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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
60/88

共感して欲しいわけじゃない

軽度ですがいじめ描写入ります。無理な人はバック推奨です。

 俺、バーナードは、学園に入れたのも奇跡なくらいにギリギリの貴族であった。というか自分が学園に入れる立場だというのを知ったのは入学の一週間前だったし、突然俺の制服を作ると言い出した親父は、いつものように酒に酔っておかしくなってるんだと思った。

 うちの家は男爵という爵位は貰ってはいるものの、それの末端も末端。周りの庶民の家のさほど変わらない家に住み、小さな小さな領地をまとめてはいるもののそこに上下関係は感じられない。ただし伝統的な酒造方法が名産で、その技術と酒蔵だけが自慢の家。

 俺はその家の長男として生まれて、しかし下に生意気な双子の妹たちがいるものだからどこか女社会で肩身の狭い。勉強はしたことがない。でもいつかは親父から酒造を引き継いで、村の男衆をまとめることになるんだなとぼんやりと思っていた。

 そんな状況を少し窮屈に感じる時もあるけど、やりたいこともないし。あとは親父のことはまあ酒が入ってない時だけはかっこいいって言うか、尊敬してるから。

 それが、いきなり学園へ。もちろんいくら勉強したからといって、自分が将来について考え直すような未来は来なさそうだなとは思うが、もう既に家の仕事を手伝い始めていた俺にとっては、勉学と言うものはそう興味をそそられない。きっと、無駄な時間になるのだろう、擦れっカスみたいな貴族位のせいで変なところに行かされて面倒だなって。そう思った。

 実際学園に行ってからもその考えは変わらなかった。むしろ勉強以外のことも面倒で大変。何せ、学園という特殊な場でないと交わらないような、俺にとっては雲の上にいるような高位貴族の坊ちゃんと生活を共にするのだから、問題が起きないわけがない。

 かろうじてクラスは家柄で振り分けられるので、隣で息をするのも緊張するような家柄の人と生活することは避けられた。しかし教室を一歩外に出ればその限りではない。後にクロダンの同じくほぼ庶民みたいな先輩から「末端貴族学生による学園の歩き方」講座を受けるまでは、隣に座る学生の身につけた装飾品の値段を想像していちいち恐怖していたものだ。

 そんなふうに、面倒で大変。きっと俺は義務教育ではない高等部は行かずに、それまではできるだけ空気のようになって過ごすんだろうと思っていた。それまではやりたくない勉強をして、早く終われ早く終われと唱えながらトラブルにだけは巻き込まれないように過ごす。それだけなのだと。

 しかし、そんな灰色な日々に、隕石級の衝撃が走った。それは一年生が終わるころだった。


「……アンカー、何してんの?」

 つい、声をかけてしまったのは、相手がいくらDクラスの自分よりも上の家柄の少年だとしても、クロダンで一緒に汗をかいた相手だったからだ。そして彼がゴミ箱を漁るという光景は、紛れもなく非常事態であると思ったからである。

 そしてその予想は大当たりで、彼は俺と目が合ってから数秒後、ゴミ箱に突っ込んでいた汚い腕を取り上げて、気まずそうに俺に背を向けて歩き出した。

「なんでもない」

 俺はその腕に抱えられた汚い上靴を認めて、一瞬で事情を把握したのである。


 いじめ。普通に暴行罪とか窃盗罪とか、そういうふうに呼んだ方がいい気もするけど、そういった下劣な行為は貴族ばかりのこの学園でも存在している。

 確かにAクラスなどの家柄のよくて余裕のある子息ではそういうことはない。しかしそれより下だと割と横行している。しかもBクラスがEクラスをいじめる、みたいな圧倒的な地位の差がある場合だと、周りも止めやしない。

 そうなると結局はいかに目をつけられないかみたいな勝負になってくる。まあこれも社会勉強と言われればそれまでだけど。

 だから俺のその時思ったのは、あいつ世渡りとか得意そうなのに、意外だな、なんて冷静な驚き。次には巻き込まれたくないからあいつに近づくのは今後控えようかな、まあそもそも接点ないし今後も会うことないだろうけど、なんて自衛のための薄情な感情。

 そういうわけだから、俺はアンカーを助けなかった。一般的に、ここで彼を助けて友情物語を演出され、二人は一生の友になったりするのだろうけど、俺たちはさっぱり。自分にお鉢が回ってきたらかなわない。

 しかしどういうわけか再び俺はいじめの場面を目撃することになる。しかもほんの数日後だ。


 ガン!

