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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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団練習は大体異文化交流

「え、姉さんが生徒会選挙に出馬したのって、クロダンのためなんですか?」

 すっとんきょうな声を上げるシルマくんに私は頷いて返す。

「まあね……。こんなにすんなり当選するとは思ってなかったけど」

「まあ、『ガクルックス』の家格なら楽勝だったでしょ」

「そうなんだけどねー……」

 しかしながら、これまでの二年間生徒会業務なんて全くやってこなかったので、非常にこれからが不安だ。まあ高等部や中等部に比べて初等部の生徒会なんて名前だけで、せいぜい仕事といえば集会などで決められたセリフを読み上げるだけだけど。

 それでも今から憂鬱で、ため息まじりの私の口元に近づけられるのはチョコレート菓子。素直に口を開けると入ってきたのは私好みのいちご味のチョコレートで頬が緩む。お返しに、ザニアが独占していたスルメイカの袋を魔法で浮かせてとってやるとニコニコして抱えて食べ始めた。あー、可愛いね。

 彼は言わずと知れた私の弟、シルマ・ミンタカくん。ちなみに血縁はなくブラザー・シスター制度での弟だが気にしてはいけない。私は去年からクロダンに在籍したことで兄弟というのはその両親とは全く関係がないものだと認識した。明らかな認識の歪みであるがクロダンという狂った組織で誰も訂正しないので問題ない。時々遊びに来ていた二個上のOB・OGも微笑ましそうに見守るのみ。なので。

「な、何をしている……!」

 つまりは新一年生のドン引きを誰も理解できていないというわけだが。彼、アケルナイくんは震えた指先を私たちに向ける。その声の大きさに、各々雑談に興じていた私たちは顔を上げる。

「きょ、距離が近い!破廉恥だ!」

 彼が顔を真っ赤にして叫んだ内容。私たちは思わずきょとんとしてしまったけど、その背後の他の一年生が同意するように頷いたことでこっちが非常識であったと悟ってしまったのである。



 本日は新たに新一年生を迎えて初めて三学年合同練習。講堂に集まった私たちは開始時間までダラダラと同級生やブラザーとお喋りして過ごしていたのだけど、そこにゾロゾロと入ってきたのは一年生たち。

 今はなんとなく空いている席についている彼らを遠目に見て、波乱の入学式でも特に印象深かった生徒が二人ほど混じっているのを見つけた。膝から出血ボーイことハチサくんと、例の宗教家くんであるアケルナイ君だ。一人目はともかく二人目はここよりスペードやダイダンの方が向いている気もするけど。


「よし、時間になったので、第一回、クロダン体育祭練習を始めるな!」

 二、三年と一年の微妙な空気感を切り裂くようにカイが切り出した。そのそばに控えるのは副団長に任命された二年のカンバリアちゃんである。彼女は見た目は細っこくて可憐でか弱く、バーナードのシスターでありバーナードと一個上のブラザー、スカト先輩からは「天使ちゃん」と呼ばれている。

 しかし中身は過激で毒舌だしすぐに手足が出る問題児で、腕相撲で次の副団長を決めるシステムであるクロダンであるから成り上がれたものの普通に一般社会に向いてない。まあそこらへんはバーナードがなんとかしてくれ、お兄ちゃんだろ。こら、甘やかすな、可愛いのは分かったから。「ハワワ、うちの子黙ってカイの後ろで待機できてる……偉すぎ……!」じゃないから。

 まあそれはさておき。腕相撲大会では初戦敗退したらしいシルマ君のほっぺをツンツンしながら向き直る。まあカイの話す内容は三年生で決めたから大体聞かなくてもいいのだが、ポーズとしてそれらしく彼の発表に頷いとく。

 どうやら最初はブラザー・シスター制度を継続についてだった。まあ去年の三年生あれだけ好評だったからね。私たちも気軽に先輩を頼れるのは有り難かったし。同じ考えの生徒も多いようで、それに反発する二年生はいなかった。一年生だけ多少不安そうな顔をしていたけど、まあすぐ慣れるだろう。

 それで次に話すのは、今年も写真を撮ること。そこらへんの許可をとっておかないと後々肖像権だので問題を起こされると困るので。三年目にもなるとカメラの腕も上がってくる。これは中等部に行っても継続したいな。

