事故
「え、どうしたのシルマくん。そんなにむくれちゃって……。可愛いけど」
「……むくれてません」
「そんなに頬を膨らませて、それは無理があるでしょ……」
ほっぺを膨らませてこちらを睨む彼の頬を指先でつつく。風船みたいになっていて可愛らしいけど、どうしたのだろうか。私が頭を捻っていると、後ろからドーン!と衝撃が走った。そのままシルマくんを巻き込んで倒れこむ。
「わっ!」
「シルマ兄さんはねー、スーちゃんがかまってくれなくておこってるの!いちばんのお兄さんなのに、まだまだこどもだよねー」
「は⁉︎おい!ハチサ何を……」
「まあでも、ハチサお兄ちゃんもさびしいよー……。末っ子ががんばってるのはわかってるけどー、おれのこともかまって!」
「わ、わぁ…………!」
「ちょ!ち、違いますからね!本気にしないでください!……確かに、他の後輩の面倒見すぎなんじゃねえかとは思いますが……」
「ハワワ……」
「ちょ!姉さん!」
「お前たち、男女でその距離感はないでしょう……。クロダンは総じて狂ってんですか?」
呆れ切ったような声が耳に飛び込んできて、視線を向けるとカノープスが厳しい顔をして立っていた。私は黙って自分たちの状況を確認する。ハチサが私とシルマくんに倒れ込んで、もみくちゃになっている。確かにこれは対外的によろしくない。
「……ハチサくん、一回退いてもらってもいい?」
「えー、だめ!このままだと、スーちゃんおしごといっちゃうでしょ?」
「…………」
彼の言う仕事というのは生徒会の仕事のことだ。ここ一週間ぐらい、団内で多発する問題に加え、生徒会の体育祭のための細々とした仕事で自分のブラザー二人を構う時間が減ってしまっていた。だからこそシルマくんは拗ねていたのかもしれない。
これは大問題だ。後輩への異常な愛情表現がクロダンの特色でもあるのに。このままでは私はクロダンから追放されてしまう。
「ん?つまり私は生徒会の仕事をしなくてもいい?」
「そんなわけないでしょう。今日は体育祭当日。生徒会の仕事は割と多いですよ。……ほら、行きますよ」
「あ、ちょ!引っ張らないで!歩く!歩くから!」
おい誰だ遠くでドナドナ歌ってるやつ。十中八九クロダンの三年だろ。あとすみませんカノープスさん襟を持たないでくれませんか?首がしまります。
私は喧騒のど真ん中。どこもかしこも賑やかな体育祭開始直前にいた。
準備期間の解決しきれなかった問題の数々なんてさっぱり忘れて、万事うまくいくと、誰も傷付かずに終わると疑わずに、呑気に笑っていた。
ーーーーー
「ほら、行きますよ」
「ちょっと待ってよカノープス!今からハチサくんが走るから!」
「知りませんよ。あなた撮影機持ち込んで動画撮ってるじゃないですか。三脚もあるんですから後で見なさい」
「動画とリアルタイムで見るのは違うんです!鬼畜ストーカー野郎には分からないかもしれないけど!」
「誰がストーカーですか。彼女の声や行動を把握するのは未来の夫として当然です」
「……あんたほど『親が結婚相手を選ぶ』という風潮の恩恵を授かってる人はいないよね。そして失脚して婚約も取り消しになればいいのに」
「なんてことを言うんですか。もう、それはさておき、あなたの仕事ですよ」
「え、次?次の競技の集合にしても早くない?……あぁ、準備があるのね」
「そうです。次は生徒会発案の特別競技ですからね」
彼はそう言ってクジの入った箱を持つ。私は内心「面倒だな」と思いつつもその後を大人しく(文句を言いながら)着いて行くのであった。
体育祭は順調に進んでいる。私も去年アンカーと共同で作った撮影機があるおかげで、去年の二倍楽しめている気がする。今からワクワクである。
そして次の競技は少し特殊。何しろ生徒会、というか私発案の競技である。
毎年生徒会から何か一つ競技を発案し実施しているのだが、今回は私が提案したものが採用された。まあクロダンの皆んなに提案するものを一緒に考えてもらったので、私一人の力では決してないのだが。
だからこそ、この競技は私が中心になって行う。これが生徒会での仕事が増えた原因ではあるのだが、それはともかく、私は割とこの競技が楽しみでもあった。何しろ面白いこと好きのクロダンが考えた企画である。面白くないわけがない。
私は所定の位置に箱をとんと置くと、私自身はグラウンドの中央に設置した机と椅子に腰掛ける。椅子には私とカノープス、放送係の生徒が腰掛けた。その前にはマイク。そして「審査員」の札。
そう、生徒会主催の競技とは、「借りもの競走」のことである。
『さぁ!始まりました生徒会主催競技『借り物競走』!学年別団対抗、ちなみにここで入る点数は雀の涙!しかし皆さん、団の名誉のため頑張ってください!えい、えい、おー!』
