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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
58/88

めんどくさいけど、かわいいから許す

 さて。組体操の、「贔屓をなくそう運動」は無事成功に終わった。そのため私たち三年生たちは組体操練習にいっそうのやる気を見せ、体育祭練習も平穏無事に進んでいるものと思われた。

 そう、思われただけ。つまりは全くトラブルは無くならない。まあそれはある種当然で、多くの人間、しかもまだ理性や社会性の面で未熟なガキどもが集まるのが体育祭練習である。その中で誰も彼もお行儀よく仲違いも起こさず平穏無事というのは、それこそ不自然である。

 そこまで考えて、私は目の前の争いを直視した。一生したくなかった。

 目の前の争い、具体的に言うと顔を真っ赤にして唾を飛ばして怒鳴り散らすアケルナイくんと、それを暴力でいなすカンバリアちゃん。割と手に汗握る一戦である。

 しかしそう呑気なことも言っていられない。なぜならこの争いの発端は、アケルナイくんがいつものように私に求婚してきたことであるからだ。いや、あの横暴な物言いを求婚だと認めたくない乙女心はあるのだけど、それはおいておいて。

 とりあえず経緯としては、求婚(仮)を私が拒否する→諦められないアケルナイくんが追い縋る→自分のブラザーが私を困らせていることを察したカンバリアちゃんがアケルナイくんの回収に来て、喧嘩勃発というところだ。

 しかしこのやりとりも実に何十回目。いい加減飽きたよというべきか、最初はカンバリアちゃんに口でも手でも勝てなかったところを最近ようやく言い返せるようになったアケルナイくんを褒めるべきか。こんなところで後輩の成長を感じたくなかったけど。

 結局この日も、バーナードが回収に来て喧嘩両成敗として二人を等しく引きずっていくことで決着がついた。


「そもそもアジメクが構わなきゃいいじゃん」

「……じゃあ、アンカーがどうにかしてくれるの?」

 というのは参謀様のご意見である。アケルナイくんとカンバリアちゃんはバーナードの弟妹、つまりはアンカーの弟妹でもある。しかし彼は後輩育成にはあまり関わらないのでそれを忘れがちになるが。

「というか、アンカーが二人の世話してるの見たことないけど」

「ま、最低限練習やトレーニング見たりはしてるよ」

「つまりは人間関係的にはバーナードの任せきりなの?」

「まあなー。最近バーナードきゅんが二人にかかりきりで構ってくれなくなって悲しい!」

 そのあっけらかんとした物言いにため息をつく。呆れた。

「子育てには参加しないくせに『奥さんが構ってくれない!』って嘆いてるお父さんみたい。そのままじゃ捨てられるよ」

「えー、バーナードきゅんが奥さんか。面白そうだな」

「いや、バーナードにとってはあんたも子どもの一人だと思うけどね」

「正直俺もそう思う!」

「…………」

 元気に言うなよ、世話かけてる自覚あるなら。

「うーん。でも俺はこういうの向いてないから。しばらくはバーナードきゅんに任せるかなー……」

「こういうのって?」

「なんというか、平和を保つの?問題を解決するのは向いてるんだけど。……つまり何かあったらどうにかするよ、俺。そっちの方が得意だ」

「…………ふーん」

 そう言うアンカーの顔は案外寂しげで、心の中で参謀様を茶化す言葉がいくつも浮かんで消えていった。

 そうして私は彼への言葉を飲み込んで、現状の争いをなんとなく見ないふりをした。そんなふうに見ないふりをしていたから、それが大きな争いになるのも必然で、奇しくもアンカーの言った「何かあったら」なんて状況が発生してしまったのは、体育祭練習も中盤に差し掛かり、団員の疲労も見え始めた時だった。


ーーーーー


「アジメク、先輩。少しご相談いいでしょうか」

 カンバリアちゃんにそう声をかけられたのは、一日の練習が終わって、更衣室で着替えていた時のこと。

 まず初めに思い浮かんだのは「珍しい」と言うこと。いつもはアケルナイくんを静止するために声をかけられるくらいで、一対一で話しかけられると言うのは新鮮だった。

 しかし直後に気づく。彼女の顔色が青白くて、必死に何か紙を握る手が小さく震えていたこと。

 だから私は、これはただごとでないと悟った。そして問いかけた。どうしたのかと。それに対する彼女の答えは、彼女らしく明確で、明瞭で、彼女の憂いをこちらの心が凍りつくくらい的確に伝えた。

 彼女は自身のもつ紙、手紙を私に手渡して言った。

「……私、逮捕されるみたいです。アプロディテの玉体を傷つけた罪で」


 パタン。自分で閉めた扉が想定以上に大きな音を立てる。団室の一室に集まった三年生一同の視線を集めていることを自覚しながらも、取り繕うような余裕もなく俯く。そんな私に駆け寄ったのはベガだった。

