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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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ヒミツの種

「あ、アジメクじゃん。ねえ、あんたを巡ってアルと一年の教会代表が決闘して両方共倒れで全治一年の重傷って本当?」

「うん、全部うそ」

 たったの数日で尾鰭が付きすぎではないだろうか。もうそこまでいくと別の魚である。新学期初の魔法学の授業。久しぶりに出会ってすぐに聞かれたそれに苦笑で返す。

 話を振ってきたのはC組のウレン。顔に絆創膏を貼っているタイプの活発な女の子である。そういえば、彼女が長袖を着ているのを見たことないけど風邪とか引かないのだろうか。

「嘘なんだー。通りで普通にアルが隣にいると思った。よかった、幽霊じゃなかったんだね」

「そこから疑ってたの⁉︎普通に正真正銘生きているアルだよこれ」

「なんか幽霊じゃなくても死んじゃいそうだね」

「不謹慎なこと言わないでよ……。生きてるよー」

 私は隣に座ったアルを軽く突く。しかし文句が返ってくることはなく、顔は机に突っ伏したままだ。

 なんでも例の少年、というか宗教自体への対応について振られている仕事で忙しいらしい。まだ子供なのにこんな疲労困憊になるまで仕事を任すか?とは思ったら、疲労の最大の原因はサポートに入っている兄との会話らしいのでコメントに困る。

「ま、怪我がないならいいや」

「うん。怪我したのは今回の件に全く関係ない一年だし。転んで膝に擦り傷ってだけだから」

「そっかそっか、じゃあさ、一個聞いていい?」

 そこで彼女は私に顔を寄せた。私はそれに、少し気まずいような悲しいような気持ちになりながら「何?」と聞き返す。まあ聞き返しながらもその先の展開は知っている。貴族として大切な情報、「王家はアプロディテ教と対立する意思があるのか」これを彼・彼女たちは子供ながらに巧みに聞き出してくる。

 さすがにアプロディテは国一番の宗教だし、貴族でも属している人が多くいる。だから彼らは今後の動向を探ることで、その身の振り方を考えなければいけない。とは言っても私はどんなにアルと仲がいいからと言ってもそこまで聞くことはできないのでお役には立てないのだが。

 それにしても、本当のこととはいえ「知らない」と答えるのは憂鬱だな。しかし私たちは子供である前に貴族の一員。当然の質問だと私が覚悟を決めると、ウレンは想定に反して赤らめた顔。

「ね、ねぇ……。それでアジメクはアルとその一年、どっちが好きなの?」

(…………)

 私たちは案外、貴族である前に女の子であったらしい。




「授業を始める。アジメク、アルクトゥルフは起こしなさい」

「は、はい!」

 チャイムが鳴る。授業の始まりとともに入ってきたのはスバル先生のみで、今日はシリウス先生はいない日なのだと分かる。まあ彼は常勤ではないので珍しくもないが。私は慌ててアルの肩を揺すると前の席から意味ありげに振り返るウレン。ちなみに質問は適当に誤魔化したが、とりあえずアルにはあとで八つ当たりすることが決まった。

「本日は授業の前に進学前の魔法学クラスの試験について話す。まあ概要は今から配るプリントに書いているが、簡単に口頭でも説明する」

 配られたプリントに目を通すと、白に黒文字のシンプルな手紙に製作者を悟る。紛れもなくスバル先生。ちなみにこれがシリウス先生だと画伯代表みたいな挿絵がついて内容が頭に入ってこなくなる。

「試験は筆記試験と実技試験、レポートの点数を合計して評価される。配点の比率としては五対四対一だ。百点満点で合格は六十点以上。それ未満は不適格として中等部からの魔法学履修は不可能だ」

 そこら辺は結構シビアにやるらしい。それにしても、これまでの試験は筆記試験ばかりで後者二つは経験がないから少し不安だ。まあ筆記で満点取れば他で十点でも合格はできるか。