「え……」
開幕早々随分なことを言うのは隣に座っている放送係のサイドさんだ。同じ三年生だがクラスも団も違うので話したことがなかったが、第一印象は大人しめの真面目そうな子だったのだが。数秒前私に対して消え入りそうな声で「サイド・カストゥラです……。よろしくお願いします……」と挨拶したのは幻覚だったのか。
『えー、実況は私、放送係であるサイド・カストゥラが行わせていただきます!皆さんの様子を微に入り細に報告していきますので、皆さんはポップコーンでも食べながら一緒に盛り上がっていきましょう!そして解説は私のお隣に座っているカノープスさんにお越しいただいております。それでは、コメントをどうぞ』
『……いや、俺たちが主催の競技なので、サイドさんが来てもらった側なんですけど……』
あのカノープスを戸惑わせるサイド嬢。……彼女、マイクを握ると性格が変わるタイプなのかもしれない。まあそれはそれで心強いメンバーであるが。
それにしても、あれだな。変人だな。
私が自分の周りにいる変人たちを棚に上げていると、サイドさんは簡単にルール説明をしたのち、開始となった。順番としては二年、三年、そして直前まで徒競走をしていた一年生が最後だ。
『一斉に、スタートです』
二年生が走り出す。正直二年生の知り合いはクロダンしかいないので、他の子達がよく分からない。各団一人ずつの計四人、これを一学年三回、合計九レース行う。クジの内容は生徒会で考えたものだが、簡単なものから難しいものまで用意しているので、割と一レースにつき時間がかかるのではと予想してのレース数だ。
『まずは、ほぼ同時にクジまで辿り着いた四人。とはいえ借りもの競争はクジに全てがかかっていると言っても過言ではありません。各団慎重にクジを引いていきます。まあ中身は見えないので慎重に引こうが豪快に引こうが結果は変わりませんよ』
それでも何を要求されるのか怖いのだろう。えいやとダイダンの子が手を突っ込んで引いた。その後追随するように三人も引く。内容はここからは分からないが、四人の表情が難しくなったり笑顔になったりとそれぞれなのが面白い。
『はい、結果出ました。お題を発表します』
「ん……?」
隣に座り、同じくお題など見えないはずのサイドの言葉に私は横を向く。
『ダイダン『帽子』、クロダン『傘』、スペード『楽器が弾ける人』、ハトダン『好きな教科の担当の先生』ですね。今回のレースではお題がなかなか簡単なものばかりです。皆さん、頑張ってください』
『いや、ちょっと待ってください!なんでここから分かるんですか?』
サイドの言葉は真実のようで、お題の紙を握りしめた生徒たちは肩を跳ね上げ怯えたようにこちらを見る。いや、私も同じ気持ちなのでこっち見ないで。生徒たちの言葉を代弁するように叫ぶカノープスの言葉に、放送係の面々から同情するような顔で見られた。なんだ、なんなんだ。
「……え、何で分かるんですか?」
私がこそっと隣の彼女に囁くと、彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「え?マイクを握ったので」
それなんの返答にもなってないから。
まあ、彼女の異常さはともかく、四人の生徒は無事に借りものをできたらしい。あいにくの晴天なので傘を持っている人はそういないのではないかと同じくクロダンの先輩として心配したが、ハトダンや世の貴婦人たちは日傘というアイテムを持っていたようで、結局クロダンの生徒が一番だった。
ちなみに最下位だったのはハトダンの生徒で、彼女は好きな教科は選びきれなかったらしくマーズ先生(生物学)、ハダル先生(数学)、チャムクイ先生(現代文)、プリマ先生(世界史)、アルドラ先生(外国語)の先生を引き連れて来た。特に目立つのが好きでないアルドラ先生が特に暴れて大変そうだった。
その後も第二レースもつつがなく終わり、第三レース。私の可愛いシルマくんが登場だ。
『はい、それでは第三レース。一年生最後のレースになります。それでは位置について、スタートです』
彼女の緩いような激しいような実況にも慣れてきたところである。二年生四人がスタートするのを純粋に応援するゆとりが出てきた。
シルマくんはスタートの合図と同時に走り出して、彼は他三人に出遅れる形でクジに辿り着いた。いや、彼のあまりある魅力は他にたくさんあるけど、それにしても足が遅いな。新旧エニチーのメンバー(エニフ先輩、私、シルマくん、ハチサくん)はみんな体育会系なので彼が際立ってるだけに見えるが、徒競走とか全員リレー見てると「あ、シルマくん運動苦手なんだなー」と再認識する。彼ほど足が速いやつイコールモテるみたいな現象を逆行する存在はいないだろう。
