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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
53/88

この世で一番神に近い子供

「すっかり、春だねぇ」

 私が言う。それにアルはふんわりと笑った。

「そうだね、アジメク」

 彼はおかしそうな顔で、唐突に私の髪をすいた。その指先には溶けて消えてしまいそうな儚いピンクが一枚。私の髪についていたそれが風に吹かれるままに青空に消えていくのを目で追った。

 四月、某日。外には桜が咲き誇り、随分と暖かくなった本日。

 在校生の始業式の前日、私たち二人は新入生の入学式に来ていた。

 その理由はもちろん権力順というか、王家直系の第二王子と筆頭公爵家の娘という肩書きありきだけど。

 まあそういった肩書きもこういう時には大きな意味を持つ。いくら学園にいる間は身分差をなくすと公言していてもだ。式典というのはそういうものだ。それに別に入学式中大きな仕事があるわけではなく、在校生代表として軽く挨拶するくらいなもの。その内容も去年のものを参考にしていいと言われているので楽なものだ。

「楽、ではあるけどつまんないね」

 私は挨拶用の原稿をペラペラと捲りながらそう言った。そこには、去年同じ仕事を行ったスペードの先輩の端正な字が並んでいた。彼女のことは同じ上位貴族として知っているが、いかにも彼女らしい堅苦しい文章で辟易してしまう。そんな私にアルは同じく台本をチェックしながら言った。

「何を今更。そんなこと言うなら自分で台本書いてくれば良かったのに」

 呆れたような物言い。しかしこれには私にも事情がある。

「……これ、頼まれたの一昨日なのよ。そんな時間なかった」

「は?僕の方には三月には話が来てたけど」

 私の言葉に彼は目を瞬かせる。まあ、そうだよね。普通そうだよね。

「クロダンに任せる時はできるだけギリギリに言うらしいよ」

 私が正解みたいなヒントを言うと、彼はそれだけで「あぁ……」と納得する。さすが、「遊び心のクロダン」を先生や生徒は分かっている。

「まあ、今日の主役は新入生たちだからな」

 彼は大きく息を吸って吐いて、そう言った。べ、別に私だって入学式をぶっ壊すような代表挨拶がしたいわけではないんだよ。ただちょっと、ちょっとだけ笑いが取れればなー……とか、そのくらい。

 いやそう言うところか、クロダンは。


「あー、いたいた!ごめん二人とも、こっち手伝ってくれる?」

 比較的のんびりと過ごしていた私たちに声がかかったのは、それから少し後。声をかけたのは数学教師のハダル先生だ。彼はチャームポイントである長いポニーテールを揺らしてこちらに駆け寄る。彼はまだ三年目の若い教師だが、いやだからこそなのか生徒みな平等を体現できている数少ない先生で、その性格から一部では大分嫌われ多くの生徒からうざがられ数少ない生徒から慕われている、そんな愛すべき先生である。

 だからこそこのように私たちを気軽に雑用に使うことができるとも言える。私は割と彼のそう言うところが好きだ。多分アルも。

「どうしたんですか?」

 私が駆け寄ると、ハダル先生が困ったように言った。

「ちょっとね、怪我しちゃった子がいるみたいで、新入生二人が保健室にいるの。悪いんだけど迎えに行ってくれないかな。養護教諭が保健室あけて連れてくるわけにもいかないし、教員も手が開かなくてさ」

「……」

「……わかりました、行ってきます」

 ハダル先生の言葉に思わず顔を見合わせる私とアル。保健室へと歩く道中、アルは私に囁いた。

「入学式に保健室送りって。誰かさんみたいだな」

 彼の顔は分かりやすく笑っていて、私は咄嗟にこう返した。

「……あれは、誰かさんが手を引っ張るから転んだんだもん」

 その一瞬後に弾かれたように大きく彼が笑って、私も今のは子供っぽすぎたなと顔が赤くなった。


ーーーーー


「そんなこと言うなんて!酷いです!」

「いやあのね、そうじゃなくて先生はその時の状況を……」

「ねーせんせー。身長測るやつ乗ってもいい?おれ大きくなったの」

「うん、それより先にこっちで怪我の手当しようね……」

 なんだこりゃ。保健室に一歩踏み入れると、そこに広がる光景に言葉を失う。中央には涙を浮かべる美少女。そして保健室を走り回るのは両膝から血を垂れ流しながら走る少年。右往左往する保健室の先生。ハダル先生はそういうつもりで言ったのではないだろうが、確かに手が足りていなかった。

