れ。置き傘と持ってきたので二本あるから」

「さすがシリウス。どっかの自称最強(笑)とは違いますなー!」

《さすがシリウス。神様(笑)にまで施しをするなんてな》

「仲良いな、お前ら」


 相合傘チャレンジ・失敗……!多分この二人は災害級の酸性雨が降ってレグルスが魔法を使えない状態にならない限りは相合傘しない。




題名間違えたので編集しました

誤:傘でかくす→正:傘でかくす②

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