「お疲れ」

「……一番疲れてるのは私じゃないから」

「それでも、ね」

 彼女は布地にコーヒーを染み込ませるように私の心に声をかけた。私は自分の心が癒やされるのを実感しながら、彼女の促されるままにソファに腰をかけた。

「カンバリアちゃんは、今は寝かせてる。と言うか最近不眠気味だったみたい。ベッドに横にさせたらしばらく話してるうちに寝たよ」

 我らの副団長の現状を話すと、誰も彼もが気まずそうな顔をする。正直、あの警戒心も負けん気も強い少女が弱っている姿に、情けない先輩一同は誰もが大小あれど動揺していたのだ。

「それで、アプロディテ教からの要望の詳細は?」

 だからと言っていつまでもまごまごしていられない。カイがそう促すと、調査に駆り出されていたリゲルが難しい顔をして立ち上がった。

「……アプロティテ教からの要望は、アプロディテ教の今後を担う神の子、アケルナイ様を常習的に暴行した罪で逮捕しろ、学園も退学にすべきだと」

「学園はなんて言ってるの?」

「学園はそんな事実はなかったの一点張り。まあ正確にはあったけど本人たち的にも戯れ合いの範囲内だったしな」

「……カンバリアちゃんはともかくアケルナイくんにとっては結構ちゃんとした喧嘩じゃなかった?」

 確かに三年生的には子猫が猫パンチを繰り出しあってるくらいにしか思わなかったが、肝心のアケルナイくん的にはどうだったのだろう。私が思わず口を挟むと、ニヤニヤとした顔でザニアが口を挟む。

「あれはあれでアケルナイの方は楽しんでる節もある」

「え?そう?」

「そうそう」

 よく分からないが、ザニア的にはそうらしい。まあ確かに、アケルナイくんみたいに祀り上げられるような人間だと、正面から注意されるのも喧嘩するのも楽しいのかもしれない。

「まあ、そもそもの話をしちゃうとアケルナイくんは平民だからね。喧嘩で片付けられてしまうレベルの軽度の暴行なんて罪にも問われないし」

 私がそう言うと周りは微妙な顔をして頷く。いや、「それは倫理的に……」みたいな顔してるけどカンバリアちゃんを守るために重要なことでしょ。

「でも、それでもあえて訴えてきたってことは、カンバリアちゃん自身を攻撃するためだよね?」

 胸糞悪いことだが、ザニアが指摘する。

「そうみたい。何せ彼女自身はともかく、彼女の家は代々アプロディテ教の信者らしくて。このまま行くと家族の方から退学にさせられそうだって」

「……まあ、つまりは目的はカンバリアちゃんの退学?確かに彼女はアケルナイくんの求婚を邪魔しているし、それ以上に神の子に要らぬ虫がついているとでも思っているんじゃないかしら」

「確かに。今アケルナイくんに一番近い異性はカンバリアちゃんだからな。アプロディテ教も、アケルナイくんの求婚の様子を見る限りアジメクみたいな大貴族の娘を伴侶にして、勢力を拡大したいんだろうし」

 ……全くの初対面で求婚されたことから分かっていたが、やはりアケルナイくんのアプローチ(?)は教会ありきのことみたいだ。別に彼は後輩以上には思えないのだけど初めての求婚が打算まみれなのは少し凹む。

 まあそれは置いておいて。私は団室内の寝室に置いてきた彼女を思い浮かべる。

「とりあえず彼女の家の方は『ガクルックス』の力でなんとかなる。ただしカンバリアちゃんから聞くに両親がかなりの狂信者だから家には帰るなとは言っておいた。後は、嫌なことだけど情報がどこから漏れたか分からないし、その信者からのいじめに遭う可能性だってあるから、一人では出歩かないようにって」

 そう私が告げた時の彼女の顔は非常に悲しげで、言っているこちらこそ苦しくなった。

「……あ、そっか。誰がチクったかもまだ分かってないんだ」

「うん。うちの子だとは思いたくないけど」

 気まずげに頷く。犯人探しはしたくないが、カンバリアちゃんを守るためには必要になるのだろうから。


 パン

「よし、話はまとまったな」

 これまで話し合いで全く意見を出していなかったバーナードが、乾いた拍手で注目を集める。

「とりあえずカンバリアに法的処置は行われない。ただし両親からの突き上げが凄くて最悪退学。学内にいる信者から危害を加えられる可能性すらある。まあ前者はアジメクが家の力使ってどうにかしてくれるけど、後者からは団員が護衛するぐらいしか手がない。つまりは団の庇護下にいる体育祭練習の期間内にどうにかしないとまずいってことだな」

