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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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暗躍

 生徒総会の終わり。そうは言っても、多くの生徒にとっては少し長い朝礼くらいの認識なのだろうが、今回に限って、私たちクロダン三年生にとっては大勝負の舞台でもあった。

 生徒が退出してがらんとした体育館。この場に残っているのはせいぜい生徒会役員と生徒会担当教師のチャムクイ先生くらい。初等部生徒会役員にとって一番の大仕事が無事終わったという安心感、そして身内しかいない場ということで生徒たちは気を抜いて片付けをしていた。

「それにしても、正直お前が生徒会に入ったのは何かやらかすためだと疑っていました。申し訳なかったです、アジメク」

 例に漏れず、いつもより少し無防備に笑いかけるカノープス。実は生徒会長様なので、その警戒も当然だろう。なんて言ったって私たちはクロダンだし。

 そしてその疑念も実は正解だ。私は後ろ手で今回使用された生徒会資料を握りしめた。そしてなんてことないように笑ってみせる。

「……とりあえず、お前呼びやめてよ」

「お前はお前で十分でしょう。というかマイエンジェル以外は須く底辺ですよ」

「私あんたのそういう突き抜けたところまあまあ好きだよ」

 ちなみに彼の「マイエンジェル」であるカペラちゃんとは婚約関係にあると同時に恋愛関係から世界で一番遠い存在であるということを知っているので私たち共通の友人は彼らの関係性にはできるだけ触れないでいる。

「まあ、お前がなぜ急に生徒会役員に立候補したのかは謎ですが、このまま何もしないでいてくれると助かりますよ。どうせ任期も半年ですし」

「はは、了解したよ。生徒会長殿」

 私は今度こそ心の底から笑って返す。うん、何もしないよ。「もう」何もしない。

 だってもう全て終わっていて、なんなら今日の時点で全て終わっていた。今日一日、カノープスが私のことを警戒してピリピリしていたのには気づいてたけど、残念だったね。

 クロダンの得意技が奇策であるのは知ってるでしょ?得意技は奇策で、常習手段は暗躍。悪いけど、こっちは君たちと同じテーブルで争うつもりはさらさら無い。

 ルール違反もイカサマも、指摘さえされなければ正当な手段なので。


ーーーーー


 話は約二週間前。クロダン三年の秘密集会の頃まで遡る。

 我らが参謀、アンカーは言った。

「ルール的に俺たちが勝てないなら、ルールを変えて仕舞えばいい」

 それを言う彼の瞳は案外澄んでいて、綺麗な瞳で横暴すぎることを言う彼にクロダン一同ドン引きした。否、バーナードだけは困ったように口を開いた。

「……ルール変更って……。まあそれが正当なものだったらできなくはないだろうけど、時間がかかりすぎるんじゃないか?」

 彼はアンカーの無茶に巻き込まれる係も学業と兼業しているので、ある程度柔軟に対応できるのだろう。戸惑いつつも言う言葉に否定する気持ちも無茶だという考えすらなかった。いい意味なのか悪い意味なのか分からないが、信頼しているのだろう。

 しかし彼の言うことも最もである。今回の集まりの最初の目的である、「オリダンのルール追加」についても去年の体育祭から現在にかけてほぼ一年かかっている。一競技のルール追加だけでもこれだ。アンカーのルール変更がどの程度だかは分からないが、約一ヶ月後の体育祭に間に合うとは思えない。

「……まあ、普通にやれば、ね。普通にやった時の流れとしては、せんせーの同意をもらって、会議で出してもらって、先生たちの承認をもらって、初等部長の許可をもらって、決定。しかもそのオリダンの新ルールに関しても、もうすぐ体育祭があるからフライングで掲載されてるけど、本当は生徒総会で生徒の承認をもらわなきゃいけない。まあ総会まで来て覆されることなんてほとんどないけどね。あれはほぼ形式的なものだし」

