魔法学試験・中編
すみません前回の後書きに後編にって書いたんですけど中編ありました。次が後編です。
「ガクルックス、ちょっとこっちに来い」
最終テストに移る前、少し休憩を挟むと言うことで五分のトイレ休憩になった。気がつくともうテストを始めて二十分は経っていたので、ずっと魔法を使い続けた多くの生徒は疲労が見え始めていたので。
私はそこまで消耗していなかったが休めるなら休む。机は消えたが残されていた椅子の一つに腰を落ち着かせるとスバル先生に呼び出された。
なんだろう。二回連続で器具を壊したお叱りだろうか。視界の端でクスリと笑った侯爵令嬢が不安を煽る。
しかし予想に反して先生の手に持っていたのは何かよくわからない器具と先ほど提出したボード入りの紙袋だった。
「はい、なんですか?」
「先ほどは魔力量が計測できなかったからな。これでもう一度計る。利き手でいい、手のひらをつけろ」
そう言って渡されたのはなんか魔法っぽいプレートだった。なんだ、計り直すのか。それならそうとあの時言ってよ。
しかし魔法っぽいそれにテンションが上がる。滑らかなプレートに手をピッタリとつける。ワクワクして待っていると、しばらくして電子音が鳴ってデジタルの数字がプレートの脇に表された。
(……めっちゃ科学だな)
こんな普通の温度計か電子温度計かみたいなことある??見た目詐欺じゃん。粛々と魔力量測られたわ。せめて光れよ。
その数値はえっと、四〇〇五、か?他の人の数値がわからないからなんとも言えないけど。なんか先生がため息をついて手元の紙に書き込んでいたので低い、のか??
「次はこれだ」
そう言って手渡されたのは先ほど提出したボードである。開けるよう促されたので封を開けると入れた状態でそっくりそのまま、あれ?
「無くなってる……。え、これなんですか?新品ですか?」
先ほど咲かせたはずの花がない。おかしいな。
「見ての通りお前のボードだ。紙袋に名前を書いているだろう」
「あ、ほんとだ。名前書いてあったんですね」
ボード本体には名前を書くところがないが、紙袋の方には書いてあった。先生はまたため息をつくと、そのボードを指し示した。
「やれ、今。見ててやるから。それとも棄権にされたいか?」
「す、すみませんただいま!」
慌てて魔力を込める。先ほどのように水と光は控えめに、てあれ?
「入んないな……」
なかなか先ほどのように入りにくい。先ほどのが砂浜の砂だとしたらこちらはコンクリート、レンガのようだ。
もっと、魔力を込めないと。
「は?……あ、おい一回やめーー」
先生が何か言っているのが聞こえないうちに、私は最大の魔力をボードにぶち込んだ。
「…………あ」
花は咲いた。ボード乗り越えてボードの縁すら壊して、私を中心に大きな花が。
「おい」
一応三十秒済んでいないので未だ魔力を込め続ける私の手を先生ががしりとつかむ。
「もういい」
「あ、はい」
先生はもう一度大きなため息をつくとその花を紙袋に入れようとして、到底入らないと気がつき脇に抱えて去って行った。あ、これもう大丈夫なのかな?
少し呆然としてしまった私の肩を、後ろから叩かれた。
「お前、すげえな」
「え?あ、アル」
アルが目を輝かせてこちらを見ていた。
「なんか、よく分からねえけどさっきのボード魔力の種類測るやつだよな?あんなふうにできるんだな」
「あ、そうみたい、だね」
「しかも最初に触れたやつ電子魔力測定器だよな。初めて見た、あれ使うやつ。お前普通のじゃ計測できなかったのか?」
「あ、うん割れちゃって」
そうなんだ、あれすごいやつなんだな。
「はー、なんかあれだな。お前すぐ迷子になるし色々世間知らずだし、前みたいなわがまま放題は無くなったみたいだけどまだまだガキでさ、妹みたいに思ってたけど、なんか、すげー悔しいな。すげーじゃん」
そう言いつつも、なんだか清々しそうに笑うアルに、思わず笑ってしまった。
「ふふ、私がお姉ちゃんだからね」
「あんな、あんなの認めませんわ!」
そう言われて振り返ると、侯爵令嬢が私を憎らしげに見ていた。
「あんな現象見たことがありません!あのような巨大な花!それもあのボードで!何か不正をしたに違いありませんわ。そうなんでしょう⁈」
「え、ふ、不正なんて」
「えぇ、えぇ。そうに決まっていますの。即失格ですわ!私がすぐにその証拠を掴んでみせます!」
「え、ちょっまっ」
そう言って走り去る背中に思わず手を伸ばす、が引き止める事は叶わなかった。
「休憩は終わりだ。最後のテストに入る」
「最後はテストと言ってもそう結果が大いに変わることはない」
スバル先生は軽く手を降って体育館中にバリアを張り巡らせた。
「得意な魔法を一つ、やって見せろ。特別魔法があるならそれをだ。特別魔法に限り、二つ以上あるものは全て見せてもいい。何するか決まったやつから前に出ろ。今の査定で不合格なやつでも、面白いものを持っている奴がいたら私権限で合格にしてやる」
なるほど、最後はすごくシンプルだな。だからこそわかりやすい。私は周囲を見渡した。みんな気合い十分って感じ。
さて、何しようか。アジメクの使える魔法は火と風と闇だから……。
ん?
先ほどの、休憩での花を思い出す。あのボードに私は花びらを5枚、綺麗に、均等に、大きく……。
(全属性普通に使っちゃったじゃん!!)