まあ、借りもの競争では足の速さは関係ないので置いておこう。
サイドちゃんの声が響く。
『はい、皆さん引き終わりましたねー!お題は、ハトダン『メガネ』、スペダン『人体模型』、ダイダン『友達が多い人』、クロダン『兄弟かいなければ兄弟に近い人』です。頑張ってくださーい』
クロダン、つまりシルマくんの兄弟。つまり……。
「私か」
「いなければ、ですよ。お前の後輩は観客席に向かいましたよ」
咄嗟に立ち上がる私をカノープスが諌める。は、危ない。そうだったそうだった。本当の家族を差し置いて自分が向かうのはあまり良いことではないだろう。私は改めて座り直す。
しかし、去年から彼の姉貴として生活していたから、そこら辺の常識が抜けそうになっていた。もしかして普段の距離感も、姉弟としてならともかく普通の先輩後輩としては異常なのだろうか。一緒に寝そべったりご飯食べさせあったりとかしてるけど、これって普通じゃないのだろうか。今度ベガに聞いてみよう。
『あれれ??クロダン何か揉めてますね』
サイドさんの声に私もシルマくんの方を見る。観客席に向かっていた彼が、何やら誰かに怒鳴ってるのが見えた。イヤイヤ勘弁いてくれよ。体育祭本番でトラブルを起こすのはさ。
「ーーー!ーー!!」
「やっーー!だって」
シルマくんがそのトラブルごと審査員席に近づいてくる。きっと彼のことだから、雀の涙であろうと得点を優先させたに違いない。いや、もしかしたら私にトラブル解決を押しつけ、頼もうとしていたのかも。
(…………)
「ほら!もうどっちでもいいからとりあえず離せ!せめて自分で歩けよ!」
「やー!お兄ちゃんの弟はあーちゃんとたーちゃんだけでしょ⁉︎妹もあたしとめいちゃんだけでしょ⁉︎このにいには知らないもん!」
「やだ!おれもシルマ兄さんのおとうとだもん!シルマ兄さんのおうちのかぞくの一員だもん!」
「とりあえずハチサ、お前だけでも歩け。重い!」
「やだー。いもうとはいいのに、おとうとはダメなんてさべつだ!」
(………………)
「…………えっと、シルマくん」
すごく、すごく声をかけたくなかったが、カノープスの視線を受け声をかける。シルマくんは妹であろう少女とハチサくんを両脇に抱えて登場した。もしかしてシルマくんって走るのは遅いけど力は強いのかな。などと現実逃避。
「あ、アジメク姉さん。とりあえず妹のアルニラムです」
「おれ!おれのことも借りものして!」
「あー、あと、弟のハチサです」
「はぁ?だめだよしーにい!その子はうちの子じゃないでしょ!」
「うーん、それはそうなんだけどな……」
「やだー!うちのこじゃないっていわないで!」
『はい、クロダン一位ですね。端寄ってくださいねー』
「すみません、姉さん。これどっちか預かってもらうことってできますか?」
「うん、シルマくん一位おめでとう。速やかにはけてね」
「見捨てられた……」
いや、託児所じゃないんだから。どっちも預かれないよ。
「なあ、アジメク」
「なあに?カノープス」
「さっきの一年、あの二年と本当の家族になったと思ってないか?」
「……考えさせないで」
ブラザー・シスター制度については団に入るときにちゃんと説明してるんだけどな。
さて。臭いものには蓋をして、ちなみに未だグラウンドの隅で揉めているハチサくんとシルマくんの妹さん(「泥棒猫!」という声が聞こえたのは聞かなかったことにしたい)は置いておいて、次は三年生の入場だ。
一レース目では、ハトダンからはカペラちゃんが、クロダンからはカイが出てきた。カペラちゃんが私にこっそり手を振って来たのを振り返す。おい、カノープス。お前にじゃないからな絶対。
『さあて、一斉に走り出しました。さすが三年生、どこか余裕があります。スペード、ダイダン、クロダン、ハトダンの順番でクジにつきます。さて、お題は……』
サイドが今回も意味の分からない技術でお題を読み上げる。何かのマジックの類かと思って毎回観察しているのだが、未だに謎のままだ。
『出ました!スペード「前々代の初等部長の肖像画」、ダイダン「相棒」、クロダン「髪を綺麗な人の髪の毛を一房」、ハトダン「好きな人」です。いやー、さすが三年生。少し難易度が上がって来ましたね』
「え……」
急に難易度上がったな。いや、それにしても好きな人。遠目からでも、カペラちゃんが固まったのが見える。そして近くのカノープスが目を輝かせたのも。
(…………そんなお題あったっけ?)
ていうか、カペラちゃんにとっては大事故、本当に可哀想なお題である。
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