「……悔しいことにね」

「じゃあそっちは、『どうにか』しとく。丸く収められなくても四角くらいには整えてられる。俺たちはカンバリアとアケルナイの兄ちゃんだからな」

 そこまで彼は言い切って、その場はお開きとなった。何せ二人の兄はすごい。兄力百二十パーセントのバーナードにクロダン秘蔵の参謀担当アンカーのタッグだ。信頼に値するだろう。

 その彼がここまで言い切ったのだ。私たちはそれに任せるべきだろう。何しろ体育祭前、やるべきことは山ほどある。

 まだ作戦会議に使用するというバーナードとアンカーに部屋を追い出され、私たちは戸惑いながら部屋を出る。人も少なくなりつつある室内で、私は振り返って二人を見た。そして戸惑いながら疑問を口にする。

「任せて、大丈夫なんだよね?」

「…………分からん!もしかしたらアジメクは俺たちに任せたことを後悔するかも」

 なんだそりゃ。


ーーーーー


「それで、感想は?」

 俺、バーナードとアンカーの残った室内。同じく室内に残った三人目の存在に、アンカーは問いかける。アンカーの指を鳴らす音と同時にテーブルの下に現れた少年は、その綺麗な顔を酷く強張らせていた。

「お前が聞きたいって言ったんだろ。ほら、お兄ちゃんたちの質問に答えろよ、アケルナイ」

「こら、アンカー。いじめるな」

 アンカーが足元にいることをいいことに足蹴にすると、テーブルの下からなかなか出てこようとしないアケルナイは更にうちに籠るように膝に顔を埋めた。

「だってさー、バーナードきゅん。発端はこいつなんだろ?まんまと教会から派遣されたお世話係に、カンバリアに暴力を振るわれてるって漏らしたの。もちろんカンバリアがお転婆だったのが悪いけどさ。あんた、その年になって自分の発言がどう言う影響を及ぼすかとか考えられないわけ?」

「…………」

「そもそも、お前だって可愛い可愛いお姉ちゃんに構ってもらいたくてアジメクに絡みに行ってただろ。そりゃあ教会だって焦るよ。公爵令嬢を口説いてきてもらうように刷り込んで、金の卵を持ち帰ってもらおうと思ったのに、結局は特に政治的に益のない子爵令嬢に横れん……」

「こら!やめなさい!」

 聞いていられなくて遮る。アケルナイの体がカタカタと震えているのが分かり、流石に不憫になる。

 全く、アンカーは叱ることばかりが上手で困る。そう言うことをしてるから後輩がなかなか懐かないんだ。

「……それで、お前どうすんの?」

 しかし、アンカーは尚も冷たく言い募る。その言葉は一応突き放すつもりはないのだろうけど、もう少し言い方というものがな……と俺は微妙な気持ちになった。まあこれでも進歩してるのだろうけど。

 それを証拠に、そろそろとアケルナイはその顔を上げた。震えは止まらないけど、その上げた顔は真っ青だけど、しかし声はしっかり出た。

「……助けてほしい」

 正直この状況で俺たちに縋るのは悪魔と無条件で契約するようなものだとは思うけど、それが最適解だとは思う。

 俺は仕方なしにアケルナイの手を取って立ち上がらせてやり、情けなく項垂れる頭をかき混ぜる。普段こういう子供扱いは好まないのに、今はされるがままだ。

「助けてなんかやらないよ。方法だけ教えてあげるから、自分でなんとかしな」

 アンカーが言う。しかしこれは彼の中で一番の応援の言葉である。

「手助けはするから、頑張れよ!男見せろ!」

 俺も追随するように言葉を並べる。

 さて、多分アンカーの思い描く作戦というのは、倫理的にも彼らにとっても最悪なものであるが、現状これ以上の案が見つからない。

 かわいそうにな、とは思う。例えば身分差なんてなくて、宗教の力が弱くて、アケルナイが奇跡の子じゃなかったら、もっと純粋に彼らは恋をできたのだろう。

 でもそうじゃないから、かわいそう。


「それで、あの……」

 ふと、弱々しい声が鼓膜をくすぐった。アケルナイの声だ。その珍しい言い方になんだと顔を向けると、彼は状況にそぐわず、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。

「……なんで俺がカンバリアのこと好きって、知ってるんですか……?」

「…………」

 俺は、本当に鈍いやつ以外はクロダンならみんな気づいているぞ、とは言えず、彼の頭を再び撫でるしかなかった。

 もしこういう時気にせず真実を教える人がいたら、きっとそれはアンカーだ。しかし、彼もさすがに口をつぐむ。

 そして数秒後、アケルナイの小さな頭を、もう一つの手のひらが乗せられるのであった。

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