なんか固かったから勢いづいて全部やっちゃったじゃん。うわー何してんだ私……。
うわ、せめて今回だけでも目立たないようにしないと……。
その後、次々とみんなが能力を発揮していく。
五大魔法の威力を示すもの、コントロールを発揮してドアを開けたりものを浮かせたりするもの、歌で脳内に直接情景を伝えるなど、面白い特別魔法もいくつかあった。
さて、私は何をしようか。
「難しい顔してんな」
ぷに、とすぐ隣にいたアルに頬を押される。おい、何してんじゃい。
「何してんの」
「可愛い顔になるかなって」
「なった?」
「いや、ブス」
だろうな。
「まあ気楽に行こうぜ。どうせ僕たち合格だし」
「え?」
まあ確かに、魔力量も電子のを必要とするくらいあったし、魔素変換も時間がかかったけど終わらせられたし、花も無事咲かせたし。
「確かに……」
確かに、別にここはみんなの状況を見てほどほどの魔法を使うってのもありかも。
「そんな難しい顔するほどじゃねえだろ?」
「そうかも……ありがとう」
「ま、まあな。お兄ちゃんだしな」
ちょっと照れたような顔をお返しにつつくとめっちゃ振り払われた。ごめんて。
「と、いうわけだけど。僕はそういうんじゃねえから」
は?
「行ってくる!」
そうカッコよく私を励ましてくれた彼が、そのまま真逆の行動を取るなど一体誰が予想できたのでしょうか。
『クァイス・ヴェニアム!』
魔法使いが物語の中でよく叫ぶ、呪文というものがある。しかし本来魔法にそんなものは必要ない。
時間ロスになるという人も多いし、なくてもあってもって感じ。むしろあったほうが発した魔法が縛られる気がして、使わないほうが多い。
一応使わなくもない。例えば魔法を習いたての頃。呪文というのは指を鳴らしたりとか専用の器具をふる(杖とか)というのとも違い、その呪文の内容によって効果を変えることができるのでこれから使う魔法がイメージしやすい。その特性から、補助輪のように使うこと。
そしてもうひとつ、アルのようにこれまで魔法を十分に使いこなせていた人間による呪文。そういった魔法使いの使う呪文というのは、それほど準備のいる魔法というか、その言葉に対しても魔力を貯めることでより効果的な、効率的な効果を期待していると言っていい。要するに「ため」だ。
しかしながら、彼の発した呪文にそんな大掛かりな操作を必要としているとは思えなかった。あまりにも純粋に、多分呪文を唱えるということで敬意を示していたのだと思う。つまり、その一瞬後には、彼の背後に大きな影が出現した。
龍が出た。
もうこれこの人の次に何やっても目立たないだろ。
目の前のカオスを前に私はなんかもうどうでもよくなっていた。
天井まで届く、というか若干突き抜けて天井に大穴を開けた龍。それに張り合おうと炎だの水だの氷だのを次々に繰り出す生徒たち。少し前まではまだ地上戦な分空中に各々魔法を打ち上げるという法則があったものだが、風魔法が得意な生徒がそこら辺にあるものだけでなく生徒も打ち上げ始め、その生徒がその場から魔法を噴射し出したあたりでひっちゃかめっちゃか。とにかく目立ちたいという圧が伝わってくる。
まあそうだよね、みんなまだ九歳だもんね。張り合いたいよね。と、前世の年齢を足さない身体年齢七歳の私は思う。
スバル先生も手が回らなくなってるし。怒鳴り声を上げて右往左往する先生に「大変だなー」と思いながらさてどうするかと考える。
なんかこのまま何もしなくても分からない気がしないでもないが、見つかった時面倒だしそのまま注目されるのは避けたい。見つからない上で何かするとなると……。
そうだ!
宙に浮かぶ生徒たち、これに混ざればいいのか。頭いい!まあなんかしたことにはなるし、目立たないし!
となると、風魔法か。風魔法で浮くとなるとその補助としてカーペットや箒を浮かしてそれに乗るというのがメジャーだが、あいにくそんな道具はないしな。
まあ、難易度は上がるが自分の体を浮かせるか。誰かを浮かせるのと違って体の隅々まで意識して魔法を均等に送らなければいけないのでめっちゃ難しいが。まあでもやって見れなくもないか。
「……よっと」
やっぱりバランス取りにくいな。お尻からも持ち上げてるけど後ろに倒れそうだ。そしたら運悪かったら頭から墜落なので。ひっくり返った時点で集中力落ちそうなのでかなりリアルな想像である。
あー、やっぱりバランス取りにくいな。このままだと落ちる。でも安全第一に低空飛行ってのも面白くないし。例えばこれで、羽でもあったら一気に楽になるのに。
羽でも、あったら。
羽でも……。
「お、お前もあったんだな。特別魔法」
ニコって笑いかけるアルに苦笑いしか返せない。
(本当に出てこいとは言ってない……)
自分の背中から生えてくる鳥の羽のような純白なそれから目を逸らして、私は俯いた。
特別魔法とか!絶対目立つじゃん!
だからこそ私は、反応が遅れてしまった。
頭上から襲いかかる炎の渦に。
「危ない!」
誰か。誰か、助けて。
同時刻、教員室でカペラ・アダーラはその身を震わせていた。
「私……私やってない!」
「そうだ、俺ももちろんお前を信じたい!しかし!しかしだな、君の行為を発見し報告してくれたその子の勇気を無駄にはできない!」
「で、でも私……」
「とりあえず君の親を呼ぶことになるだろうけど、全教科ゼロ点、停学が妥当だろうな。反省しなさい!」