「あ、アルさんとアジメクさん?すみませんねこんなところまで来てもらっちゃって。まあアジメクさんは来慣れてるからそう苦でもないか」

「は?アジメクよく来るのか?」

「…………最近は怪我してないじゃないですか」

「うーん、普通の子はあなたみたいに月一で来ないのよ。この前の突き指は治った?」

「は?突き指?聞いてないけど」

「あ、え、あ、うん、はい」

「おいアジメク!聞いてないけど!」

 うるさいなアルは。まあ私の日常生活における怪我の多さはおいておく。ちょっとした怪我は昔から多いので気にしてはならない。おいそこ、ドジとか言うな。そして多分数年前まで栄養失調状態であることが多かったからか、ここの貴族の子息よりも骨だのなんだのが弱いのだから、ある程度は仕方ないと思っている。

「それで、どういう状況ですか?」

 私はアルの追求を逃れるために話を変える。彼の表情が「後で覚えてろよ」に変わったのは見ないふりで先生に向き直ると、彼女は非常に困った顔で新入生二人を見比べた。この間女の子の方は哀れというふうにシクシク泣いているし、男の子の方は血を床に垂らしながらテトテトとそこらじゅう歩き回っていた。

「とにかく、男の子の方の処置をしちゃいたいのだけど捕まらなくて」

 先生は眉を下げてそう言った。確かに彼は痛みも感じさせずに飛び回っているけど、見ているこっちが痛々しい。

「あ、女の子の方はもう処置は終わってるんですか?」

「あー、うん、まあそうね」

「ん?どうしたんですか?」

 濁す言い方に気になって問いかけると、彼女は誤魔化すように「そう、彼女は行ってもらって大丈夫」と答えた。

 よく分からないが、プロの彼女がそういうならば問題ないだろう。私とアルは顔を見合わせ、同姓である私が声をかけた。

「えっと、こんにちは。アジメクって言います。ここからだと入学式の会場まで少し遠いから、案内してもいいかな?」

 膝を折って柔らかく。近所のガキで子供の扱いは慣れているのでそう声をかけるが、シクシクとしていたその子は私の言葉にツンとそっぽを向かれた。

(…………?)

「えっと、手、繋いでいく?それともちょっと飲み物飲んでから行こうか?」

 パシっ。

(えっ)

 差し出した手まで振り払われてびっくりする。え、感じ悪い……。いやいや、多分この子も怪我をして、いくら処置をしたと言ってもまだ痛いのだろう。多少機嫌が悪くても仕方ないのかもしれない。

(…………)

 そっと後ろを見てみると、アルは一年男子の肩を押さえ、先生がさっさと消毒しているところだった。つまり彼女の行動は誰も見ていなかったということで。……だからこの態度?い、いやいやそんな悪意もりもりの解釈は良くないか。

 そう思いながら若干途方に暮れていると、先生と目が合った。彼女は私を見て少し苦笑しながらアルに私と代わるように促す。

「え、いや……アジメクが怪我したら大変じゃないですか?」

「大丈夫よー、女の子怪我させるような子じゃないわ」

 アルは暴れる男子生徒に不安げな顔をしながらも私とバトンタッチした。

「……ごめん」

 思わずアルに囁くと「後輩に懐かれないなんて珍しな」と彼は返した。そういう感じじゃないんだけど、と喉元まで出かかったけど、さすがに言わずに場所を変える。

 一年の女の子が、アルにはむしろ彼女から手を繋ぐのをねだる姿を見て、なんとも言えないモヤモヤが心に広がった。


「ねー、ねー、なんていうお名前なの?おれはハチサ」

 しかしまあ、こちらには随分懐かれたものだ。入学式会場に着いた私は、先ほどの流血少年、ハチサにまるで犬のようにじゃれつかれて驚く。まあ式はまだまだ始まる気配がないのだから誰も注意しないけど。ちなみにアルの方には同じく先ほどの女の子がかなり近い距離で声をかけていた。

「アジメクって言います」

「そっか、じゃあスーちゃんだね」

 なぜ?