 そして最後、内容としては団目標が「仲良く元気よく」に決まったということ。これは教頭のいない隙に提出してきたので問題ない。

 そうして全ての話が終わった後、カイはある箱を仰々しく持ってきた。

「それじゃあ、一年生には所属するブラザー、シスターを選んでもらうからな」

 そう、運命のくじ引き大会である。




「あ、スーちゃんだ!やったぁ!」

「えーっと、ハチサ君だよね?」

「うん!スーちゃんがおれのシスター?やった!おれ妹欲しかったんだ」

「なんでやねん」

 しまった、声が出た。

 結果として、こういう表現が適切かは分からないが「当たり」だった。めっちゃ可愛い子が来た。言わずと知れたハチサ君である。

 彼はこの前の傷はすっかり治ったようで、ぴょんぴょんと跳ね回るように私とシルマ君の周りを飛び跳ねる。シルマ君は少し人見知りの気があるからか、まわりに飛び跳ねられるのに固まってしまっていた。しかしハチサ君はそんなシルマ君まで新しいおもちゃを見つけたみたいに飛びかかる。

「お兄ちゃん!お兄ちゃんだよね?おれハチサって言うんだ!」

「あ、ああ……俺はシルマ・ミンタカ。一応先輩なんだから敬語使えよ」

「うん!分かった!」

「分かってねえじゃん……」

 早くも朗らかな末っ子に振り回される予感がする。いや、一番の問題は私がこの末っ子から妹扱いされていると言うことかもしれないけど。別に先輩の矜持とかどうでもいいし実年齢的には私が末っ子だけど、ハチサ君の下の兄弟ってなんか苦労しそうで嫌だな。

「あのね!おれお菓子好き!食べていい?」

「いいよいいよ。好きなだけ食え」

 しかしなんだかんだ仲良くできそうな子である。何よりシルマ君がハチサ君のお世話をしている様子は、三歳の子供がゼロ歳児を必死にあやしているような光景に見えて中々いい。これ、エニフ先輩に去年同じことを思われていたのだろうか。

 とりあえず今日話すことは終わり、午後の練習までは親交を深める時間として当てられている。とりあえず私は自分の好きなチョコレート菓子とシルマ君の好きな酒のつまみみたいなお菓子を確保してテーブルを囲む。ハチサ君は「なんでも食べる」と言うのでとりあえずそのままだ。

「そういえば、二人は元から知り合いなんですか?」

 ハチサ君がお菓子目当てに大人しく座ったあたりで、シルマ君はそう切り出した。

「まあ、うん。入学式で在校生挨拶をしたから、その時にね」

「入学式……魔法戦士事件ですか?」

「……なんか知らない単語出てきたぞ。いや、詳しく話さないで聞きたくないから。まあとりあえず彼はその件での流血担当ってところかしら」

「え!つまりハチサ君は愛の力で世界を救った英雄なんですか⁈」

「……こういう尾鰭のつきまくった噂話を聞くと、うちの学校の風通しの悪さや娯楽のなさを感じるよね」

 まじで、本当に知らない魚が来た。

「ん?おれ、たたかったの?」

「そんな記憶ある?」

「今日ニンジンさんとならたたかった」

「そっかー。可愛いなー」

「んあ?おれカッコいいよ」

「……うん……!」

「なんで顔をおおったの?」

 ごめん、私は今瀕死なので話しかけないで。私が使えないことが分かったのか、シルマ君がハチサ君の気を引いて構ってくれた。うん。二人とも可愛い……あ、なんか涙出そう……。

「シルマ君ありがとう」

「はいはい。顔でも洗ってきますか?」

「いや。ちょっともう少しマイナスイオンを浴びてたい」

「ここには人間しかいないんですよ」

「いや、二人とも、妖精さんですから」

「ついでに俺も妖精呼ばわりしないでくださいよ。俺はカッコイイ枠ですし」

「ア……お前もか…………」

「死んじゃった……」



「だから……!……!おい!」

「…………まっ……!」

 私が妖精たちの戯れを肴に(イチゴ牛乳を)飲んでいると、背後から揉める声が聞こえてきた。なんだなんだ。クロダンはうるさいのお国柄なので騒ぎも珍しくないが揉め事は珍しい。教師との競り合いは珍しくないけど。

 振り返ると揉めているのはバーナードのチームだった。揉めているというか、いきりたつ一年生を宥めてる?