「筆記試験としては言うまでもなくこれまでの三年間の総復習。ここでそう低い点を取ることは許さんぞ」

 ここで彼は教室中をひと睨み。あまり普段の定期試験の結果のよくないアンカーが肩を跳ねさせた。

「次に実技、を飛ばしてレポート課題。期限は十月までだが気を抜くなよ。分量や文献の載せ方などの詳細は書いてある通りだ。テーマは『特別魔法について』。まだ初等部だからな、内容についてそう多くは求めので、とりあえず自由に書いてきなさい」

 なるほど、これはテーマの大雑把さといい配点の少なさといい、レポートを書かせる練習のようなものでそう多くは求められていないのだろう。それならば、気楽にやれていい。

「それで最後に実技だが……」

 そこで彼がドンと置いたのは彼の手のひらくらいのサイズの植木鉢。大体十個ぐらいあるので、多分クラスの人数分なのだろう。名前を呼ばれて取りに行くと、自分の名前が彫ってあるもので、土は入っているが種は別で渡されたのでまだ何も入っていないのだと推測される。

「各々、これの花を咲かせることができたら満点とする。まあできずとも、締切である十月の段階での花の育ち具合を見て点数はつけるがな」

 なるほど、つまりこれは魔法で育つとかそう言う類の種なのだろう。隣のアルの種とを見比べてみても種類は同じみたいだから、他と大きな差はないのだろうし。

 授業が終わったら育て方とか調べよう。そう思って種をなくさないようにポケットに入れようとすると、慌てたアルがその手を掴んだ。

「ちょっ、アダマスは冷所保存が基本だから!ポケットなんて人肌の温度に触れさせると溶けるから!」

 その言葉に慌てて氷を魔法で出す私と他のクラスメイト多数。

 咄嗟にスバル先生を見ると、彼は至極楽しそうにこちらを見ている。この様子だとこの種に関して授業で取り上げたことがあるのかもしれない。全然覚えてないけど。

 ちょっとこれは……かなり大変な課題になりそうだ。




「ふーん、相変わらず魔法学クラスは意味わかんないことやってるね」

「……意味分かんないことって……」

 あんまりな言い方に、私は苦笑で返す。正直私もそう思ったが、それにしてもベガの言い方は直裁的過ぎる。

「わー、でも、植物を育てるだなんて難しそうです……」

「まあ、やってみるしかないけどね」

 その代わりにカペラちゃんのコメントは癒しを誘うもので、思わず相好を崩す。いけない、彼女の悪名高き婚約者みたいな反応になってしまった。いや、彼については置いておこう。彼とカペラちゃんが結婚する前に彼のことはどうにかして検挙するので婚約者と言っても名ばかりである。

 時は飛んで放課後。鉢植えと種を持ってやってきたのは図書室である。もちろん汚れの原因になるのでカバンに入れているが。

 目的は言うまでもなく、アダマスという植物の育て方を調べるためである。あの後教科書で調べると、割と小さなトピックとしてではあるがその育て方は載っていて、多分授業でも取り扱っていたのだとすぐに察した。まあ内容は全然覚えていなかったので、その詳しい内容について調べにきたということだ。ちなみに一緒にいるカペラとベガはその手伝いに来てくれた。まあさっきから全然関係のないロマンス小説や冒険小説を読んでいるが。