「えっと、同い年の子と仲良くしてかなくていいの?」

「ん?今してるよ?」

 なんでやねん。というか本名スピカで、現在新一年生と同じく九歳の私には彼の言葉にどきりとさせられすぎる。彼は何を知っているんだ、マジで。


 さて。このようにすでにクセの強い入学式であるが、入学式というのは当たり前だが式が始まってからが本番。ここから待ち受けていたのは、もう一つ大きな波乱だった。


ーーーーー


「随分と懐かれてたじゃん、『スーちゃん』」

「……そっちもでしょ」

 アルの囁きに肩をすくめて返すと、何が楽しいのか彼の笑みが深まった。

 眼前では初等部校長の長い話が続いて、生徒も飽きてきている頃合い。私たちも二年前はこんな感じだったのかな、よく覚えてないけど。

「新入生代表、アケルナイ」

 呼ばれた名前に、少し驚く。名前というか、名前のみだったからというか。思わず隣のアルを見ると、彼は難しそうな顔をしている。もしかしたら知り合いなのかもしれない。

 新入生たちもざわついている。そのざわめきが私と同じなのかそうでないのかは分からないが、少なくとも私の動揺は、彼が名前しか呼ばれなかったことに対してだ。

 身分差のないようにとはいいながらもこういう挨拶の場では高位貴族が行うこの学園で、苗字を呼ばれないような、つまり苗字のない貴族でない人間が挨拶をする。それのどんなに奇妙なことか。

 もしや主義が変わった?いや、それならば喜ばしいことである。しかし数秒後、壇上に上がった彼の両耳に揺れるピアスにその理由が分かった。

「アプロディテ」

 アルが、上擦った声で言った。それは国内で最も多くの信者を有する宗教の名前で、ピアスの先端についているような金色の円がそのモチーフだった。

「アプロディテの、史上最も神に近いと言われる奇跡の子、アケルナイ」

 まるで口ずさむようにその名を口にする彼の頬には、空調に似合わない汗が伝っている。

「確かに一年前のサダルスウド領の奇跡で光の魔法を信奉するその宗教の地位は上がりつつある。でも、貴族ですらない彼が、神子であろうと一宗教の中の話のはずなのに、こんなに明確にその地位を学園が認めてしまうなんて……」

 彼の声は上擦っていて、焦っていた。彼はアルとしてではなく、第二王子として焦っているのが分かった。しかし私は、序列一位の公爵の娘は、それになんと言っていいのか分からず黙り込む。

 そんな私たちを置き去りに、アケルナイくんは壇上のマイクに歩いて行って、舞台の中央に立つ。彼はとても堂々としていて、ざわめく会場など気にもせずに机に手を置いた。

 そして、そのまま前を見据える。その姿はまるで、二年前のアルの新入生代表挨拶みたいだった。

 彼は口を開く。ゆっくりと、焦らず、私はその大物然とした態度に嫌な予感を覚える。

 そして彼は言うのだ。


「そう、我がアプロディテの神、アケルナイ。つまり貴君らの神じゃ。アプロディテは最古の宗教にして神のお造りになったものでもある。そして我がその代弁者。皆のもの、神に愛され、神に救われたくば我々と共に祈り、その身を捧げなさい。さすれば神は見ていてくださるだろう」

 彼はふと、こちらを見た。いや、こちらというか正しくは隣に座るアルだろう。王家の人間を、彼は見た。

「つまり我こそが最高権力者。我はこの学園という小さな箱庭で、全てを手に入れる。国の全て、人脈。そしてアジメク、お主もだ。お主を我の伴侶にする」

 いや、見てたの私で合ってるな。


「…………ん?」

 え?はんりょ?ん?

 慌てたように司会が血の宣誓(貴族の戸籍登録の儀式)を促す。そして慌てたように在校生代表の挨拶に入り、私がつっかえつっかえ適当な挨拶をする。そしてアルもマイクを取って……。

「まず、相手の了承を得ずに結婚だのなんだの言うのはあり得ないからな」

 誰だよ、今日の主役は新入生だからって言ったの。型にはまったつまらない原稿をそのまま読もうって言ったの。お前のそれは挨拶じゃないのよ。私信なのよ。


 そんなふうに、寮に帰るころには私は疲労困憊だった。倫理と常識が許すならそこら辺に転がりたいくらい。そして女子寮に戻って、心配そうな顔をしたカペラちゃんに言われた言葉に結局崩れ落ちることになる。

「アジメクちゃん!アジメクちゃんを巡って二人の男が争い合って流血沙汰になって政治的な問題になりそうって本当?」



『親愛なるお父様へ

 本日は入学式に参加して、かなり疲れました。求婚されるなんて初めてで……。本当は色々と報告しなければいけないことがあるのですが、私自身混乱しているところがあるので明日の午前中にまとめたものを送ります』


『は?求婚?』

『何を言ってるんだ?誰だ?どこのどいつだ』

『まだ結婚なんて早すぎる!』

『うちを出るなんて言わないよな?』

『断ったよな?』

『返事は?寝たか?』

『……寝たか』


 朝起きたらベッドの上には大量の手紙。

 さすがガクルックス家。消耗品とはいえ、高価な魔法具をこんな大量に消費できるなんて。

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