 アンカーの小さな体躯が体育館倉庫のドアに叩きつけられた。直後に響き渡る怒声。

 半開きのドアの向こうで行われる非道な行為に、倉庫内に物品を片付けに来ていた俺は息を潜めて頭を抱えた。自分の間の悪さを恨んだ。

 彼らは体育館といういつ人が通るかもしれない場所で暴力行為を行なっていた。このことから、そういった行為が見逃される程度の家柄の生徒であることが分かった。

 俺は正直怖くて堪らない。扉の先で行われるのは結構ガチの暴力。声の感じからして、アンカーを甚振っているのは上級生であると思われた。つまり力の差は圧倒的である。彼は同級生の自分と比べても小柄である。彼が扉の先でプチンと死んでしまうのではないかとか、そういう嫌な想像が頭をよぎった。

(でも、だからと言って、俺は助けられない……)

 いや、別に彼が死んでしまうのを看過するつもりはないけど、俺は別に人間がそう簡単には死なないことを知っていた。しかもアンカーは詳しい家柄は知らないがDクラス。ほぼ庶民の俺の方が命が軽い。ここでターゲットが自分に映った時の方が命の危険が大きい。

 そんなふうにモタモタしている間にも、扉の先では殴打音が気まぐれに響き、俺はついには目を閉じて体を震わせることしかできなくなった。情けない。情けない。

 罪悪感と、恐怖と、自己嫌悪。色んな感情が入り混じって逃げ出したくなる。俺は何もされていないのに、息が苦しい。

 その時は幸運なことに、厳格公正で有名な歴史のセクンダ先生が通りかかったのでいじめていた生徒は連れて行かれた。アンカーは死ぬことはなく、結局はいじめていた生徒たちは保護者に話がいって自主退学をしたらしい。ハッピーエンドだ。めでたしめでたし。

 俺は、ズルくて臆病者な俺はヒーローにはなれず、悪者として退治もされないまま、物語は終わってしまった。


 まあ、終わっていないから、こういう運命の悪戯が起こる。

「よ、よろしくー……」

「うん!よろしくな、『ブラザー』!」

 ブラザー・シスター制度なんてのが導入されると言われてから、嫌な予感はしてたんだ。

 俺は、アンカーとブラザーになった。

 そして彼はふと言った。そのアンバーの瞳に俺が映る。

「今度は、隠れて震えるようなことにならないといいね」

「……!」

 俺はその言葉に、思い当たる節がありすぎるほどあって、そのままあの時俺がそこにいたのだとバレていたことが分かった。

 そして目の前の少年が、俺の知っている、クロダンの共通認識である「お調子者で少しお馬鹿なアンカー」などではないと分かった。そして俺が今後は彼には逆らえないのだろうということも。


 そうして、不本意ながら俺は参謀様の右手に、懐刀に、共犯者になったのであった。まあ今では俺自身も楽しんで一緒にいるから別に文句はないけど。

 こうして俺の日々は、灰色から、アンカーというどキツイ原色で塗りつぶされるのでした。

 今度こそ、めでたしめでたし。


ーーーーー



「今思うと、あの時のいじめもお前が組んでたんだろ」

「まあね、当たり前じゃん。俺が間抜けに他人に目をつけられると思う?しかも特に接点のない上級生に」

「いいや、全く」

 いけしゃあしゃあと。アンカーはなんて事のないような顔をして言う。こいつのことは別に嫌いじゃないが、こう言う時キュッと首でも絞めてやりたくなる。

「それで、あの時は何が目的だったんだ?先輩の失脚?自分が被害者になることで得られる同情とか?」

「いや?お前」

「は?」

「だから、お前。バーナードきゅん」

 俺は驚いて彼に顔を向ける。彼のアンバーは俺をしっかりと見ていた。狼みたいなその瞳が、少し怖い。

「……ていのいい、奴隷でも欲しかったのか……?」

 俺は戸惑いつつそう言う。アンカーは弾けるように笑った。

「酷いな。俺のことそんなふうに思ってたの?」

「い、いや……」

「まあ、罪悪感を抱いてなんでも言うことは聞いてもらおうとは思ってたけど」

「おい」

「本当はカイをと思ってたんだけど、あいつ副団長になって忙しそうだったから。ちょっと劇的な出会いをして、俺と一緒に悪いことしてくれる人を調達できないかと思ってたんだよね」

「……それで自分をいじめのターゲットにするなよ。あの時、怪我してただろ」

「正直めちゃくちゃ後悔したよね。来ない方が作戦上うまくいくのに、バーナードきゅんが助けにくるの待っちゃった」

「…………」

「ハハ、そんな顔しないでよ。いや、そんな顔してくれていいのか。罪悪を感じて、申し訳なく思って!俺と一緒にどこまでも来てよ!」

「……お前はマジで…………」

 素直にお友達になろって言えばいいのに。いや、こいつがそんな殊勝なことを言えるわけがない。


「……それで、今日の作戦は、この前の通りに?」

「もちろん」

 衝撃の事実は発覚したが、それはそれとして今日は体育祭。参謀様の作戦決行日である。

「怒られそー。特に女子からめちゃくちゃ怒られそー」

「バレなきゃいいじゃん」

「バレないと思ってんの?」

「全く!」

 元気に言うなよ。

「それでも、実行すんの?」

「もちろん」

 彼の瞳に迷いはない。昔からそうだが、彼が迷っているのを見たことがない。いや、迷いくらいはするのだろうが、それが常人の俺たちよりもその時間が短くて、俺はその片鱗も捕まえられない。

 それならば俺は彼の判断に乗るしかない。とっくに俺の人生は彼にベッドしてしまったのだから。

 俺たちは共犯者なのだから。

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