「…………あ、あった」

 しかし、教科書に載るくらいの植物だ。その詳細な内容もすぐに見つかった。

「魔法植物アダマス……。別名・ヒミツの種」

「秘密……?」

 私の言葉にベガが顔を上げる。カペラちゃんは今は小説の中の王子様に夢中だ。

「うん、ヒミツの種。そう書いてある」

「へえ、どういう意味?」

「……えーと、えー……?」

「どうしたの?」

「なんていうか、うーん、書いてあるような書いてないような」

「何それ」

 怪訝そうな彼女に私は黙って本を寄せる。身を乗り出した彼女の柔らかい髪が肩から落ちて私の手の甲をくすぐった。

「あ、ごめん」

「ううん、いいよ。随分長くなったね。伸ばしてるの?」

 彼女は二年前に出会った頃はショートカットだったので、思えば大分伸びた。今や胸元にかかるくらい長い。

「あー、なんとなく、かな?まあ切ったほうがいいよねぇ」

「え、なんで?綺麗なのに勿体無い」

「…………ほら、私騎士志望だし」

「騎士さんって長髪の人いないの?」

「いるけど、あんまりチャラついてるみたいなのはよくない、かも?」

「ふーん」

 私は思わず目の前に垂れる髪を手に取る。纏めて括るのも勿体無いくらい、滑らかで真っ直ぐな髪だ。顔を上げると涼やかな瞳が案外間近にあって、慌てて手を離す。

「ごめん、つい」

 私の慌て振りが面白かったのか、ベガは笑った。それを合図に、なんとなく緊張した空気が緩む。

「ついって何?」

「……つい、綺麗だから?」

「もしかして口説かれてる?」

「え?なんで?」

「なんでも!」

 彼女はそこまで楽しそうにケラケラと笑って、「じゃあもう少し伸ばしていようかな」と笑った。私もその綺麗な髪が無情に切られ、なんの感慨もなくゴミ箱に捨てられるのは嫌だなと思ったので、嬉しく思った。


「……それで、二人が仲良いのは分かったから。本の内容は?」

 そこで一閃、というか冷ややかな声が挟まれた。その持ち主に顔を向けると、なんとも微妙な顔をしたカペラちゃん。そのなんとも微妙な顔に疑問符を浮かべると、彼女はいつもの彼女から想定できないほどお行儀悪く、顎で本を示した。私は慌てて読み上げる。

「えっと、『アダマス。魔植物。魔力の渦巻く洞窟に多く存在。えっと、人工で育てる場合多くの魔法を注ぐことで成長する。それでこの後、この植物は多面性がある』」

「多面性?」

「うん、多面性。『花はおよそ半年で咲き、種をもう半年で吐き出す。そしてその時種と一緒にその魔力に一番必要なものが生み出される。俗に『恩返し』とも呼ばれている』」

「恩返し?義理堅い植物だね」

「ふふ、うん。『その間、花は恩を返すために成長し、適応し、種を作る。その過程はまるで育てる人の執事のように、恋人のように、探偵のように』。大体はここまでかな。後は詳しい育て方だ」

「え、これだけ?」

「うん」

 私はそう言って一旦ノートを取り出しその内容をメモする。「ヒミツ」に関してはわかるようなわからないようなって感じだ。

 私はこれから半年、もしかしたら一年間、この植物のお世話をする。

 何せ魔植物だ。振り回されるかもしれない、苦労するかもしれない。それこそ秘密を暴かれるかも。

 でも、これを咲かせて、試験をパスして。そうして無事に来年も魔法学クラスに入るんだ。

 がんばれ、私!



『パパへ

 今日から進学のクラス分けテストのために、魔植物を育てることになりました。とは言っても教科書に載ってるような安全なものだけど。アダマスって言うんですけど、知ってますか?どんな花が咲くのか楽しみです。咲いたらパパにも見せてあげますね』

 その日ものんびり、当主に手紙を送る。そういえばそろそろ彼からの手紙で引き出しが埋まりそうだ。でも、他の引き出しも使っているんだよな……どうしたものか。

 そうぼんやり考えているうちに、返信が届く。今日はなんとなく、いつもよりも力の入った文字だった。


『愛しの娘へ

 アダマスは私も育てたことがあります。まあ、学園で育てるのだからあれなら安全でしょう。でも、あの小さな種と可愛らしい葉っぱを持っていてもあれは普通の植物ではなく魔植物です。覚えておきなさい。

 魅入られてはいけませんよ。気に入られても、いけません。

 花は、見せてもらうのを楽しみしています。また何かあったら教えてください』

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