 確かに、こうして聞くと果てしない道のりだ。というかそもそもルール変更の多くは教師から発案されるため生徒がルール変更のために動けることなどほとんどない。

「……つまり、どうにかこうにかズルしてルール変更に持ってくってことか?」

 言いづらそうに口を挟んだのはリゲルだ。なんだかんだ彼はいい子ちゃんなので、「これはまずいのでは」と顔面に書いてある。

「いいや、別に校則違反するつもりはないよ」

 しかしそれに対するようにアンカーはなんて事のないような顔でさらりと答える。

「……じゃあ、間に合わないじゃないか?それとも来年の後輩のためのルール変更か?」

「いいや、間に合う。まあ後輩のために正当法でやるのもいいけどさ。そんな悠長なことしてたら踏み潰されるよ」

 そこで話は、二話前に戻る。彼がその長い指で行儀悪く私を指して、「生徒会に入れ」と言ったことを思い出す。彼の目指すのは最短距離。

「直接、生徒総会に改定案を持ってく。そこまでにやる教師たちの会議だの承認だのは、本当はしなくていいんだ。何しろうちの学校は生徒の自主性を尊重しているし」

 学園の最高権力は学生にあり。教師陣から丹念に歯を抜かれ、牙を抜かれ。形骸化した言葉をアンカーは平気で呟く。そして私に向ける顔には「やれるだろ?」と書いてある。

 やれます、やれますとも。


 結局、ルール変更というのはとても簡単だった。

 生徒総会の流れとしては、事前に生徒会役員が作成した資料をもとに、そこに書いてある予算案や校則を含めたルールを生徒に確認してもらい、必要ならば補足説明をして承認してもらうという形だ。

 しかしここで私たちに有利となるのは二つ。一つ目は前年度からの改訂があっても特にそれを目立つように記述したり読み合わせたりするような規定がないことだ。まあ普通は誤認防止や新ルールの生徒への周知のために行われるが、これまで行ってきていたのは役員側の配慮であり、別に行わなければいけない規定はない。

 二つ目は関心の無さ。それは生徒のみならず教師陣にも言えることだ。だからこそ生徒会役員の仕事が減っていくのだが、あくびまでされてしまえばこちらの説明も段々と簡略化され各自で読んで検討する時間ばかりが多くなる。

 だからこそ私たちクロダンが行ったのは一つだけ。総会で配布した資料の差し替え。これにより例え内容を生徒や先生がよく読んでいなかったとしても、承認したならそれは正式なルールになる。

 これがまた大変だったのだけど、生徒会室に保存している前年度までの資料数年度分を改訂し同じ場所に置いておけば、あら不思議、今年の資料にもその改訂がされていたよ、というわけだ。まあつまりは前までの内容を確認もせず使用しているのだろう。散々利用した人間のセリフではないが、正直その杜撰さでは心配になる。

 それで結局、生徒総会当日の仕事はほとんどない。せいぜい資料をドジを装ってばら撒いたりして資料の配布を総会ギリギリになるようにしたり、生徒会役員の説明をできるだけゆっくりにして検討する時間を短くしたりと言ったぐらいだ。