 何か問題でもあったのだろうか。しかしバーナードは気のいい男で、多少の相性はあれど、どんなやつとも打ち解けられるすごいやつだ。こんな初っ端から一年生と揉めるとは思えないけど。

 それとも、一年生側に何か事情があったのだろうか。こう言う完全にくじ引きでのチーム決めは、本来争いの種にしかならない。怒るより笑えの精神で生きているクロダンだからうまく行っているだけで。

「誰々が良かった」とかそう言うのもあるし、一年生ならば特に親からの教育の成果から「自分よりも身分の低い人間とは喋らない」みたいなそう言うのもある。まあ後者は高位貴族よりも言って仕舞えば絶妙に低いような高いような家格の家の子に多いけど。

 しかし今回はどう言う理由だろう。私は半ば野次馬精神で立ち上がって喧騒の方向を見る。そうすると困ったように声を張るバーナードが見えて、その背に隠れていた少年が顔を覗かせる。

 それはものすごく見覚えのある一年生で、ものすごく見覚えのある耳飾りをしていて、私と目が合った彼はものすごく既視感のある表情を顔に乗っけて私を見た。

 あ、まずい。

「お主は我の伴侶だろう!お主以外とチームにはならない!」

 あー、これ元凶私だな。そしてしっかり伴侶って言ったな。

 とりあえず私は座り直した。迅速に、無駄のない動きで。

 周囲からの視線をビシバシ感じる。頭が痛い。頬に何か押しつけられたので口に入れると激辛チップスだった。咳き込みながらその方向を見るとニコニコのハチサ君。うん、美味しかったから先輩にもくれたの?そっか、ありがとう。ごめんね咳き込みながらだと何言っても聞き取りにくいね。

 静かに背中を撫でるシルマ君。君も涙目だけどもしかして食べた?ねえ、次からどうやって断る?

 しかし顔を近づけてコソコソしようとした瞬間、目の前に差し込まれる小さな掌。その先を思わず振り返ると、激辛チップス由来の私たちの赤面の比ではないほど顔を赤くしたアケルナイ君。うわ!なんでこっち来たの⁉︎

「先ほどから、他の男子との距離が近すぎる!お主たちは恋人関係であるのか⁈しかしアジメク様は我の妻になるのだ。他に懸想などやめてくれ」

 やめてくれ。恋人でもないし妻でもない。あとシルマ君、「どう言うことですか?」みたいな視線を向けてくるけど私も知らない。

「……えっと、アケルナイ君?とりあえず私たちは結婚しないし、ブラザー・シスターはクジで選ぶものだから自分の席帰りな?」

「そうつれないことを言うな。結婚はする。うちの教会で結婚式の予定も組み始めている。あとはお主とお主の家の同意だけだ」

「一番必要なもの以外を準備万端にしちゃったか……」

 澄んだ瞳でいうことじゃないのよ。そんな小競り合いをしていると、スッと私とアケルナイ君の間に入ったのはシルマ君。わ!びっくりしたぁ。直前までこの世の心理に直面したみたいな顔をしていたのに、私が困っている雰囲気を察してくれたらしい。

「それで、君はなんなんだ?間男くん」

「……とりあえず、結婚の強要はいけない。あと俺先輩だからな」

「ふん、君がなんであろうと我と彼女の愛は邪魔させない……!」

「うん、うん?……もしかして俺の言葉聞いてない?」

「しかしそうだな。確かに権力を振り翳して一人の女を掻っ攫うだなんてアプロディテ教の子供として真摯ではないだろう。ここは男らしく、決闘で行こう。さあ、手袋を拾いたまえ」

「ね、姉さーん。この子、俺の話聞いてくれない……。あと決闘やだ……」

「おい!こら!逃げるな!」

「あー、うん。そうだねー、悲しいねー」

 数秒後べそべそしたシルマくんが帰ってきた。いや、この一年強すぎる。


 しかし幸運なことに、私が一方的に「正気か?」みたいな求婚をされるのもそう長い間続かなかった。

「つまり我とお主であればこれから不安定になる世の中の流れに……」

 シュッ、トンっ。

 非常に軽い音がして、アケルナイ君の体が前に倒れ込む。しかしそれすら予期して私たちの方に倒れ切る前に回収したのは、彼の意識を奪った犯人でもある女子生徒。

「……うちのが迷惑かけました、すみませんアジメク先輩、ついでにシルマ」

「え、あ、うん……」

 リゲルのシスター、つまりはアケルナイ君のシスターでもあるカンバリアちゃんは、綺麗な顔を歪めて自分で意識を刈り取った対象を指一本で支えると、後ろから駆け寄ってきたバーナードに投げて渡す。うん?今指一本で小柄だとしても少年一人投げたよね。ん?

「それでは、うちの弟はこちらで教育しておきますからご安心を」

 そう言って簡単に頭を下げてスタスタと自席に戻る彼女。その後ろを楽しそうに笑いながらついていくバーナード。ぐったりしているアケルナイ君。

「いや、強いな……」

 あそこのチーム、誰も彼もが強すぎる。私は右手にシルマ君の頭を、左手にハチサ君のほっぺを弄びながら呟いた。私は癒ししかないメンバーで本当に良かった。

 後輩に優劣はないけど、流石にこちらにもキャパはあるので。

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