 つまりは昨日までの時点で勝負は決していたというわけである。


 生徒総会の終わり。会場の外に出るとタイミングよくベガが迎えにきていた。放課後の体育祭練習の練習場所が変更になったらしい。

 私は彼女に駆け寄って、後ろにいる他の役員とは不自然にならないように別れる。軽くチャムクイ先生に会釈すると、行ってらっしゃいというふうに軽く微笑まれた。

「…………」

「…………」

 そして二人で並んだ私たちの間で握られた拳が、お互いを讃えるようにコツンとぶつかり合った。



ーーーーー


「とまあ、こんなことで簡単に片付くわけないけどね」

「……そう言うなよ。一応平和に終わったんだからさ」

 俺、アンカーの言葉にバーナードは苦笑する。俺の顔は他の団員に比べて険しいもので、事情を知っているバーナードですら宥めたくなるものであった。

「でもまあ皆んなも見通しが甘いよね。ルールを書類上で作っただけで、誰もその存在を知らなくて実際に反映されるわけないのに」

「まあ、そこら辺は頭でっかちになってるんだろ。俺も皆んなもルールを守る側にはいるけどルールを守らせる側に回ったことないしな」

「うーん、愚か!まあだからこそ俺がなんとかしてあげるんだけどね」

「……お前のそう言うところ嫌いじゃないよ」

 バーナードが呆れたように言う。バーナードきゅんは俺のこと大好きだもんね。


「じゃ、行こっか」

「おう」

 そう言って突入するのは敵?の本山。体育科教務室。そこには放課後という時間には珍しく体育科教師が全て揃っていて、生徒もまばらにいるタイミング。

 しかし今回の作戦では総会前までに勝負は決まっていた。だからそこに突入して、しかしそう大きなことをするわけではない。

 俺はバーナードを連れてアイン先生に近づいた。ちなみに彼に近づいたのは普段の授業でお世話になっているので話しかけても不自然じゃないということ、そして何よりも彼の声が大きいということだ。

 そしてバーナードは言った。心底困っているというふうに。

「あの、この前の総会でもらった資料で、組体操の採点方法がよく分からなかったので教えてもらえませんか?」

 不思議そうに眉を顰める先生。資料を彼の目前に寄せる俺。そこにはさりげなく、しかし紛れもなく記述された「組体操では指導教員を定める。ただしその教師はその組の採点には関わらないとする」との文字。眉を顰めるアイン先生。数度同じところを読み、考え、一言。「教員間で確認するので待ってほしい」との言葉。

 少し優柔不断な言葉に、にっこり笑ってこう言った。

「あ、でも生徒総会で決まったことなら今から覆らないですよね」

 とりあえず曖昧に頷く彼を尻目に、それなら良かったですと出口を目指す。

 退出直前に室内から複数の視線に晒されていることに気づいて会釈。その中には生徒の顔もあり、狙ったことでもあるが思わずほくそ笑みそうになる。


 きっと、今から教師陣は生徒会資料の確認をするだろう。そしてきっといつからそのルールがあったのか確認するだろう。何しろ少なくとも今年の総会では何も言っていなかったのだから。

 そして見つけるのだ。九年前、生徒会長がクロダン団員だったころから制定されているものだと。もちろんそれはこちらの捏造だが、「生徒会長がクロダン」というのは捏造に信頼性を生む道具として最適だ。

 それからの流れもある程度予想できる。体育教師は、俺から見ると正義感を持った人間が多い。いくら九年前に制定されたもので、気づかなかったとしても、生徒の承認されたルールを無視し続けることは難しいだろう。今槍玉に上がっているサンデュルーク先生も例外ではない。

「くくっ」

 忍ばすが漏れる笑い声に、バーナードは呆れることなく平常通り声をかける。

「それにしても、あんたが直接先生のところに言いに行って良かったのか?参謀様は表には出ないのかと思ってた」

 なるほど、確かにこれまでの俺は後ろから手を回すことに注力していたし、その認識も間違っていない。しかし俺は肩をすくめる。

「まあ、な。資料の捏造も、自分が作り出したルールを『何にも知りません』って顔して言いに行くのも、ズルなのかなって」

 思い出されるのは作戦を発表した時のみんなの顔。ズルと言った時の皆んなの気の乗らない顔。

 俺にとっては嘘もズルも使ってなんぼだと思っているからそこら辺が同意できなかったのだけど、みんなにとっては違うのだろう。それが間違ってるとは全く思ってないけど、作戦を振るこっちとしては気を使うのは確かだ。

 つまりはやりたくないことをやらせたくない。もっと言うと汚れ役が嫌だという正常な感覚を持っている子にやらせたくない。

 バーナードという共犯者を引き込んでおいてなんだが、少し今回の作戦は倫理観としてはギリギリなので、あまり他の人間を引き込まないようにした。

 俺が言外にそう言うと、バーナードきゅんは呆れたように「……別に、みんなそこまで潔癖じゃないと思うけど。むしろ今後成長していくにつれてそこらへんは緩くなってくんじゃね?」とフォローのようなフォローじゃないような言葉を溢す。……それもそれで嫌なんだよな……。

「ま、少なくとも俺はそういうの気にしないし。せいぜいしばらくは共犯者として使ってくれよ」

 軽い調子の軽い言葉。バーナードは俺の隣で伸びをして、そして二人で並んでクロダン練習に帰る。

 別になんともない、ただ少し吹く風が気持ちいい、帰り道。

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